RSS
 

おもちゃを持った大人達

12 1月

おもちゃを持って歩く大人達
最近の携帯は、ある種“おもちゃ”になっているように思う。メールによってコミュニケーション能力は 保たれていると思っているかもしれないが、実際には人と人とが顔を合わせて対話をする能力は確実に衰えていると思う。

こんなおかしな話がある。下校途中の高校生男女。一緒にいると会話が進まないので、「あとでメールで話をしよう」ということでその場は別れたという。目の前では言いたいことも言えないのだ。メールの方が楽だというのだ。

生身の人間同士のコミュニケーションで、人は人として成長するのだが、こうした文明の利器によってそれが阻害されているのは大きな問題だ。

こうした傾向は、いろんな弊害を招いているように思われる。草食系男子の増加も無関係ではないように思われる。

メールと実際の会話は大きく異なる。双方向で意見が交わされているように思うが、実際には一方向の積み重ねにしかなっていない。

この頃、携帯はスマートフォンに変わりつつある。そして、これを所持するものが増えている。しかし、46時中、これをいじくっている者は少なくない。さながら、おもちゃを持った大人だ。

パソコンにしろ、携帯にしろ、実用に使う以上の機能を持ち、おもちゃと化しているが、この傾向は今後ますます進んでいくのではなかろうか。

青年期に、身につけておくべき地道なことがおろそかになり、快楽主義、刹那主義、利己主義がはびこり、自己中心的な人間がどんどん増えていく。

地域では、自分を生かす術を見つけられず、とにかく都会へ出たがる。そして、地域は過疎化の一途を辿る。

おもちゃでは味わえない本当の楽しさを若い人達に味わって貰いたいと思う。それには、自ら何かを仕掛けない限り、本当の生き甲斐が見つけられないのではなかろうか。

願わくば、おもちゃ(デジタル)と実生活(アナログ)のバランスをとって貰いたいものだ。昔へ戻ることはできないのだから。

人助けをしようと大きな恐竜(ブラキオサウルス)に化けたが、役に立たずに慌てる狸のタン吉。

(日記 今日は終日、自作童話の紙芝居化のための絵を描き続けた。目は痛くなり、腰も痛くなった。できることなら、この一週間で完成させたい。と言うのも、来週の半ばに保育園で子育てマイスターとして手遊びや紙芝居(自作童話)をやりたいからだ。それには1日3枚の絵を描かなければならない。これはかなりハードなノルマだ。可能性は少ないが、とにかく頑張ってみたい。)

 
 

Leave a Reply