RSS
 

Archive for 1月, 2011

異常気象か

31 1月

猛暑に豪雪
 最近、異常気象と思われる自然現象が地球規模で見られる。地震、大洪水、土砂災害、猛暑、豪雪、噴火、異常乾燥……などが常にニュースで報告されている。

  全くの自然現象と思われるものもあれば、地球規模での開発が原因ではないかと思われるものも少なくない。世界規模での、車社会の広がりが見られるが、公害や温暖化に影響がないとは思われない。

  我が日本でも今年は、猛暑、集中豪雨、豪雪と様々な自然災害に見舞われた。全国的なものもあれば地域的なものもある。

  雪に関しては、山陰、北陸、東北などが特に大きな被害を受けたようだ。この雪が地域にどのような影響を及ぼすだろうか。雪の少ない地域へ人が動き出すのではないかと気になる。過疎化kに拍車がかからなければよいが。

下屋の屋根が埋まった我が家。先ずは軒下を掘り出さなければならない。雪が沈むときに、垂木が折れてしまうからだ。この作業は雪下ろしよりもハードだ。

  春になれば、雪のことはすっかり忘れてしまうだろう。雪に耐えてこそ春の有り難みがわかるというものだ。雪解けと共に、田畑の土手や道の脇には、緑が顔を出す。山菜を採るのも楽しい。ふきのとうの酢味噌和えも春の味覚だ。

  我が家庭菜園では、昨年残しておいた大根が雪の下から顔を出すだろう。みずみずしい大根をおろしにしてポン酢で小女子(こなご)を食べるなんて最高だ。桜の花もきれいだ。

 今日・明日で、雪のピークは過ぎるという。明日も、除雪作業をしたい。運動だと思えば、そんなに苦にならない。明日は、先ず屋根の端の雪を取り除くことから作業を始めたい。

(日記:午前、午後ともオカリナの編曲作業。途中で2時間ほど除雪作業。午後7時半より、オカリナ教室。事務所の駐車場の除雪ができていないので、村岡公民館で行う。編曲した曲の練習をした。雪の中、全員が出席してくれた。メンバーが一人増えた。)

 
 

雪かきサンデー

30 1月

ここが我慢のしどころ
  それにしても、雪がよく降る。午前8時半に村の集会所の雪下ろしが行われた。梯子をさして区民が順番に屋根に登り、スノッパーで雪下ろしを始めた。下ろした雪は、除雪機と小型のブルで排除。

  2時間ほどで、重々しかった集会所の屋根は、軽やかになった。やはり仕事は、大勢でするのが一番だ。村では、このような作業の後に、お茶をして休憩することが多い。酒も出たが、私は飲まなかった。さらに自宅の除雪作業があるからだ。

集会所の雪下ろし作業。区民20人あまりが屋根の上に上がった。

  村の作業の後、事務所裏の小屋とキウイ棚の除雪作業を行った。以前に、キウイ棚が雪でひっくり返り、キウイの苗も一緒に、地面から抜けてしまって大きな被害を受けたことがある。

  キウイの枝と鉄骨の上に、1mを超す雪が積もっていた。もしも、今日雪下ろしに行かなかったら、小屋もキウイ棚も大きな被害を受けたことだろう。

  現役時代は、主に、土・日にしか除雪作業ができなかった。緊急の場合には、夜、除雪作業を行うしかなかった。

 雪下ろしのタイミングを逸して雪害に遭う人も少なくなかった。今年も、いろんな所で雪害が見られる。家屋の破損、除雪中の事故、怪我のあるなしはあるが屋根から滑り落ちた者は少なくない。

雪下ろし作業を終えた村の集会所。この日は、吹雪いたかと思うと青空が出たりと変化の激しい天候だった。

  今日も、集会所での作業でいろんな情報が入った。屋根から落ちて入院した者、しなかった者などがいたし、家屋に被害を受けた者もいた。私もその一人だが。また、雪下ろし作業に集まった者のほとんどは60歳以上であった。

  明日までは雪が降るという。勝山市でも、雪害対策室が設置された。市の広報車が除雪の注意と共に、融雪に水道を使わないよう各集落を回って訴えていた。我が家は井戸水を使っている。

  誰もが、ここが我慢のしどころだ。何とか、早く晴れ間を見たいものだ。事故のないようにしたいと思う。自分も家屋も。天気予報によれば、少なくとも、もう一日は雪と戦わなければならないだろう。除雪作業で多少腕に力がついたように思う。

(日記:村の集会所の雪下ろし作業。その後、事務所裏の作業小屋とキウイ棚の除雪。午後は、自宅の排雪作業。休憩と除雪作業を交互に行った。まさに、雪かきサンデーであった。私もそうだが、市民の皆さんも。)

 
 

久々に童話

29 1月

市民大学『童話講座』
  私が童話作りを始めたのは、市民大学童話講座からだ。講師に、福井新聞「お話とんとん」の選者、藤井則行先生をお願いして始めたものだ。当初は、前期で5回、後期の講座だった。私は、最初から、今年度までここ数年間すべて受講している。

  勝山でも、文化の芽を育てたい。創作活動の芽を育てたいということで始めたものだ。言い出しっぺの私は、何よりも、自分が参加したかったのだ。少しでも多くの市民の皆さんにも講座を受けてほしいと願い、ポスターも自前で作った。

  この講座のおかげで、私はいろんなことを学んだ。この講座のおかげで、何をどう書けばよいかということで悩むことは少なくなった。この講座のおかげで、一人称で童話を書くことも学んだ。

  しかし、この講座は今年度で終了になるのだ。今、これまでの受講者の間で、童話クラブを作る話が進んでいる。もちろん私は参加するつもりだ。

  今日は、最後の作品集に載せる童話の校正を行った。私は童話を書くに当たって、いくつかのシリーズを考えてきた、一つは、“野良犬シリーズ”、そしてもう一つは、“野良猫シリーズ”だ。このほかにも、動物を主人公にしたものがある。

 人と動物の関わりを書いた作品もある。“創作のない人生はあり得ない”と私は思っている。この世に生きている限り、どのような分野であっても創作は大切だと思っている。

 そのうちに、童話集を作れたらと思っている。挿絵も自分で描いて。しかし、童話に取り組む時間は今のところ少ない。優先順位の3番目に位置しているからだ。

明日、明後日の大雪に備えて大屋根の除雪。その後、下屋に落ちた雪を取り除き、最後に軒下の掘り出し。作業は果てしなく続く。

  1番目は数学のホームページ作り。2番目は歌作り。3番目は童話・小説等の創作。次が、各種楽器の演奏……。これらとは、全く別の分野での優先順位は特産物作り。まちづくり。郷土芸能作り……。

  身体を鍛えなければならないし、時間はいくらあっても足りない。どれを選んで一日を過ごすかは、その日の気分次第だ。素にうちに、少しはましなものを創りたいと願うのだが。

(日記:午前中、童話創作作業。午後は、除雪作業。2時過ぎから、6時までかかった。明後日までは雪が降り続くということで先手を打っての作業だ。疲れた。体重が減ったようだ。ありがたい。夜、サッカーを見るための時間調整として、NHK朝ドラ『てっぱん』を1週間分見た。今日はサッカーの決勝戦を最後まで見るつもりだ。わくわくする。)

 
 

定期検診

28 1月

毎回ひやひや
  私は、2ヶ月に一回定期検診を受けている。本当葉一昨日が定期検診日だったが、風邪気味であるので今日に延期してもらった。朝、福井の済生会病院に向けて出発した。

  病院で受付と同時に血液検査などをやり、自分の順番を待つのである。自分の番になると、担当のB医師の診察を受けるのだが、その前に検査データがパソコンに入力されていて、その結果が示されるのである。

  2ヶ月の生活習慣がデータとなって現れるのである。そのため、毎回ひやひやものである。いつも、2ヶ月間の不摂生を後悔するのである。

  さて、この2ヶ月間と言えば、年末と正月のために、雑煮を食べたり、いろんなモノを飲み食いする機会が多かった。おまけに、運動不足でもあった。ただ、ここ10日間ほどは除雪のために、汗をかくことが多かったが。

軒下の雪をスノッパーで水路に捨てる除雪作業。何度往復したことやら。これも運動。

  数値の悪いときは、いつも反省し、今度こそ数値をよくするぞと決意を胸に帰宅するのだが、数日経つとその決意をすっかり忘れてしまい、検診日にはひやひやどきどきの毎回であった。

  さて、今日の結果だったが、前回とほとんど同じであった。試合で言ったら引き分けであったようなものだ。ただ、肝臓の数値だけは前回悪かったが、今回改善していた。

  ここしばらくの除雪作業で汗をかくことが多く、.出かかっていた腹が引っ込み、多少スマートになったことはうれしいことだった。今日も例によって、「次回こそもっと数値をよくするぞ」と思いながら帰宅した。

  病気は、様々な原因でかかるのだろうが、自分の不摂生からさらに悪化させることもある。健康維持のために、可能な限り身体を動かすことと、食べ過ぎ・飲み過ぎには気をつけなければならない。

  帰宅して、除雪作業をする。運動が、身体によいだろうと思って。作業と健康増進の一石二鳥だ。除雪作業も、考えようによっては、健康作りになるだろう。将来はともかく、今は。

(日記:午前中、済生会病院で定期検診。帰宅途中事務所に寄り、除雪作業。帰宅して昼食。午後は、自宅の除雪作業。今後に備えて、軒下の雪をスノッパーで排雪。3時間ほどの作業の後、家内と「あっ宝んど」へ風呂に入りに行く。泡風呂・薬草風呂・サウナに入り帰宅。風呂の中で元知人に会う。夜孫達の家族とスカイプ=テレビ電話。)

 
 

降り続く雪

27 1月

底をつく除雪費
  ニュースを聞いていると、雪の多い地区では、除雪のための予算が、1月中で底をついてしまうとの報道が多くなった。多くの重機が出動して連日除雪作業が行われているが、その費用も莫大なものになるだろう。

  近年は、歩道の除雪も行われているが、道路の排雪のために歩道は常に雪の山となり、それを取り除くために、毎日歩道の除雪作業をしなければならない。

  高齢者の夫婦だけの家庭や一人暮らしの家庭は本当に大変だろうと思う。私も、そのうちには、自力で除雪ができなくなるかもしれない。屋根融雪も必要になるだろうが、維持費はかなりのものになるだろう。

  生活を豊かにするために、金をかけるのならまだしも、除雪のように実りの少ないことに費用をかけるのは残念だが、放置するわけにもいかない。

  風邪気味ではあるが、こまめに排雪作業をしている。大屋根もそろそろ除雪しなければないので、雪の捨て場を確保しておかなければならない。そのために、屋根の下の雪を今のうちに取り除いておかなければならない。

 先手を打っておかないと、一度に除雪作業が重なって重労働になる。そこで、この期間は家を守るために、除雪を優先して生活することに決めた。冬場の運動だと思って。

  2月の中旬になったら、除雪をするよりも、屋根の上で雪を融かした方がよい。春が待ち遠しいが、今のこの時期も有効に使って、今しかできないことに時間を費やしたい。

  しかし、やる気の一番の元は健康だ。今は風邪がはやっているが、私も、とうとう風邪を引いてしまった。東京の息子達もインフルエンザにかかったらしい。

  春一番が吹き、雪の嵩(かさ)が日に日に減っていく春はもうすぐそこまで来ている。冬と春の境目にあるのが左義長かもしれない。春の来ない冬はない。もうしばらく、与えられた環境の中で自然体で生きていきたい。

(日記:終日オカリナの編曲作業。曲を料理するのは楽しいが難しい。作業の最中に何度かこまめに除雪作業。途中で、除雪の応援団が除雪機を持ってやって来た。機械力は目を見張るばかりだった。)

 
 

サッカー日韓戦

26 1月

緊張の2時間半
  風邪気味で体調は十分ではなかったが、『サッカーアジアカップ』の日韓戦は見逃すわけにはいかない。今大会の最大の山場ではなかったかと思う。どちらも負けるわけにはいかない。

  これだけ、緊張しながら見るスポーツもそんなにないだろう。個人の力量プラス組織力が必要なスポーツだ。常に動き回る中で、いかに、相手の裏をかきながら攻撃に結びつけるかが大切だ。

  守備もなかなか大変だ。反則ぎりぎりで守るが、わずかな違いで取り返しのならないことになる。日本の最初の失点は反則が招いたPKだった、

 その後、1点を返し、1-1で前半を終えた。続いて後半戦だが、両軍譲らず1-1のまま延長戦に突入。延長戦前半で日本画1点を入れて、2-1。

  延長戦後半も点が入らず、このまま日本の勝ちかと誰もが思ったが、試合終了直前に韓国が1ってんを返して、PK戦に。そして、PK線でようやく日本が勝利。見ていた多くの人達は喜んだり、悲しんだりとまさにドラマであった。

  寝るのも忘れて、見入ってしまった。それにしても、サッカーは大変なゲームだ。見ている方は緊張の連続だ。ミスが命取りになることもあるし、攻撃していたかと思うと、急に守備に戻らなければならないこともある。

勝ってインタビューに答える本田選手(NHKテレビより)。

  ピンチとチャンスが交互にやってくる。惜しいでは、勝てないし、危なくても、ゴールを許さなければ負けない。はらはらどきどきしながら、2時間余りをテレビの前で過ごした。

 選手の活躍に拍手を送りたい。ここまで来たら、オーストラリアに勝って優勝してもらいたい。決勝戦は、昼寝をして待機しなければならないだろう。

(日記:午前、午後ともオカリナ曲の編曲。できたものをCDにしようとして苦戦。以前に使っていたソフトがないからだ。例によってY君に助けを求める。指示されたとおりにやったらうまくいった。Y君に感謝、感謝。私のパソコンの師匠だ。夕方、雪下ろし。下屋の屋根が下ろした雪で埋まってしまい、軒先を掘り出すのに苦労した。)

 
 

我が家の年中行事

25 1月

天神講にカレイを食べる
  どの家庭にも、その家庭の行事というものがあるのではなかろうか。昔は行っていたが、今は止めてしまったもの、逆に、昔はやっていなかったが、結婚後、新たに始めたものなど色々ある。

  前者の代表的なものは『報恩講』ではなかろうか。先祖に感謝し、一年の収穫に感謝する宗教的な行事であったが、村中完全に廃れてしまった。子供心にも、楽しかったことを覚えている。

 大人が中心の行事ではあったが、子供も親類や近所、友達の家へ招かれたり招いたりして楽しい時間を過ごすことができた。ただ、大人達は、料理を作るために大変であった。漆塗りのお膳屋お椀を出し、報恩講独特の料理を作るために、かなり苦労をしたようであった。

  それでも、人と人との交わりが多く、親類や近所との交流は盛んであった。しかしながら、大変なことは止めようということで、次第に廃れていった。

  また、農作業に於いても、機械が発達し、農薬や化学肥料が多用されるようになり、働き方まで変わってしまった。その一つが「結い」である。子供同士でも、「結い」をした経験がある。今では、後継者不足のため、農業を行う会社までできた。

  他にも、いろんな行事や仕組みがなくなったり、簡素化、形骸化してしまった。その分、地域社会の力は、どんどん弱くなっていったようである。そんな中から、『無縁社会』、『過疎化』、『限界集落』なる言葉ができ、地域社会は崩壊の一途を辿っている。

  時代の流れで、いろんなものを復活することは困難だが、いくつかは、形を変えてでも、復活させたいものだ。今、村では祭りの活性化を目指して、郷土芸能の復活に取り組んでいる。区民の交わ理も多くなってきた。

  今日は、天神講である。学問の神様「菅原道真」の月命日である1月25日の今日は、天神様にカレイを備えて、子供達の学力の向上を願い、家族でカレイを食べるのである。

子供達や孫達が賢くなってほしいと願いながら、天神様にお供えしたカレイを、一人一匹ずつ食べた。

  我が家では、10数年前から、この日にカレイを食べている。迷信であるとかないとかは関係がない。この日に、子供達の成長を願い、この日を境に床の間に飾ってある天神様の掛け軸を片付けるのである。

  地域の人たちが伝えてきたこの行事を可能な限り続けていきたいものである。日々の生活に彩りを添えるこうした行事をこれからも大切にしていきたい。

(日記:風邪を引いたために、今日は事務所での作業を止めた。風邪を引いているので休むつもりでいたが、何かをしたくなり、オカリナ教室に使う曲の編曲を始めた。午前10時から、午後6時までかかった。8割ほど完成した。)

 
 

学ぶ機会

24 1月

有り余る情報の中で
  今、何かを学びたいと思えば、小中高校、短大、大学、大学院、専門学校などの教育機関の他、インターネット上には様々な情報が詰まっている。これらの他にも、学習塾や習い事、そして、通信教育などがある。産業支援センターやカルチャーセンターなどもある。

  学ぶ機会はいくらでも作れる時代になっている。しかし、小学校入学以後、成人になるまでの間に、やりたい何かを見つけることができるかどうかは問題である。

  今の子供達は、あまりにも多くの情報に囲まれ、それらを受け身的にとらえているだけでは、自ら学ぶ意欲を持てないのではないか。常に誰かの指示に従っているだけでは、自ら学ぶ意欲も持つことは困難ではないか。

  また、学校では、子供達の興味関心を伸ばすだけの選択肢がないのではないか。学校では、子供達の良さを認めるだけのアンテナを持ち合わせた指導者はとても少ないのではないか。

  学業と部活でしか認められない(評価されない)現状は悲しすぎる。評価される項目(物差し)は無限にあるはずだきあらである。指導者の度量が小さすぎては子供の能力を伸ばすことはできない。

  私の時代は、今と比べると、学ぶ機会は本当に少なかったように思う。こんな中で、私はいくつかの通信教育の世話になった。学校とは異なる期待感があった。

  先ず、中学校時代には、漫画の通信教育を受けた。基礎的なデッサン、模写、4コマ漫画などを締め切り日までに描いては、送り続けた。後日、採点されて提出物が返ってきた。

  作曲の通信教育も受けた。多少の理屈はわかったような気がするが、独学の部分も少なくない。おかげで、歌を作ることに興味を持つことはできた。

  このほか、市民大学講座では、『童話の書き方』を学んだ。個人的に、『津軽じょんから節』の個人レッスンも受けた。これからも、いろんなものを学び続けたいと思っている。

  昨年は、産業支援センターでアドビ社のdream weaverによる『ホームページの作り方』の講座を数日間受講した。回りは、全員若者だったが、みんなと学ぶことができてよかったと思っている。

  これらは、仕事とは直接関係がないようなことが多いが、間接的にはずいぶん役に立っていおると思っている。豊かな人生を送るには、地域のため、家族のためと同時に、自分のために興味あることを学び続けていきたい。

(日記:午前中、歯医者。午後、北部中学校で和太鼓の指導。授業の開始直後に、自分の興味あることを見つけ、大いに学んでほしいと話した。その後、風邪のために医者へ。例によって『てっぱん』を見た。ようやく、10月分を見終わった。)

 
 

『片瀬の特産物を作ろう』研修会に思う

23 1月

里芋生産を続けるには
  今日、午前9時半より、村の集会所で『片瀬の特産物(野菜、里芋など)を作ろう』研修会が開催された。講師は、福井県奥越農林総合事務所・農業経営支援部・技術経営支援課・産地育成グループ企画主査のDさんだった。

  今日のテーマは主に、里芋についてであった。最初にJAのSさんが平成22年度の里芋生産についての報告があり、今後のJAの取り組みについての話があった。

  その後、Dさんが「里芋生産の概況や問題点、今後の取り組み」などについて資料を使いながら説明があった。その後、質疑応答が行われ、活発な意見交換などが行われた。

  奥越の里芋の生産高は、最盛期に比べると半減しているとのことであった。そして、作物による手間のかかり方などについての説明があった。

 ◇10aの手間と売上高◇
  里芋  …………  200時間   30~40万円
  米  ……………  27時間    25万円
  ネギ  ………… 450時間    100万円
    なす  ………… 500から600時間    150万円

研修会で里芋作りについて話す県奥越農林総合事務所企画主査のD氏。左はJA職員。(於:片瀬集会所)

  私の集落片瀬は、後継者不足のため会社方式で農業をやっている。「農事法人かたせ」という組織を作って米作りなどを行っている。ここで、採算が合うのは、米だけということだ。

  かつて、米はとても手間のかかる作物だった。米という字が「八十八」と書くように、とても作業工程の多い作物だったということだ。そして、作業の多くに、女性が関わってきたのだ。腰を曲げての作業が続く過酷なものだった。

  しかし、土地改良が行われ、機械化が行われた結果、米作りのほとんどは、男性の仕事になった。現在、米作りは」私の子供時代と比べるとずいぶん変わってしまった。

  先ず苗作りはほとんどJAに委託し、コンバインで収穫したら、田んぼからJAのカントりーへ一直線に籾を運ぶのだ。そして、乾燥から臼すりまでを委託するのだ。

  また、田植え機で苗を植えると同時に、肥料と除草剤までまいてしまうのだ。昔は大変だった草取りは除草剤を使用、化学肥料や農薬によってかなりの手間を省くのだ。

  そして、最も手間のかかる作物だった稲作は、労働時間を大幅に短縮したのだ。同じような方法で米を作っている外国では、日本の何分の一かで米作りを行っているのだ。

  米作りと言っても、ある部分だけを請け負っているように見えなくもない。1から10までこなしてきた昔の米作りに比べるとかなりの省エネだ。

  このような米の作り方がよいのか悪いのかは別として、里芋もゆくゆくはこのような方式に移るだろう。寒風吹きすさぶ11月中旬前後の里芋の収穫作業は高齢者には過酷だ。この部分の機械化は、どんどん普及するだろう。

  個人の楽しみと、集団での機械化を組み合わせた里芋生産ができないのだろうか。私は、どこかに道はあると信じている。今こそ、知恵を出すときだ。

  規模の大小は別として、農家自らが経営者(少し大げさか)だった農業は今大きく形を変えようとしている。人と人との交わりが多かった(結いなどを通して)農業は形を変えていくだろう。

  それは、集落の崩壊にもつながる方向に向かっているようにも思われる。農業は、採算面ばかりではなく、高齢者の生き甲斐にもつながり、まちづくりにも多いに寄与していたはずだが、今、その形を変えようとしている。

  私には、何か策があるように思えてならない。今年は、微々たる一歩でも進めたらと思っている。

(日記:午前中、『片瀬の特産物(野菜、里芋など)を作ろう』研修会に出席。質問もする。午後は、事務所で数学のホームページ作り。時々、運動を兼ねて事務所の駐車場の排雪。)

 
 

雪に思う

22 1月

道場の雪かき
  午前8時から村の道場(浄土真宗)の雪かきがあった。スコップとスノッパーを持って出かけた。たくさんの区民が集まったので、作業は順調に進んだ。人昔々と比べると、作業はずいぶん楽になった。

  以前は、屋根から多量の雪が道場の周辺の道路や玄関先に落ちるために、その後始末が大変であった。今は、3台の機械を使うために、人間が関わる手間はずいぶん省くことができる。

  雪下ろしの最中に、区民同士でいろんな話をすることができた。

数十人が集まった村の道場の雪下ろし。

  「一軒の雪かきには5万円かかった」と話す区民がいた。それも、お得意さんにならないと自分の思う日に来てもらえないということもわかった。業者にしてみれば、突然依頼された人よりも、毎年依頼される人を最優先する気持ちは理解できる。

  この金額が妥当かどうかというよりも、この金額を気軽に出せるかどうかだろう。乏しい年金の中から、シーズンに2、3回出すとなると、雪を恨めしく思うだろう。

  しかし、私たちの村は、新潟の山奥野人たちに比べたら、まだまだ少ないだろう。雪を恨んでばかりもいられない。雪を乗り越え、雪を楽しむこと、雪を活かすことが考えられないだろうか。

  雪のおかげで春には豊かな水の恵みを得て、米作りなどができるのだが、なかなかそうは思えないほど高齢者の多い区民を悩ませている。

  春のありがたさを一番感じているのは、やはり雪国の人たちだろうと思う。

  一口に福井県と言っても、雪に関しては、三国と福井と永平寺や松岡と勝山ではずいぶん状況は異なる。また、勝山と言っても、街中と山奥ではずいぶん違う。雪に負けない根性が今の世の中のどこかで生きることを願うばかりだ。

(日記:午前中、村の道場の雪かき。その後、鉄骨の車庫の軒先の雪を下ろす。午後は、事務所で数学のホームページ作り。今日は、あまり雪が降らなくて助かった。夜、家内と一緒に、NHKの朝ドラ『てっぱん』を6回分(10月18日から23日まで)を見る。なかなかいいドラマだ。)