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Archive for 3月, 2015

3.11に思う

11 3月

復興は半ば
ここ数日間、東日本大震災の特集がテレビや新聞で続いている。沿岸各市町村の復興状況にもばらつきがある。そんな中で、福島県沿岸地域の状況は他の地区以上に深刻な問題を抱えている。

津波被害によって肉親を失われた家族の苦しみは私達の想像を超えている。また、ほぼ無期限に我が家へ戻れない人達の苦しみ、経済的な負担、いつ終わるか分からない避難生活、高齢者には特に苦痛であろう。このような災害がなくても、今、日本の地方では地方への人口移動による「地域消滅」の危機に瀕している。その上の災害だから、深刻さは私達の想像を絶する状況であろう。

そんな中で、国の対応は柔軟さを欠いているように思わざるを得ない。現場感覚を欠いた言動が多すぎるように思えてならない。避難地域などの機械的な線引きは被害者の中に対立を生んでいる。

原発についても、いろんな意見がある。必要性は分からないでもないが、その前に、やっておくべきことがあるのではなかろうか。「核廃棄物の処理方法と場所」、どんなに新しい原発でもいずれ廃炉になるのだから「廃炉技術の確立」、そして、「動かす場合の安全性の確保」が大切ではなかろうか。こうしたことが曖昧のまま、再稼働に前のめりになっている一部の関係者、政府関係者。自然災害に人災が加わらないことを祈るばかりである。被災地の人達に対して私には何ができるのだろうか、考えさせられる一日だった。

こんな中で、福井新聞の記事「拓く力」の人材・組織開発プロデューサー若新氏の発言には同感できることが多かった。
「人間そのものは高見を目指す生き物だ。経済の成長というより、文化的な成長を目指してもいいのではないか。経済に過剰に投資しすぎていないか。……。豊かな時代に必要な教育や会社の在り方は、目標を達成させることではなく、自ら働く意義を見つけさせることだろう。」

(日記 午前中は数学。午後も3時頃まで数学。その後晩ご飯までドラム練習用カラオケ作り。ずっとパソコンを見ていたので目が疲れた。でも充実した一日だった。)

 
 

高齢化社会に何ができるか

10 3月

「老人会定期総会」に参加して
老人会に入って2度目の総会。しかし、総会は20分ほどで終わった。次の健康講座まで約40分の時間がある。そこで、私は提案した。

「せっかく皆さんが集まっているのだから、テーマを決めて話し合いをしてはどうですか。」と。そして、話し合いが始まった。「高齢化が進んでいるが、私達には何ができるのでしょうか。これからもこの片瀬に子ども達が住み続けるでしょうか」などと。

さっそく新しく片瀬に入って来たMさんが意見を述べた。「勝山には若者が働く場所がない。私も、勝山へ戻ってきたが、仕事を探すのに苦労をした。県内はもちろん、県外にも働きに行きました。」と言うことだった。

他にも、仕事場がないという意見が多く出された。確かに仕事場がない。そのために、若い者は福井まで働きに出なければならない。そのうちの何人かは子どもができて福井で住み始めている。

そんな中で、私達には何がで来るのだろうか。将来の片瀬を支える子ども達とどう関わることができるのだろうか。私はすることがあると思っている。片瀬で、猪野瀬でアクションを起こしたいと考えている。

(日記 午前中は、9時半から「片瀬老人会」の定期総会。その後、健康講座。そして、軽い体操指導。そして昼食を兼ねて懇親会。終了後、ストーブを囲んで雑談。午後3時からワゴン車のリコールと12ヶ月点検。終日雪が降っていた。冬が逆戻りのようだ。夜は録画したビデオ鑑賞。)

 
 

毎日パワー

09 3月

練習の成果
何事においても「継続は力なり」と思う。しかし、子ども達にこの言葉を告げても、印象に残りにくい。そこで、私は子ども達には「毎日パワー」という言葉で説明してきた。

どんなことでも、毎日毎日続ければ大きな力になる。そう言い続けて来た。今続けている数学の参考書作りも、「数Ⅰ」は終わり、間もなく「数A」も完成しようとしている。目標の「数Ⅱ」も「数B」もこわりはお割っている。

毎日毎日続けてきたおかげだ。最近始めた「ウインドシンセ」もそうだ。h本格的に始めたのは、十日ほど前だ。いくつかのフレーズが全く吹けなかったが、最近は、そのいくつかが吹けるようになってきた。

まだまだできないところがたくさんあるが、それでも確実にできる方向に進んでいる。1年後が楽しみだ。これは何も楽器演奏ばかりではない。

文章を書くこと、絵を描くこと、楽器を演奏すること、紙芝居を作ること、身体を鍛えること、……、いろんなことがある。たとえ今できなくても「毎日パワー」で少しずつkあんせいに近づいて行くものだ。そして、その進歩が生き甲斐になるのだ。

(日記 午前中は久々に数学。少しずつ進んでいる。午後は、軽トラックのスノータイヤを普通タイヤに替えた。その後、事務所で楽器練習。ウインドシンセとドラムを練習。少し進んだように思う。午後7時より「爺ちゃん勉強」。3人の孫達はすくすく育っている。逆にこちらは……。)

 
 

「爺ちゃんバンド」の練習

08 3月

「ウインドシンセ」の試し吹き
何年か前に、「ウインドシンセ」を買って置いた。「ウインドシンセ」とは、エレクトーンの「笛バージョン」みたいなものだ。エレクトーンは、キーボードで演奏するが、音の変化は内蔵されている電子部品でいろんな音を出すようになっているのだ。

ウインドシンセは、サックスやクラリネットのように息を吹き込むことによって音を出すのだが、いろんな音を出す仕組みはパソコンのソフトだ。したがって、パソコンに接続し、さらにスピーカーで音を増幅するのだ。

この頃はセンサーが発達しているので、吹き込む息の強さで強弱を出すことができ、音に表情を加えることができるのだ。実際の木管楽器のように演奏できるというわけだ。

今日は、バンドでその「試し吹き」を行った。まだ、数回しか練習していないので、これからどうなるかだ。せめて、1年間練習してみて自分に合ってあるかどうかを考えてみたい。

やはり、練習をしなければと痛感した。でも、面白い楽器だとも思った。先ずは5月末のOB演奏会までには、2、3曲はマスターして舞台で気持ちよく吹いてみたいものだ。先ずは、指を使うので脳のトレーニングには最高だと思う。今日の練習は、3時過ぎに終わった。楽しかった。

村の白山神社の春祭り。「今年もよい年でありますように」

村の白山神社の春祭り。「今年もよい年でありますように」

(日記 今日は村の神社の春祭り。午前11時から神事。そして、直来(なおらい)。その後、バンド練習に参加。午後1時頃まで午前の部の練習。午後も練習。)

 

 
 

終日バンドの楽譜作り

07 3月

「OBバンド」に参加
今年はどうしようかと迷っていたが、「後輩達が一緒にやろう」ということで、今年も参加することになった。参加するからには少しでもバンドのレベルを上げたいと思う。

そんなわけで、楽譜を作ることになった。楽器は、トランぺット、トロンボーン、フルート、ベース、ピアノ、ギターなどにドラムや梵語、コンガなどの楽器。私はバンドで初めて使うウインドシンセ(サックス音)。

編曲しながらパソコンで音を出してみる。そしてまた作業を続ける。パソコンの画面を見ながらの作業なのでとても目が疲れた。明日は練習があるので、何が何でも今日中にしなければならない。

先日ジャズを聴きに福井へ通ったが、その道中も、同名の曲をリピートしながら聴きまくった。実際に楽器を演奏するので個人の技量がある。能力に合わせて譜面を書くのはかなり難しい作業だ。

まして私は音楽の専門家でもないので本当に苦労した。夜、遅くまでかかってようやくできあがった。明日はこの楽譜でどうなるかを試してみたい。楽しくも苦労の多い作業だった。

(日記 終日、「じいちゃんバンド」の編曲作業。目が疲れた。夜、福井の長女や孫達がやって来た。明日は両親が「用事がある」というので子ども達を置いて福井へ帰っていた。4人で川の字になって寝た。)

 

 
 

『福井ジャズ2015』三日目

06 3月

自分が楽しめる音楽
今日は、『福井ジャズ2015』の三日目。家内と二人でに出かけた。今日のプログラムは「福井ジャズ4サックス」ということで、第1部は、べース+ピア+ドラムに4人のサックス奏者が一人2曲ずつ演奏した。

 

「福井ジャズ2015」三日目。(HPより)

「福井ジャズ2015」三日目。(HPより)

第2部は 白井淳夫(A.Sax)、 上野山雅司(A.Sax)、 武田幸夫(T.Sax)、 友吉俊郎(T.Sax)の4人が、佐澤尚友(Piano)、 森岡喜彦(Bass)、 柴田英邦(Drums)と共演するものだった。

観客は、年配者が多かったように思う。ジャズの演奏曲のほとんどは、私達が若かった頃から演奏されており、どの曲も、原則、テーマのメロデイーを演奏した後、各奏者がアドリブ演奏をするものだった。

ほとんどが有名な曲であった。もしもこれが流行歌だったら、50年前の曲ばかり演奏したら、それこそナツメロ大会になってしまうだろう。クラシックはもっともっと前のものだが古くは感じない。たまには、クラシック曲をジャズにアレンジする場合もある。

聴いていながら、音楽にはいろんな種類があるなあと思ったこと。また、聴いて楽しむ音楽、演奏して楽しむ音楽等いろいろあるものだ。気分によって聴きたい音楽もまた異なるものだ。3日間、『福井ジャズ2015』に通ってみて楽しく充実した時間が持てたこと、新たな収穫を得られたことなど、よい思い出になった。

家内とウオーキングをした福井市郊外。

家内とウオーキングをした福井市郊外。

(日記 午前中は、屋根の掃除、除雪用ポンプの片づけるなど春を迎える準備。その後、楽譜作り。午後3時に家を出て福井へ。車を止めて福井市郊外を家内とウオーキング。いつもとは違う景色なので楽しかった。夕食を取り、午後6時に福井市の駐車場へ。そして、午後7時から『福井ジャズ2015』を聴きに、福井響のホールへ。アンコールを含めて9時20分過ぎに終わった。)

 

 
 

迫力あるジャズピアノ

05 3月

「馬淵侑子トリオ」と「デキシーハピネス」のコンサート
『福井ジャズ2015』の二日目。今日も昨日と同様に午後5時過ぎに自宅を出て福井の響きのホールへ。OBバンドのメンバーは、石川県の二人と私を含む県内3人の計5人が来ていた。

 

『福井ジャズ2015』のコンサートの2日目のプログラム。(HPよりカラー化)

『福井ジャズ2015』のコンサートの2日目のプログラム。(HPよりカラー化)

第1部は「馬淵侑子トリオ」の演奏。ピアノの迫力には圧倒された。ピアノの馬淵さんは、パンフレットによれば“ピアノパフォーマー”と紹介されていたが、まさにその表現がぴったりであった。

「ピアノ」、「べース」、「ドラム」の3人での演奏だが、その迫力においては、十分満足できるものであった。聴くと見るを楽しむには、やはり生でなければならないなあと改めて再認識した。

個人を最大に表現するジャズも悪くないなあと感心しながら聴いていた。次の「デキシーハピネス」もそうだが、オリジナル曲を演奏していた。いずれのバンドも有名な曲を演奏しているだけに、こうしたバンドメンバーのオリジナル曲をえんそうすることも価値があるなあと思いながら聴いていた。

この二日間、ジャズコンサートを聴いていて、ますます楽器をやりたくなったが、自分の年齢を考えるとどういうことになるのだろうか。自分のできる範囲で音楽を楽しみたいと思いながら、帰路についた。

(日記 午前中は、もっぱら楽譜作り。午後も作業を継続。午後5時過ぎに自宅を出て『福井ジャズ2015』の2日目のコンサートを聴くために福井へ向かった。途中本屋により本を買う。演奏会は、午後7時に始まり、午後9時半過ぎに終わった。帰宅したのは午後10時半過ぎ。楽しい一日だった。)

 
 

久々にわくわく感

04 3月

「福井ジャズ2015」 OBバンドのメンバーから「福井ジャズ2015のチケットどうですか?」と先日問われたので、私は3日分のチケットを購入した。コンサートは5日間あるのだ。

初日の「福井ジャズ2015」のプログラム。(1部合成、写真をカラーに入れ替えた。)

初日の「福井ジャズ2015」のプログラム。(1部合成、写真をカラーに入れ替えた。)

今日はその初日。午後5時半に自宅を出て「響きのホール」へ向かった。私達のバンドの石川県のN君、福井の君が来ていた。会場の雰囲気は、50年前の大学時代にコーヒー一杯で喫茶店に粘っていたあの頃を思い出す。アルバイトで楽器を買い、バンド活動に明け暮れていた軽音学部の時代だ。 午後7時に本番が始まった。20歳前後のあの時代を思い出してワクワクした。ジャズの場合は、普通の流行歌と異なり、50年前も今もかなり多くの曲を多くのバンドが演奏している。 今日のコンサートで演奏した曲のほとんどは50年前にも演奏された曲だ。その中には、今はもう存在しない「福井市公会堂」で私達大学の軽音楽部が演奏した曲も含まれている。それだけになおさら懐かしかった。 もう一度、これらの曲を演奏できたらなあと思いながら、帰路についた。ジャズが、私をあの青春時代に引き戻してくれた感じだ。特に、アドリブの部分は、その名の通り自分流に演奏できるのがジャズのよいところで、いまも古くて新しいのだろう。久々にワクワクした感じになることができた。音楽っていいなあ。 (日記 午前中は数学。午後は、バンドの練習用のカラオケ作り。午後5時半に自宅を出て「福井ジャズ2015」を聴きに出かけた。帰宅が午後10時過ぎ。楽しかった。)

 
 

庶民感覚とずれ

03 3月

やはり政治家は庶民とは別
朝から、数学をやったり音楽をやったりしながら、衆院予算委員会の質疑を聞いていた。野党の質問に対する総理や担当大臣、関係者の答弁を聞いていると、庶民感覚とはずいぶんかけ離れているなあと思わざるを得なかった。「知らない」で事が済むのもいかがなものだろうか。今日のニュースでも政治資金詳しい日大のI教授が、「政治資金規正法は抜け道の多いあいまいなものだ」と述べておられたがその通りだと思う。

私は、政治的には右でも左でもないと思っている。右であろうと左であろうと「良いものはよい、よくないものはよくない」と思っている。

しかし、世の中、与党に反した意見を述べると「左」か思われがちだ。左右どちらでもないとすると「中道」ということになるが、それでもない。

強いて自分の立場を表すとしたら「上」だろうか。人の「上」という意味ではない。右も左もある程度は見える位置にいるという意味だ。両者の立場をよく見極めて自分の立場を決めているつもりだ。

だから、既存の政党を見ても、自分とは意見の分かれる部分もあるし、意見の合う部分もある。個々の問題について自分の立場ははっきりしているつもりだ。やはり、国会では健全な野党が必要だということだけははっきりしている。過去の歴史を見ても、それは明らかである。初めに結論ありきで、物事が進むことだけは納得できない。よく、議論をして進めてほしいと思う。

(日記 午前中、数学。衆院予算委員会の質疑を聞きながらの作業だった。午後は、音楽。ジャズのアドリブ作り、と言っても我流だが。あっという間に一日が過ぎてしまった。)

 
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昔の映画

02 3月

今日の問題を提起する「山田洋次監督」の映画
BSで最近、山田洋次監督のリバイバル映画がよく放映されている。私が好んで視るのは山田洋次監督の作る映画が今も昔も不変の真理に貫かれているからだ。

先日、テレビで視た映画『故郷』では、瀬戸内海の島の暮らしが描かれている。主人公は、家の後を継ぎ、老朽化した石船で埋め立ての石材を運搬している。弟は、島での生活が成り立たず、島を出て本土でサラリーマンをしている。人を雇うわけにも行かず、妻を機関誌にして夫婦で必死に働いている。

しかし、一生懸命働いても、老朽化した船を買う金もなく、修理する金もなく、最後には、年老いて父親を島に残して尾道の造船所で働く決断をする物語である。老朽船による最後の船上で主人公がいろんあことを回想しながら妻に話しかける。

「何でワシら、一生懸命働いているのに、大きなものには勝てんのかのう。なんでワシは、この石船の仕事をお前と二人で、ワシの好きな海で、この仕事を続けていかれんのかのう……」

島の人たちの多くは、一生懸命働いて段々畑の連なる島を離れ仕事を求めて生まれた「故郷」を出て行く。昔も今も、凄まじいスピードで時代は変わっていく。そして、今、政治はあわてて地域の崩壊に目を向け、あの手この手を尽くそうとしているが、それがまた、「大きなもの」を生み、格差を大きくしなければよいがと思うばかりである。

(日記 午前中は数学。午後は、家内と市街地周辺を約1時間、ウオーキング。古い家、空き家やつぶれた工場、そして、新しい家などが混在している。帰宅して、楽器練習。夜は「爺ちゃん勉強」。その後、山田洋次監督の映画「故郷」のビデオを視る。考えさせられる映画だった。)