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Archive for the ‘雑感’ Category

少子化について

13 4月

異次元の少子化対策
 年々人口下減っていく。東京だけが増えていくと言うと、あたかも東京では出生率が高いのかと錯覚を起こす。実際には人口移動で若者達が東京へ向かうだけのことだろう。

 地方で育てて、東京で働く。これでは地方は大変だ。高齢者ばかりが増えていくことになる。とにかく、日本の人口は毎年ちょうど福井県の人口に匹敵する75万人が減っていくという。

 「少子化は国難」とあおり、「異次元の少子化対策」と頑張りを見せるが、少子化の原因は単純ではない。20年ほど前から、少子化対策に対する疑問を持っていた。

 それは、少子化の原因を本気で考えず、場当たり的に取り組んできたように思われるからだ。その原因たるや数え切れないほどある。もっといえば、国や地域のやることなすことの全てが少子化に繫がっているように思われる。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」式に、ありとあらゆるものが少子化の原因になっていると言っても過言ではない。一例を挙げてみよう。

 達エバ車だ。車は日々の生活には欠かせない便利のものであるが、この車だって考えようによっては、少子化に繫がっていると言えなくもない。

 若者達は、この車に収入のどれくらいをあてているであろうか?立派な車を乗り回して金銭的余裕があるあろうか。スマホ、ファッション等々、出費は車ばかりではない。

 車が鉄道をどれくらい廃線に追いやっているだろうか?廃線により地域が消滅の危機にさらされている。車だけでは高校生までの子供や高齢者には住みにくい環境だ。

 車社会になり日々の生活の中でコミュニケーションがどれくらい損なわれているだろうか?仕事などで夫々が同じ方向に向かうにしてもそれぞれが孤立している。

 車社会になり多くの地域では広域で働くことになり、日々の自由時間が少なく、地域ではほとんどの若者の団体が消滅してしまった。当然、それらが担っていて地域での活動がなくなってしまった。必然的に男女の出会いも少なくなってしまった。

 これがあらゆるものに対して言えるのだ。時代の変化と言ってしまえばそれまでだが、あらゆるものが少子化に繫がっていると私は思う。少子化対策に対して何が一番効果的かをもっともっと知恵を集めて考えてほしいし、考えてみたいものだ。

 
 

衰退する各種団体

29 3月

何が団体を衰退させるのか
 勝山市では、いろんな団体が次々となくなっていく。市の婦人会や町の婦人会はなくなってしまった。各集落などの婦人会も残っている方が少ないくらいだ。青年団も市の方の団体はなくなってしまった。

 様々な団体がなくなって行く理由の一つに役員のなりでがないということもある。どうしても役員のなり手がない団体では持ち回りにするが、これも問題である。

 平等のようでも、問題がある。役員が回ってくるのを機会に団体を辞める会員が出ることだ。そのうちに、団体がなくなるということも少なくない。

 また、団体に適した人物がいても、持ち回りのために、何年も順番が回ってこないということもあり、そのうちに会員資格を失って退会するということもある。

 もう一つの理由は、自主的な活動をする前に、市から、県から、国から下りてくる様々な割り当て仕事があることだ。全てが悪いとは言わないが余裕をなくした今の人たちには負担感は多いだろう。

 時代の流れもあり、団体の世話にならなくても、自分でそれぞれにすることがあり、生活スタイルが他人の助けを借りなくてもできることも一因ではないかと思われる。

 かつては、隣近所の力を借りなければなかなか仕事が捗らないこともあり、それらを「結い」によってしのいできたのだ。だからと言って、個人的に生きていけないのが人間である。団体の自然な復活を望みたいところだ。


 

 
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ブログ再開~新年に当たって

01 1月

「残日録」に込めた想い
しばし中断していたブログ「いなかもん残日録」を再開することにした。この「残日録」という言葉だが、藤沢周平さんの「三屋清左衛門残日録」からヒントを得ている。
三屋清左衛門は、藩主に願い出て隠居生活に入った。しかし、隠居の日々は暇になるどころか、実際には町奉行が抱える事件や、知人やかつての同僚が絡む事件の解決に奔走することになる。三屋清左衛門は、藩の様々な人たちとのしがらみがなくなり自由になったために、現役時代160101 蘭よりも充実した生活を送り、諸問題を見事に解決していったのである。私には、理想の退職生活のようにも思える。
退職して社会とのつながりを希薄にし、趣味三昧の生活を送ることは私には耐えられない。退職時の挨拶で述べたように、「社会のため」「家族のため」「自分のため」の三つが割合は別としてもほどよくミックスしていなければと充実感は得られないと思っている。そんなわけで、このブログを再開したいと思う。せめて週に2~3回は書きたいものである。

新年に当たって
さて、新年に当たって、今年の自分のささやかな目標を考えてみた。
・猪野瀨地区の「活性化委員会」の活動を実のあるものにしたい。
・完成間近の「高校数学参考書」を仕上げたい。
・創作活動・郷土芸能活動・音楽活動・奉仕活動等を継続したい。
・晴耕雨読で家庭菜園作業等に親しむ。
・健康維持に努めたい(歩くことを中心に運動に親しむ)。

光陰矢のごとし
 ぼんやりしていると、一日はあっという間に過ぎてしまい、それが重なって一年もあっという間に過ぎてしまう。無理はしなくてもよいだろうが、時間の浪費は避けたいものである。
その基準は、時間が自分にとって、価値があるかどうかできまる。また、創造(想像)的であるかどうかでも決まる。気負わずにゆっくりとスタートしたいものである。

 
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桜花爛漫

11 4月

桜を見に福井・丸岡へ

11 桜タイトル

福井の桜

足羽山公園の桜。肌寒い日で昼前だったので人出は少なかった。

足羽山公園の桜。肌寒い日で昼前だったので人出は少なかった。

足羽山動物園の中にあるしだれ桜。ピンク色が鮮やかで今年も出会えたという感じであった。

足羽山動物園の中にあるしだれ桜。ピンク色が鮮やかで今年も出会えたという感じであった。

足羽神社のしだれ桜。見応えがあった。

足羽神社のしだれ桜。見応えがあった。

足羽神社のしだれ桜。駐車場係の人から勧められた。多くの人たちが記念写真を撮っていた。

足羽神社のしだれ桜。駐車場係の人から勧められた。多くの人たちが記念写真を撮っていた。

丸岡城公園の桜

丸岡城公園のしだれ桜。一本だけ囲ってあった。

丸岡城公園のしだれ桜。一本だけ囲ってあった。

丸岡城公園の庭園の周囲にあったしだれ桜。

丸岡城公園の庭園の周囲にあったしだれ桜。

桜と丸岡城を一枚の写真に収めようとするとかなり苦労した。

桜と丸岡城を一枚の写真に収めようとするとかなり苦労した。

 

 
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地に足を着けて生きる

27 3月

次々起こる不可解な事件
現代は、ある面では「成熟した社会」と言えるかも知れない。しかし、それは物質的な面の豊かさだけであって、精神的には必ずしもそうは思えない。

と言うのも、あまりにも不可解な事件が頻発するからだ。それは、いつどこで起こるか分からない。起こった地面は、どこか精神的に満たされない人たちが起こした事件であるように思えてならない。

今の世の中、経済面、効率面等、安易に得られる快楽的な面が強調され過ぎてはいないか。そして、これらに乗れない者は満たされないのではなかろうか。精神的な面が置き去りにされているように思えてならない。

別の言い方をすれば「地に足の着いた生き方」をしていないのではなかろうか。朝から国会討論を聞いていたが、歯がゆさをを感じた。

今日も家内と二人で約1時間ウオーキング。後ろに見える山は日本100名山の一つ「荒島岳」。

今日も家内と二人で約1時間ウオーキング。後ろに見える山は日本100名山の一つ「荒島岳」。

四季折々の自然の変化を楽しみ、自然の営みに合わせて生活し、季節季節の行事に本気で取り組んだ昭和時代が遠ざかり、軽くなった生き方の延長に充実した生活は来るのだろうか。今のままでは、望まなくても不可解な事件はまだまだ続きそうである。

(日記 午前中は、紙芝居の絵を描いた。午後も作業を継続。午後4時から1時間、今日も市街地と郊外をウオーキング。空には雲一つない晴天。ウオーキング日和だった。夜は少し楽器練習。)

 

 
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複合副作用

14 3月

「モノ」にはある両面
どのように便利な「モノ」にも、そのモノが持つ長所・ろてん・メリットがある。「モノ」とひとくくりにしたが、それはソフトもハードもある。もちろん政策もその一つだ。

政策を例にあげれば、政治家、特に与党はメリット面や成功面ばかり強調する。デメリットを求めたがらない。反対に野党は、与党のデメリット面を強調しメリットを認めなかったり、過小評価する。

円高により笑いの止まらない企業がある一方、原材料の輸入価格が高騰し存続を危ぶまれる企業もある。そのバランスを取り、利益を再配分する機能が十分に働かなければ、今問題の「格差拡大」や「貧困」が増大する。

それは、あらゆる「モノ」には裏表があり、メリットを活かし、デメリットを少しでも少なくする知恵を働かさなければならない。その努力が欠けてはいないかと心配になる。

北陸新幹線が金沢まで開業した。メリット面は計り知れない。経済効果も上がるだろう。しかし、市民の足である在来線の運営は厳しくなるだろう。ここにもあまり取り上がられない「副作用」がある。都会から北陸へ来る人がある一方、都会へ出る人もまた増えるであろう。その対策もまたわすれてはならないと思う。

(日記 終日、紙芝居の絵の追加作業。)

 
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春の訪れ

28 2月

春の足音

2月も半ばを過ぎると
雪国の人間は 春が近づいてきたことを感じる
時々雪がちらつく 日があっても
余裕の よっちゃん

もう雪下ろしのために 屋根へ登ることはないだろう
二階の屋根から 大屋根に差し掛けた
アルミのハシゴを いつ下ろすか
井戸に沈めた  融雪用のポンプを
いつ外へ出すか
そんなことを考える 余裕が出てきた

田んぼの雪は  日一日と融けていく
雪の島が どんどん小さくなっていく

雪を取り除いて水菜に ビニールを掛けた
長い間 雪の下になっていた水菜が
少しずつ 上を向いて 伸び始めている
実家庭菜園の 春一番の収穫物だ

土手を歩けば 融けとばかりの雪の下から
春一番のご馳走 フキノトウが顔を出している
この苦みは 春を告げる味だ

桜の枝先には 寒い冬を一緒に耐えた
堅いが蕾が 出番を待っている
春は足音を立てて 一歩ずつ確実に近づいている

雪国に住む者には 心踊る季節の到来だ
もしも今 農耕馬がいたら
きっとまぶしい太陽の下で 跳ね回ることだろう
草も木も動物も 生きてる証を見せる季節だ
年など気にせずに 今年もがんばるか……

(日記 午前中は資料整理とパソコンファイルの整理。明日は村の「御法事」。今年は、我が班が当番になっているので、午後はその準備のために道場へ行く。帰宅してバンドのカラオケ作り。夕方、福井の孫達がスキーの帰りに我が家へ寄った。そう言えば、子どもが小さかった頃よく家族でスキー場へ行ったことを思い出した。)

 
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平和は遠し……

26 2月

福井新聞学芸欄「論考2015」より
今日の福井新聞を読んでいたら、学芸欄の論考2015『イスラム国人質事件~「テロとの戦争」袋小路』に考えさせられた。「イスラム国の振る舞いは残虐で恐怖をあおる。誰もそれを放置したいとは思わないだろう。だが、まずなぜこのような集団が国家的規模を備えて生まれて しまったのか、その過剰な暴力性は何なのかを考えてみなければならない。」とある。

そして、戦争と犯罪の違いについても述べている。戦争は何人、人を殺しても罪にならないのだろうか。法によって裁かれることはないのだろうか。戦争の異常さは、勝者であれ敗者であれ筆舌に尽くしがたい。

勝者だからといって正義であるとは言いがたい。今の状況は自然に生み出されたものではないだろう。突き詰めれば、今の状況は人の欲が生み出したものではなかろうか。国家と国家の戦争は行われ難くなったが,「テロと戦争」はこれからも続いていくのではなかろうか。

勉強の後の会話が楽しい。「卒業生を送る会」で全校合唱の指揮者をすると嬉しそうに話してくれた。平和の時代がいつまでも続いてほしい。

勉強の後の会話が楽しい。「卒業生を送る会」で全校合唱の指揮者をすると嬉しそうに話してくれた。平和の時代がいつまでも続いてほしい。

今日のコラムの最後の部分を味わいたい。
「……。世界を恐怖から解放するのは決してそれに輪をかけた暴力、つまり「戦争」であってはならないだろう。むしろいかにして戦争の構図を排除するかを考えなければならない。さもなければ世界は業火のような暴力の混迷のなかに沈んでゆく。それがこの十年に及ぶ「テロとの戦争」の教訓である。」

世界は、この文章を書いた「哲学者 西谷 修氏」の心配するような出口のない暴力の応酬に追い込めれていつもでも「テロとの戦争」という名の戦争を続けていくのだろうか。国内では株価がどんどん上がる一方で、心の荒廃が進み、異常な事件が連続している。これが、誰もが望んだ豊かな世界なのだろうか。どこかがおかしい。

(日記 午前中は数学。午後は、音楽の時間。ウインドシンセの練習。むかしなら、あっという間にできるようなことが今は、とても時間がかかる。午後7時から「爺ちゃん勉強」。国語の勉強は難しい。)

 

 
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西高東低だと雪と快晴に二分化

30 1月

暖冬のまま終わるのだろうか
一昨年は、雪下ろしをしなくてもよかった。昨年は、雪下ろしはもちろんのこと、除雪機に一度もガソリンを入れなくてもよかった。今年は、正月に一度先のことを心配して早めに除雪したが、その後のことを考えると、しなくてもよかった。

これから先のことはわからないが、屋根の上に雪はほとんど見当たらない。今年もこのまま暖冬で終わるのだろうか。そうだとしたらありがたい。

話は変わって、今日は東京に雪が降っている。最近、何度か東京へ出かけているが、西高東低だと、北陸や東北、北海道の日本海側は雪が降っているが、関東地方は晴れている、というよりも、日本晴れのような状態だった。

次女の結婚式のあった先週は、ありがたいことに春のような陽気だった。しかし、今日は東京にも雪が降っていた。結婚式の日が今日のような天候だったら大変だっただろう。幸い先週は 春のような陽気だったので、結婚式に出席してくれた親戚の皆さんは東京見物を楽しんだようだった。

いかに文明が発達しても、天候だけは思いのままにはいかない。幸運を喜び、不運を嘆くしかない。でも、冬はやはり、一定の雪があった方がよい。気分が落ち着くし、春のありがたさが倍加するからだ。「ゲリラ豪雨」や「爆弾低気圧」など日本列島の様々な天候を感じた一年だった。

(日記 午前中は数学。午後は、幼児向けの新たな紙芝居の下絵描き。〇歳から2歳ぐらいまでの幼児をいかに引きつけるか、私の力が試される。来週の金曜日に「子育て支援センター」の出番があるからだ。午後4時半に来客。まちづくりについて少し話し合う。夜は、のんびり。)

 
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紅葉の那谷寺へ

14 11月

ガイドの説明を聞きながら境内を散策
 OB会の旅行で、那谷寺へ行き、温泉で昼食を取る日帰り旅行に参加した。那谷寺については、白山や泰澄大師ゆかりの寺ということしか知らず、これまで出かけたこともなかった。

 ガイド本などによれば、次のように書かれていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雨の那谷寺境内をガイドの説明を聞きながら散策。

雨の那谷寺境内をガイドの説明を聞きながら散策。

 真言宗の別格本山。広い境内は奇岩遊仙境と称される。紅葉狩りの名所としても有名。奈良時代、泰澄法師によって開かれた、美しい岩山と四季の草花に囲まれた歴史ある寺。広い境内には奇岩が集まった岩窟や霊石などがあり、山水画のような美しい景色が広がる。本堂、三重塔、護摩堂ほか重要文化財が多数残る。

  白山の神を信仰し、洞窟の中に千手観音をまつっている。 洞窟は母親の胎内とみて古い時代より、「胎内くぐり」の聖地です。 新たに生まれ変わり、罪が浄められると信じられてきた。 平安時代花山法皇により岩屋寺より那谷寺と改名された。 中世には一向一揆等の戦乱で、伽藍が焼失、江戸時代、三代藩主前田利常公が荒廃を嘆き、再興された。 現在は7棟の国重要文化財と、名勝指定園があります。

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紅葉と岩山の仏像群と展望台。

紅葉と岩山の仏像群と展望台。

 確かに、広大な境内に岩山があり、紅葉がきれいであった。ここにも、泰澄伝説が生きているという感じだった。現在は、かなり観光地化された寺でもあるようだ。

(日記 午前8時半に勝山を出て、那谷寺へ。その後、山中温泉へ。総会、入浴、昼食。入浴は、露天風呂に入った。雨が降っていたので、屋根のない露天風呂“湯畑”には私しか入浴していなかった。谷川のせせらぎの音を聞きながら紅葉を眺めていると命の洗濯をしているという感じだった。午後4時に勝山へ到着。早速、公民館へ向かい、文化祭の準備。午後7時半より、「いのせ文化祭」で司会をするSさんと打ち合わせ。当日、Sさんには私の作った拙い『振り込め防止の数え歌』を歌ってもらうつもりだ。昨晩作ったカラオケで練習してもらった。)