RSS
 

Archive for 3月, 2011

定期検診

31 3月

全ては自分のせい
  私は2ヶ月に一度、済生会病院で検診を受けている。1、2週間前になると、「今回もあまり節制できなかったなあ」と反省するばかりである。

  それは、ちょうど試験直前になって「もっと勉強しておけばよかった」と嘆く受験生に似ている。毎回、病院では、血液と尿と血圧の検査があり、診察の時に、それらのデータが示されることになるのである。

  これまた、ろくに勉強もしないのに結果ばかり気にする受験生に似ている。少しでも数値がよくなれば、気分は軽やかになり、悪くなればがっかりである。

  ところで、今回は、少し悪化した。雪のあった前回は除雪作業で汗を流すことが多かったので数値もよかったが、今回は、家庭菜園や除雪作業のオフシーズンである。

  慌てて、1週間前から、朝食前にウオーキングを始めたが、焼け石に水だったようだ。でも、これに懲りずに、運動を継続することと、食生活には気をつけたいと思う。

  まるまる太った人は少なくない。自分もそうであった。若いうちは、それでもよかろうが、ある程度の年齢になったら、気をつけなければならない。

  病気は、遺伝や環境的な要素もあるだろうが、多くは、健康によくない生活習慣が影響しているように思われる。腹の突き出た人が、油モノのつまみでビールをがぶがぶ飲んでいる姿を見ると、他人であっても、病気にならなければよいがと思ってしまう。

  病気を他人のせいにしてはいけない。全ては自分のせいだと思わなければならない。それと同時に、「これをしているから私は健康になるだろう」という確たる何かを持ち続けなければと思う。

明後日の本番(佛母寺の団子まき)に向けて『片瀬豊年ばやし』の練習をする区民有志。

(日記:午前中は、済生会病院へ定期検診に行く。わずかだが、数値が悪くなってがっかり。気を引き締めていきたい。午後は、パソコンで、歌やオカリナのカラオケ作り。午後7時半より明後日の佛母寺での「涅槃団子まき」に演ずる「片瀬豊年ばやし」の練習。)

 
 

自転車操業的経済

30 3月

漕ぎ続けることの難しさ
  「自転車操業」という言葉がある。読んで字のごとく、自転車のような操業である。自転車は、漕ぎ続けなければいつかは倒れてしまう。

  漕ぎ続けることによってしか、維持できない状況、つまり、操業を止めると倒産してしまうために、売上金のほとんどを仕入れ金に当て、赤字覚悟で操業続けることを「自転車操業」といっているのだ。

  国の経済も、幾分このような傾向にあるのではないかと思うことがある。景気回復のために、消費を促すのだが、そんなに欲しくないものまでどんどん買い続け、作り続けなければ、世の中が安定しないようでは、いつか先が見えてしまう。

  今回の大震災では、どのようなことが起こるのだろうか、気になるところである。いざというときに備えて、国民の多くが、質素・倹約に励んだとしたらどうなるだろうか。

  ものが売れなくなり、作る側が立ち所に行き詰まることであろう。かといって、そんなに欲しくないものや贅沢な品を買い求めることでしか、安定しない世の中もおかしなものである。

  自動車、テレビや電化製品、パソコンなども、必要以上に高性能になっている。冷暖房も今やどこにでもある時代だ。学校までが、どんどん冷房を入れる時代だ。

  その結果、人間が耐えられる温度は限りなく狭くなっているように思う。暑ければクーラー、寒ければ暖房、それも、床暖房までが普及し始めている。

  私自身は、首から汗を流して夏休み中の課外授業をした頃が懐かしい。学校が、完全に冷房化することをよしとはしない。屋外でスポーツする子どもが減っているのだ。

  国民の要望に応えようととすると、まだまだエネルギーは足りない。しかし、エネルギーは有限だ。原発をもっともっと増やさなければ需要に追いつかないという。国の人口が減ってもだ。

補修と補強で一部解体した我が家。垂木の本数を倍にし、その上、支えを入れるので、強度は2~3倍以上になるはず。

  モノや便利さを求める時代のスピードを少しゆるめて、心の豊かさを求める時代にしないと、地球そのものが「自転車操業」的になってしまうのではないか。

  限りある資源を求めて、新たな争奪戦が始まるのではないのか。ルールを無視して「力と力」の勝負になるのではないのか。それは、やがて人類の滅亡へつながっていくのではないか。

  少しオーバーかもしれないが、日本は、赤字で国債を発行し続けなければ回らない世の中になっているようだ。今ほど政治力が求められる時代はないのではないのか。

  政治のレベルを上げられるのは、政治家を選ぶことのできる国民一人一人にかかっているのだ。鍵は私たち自身が握っていることを再認識しなければならない。

(日記:午前中は、雪囲い外しや、大工さんの仕事で出た材木のくずなどの後片付けをした。午後、少し雨が降り出したので、作業を止めて編曲作業を行った。)

 
 

春の足音

29 3月

平凡こそ「幸せ」
  ここ3日間ほど朝一人でウオーキングをすることにしている。少し早足で田んぼや住宅の周りを一回りして帰ってきた。とてもよい天気で気持ちがよい。

村の大工さん親子による屋根の補修と補強工事。

  今日も大工さんが屋根の補修と補強のためにやってきた。スノータイヤも替えたので、今日は雪囲いを外すことにした。ほんのこの間、雪囲いをしたばかりなのにもう外す時期だ。

  植木や家の周囲の雪囲いを外し始めると春だなあと思う。冬の寒さや除雪作業の煩わしさもすっかり忘れてしまって、気持ちが新たになる。

うららかな春の日差しの中でままごとやお茶をする孫達。

  孫達は、ピクニックのように家の前で、ままごとをしたり、お茶を飲んだりして、春の日差しを楽しんでいるようだ。毎年繰り返されるが、のどかな一日だ。

  毎日、毎日同じようなことを繰り返すが、何事もなく、同じ事を繰り返すことができるというのも、幸せなことなんだ。被災地の人たちは、こんな平凡なことも叶わないのである。

ほんのこの間、雪囲いをしたのにもう雪囲い外し。春の足音が聞こえる気持ちのよい一日だった。

  屋根工事の方は、屋根の端から約1間(1.8m)ほどの瓦をめくり、瓦の下の裏板もめくって補修と補強工事が進んでいく。大工さんの話では、今までの倍の積雪にも耐えられるだろうとのことだった。

(日記:午前中、雪囲い外し。午後も継続。終日、外での作業。近所の人が時々、大工さんの作業をのぞきにやってくる。うららかな一日だった。)

 
 

家を守るということは

28 3月

雪に備えて
  今年の冬はかなりの大雪であった。除雪作業の多い年だった。何よりも不覚であったのは、家の後ろ側の垂木(タルキ)が折れたことであった。

  あるとき、ふと屋根を見上げると、屋根の一部が垂れ下がって見えたのである。垂木が折れている!ショックであった。家にいながら、家を守れないなんて。

  済んだことは仕方がない。同じような補修をしたのでは、今後同じような雪害が出ることが考えられる。そう考えて、今回は、垂木を倍に増やして補強してもらうことにした。

  また、雪害のなかった家の前側も、垂木を倍に増やして補強してもらうことにした。今日初めて、区内のY工務店の親子が来て下さった。そして、作業を効率よく安全に行うために、足場を設けた。

屋根の補強のために家の前方に組んだ足場。家の前方は垂木を倍に増やしての補強工事。(家の後ろ側は雪で破損した垂木の入れ替えと補強工事。)

  私は、その間、屋根の雪止めに引っかかっている杉葉や杉の実を取り除いた。また、雨樋に引っかかったり、堆積している様々なものを取り除いた。

  家を守るということは、簡単ではない。先ずは、物理的に破損しないように、腐ったりしないようにしなければならない。雪囲いもその一つだろうし、除草などもそうだろう。

  鉄骨や木造部分は、塗装のはげたところを放置しておくと腐敗につながる。瓦も割れていないか常に点検しておかないと、雨漏りがするだろう。

  風呂場でも、使った後の換気をしっかりしておかないと、長持ちしないだろう。特に、家の北側は、日当たりが悪いので、その分気をつけなければならない。

  ソフト的な部分としては、村の一員として、家のリーダーとして、市民として、国民としての義務や責任も少なくない。村の中だけ考えても、共同作業や役割があり、宗教的な行事もある。親類や知り合いとの付き合いもある。

  人は、一見つながっていないようでつながっている。付き合いはおっくうなときもあるが、いざというときの大きな力にもなる。

  家を守るということは、時には苦労も多い。私は高校1年生で父親を亡くしたので、多くの場面で地域活動に参加することが多かった。

  今は、子どもや孫達の心のよりどころとして、故郷として、この家を守っていかなければと思う。家の補強に当たって、このようなことを考えた。

(日記:午前中、スノータイヤの入れ替え。まさか、もう雪は降らないだろう。また、大工さんが雪で折れた箇所の補修と、雪に対する家の補強のために足場を組んだ。私は、それらを見ながら、屋根や雨樋の掃除などで一日が終わった。午後、横浜と福井の孫達が「スキージャム」へ「ソリ遊び」をするために出かけた。快晴で気持ちがよかったとのことだった。夕方、暇を見て短時間ではあるが、編曲作業を行った。)

 
 

少し昭和に逆戻り

27 3月

農事法人の共同作業
  昨日の壮年会の総会後の懇親会のなかで、法人の理事長のNさんから、「明日のビニール張りの作業を手伝ってもらえんやろか」と言われた。

  朝6時半過ぎに起きて、法人の農舎へ向かった。10人あまりが集まった。来月に搬入される苗(稲)の搬入に備えて、ハウスにビニールを掛ける作業を行うのだ。

  田植え機にセットできるように苗箱に種籾を播き、成長を早めるためにビニールハウスの中で、温度を上げ、水をかけるのだ。ビニールハウスはそのためのものだ。

「農事法人かたせ」のハウスのビニールがけ作業。作業に参加したのは50歳代、60歳代がほとんどであった。来月にはこの中に、苗(稲)箱を並べる予定。

   今日は、ハウスのアルミの骨組みに、みんなでビニールを掛ける作業を行った。ビニールを片側から骨組に掛け、留め金で固定し、さらに、その上からビニールひもで締めておくのだ。

  昔なら、一人で長時間かかる作業は“い(結)”と言って、お互いが助け合って作業をしたものだ。こうして、田植えも稲刈りも、隣近所が助け合ってたくさんの人数で作業をしたものだ。

  子ども時代の私達も、大人と同じように、“い”を行った。例えば、除草機をかける場合でも、一人で作業をすると、大きな田んぼに一人だけ入って長時間かかるが、友達といっしょだと作業効率も上がり、単調な仕事も楽しくできた。

  近年は、このような作業方法はとらなくなった。個人で様々な機械を持ち、作業を行うために、隣近所が助け合って農作業をすることはほとんどなくなってしまった。

  さらに、最近は、若者の農業離れが進み、地区では高齢化が進んだ。また、機械も高性能になり大型化し高価になって、経済的に全く採算が合わなくなってしまった。

  そこで、私の地区では、農地を集約し、農道や水路を直し、会社組織にして、高性能の大型機械を購入し、さらに農舎を作って効率的に稲作に取り組もうとして、歩み始めたのだ。

  おかげで、昔のように、時々共同作業をする機会が増えたのだ。作業をしながら、時々、普段とは滅多に話すことのない地区の連中とも話すことができるようになった。

  単調な作業もみんなでやれば、結構楽しくできるのだ。退職した昨年春以来、回数は多くはないが、村の共同作業に参加できる機会が増えた。、

  このような作業の延長に『片瀬豊年ばやし』が生まれたと思っている。この歌に私はたくさんの願いを込めた。

     「 ♪ 片瀬自慢の イモ(里芋)、とショウガ
       それに加えて いまい米 ♪  」

  是非とも、これらを片瀬の特産物として、次世代に残していってほしいと思う。また、

      「 ♪ 我が子 よその子 みんな村の子
           明日の片瀬を 支える宝 守り育てよ 世のために 世のために ♪ 」
     「 ♪  人のためにと やることが 回り回って 我がために
        人を信じて いきましょう 持ちつ持たれつ いきましょう ♪  」

  昭和のよさを壊して、「経済優先」、「能率優先」、「自分中心」、「欲望中心」で、消費・浪費をしなければ回らない世の中になってしまったように思う。

  今回の大震災を機会に、日本のあり方、自分自身のライフスタイルを見直したいと思う。被災者の皆さんのために、多少の負担を受け入れながら……。

(日記:午前8時より昼まで、「農事法人かたせ」のハウスのビニール張り作業に参加。快晴でとても気持ちがよかった。特にみんなで作業ができてとても楽しかった。普段、パソコンをしていることが多かったので、肉体作業で汗をかくのは快感だ。午後は、自宅で『数学のホームページ』作り。充実した一日だった。)

 
 

被災者のニーズ

26 3月

人によって異なるニーズ
  被災者の皆さんの状況が毎日テレビで放映されている。それらを聞いていると、被災の程度もそれぞれで、被災者の皆さんのニーズもいろいろである。

  水がほしい人、食品がほしい人、ガソリンがほしい人、衣類がほしい人、衛生関係の物品がほしい人、トイレがほしい人、住むところがほしい人、車がほしい人、薬がほしい人、そして、話し相手がほしい人、……など様々である。

  今後復興が進むと、地域によっていろんな手助けが必要になろであろう。援助を求める人と手助けしたい人のマッチングはとても大切だが、簡単ではなかろう。

  また、復興には、いろんな職種の人が必要であろう。そんな中で、私にも何かできることがあるのではと思うが、必要としている人を探し当たることは簡単ではない。

  救援物資一つにしても、必要としているところへ必要な物資を送ることは簡単ではない。災害が発生する前に、「事が起こったときに、こうした情報を整理し、必要な援助を迅速に行うシステム」を考えておかなければと思う。

  多くのシステムは、事故が起こっていないときしか作動しないことが多い。本当に作動してほしいときには、想定外の事故が多発してシステムが全く作用しないのが常だ。

  今回の事故を教訓に、危機管理に「想定外だった」ということにならないように、あらゆる可能性を考えなければならないと思う。今回の災害は、私たち人類にあまりにも大きな犠牲を強いてきた。

  二度とこのような災害が起こらないことを祈るが、相手が自然の場合にはこれを止めることはできない。しかしながら、被害を最小限に留める努力だけは惜しんではならないと思う。

  自分も含めて、多くの人が、「今、自分には何ができるのか」を、これだけ考えさせられたことはないだろう。援助を求めている人に、自分のできることをさせていただきたいという気持ちは日に日に強くなっている。

東京で働く末娘と私たち夫婦がスカイプ。顔を見ながらの会話は楽しい。

(日記:午前中、数学のホームページ作りを自宅で行った。「一つの関数からどれだけのことを読み取れるか」が、今日のテーマだ。午後は、パソコンのデータ整理を行った。10数年前に作った曲が色々出てきた。近々、これらのメロディーをこのブログにアップしてみたい。午後6時半より、壮年会の総会が行われた。私は、壮年会を引退して老人会へ入る歳になった。しかし、もう少し老人会への入会を伸ばして、壮年会においてもらいたいと思う。壮年会では最年長になってしまったが。帰宅してから、東京へ転勤した末娘とスカイプをした。顔を見ながらの話は双方がうれしくなる。)

 
 

立場を代えて考えてみると

25 3月

相手を思いやる気持ち
  いよいよ学校では、三学期の終業式も終わり、平成22年度もほぼ終わりに近づいている。まもなく、新学期が始まる。各学校では、異動があったりしても、4月当初には新しいスタッフが決まっている。

  新採用教員もいるだろう。子ども達に、突然「先生」と呼ばれても、一人前の教師になるには10年以上はかかると心してほしい。常に、「今の言動を子ども達はどうとっているだろうか」と自問自答してほしい。

  子ども達を甘えさせよと言っているのではない。時々、相手の立場になって考えてみることが大切だと言いたいのだ。また、保護者の立場で考えてみることも必要だろう。

  別に、これは、学校だけのことではない。役所を始めとする全ての公務員もそうだろう。納税者である一般市民の立場に立って考えてみることはとても大切だと思う。お上意識では、お話にならない。

  企業でも同様だ。常に、顧客の立場に立って考えなければならない。政治家も同様だ。国民の立場に立って考えているのか。それとも、党利党略、自分のためにだけ考えているようではいつか国民から見放されるだろう。

  今回の「東北・関東大震災」を考えてみると、幸いにも今回被災しなかった人たちは、被災者の皆さんの立場に立って考えてみる必要がある。自然災害は、いつどこで、起こるかわからないので、自分が被災者になる可能性がある。

  自然災害は、いくらでもある。豪雨、豪雪、地震、干ばつ、火山の噴火、……、そしてこれらが引き起こす津波や土砂崩れ、河川の氾濫、家屋崩壊、環境汚染……があり、今回のように、原発の災害もある。テロもあるかもしれない。

  平常な生活が、いつ、これらによって崩壊するかはわからないのだ。たまたま、今回被災しなかっただけのことであろう。津波の発生した地域への出張や観光で被災した人もいるだろうし、反対に、被災区域以外へ出張や漁に出ていて被災を免れた人もいただろう。

  生と死は紙一重である。そう思うと、こんな時期に、自分さえ良ければという考えを起こすのではなく、もしかしたら自分の所へ来たかもしれない災害が、たまたま他の地域で起こっただけだと考えることもできる。

  また、将来、自分の子孫が災害に遭うかもしれないのだ。そう考えると、いつも自己中心ではなく、時には立場を代えて考えてみることが必要ではなかろうか。

  ボランティアをする人は、それを受ける側の人の立場を考える必要があろう。ありがためいわくになることは避けなければならない。

  新年度が始まるに当たって、今回の大震災から、自分自身を見つめ直し、他人を思いやる気持ちを持って、事に当たらなければならないと思う。先ずは、自分から、そのように行動しなければならないと、今、考えている。

久々の銭太鼓の練習。孫娘も私たちについてきて、メンバーといっしょにバチを振っていた。

(日記:午前中、自宅で、「数学のホームページ作り」のために課題を考えていた。問題を作るのは時には、解くよりも難しい。午後は、久しぶりにプールへ出かけて、歩き・泳ぎ・ジャグジー風呂に入り、サウナに入った。久々にたくさんの汗をかいた。帰宅してから、「数学のホームページ作り」のために、今年の数学のセンター試験問題を解いた。午後、7時半より、これも久々に『片瀬豊年ばやし』の練習をした。孫も練習についてきた。)

 
 

好きな道で生きることは

24 3月

友達の友達、来る
  先日、友達のAさんから電話がかかってきた。ブレイクダンスの中村剛さんを連れて事務所へ来るということだった。彼は、全国的にも名の売れたブレイクダンサーで日本代表チームの一員として世界大会にも出場しているのだ。

 また、先日、東北・関東大震災のチャリティーイベントとして、JR福井駅西口広場では「チャリティーパフォーマンス~今、できること。」が開かれたが、企画したのが、ブレイクダンスインストラクターの中村剛さんだったのだ。「被災地に今必要なのはお金。ダンスを見てもらって心が動いたら募金してもらいたい」との思いから仲間に開催を呼び掛けたとのことだった。

 福井新聞ニュース http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/27030.html

 私は、ブレイクダンスのなんたるかもよくわからないまま、勝手にこんなものだろうと決め込んで、午前中は勝山のメロディー、「しっちょうめ(左義長で使われる曲の一つ。北陸三大祭りの一つ、三国まつりでも使われている)」をロック調に編曲しようと必死に取り組んだ。

YouTubeで自分のダンスの映像を示して説明してくれた中村剛さん。

  12時を回ってようやく部分的に完成した。早速CDに吹き込んだ。彼らとは午後1時に会うことになっていたので、昼食を食べる間がなかった。それでもCDを持って事務所へでかけた。

  Aさんと中村さんは、約束通り午後一時頃、事務所へやってきた。話していて、彼は、ダンスを広めたいという強い夢を持っていることがよくわかった。

 途中、YouTubeで彼のダンスを見せてもらった。こちらが度肝を抜かれるような激しいダンスだった。驚いてしまった。

  しかし、勝山にいながら、ダンスで飯を食べていくことはかなり困難である。20代後半の彼には若さや時間が十分あるが、ダンスだけで生活するのは勝山では困難である。

  ダンス教室も開いているが、生活できるほどの収入はないという。考えてみれば、好きなことだけで生活することは大変なことだ。作家志望みたいに、生活の糧はアルバイトで稼ぎ、自由な時間は小説を書きまくるというように生活できるだけの最低限の収入を確保しなければならない。

  それでも夢を追いかけたい。そんな気持ちが身体からほとばしっていた。私も、高校時代は漫画家になりたくて一生懸命漫画を描いていたが、途中で夢を諦めざるを得なかった。

  若い人たちが、自分の夢を追いかけることはかなり大変なことだ。それでもプロを目指すか、セミプロで頑張るか、趣味にとどめるか、夢を諦めるか。いつかは、選択を迫られるだろう。

  3人で、色々話し合った。夢を持ち、それに向かって歩み続ける若者を見ていると、エネルギーをもらえる。3人で話しているといろんな企画を思いついた。私にできることは応援したいと思う。

(日記:午前中は、編曲作業。午後は、ブレイクダンス・インストラクターの中村剛さんとAさんと事務所で会う。色々語り合った。夢も話し合ったが、現実の壁に突き当たっている悩みも聞いた。頑張ってほしいと思う。)

 
2 Comments

Posted in 未分類

 

国民総幸福量(GNH)

23 3月

幸福の尺度
  国民の豊かさを表す指標として「国民総生産(GNP=Gross National Product)」や「国内総生産(GDP=Gross Domestic Product)」が使われてきたが、はたしてこれらの指数で国民の豊かさが測れるだろうか。

  これらの指標に対して、最近、「国民総幸福量(GNH=Gross National Happiness)」が脚光を浴びている。

  このGNHとは、1972年にヒマラヤの小国、ブータンのワンチュク国王が提唱した「国民全体の幸福度」を示す”尺度”である。GNPなどのように、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。

  なぜこのような考えに至ったのかは、おおよそ想像することができる。1960年代から70年初頭にかけて、ブータンでは先進国の経験やモデルを色々研究したそうです。

  その結果、「経済発展は、南北対立や貧困問題、環境破壊、文化の喪失につながり、必ずしも幸せにつながるとは限らない」という結論に達したというのだ。(私も、近年の日本を見ているとその通りだと思うことが多い。)

  そこで、GNPなどで表される物質的豊かさを追い求めるのではなく、人々の「幸せ度」を増やすことを目指すGNHという考えを打ち出すことになったそうです。

  ところで、人は何によって幸福を感じるのだろうか。それは、国によっても異なる。

  日本では、どちらかと言えば、個人が恵まれることに重きを置いているのに対し、ブータンでは、家族や隣人などと仲良く暮らすことに重きを置いているように思われる。

  ブータンでは、家族も、友人も、近所の人とも仲良く、いわば地域が一つの家族のように支え合っているそうだ。 経済的な発展一つとっても、日本や欧米では「自由な競争」を尊ぶが、ブータンでは「国民が等しく恵まれること」を目指すということで、一部の人間のみが恵まれる社会をよしてはしないようである。

   GNPでは、およそ日本の20分の1のブータン王国の国民の95%が「自分は幸福と感じている」そうだが、目指すものが異なればそうなるのかもしれない。

  ブータンの首相の言葉、「幸せとは、今、自分が手にしているものに感謝すること」も、意味深い言葉である。次から次へと「モノ」を追い求める私たちには、耳の痛い言葉であろう。

  私の子ども時代は、一家に1台しか自転車がなかったが、今、大人の人数だけ車のある時代だ。電化は際限なく進み、エネルギー不足を補うためにどんどん原子力発電所を作り続ける。ひとたび、事故が起こればパニックになるのだ。

  ブータンではないが、モノを追い続ける生活スタイルを少しは改め、あるモノに感謝してもう少しゆったりと暮らせる社会を作らない限り、世の中は豊かで平和にならないような気がする。

  誰のために、24時間店を開け続けなければならないのだろうか。コンビニも深夜は休めばいいのではないのか。エネルギーの無駄遣いではないのか。

  モノを作り続け、モノを買い続けなければ持続しないような社会はどこかおかしい。電話もなかった昔が、テレビもなかった昔が、必ずしも「今より不幸な社会」ではなかった。むしろ、逆であったかもしれない。 

  豊かになるにつれて、貧しい時代にはなかった「無縁社会」なる言葉が生まれるのはどこかおかしい。よくよく考えてみると、ブータンの社会とは、昔の日本そのものではなかろうか。

  「GNPではなく、GNHを目指す」と公言するブータン国王こそ、21世紀のリーダーであるかもしれない。実際、世界を動かす100人の一人に選ばれているのだ。 物質に対する欲望を少しは押さえ、心の豊かさを目指していきたい。

孫と家内が時間の経つのも忘れて「アンパンマン遊び」。

(日記:午前中、家や車庫や事務所にある古いパソコンを引き取ってもらうために大野へ行った。広告に無料とあったからだ。本当に助かった。午後、編曲作業をしたり、孫と遊んだりして、のんびりと過ごした。夜、家内と孫が家内の作ったアンパンマンなどを使って「アンパンマン遊び」をしていた。)

 
 

今こそ政治の出番

22 3月

被災者が希望の持てる明確な復興計画を示してほしい
  まだ救助を求めているかもしれない被災者の救助と避難している人たちの支援に全力を尽くしている最中だが、被災者の人達が一番気になるのはこれからの生活ではなかろうか。

  特に、復興可能な範囲での建物や道路の損壊ならば、ある程度の時間が経てば少しずつ復興できるだろうが、まちそのものが瓦礫と化した地域ではそうはいかない。

  根本的な都市計画に基づいて復興させなければならない。しかし、地域によっては、地方自治体や県の能力を超えているように思われるところが少なくない。

  肉親を失い、復興までの道筋を描けない人が多いだろう。幸いにも、避難することができた人たちも、将来のことを考えると、同様にこれから先のことに明確な考えを見いだせないのではなかろうか。

  今こそ、政治が、これらの人たちに、明るい復興計画を示し、それに向けて進まなければならないように思う。政府の強力なリーダーシップに期待すると同時に、被災地の復興には、被災に遭わなかった人たちも、それ相応の負担を覚悟しているように思われる。

  高校野球のテーマではないが、「頑張ろう!日本」を合い言葉に、今こそ全国民が一丸となって傷ついた日本の復興に頑張りたい。

  それには、政治がリーダーシップを持って、復興の青写真を描き、被災者が勇気戸希望の持てる復興計画を示してほしい。明日に希望を持てる計画ならば、全国民もこれを支持すると確信する。

(日記:午前中は、孫達と過ごしながら冬の除雪道具を片付ける。午後1時半より、越前大仏の研修道場で「門前町の活性化」についての話し合いがあった。今年一年の行事についての意見交換が行われた。その中で、今回の東北・関東大震災の被災者の方々の避難の場所として門前町を考えているとの話も出た。)