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Archive for 11月, 2012

里芋の「オーナー制度」は……

10 11月

雑談しながらの作業
  午前8時より『農事組合法人かたせ』の里芋収穫作業に出た。男女合わせて十数人が集まった。里芋収穫作業をしながらいろんな話をした。そんな中で出たのが、里芋のオーナー制の話だ。

  ブランド力や宣伝力では隣の大野市の『上庄里芋』に完全に負けている。県内外で圧倒的に知名度が高い。しかし、私たちは、地元の里芋に誇りを持っている。この里芋栽培を経済的に合うようにするにはいろんな面で改善しなければならないところがある。

途中で休憩。コーヒーやお菓子やあわせ柿が出た。わいわい言いながらの楽しい休憩だ。

  今のところ、組合での栽培では利益を出していない。人件費が多くかかるからだ。しかし、これは村の人に時給1,000円で渡ることになる。それでも、組合では里芋栽培を続けている。村の特産物だからだ。

  私のようにいろんな人たちに贈るために栽培している者には、里芋栽培は楽しい。これをオーナー制にできないかということである。あれこれ作業をしながら話し合った。

  普通に作っても、法人で借りた畝を使うと、一畝で30,000円ぐらいの里芋は収穫できるだろうとのことだった。植え付け、子ズイキ切り、収穫の三つの作業はオーナーにやってもらい、水管理(真夏の炎天下には畝の間に川から水を引く)や病害虫の予防は法人が請け負うというのだ。

 里芋のオーナー制は、例えば1万円で募集してはどうかという意見も出た。もう一つの方法は、基本的な肥料を入れて耕してある畝を1本あたり4,000円で借りて全部自分で作るというものだ。組合員の私は、その半額で借りているのだが。

 畝を借りる場合も、ある程度の管理を任せるオーナー制の場合も、目的は農作業や収穫を楽しむことにあるのだ。楽しみながら、里芋の種芋を植え、成長を楽しみ、収穫の喜びを味わい、家族や友達、親戚などに配ることができるのだ。

  そして、青空の下で、健康的に汗を流すことができるのだ。現在の私も、里芋のオーナーになっているようなものだ。自分の栽培した収穫物で人にあげられるものはそんなに多くない。里芋や生姜は、その中の一つだ。

  果たして応募者がいるかどうかが問題だ。こんなことを話しながら、組合の里芋の収穫をした。半日だったが、いろんな人と話すことができ、とても充実した時間を持つことができた。

初めて作った秋ジャガイモの収穫。思ったよりもよいジャガイモが収穫できた。食べきれないほどあるのでこれもプレゼントに使える。

(日記 午前中、法人の里芋収穫。午後は、自分の畑の里芋収穫。村の知り合いのTさんにも里芋をあげた。その後、始めて栽培した秋ジャガイモの試し掘り。午後4時より、親子太鼓教室。いつもの太鼓の他に『左義長太鼓』の練習もした。午後7時半より集会所で銭太鼓『片瀬豊年ばやし』の練習。明日は、北谷の文化祭に出演するのだ。挿入芸は「祝餅つき」と決めた。明日が楽しみだ。)

 
 

1年生になっちゃった

09 11月

読みにくいマニュアルや申請書
  いろんな製品にはマニュアルが付いている。携帯電話や普通の電話にも分厚いマニュアルがある。これらを果たしてどれだけ読みこなせるだろうか。私は、おそらくそれぞれの機能の1、2割ぐらいしか使えないであろう。

 これが、パソコンの種々のソフトとなると、さらに難しくなる。マニュアルは読みにくいものと決めてかかっている人は少なくない。そこで、こうした状況をビジネスに生かしている企業がある。鯖江にある「ウオンツ」もその一つだろう。

 私も、産業支援センターのホームページ制作講座を受けた際、ウオンツ制作のDVD教材『ドリームウィーバー』のお世話になった。産業支援センターの図書室にはウオンツ制作のDVD教材がたくさん並んでいる。いかに、マニュアルが読みにくいかだろう。

  ウオンツは、音楽ソフトのDVD教材も作っている。テレビやギターのエフェクターさえもマニュアルは読みにくい。ところが、分かりにくいものはこれだけではない。

  今年、区長になって、いろんな書類を書く機会が多くなった。簡単に書けるものもあれば簡単には書けないものもある。補助金をもらう場合にはそれなりの書類を書かなければならない場合が多い。

   この関門をくぐらない限り、補助金を手にすることはできない。一度書いた経験のあるモノは苦にならないが、初めて見たものには苦労する。おかげで、税務署へ行ったり、農林事務所へ行ったり、役所へ行ったりしている。

  まさに、1年生になった気分だ。これまでの経験が役立つ分野もあるが、全く役立たない分野もある。そんなときは、素直に質問するしかない。おまけに、補助金をもらった場合には、後ほど実績報告書を出さなければならない。

  文章を書くことが苦手な者には、この壁は大きく、あきらめてしまう場合が少なくないであろう。それとわずかな補助金のためにたくさんの時間を割くのはいやだと思う人もいるだろう。

  私は、やりたいことのために資金がいるとなれば、それを手にするために努力しなければならない。何をしたいか、何をせねばならないか、それによってはわかりにくい分野へも入り込んでいかなければならない。一時の恥も恥と感じる必要がない。

  恥ずべきは、面倒くさくて逃げることかもしれない。分からないことは聞くしかない。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉もある。地域の活性化のために、資金が必要となれば逃げずに向かっていきたい。

 初めての分野で何かをするときには、1年生になったと思えばよいだけのことだ。全分野で小学一年生ではないのだから何も卑下することはないだろう。

祭りに獅子舞を演じてくれた二人。

(日記 朝から申請書を書いた。必要な見積書を取るために、電話とネット活用した。その点では今は便利な世の中だ。午後も作業を継続。何度か役所の担当者に電話をした。あと一息だ。午後6時半頃、村の二人の男子中学生(2年と3年)と一緒に焼き鳥へ出かけた。祭りに二人は私の求めに応じて獅子舞を演じてくれたのだ。獅子頭は私の作った粗末なものだったが、二人は快く演じてくれた。今日は、そのお礼だ。焼き鳥に付き合ってくれただけでもうれしい。彼らもいずれは、地域を、日本を支える人材になっていくのだろう。彼らの前途に幸多かれと祈りたい。)

 
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「伝える」こと

08 11月

「伝える」ことによる効果
  今日の私の最大の仕事は、「平成25年度コミュニティ助成事業」の助成を受けるために、「申請書」を書くことだ。簡単に言えば、地域の活性化のために宝くじの基金を受けようというものだ。

  我が片瀬区は、郷土芸能の備品などを購入し、地域を活性化したいと考えている。大人から子どもへ、上級生から下級生へ「伝えるモノ」を持ちたいからである。伝えるもののある地区は、生き生きしていると思う。

『かたせ瓦版』の裏面に掲載した文化祭の組写真。片瀬の新作芸能『片瀬豊年ばやし』が次代に伝わることを願う。

  昨今、地域では人と人との結びつきが弱くなっている。農作業を一つとっても、昔行われていた「結い」がなくなり、行事なども簡素化し、区民が一堂に会して何かをする機会が激減したのである。

  また、青年団や、婦人会などの組織も弱体化し、形骸化している。遊びや子供会の活動にしても、親の手助けなしには成り立たなくなってしまったのである。子どもは学校や習い事で忙しくなっている。農作業の手伝いなども皆無であろう。

 さらに、我が地区でも、跡を継ぐべき者が市外や県外へ出てしまっている場合が少なくない。また、同居している場合でも、「離れ」を建てるなどして別棟に住んでいる家庭もある。

 このような状況から、地区に伝わってきた「伝統料理」、「遊び」、「生活の知恵」、「芸能」、「習慣」、「地区の謂われ」などが伝わらなくなってしまった。これはそれらが単に伝わらなくなったばかりでなく、伝える機会、人と人とが接する機会をもなくしてしまったのだ。

  これでは、地区の住民は、ただ単に個別に存在するだけで、人と人との「絆」さえもどんどんなくなりつつある。地域を愛する人も少なくなってしまった。つまり、地域に関心を持たない人が多くなってしまったようである。

  テレビや携帯電話(スマートフォン)や雑誌などによって情報が氾濫するようになり、個人が退屈せずに勝手に生きられる世の中になったと言ってもよい。しかし、それは必ずしも人々の幸福を約束するものではない。

  人生に於いては、非能率的なもの、あまり必要ではないと思われるもの、一見無駄に見えるようなものがあって初めて豊かな生活になるのではなかろうか。そんなことを思いながら、補助金申請書と朝から格闘している。

(日記 午前中、先ずはコンビニで『かたせ瓦版』をコピー。その後,市役所へ出かけて『申請書』をもらい、書き方の説明を受ける。そして、鹿谷のおばさん達(といっても自分の同級生もいる)の『銭太鼓』指導に出かける。帰り際に補助金申請の資料を作るために電気屋に寄り、帰宅。その後は、もっぱら申請書づくり。締め切りは明日。ネットで見積書を取ったり,せわしい一日だった。)

 
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「ある」と「ない」

07 11月

どちらがよいか
  「ある」と「ない」ではどちらがよいかを簡単に決めることができない。例えば、金を考えてみると、「そりゃぁある方がいい」という答えが多いかもしれない。

  古典落語の『芝浜』の主人公の魚屋に金があった方がよかったのかなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・インターネットより『芝浜』のストーリー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

 毎日飲んだくれて仕事に行かない魚屋に女房が小言をたれる。明日から商いに出るから今夜を最後にたらふく飲ませろと、飲んだ翌朝、女房に起こされて、渋々商いに出かけた。

 芝浜で日の出を眺めて一息付いていると皮袋の財布を見つけた、覗くと大金が入っている。慌てて家に戻り数えてみると四十二両、こんだけの金がありゃ稼ぐことぁねえ、酒だ酒だと飲み明かす。

  翌朝目を覚ますと、女房が商いに行けとせっつく。あの金はどうした? と聞くがそんな物は知らない。納得出来ないが、夢でも見たかと心を入れ替えて真面目に働き、三年後には店を構え、使用人を雇うまでになった。

 年も暮れて一息ついて女房が語りかけた。三年前の財布は夢じゃなかったんだ、あたしが隠しておいた。ここまでりっぱになったのはあんたの稼ぎのおかげ、もう大丈夫、さあ一杯おやりよ。 「いやよそう、また夢になるといけねえ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   金がありすぎて、道を踏み外した芸能人の子息は少なくない。某社の御曹司もギャンブルに大金を使い、とうとう犯罪者になってしまった。一般論だが、金がないために、汗水垂らして働いた者の方が金のありがたみもよく分かり、大切に金を使うように思う。

  また、「悪銭身につかず」と言うこともある。簡単に稼いだ金は安易に使いやすいものだ。「ある」と「ない」のどちらがよいかの答えは簡単には出ない。

  これは、何もお金ばかりの問題ではない。「もしも、世の中にテレビがなかったら~」、「もしも世の中にゲームがなかったら~」、「もしも世の中に自動車がなかったら~」(私たちの子ども時代にはこれらはなかった)私たちの生活はどうなっていただろうか。

  携帯電話は、どんどん進化して、今や人間から考える機会を奪いつつあるし、自ら調べる機会を奪いつつある。知識で世の中が動くだろうか。世の中を豊かにするために、知識は必要条件ではあっても、十分条件ではない。

 今は、文明の発達が子どもたちからいろんな「モノ」を奪っているように思えてならない。スマートフォンの新型が発売されると前日から行列を作って並ぶ人がいる。テレビがそうして新型の機器を手に入れた人にインタビューしている。

  それによると、「早く家へ帰って、使ってみたい。遊びたい。」との答えがよく返ってくる。そんなとき、うらやましくも何ともない。問題は何に使うかだ。安易に手に入れたモノは、おそらくその「ありがたみ」が分からないだろう。

 「どんどん、大人も子どももおもちゃを手にして生きていくんだなあ」と少し寂しくなる。大宅壮一さんがテレビの出現に対して「一億総白痴化」と言ったことがある。

  これは、「テレビいうメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いの言葉だそうだ。

  私は、テレビにより白痴化するというばかりでなく、これらに多くの時間を割かれて“体験したり、想像(創造)したり、考えたりする時間が奪われてしまう”ことの方が心配だ。

  スマートフォンなどについても同様だ。生活の中での少ない自由時間がこれらを扱うことによってどんどん奪われていくことの 方が心配だ。「おもちゃ(を持った)人間」がどんどん増殖するのが怖い。

 「ある」と「ない」はどちらも大切だが、子どもたちにとっては、「ある」ことによる創造力や思考力の低下、体験の不足等の方が心配だ。子どもたちには、降り積もった真っ白な雪道に自分の足跡をつけていくように、自らの力で道なき道を歩んでほしいと思う。

 『雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡』(田捨女)・・・関係ないか(苦笑)。

 何事も、自分でやるような子どもに育ってほしい。他人の作ったもので楽しむ人間にはなってほしくない。大人は、子どもの考える機会を奪う「考え泥棒」にならないようにしたいものだ。

    特に、教員はこの傾向強し。児童・生徒に質問しておいて、子どもが考えている最中に、突然懇切丁寧な説明(解答)をすることだ。解答を暗記して正解を出しても、本当の学力は身につかない。注意!注意!

  余談ながら、朝テレビを見ながら、仕事をしていたら、某コメンテーターが田中文科相の発言のあやふやさに「自分で考えて書いた答弁書ではない(官僚の書いた作文)ので肝心なことを言い忘れる。紆余曲折を経ながら自分で考えた答弁なら肝心なことは忘れない。」と。納得。何度も何度も訂正していた。

(日記 午前9時過ぎより、午後3時半までもっぱら広報誌『かたせ瓦版』作成。雨が降っているのでのんびり作業ができる。編集は昨日の夜から始めた。今回はA4で2ページなので発刊日より一日早くできあがった。そのうち1ページは組写真だ。しかし、写真ばかりとは言え、少しでも多くの写真を入れようとすると、記事を書くよりも遙かに時間がかかる。)

10月に行われたOB演奏会の写真。ハワイアンバンドの写真は1枚も撮れなかったが、今日先輩からメールで送られてきた。音楽も、腕は落ちても自分でやるのが一番だ。

  

 
 

「買い出し」もまた楽し!

06 11月

久々の福井
  最近、忙しくて買い物に出かけることはなかった。しかし、今日は、自分で作った里芋を持って娘や親類や友達のところへ持って行くために福井へ向かった。

  最初に、友達に里芋を渡し、家内と二人でショッピング、そして外食。その後、娘の家とその親戚へ里芋と柿を持って行った。その後、再び、ショッピング。

  こうしてショッピングすることを、私は「買い出し」と称している。一番の「買い出し」は、正月直前だ。食べ物や嗜好品、衣類、そして書籍を買い込むのだ。正月、のんびりと食べたり飲んだり、こたつで読書したりするためだ。

  今日も、必要な本を買った。その中の一つは高校数学の参考書だった。これは、参考書で私が勉強すると言うよりも、私がネット上で数学の教材を作るときの参考にするためだ。自分の考えている重要事項と参考書の重要事項にどのような違いがあるかをチェックするためだ。

  そう言えば、昨日盛んに放送していたことがある。それは、「ネット上で数学講座や数学参考書(有料)を見られるようにする」というものだ。講座は確か10回ダウンロードすると5,000円かかるというものだ。決して安くはない。

  実は、二年前からネット上で数学の講座を展開しているのだ。ただし、これは制作しながらアップしていたものでまだ完成はしていない。しかし、ここ1年ほど制作を中止していたのだ。参考書はそれを再会するために購入したものだ。

  他にも、いろんなものを買い込んだ。まちの人口が少なくなると、いろんな「モノ」が買い難くなる。パソコンも数年前には勝山では買えなくなった。とうとう今年になって楽器屋さんも勝山から姿を消してしまった。

 

できもしないのにまたまた英会話の本を買った。ぼけ防止に役立つが、問題は継続できるかどうかだ。

 日常生活に必要な食料品や生活用品は不自由なく買うことができるが、それ以外のモノは手に入り難くなった。そこで、私は、福井で「買い出し」をしたり、いろんなモノをネットで買うようになった。ネットは、買う前に実物を手にできないので、多少の不安はあるがそれでも、メーカーを信じて購入しているのだ。

  人口が少なくなると、いろんな店が経営的に成り立たなくて廃業せざるを得ない。すると、また人口が減っていく。そんな繰り返しになっていくようだ。

  「買い出し」という言葉は、山間部に住む人たちが冬を前に、町へ出て来てあれこれ買い込み、冬は家に籠もりそこで仕事をしながら春を待っているのだ。冬籠もり前の買い物というイメージだ。

  今は、私も時々、福井や都会へ出かけて地元では買えないいろんなモノを手に入れてしばらくの間過ごすのだ。それを、不自由だとは思わない。むしろ、自然豊かな地元で暮らし、時々、福井や都会へ出て「買い出し」をすればそれでいいのだ。

 たまに、福井や都会へ出るのも悪くない。それに、福井になければ、ネット上で捜せば手に入らないモノはほとんどないだろう。逆に、都会でできないこともたくさんあるだろう。

  都会に人は、どんどんいなかへ来て都会ではできない経験をしてほしいものだ。不足をうらやむよりも、不足を満たすために出かければいいだけだ。そして、双方とも、あるモノを生かして暮らせばよいのだ。「買い出しもまた楽し」と思った一日だった。

(日記 里芋と柿を娘や友人に渡すために福井へ出かけた。そして久々のショッピング。本や衣類などを買った。書籍は、数学の参考書、英会話の本、子ども達を楽しませるためのものだ。午後5時過ぎに帰宅。創作の材料をいろいろ仕入れたので、明日から少しずつ作り始めたい。)

 
 

流されている……

05 11月

これでいいのか、その日暮らし
  午前中、子どもや友人、そして家での保存用に里芋を掘った。その間、ずっとラジオを聞きながら作業をした。いろんな話が聞かれてととても楽しかった。作業には、ラジオが一番だ。

  今日のゲストは、乙武 洋匡(おとたけ ひろただ)さんだった。目的のある生き方をしていると感じた。乙武さんは小説も書いているという。一方自分はどうだろうか。その日暮らしだ。退職時に、書くと決めた小説(らしきもの)が8割ほど書いたまま放置されている。

  いろんな話を聞いているうちに、自分は今何をやっているのだろうかと考えてしまった。忙しさは現役時代にに劣らない。しかし、何かに流されている感じだ。無駄なことをやっているとは思わないが、もう少し的を絞って生きていくべきだと感じた。

今から40数年前の数学の授業風景。班ごとに手製の小黒板を配り、それを使って何とか理解してもらおうと必死になっていた中学校教員時代。

  やはり、軸がぶれているのだ。私は、ものを教えるのが大好きだ。そして数学の教員だった。やはり教育には一番関心がある。その延長にまちづくりなどがあるのだ。一番やりたいことが一番後回しになっているように感じた。

  軸がぶれていて、その日暮らしをしているのでは実りは少ないように思う。ラジオを聞いてよかった。自分を振り返る機会が持てたのだ。これからは、優先順位を考え、教育を軸にいろんなことに取り組んでみたい。

(日記 午前中は、里芋掘り。午後は、オカリナの編曲作業。この二つで午前午後が過ぎてしまった。午後7時半からは「オカリナ教室」。12月のクリスマスコンサートで発表する曲を中心に練習した。)

 
 

創作郷土芸能

04 11月

猪野瀬文化祭
  これまで「猪野瀬公民館祭」としていた秋の町民の文化祭を、今回からは「猪野瀬文化祭」と名称が改められた。今日は区長として朝の準備から、最後の反省会まで公民館で過ごすことになった。

舞台で演じた『片瀬豊年ばやし』。私も太鼓で参加。

  午前9時頃、集合して先ずは紅白の幕吊り。午前11時半より開会式。我が片瀬地区では、創作銭太鼓『片瀬豊年ばやし』のニューバージョンを演ずることになった。中学3年生からまもなく70歳になる最高齢の私まで、年齢幅は広い。

  今年の9月に挿入する芸を新しいものに変え、村の神社に奉納した。そして、昨日の施設での二回の講演を経て本日の文化祭出演だ。まだまだ、演技の質を上げなければならないと思う。

  今日私が関わったもう一つの演芸は、家内の属する『猪野瀬さわらび会(食生活改善推進員)』による『ほがらか音頭ザル踊り』だ。さわらび会の会員達は、花笠の代わりに造花で飾り付けたザルを使って踊った。

  これには意味がある。食生活改善推進員は、その名の通り生活習慣病を防ぐために食生活の改善を呼びかけている団体だ。最近乾燥野菜が注目を浴びている。生姜を始めエノキダケであれナスであれ、乾燥させるとビタミンDなど栄養素が増えるそうだ。

女子中学生も参加しての銭太鼓の演技。家内は二人の男性と共に歌で出演。

  乾燥野菜を作るには、ザルを使って天日で野菜を乾燥させるのがよいのだ。ザルは乾燥野菜を作るのに最高の道具だ。そこで、そのザルを使って踊ることによって、乾燥野菜のよさをアピールすることもできるのだ。

  40歳代から70歳代までの猪野瀬さわらび会の会員が、何度も練習して文化祭のステージで踊ってくれたのだ。しかも、私の作った創作民謡『勝ち山ほがらか音頭』を使って踊ってくれたのだ。カラフルである程度そろったザル踊りはかなり見応えがあった。

  他に、我が片瀬からは、婦人会による手芸や絵皿等の作品が展示されていた。午後3時過ぎからは、反省会。準備のための会合から今日の文化祭本番までかなりの日数がかかったが楽しい期間でも会った。

(日記 午前9時頃から猪野瀬公民館の準備や出演のために猪野瀬公民館へ出かけた。屋外での模擬店や餅つき、舞台での様々な演芸、作品展示、昔の遊び、試食コーナーなどいろんなコーナーがあった。午後3時過ぎに反省会。家

『片瀬豊年ばやし』に挿入した祝餅つき芸。私はお面を付けて老人役で登場。

内も「さわらび会」の理事をしているので忙しそうだった。無事全てを終わった。楽しかった。)

男性の「餅つき」がいずれも失敗し、最後は女性が上手く餅をつくというストーリー。女性が見事に餅をつき老人役の私が臼とり(落ちの芸)。

 

『さわらび会』のザル踊り。家内も出演。会員達は終日、模擬店や試食コーナーで活躍。そして、最後にザル踊り。頭が下がる。

 

家内がフェルトで作ったアンパンマンの絵合わせブロック。子どもたちには人気があったようだ。

 
 

高齢者の楽しみとは?

03 11月

施設の文化祭に参加して思うこと
  今日は施設の文化祭にでかけて、地区の銭太鼓『片瀬豊年ばやし』を演じてきた。施設には、いろんな方が、入所しておられた。いずれは誰もが高齢者になっていくのだ。病院などでは多くの高齢者の方にお目にかかる。

重い障害者の方が入所しておられる第一ステージで銭太鼓『片瀬豊年ばやし』を演じた。

  地区にも、高齢者の方がたくさんおられる。80歳を過ぎても現役で野菜作りや園芸をやっておられる人、施設に入所している方等様々である。果たして、自分が高齢者になったとき、何を目当てに生きていくのだろうか。

  高齢者のなったとき、いつまで車を運転しているのだろうか。車の有無は、行動範囲に大きく影響する。車がなければ、行動範囲が極端に狭くなるだろう。体の移動する範囲が狭くなろうとも精神的な行動範囲は狭くしたくないものだ。

  いつまでも、何か(夢)を追いかけている人間になりたいと思うが、それは今の考えで、実際に高齢化したとき、いつまでも何かを求める意欲があるだろうか。意欲の方が心配だ。

  今日は、私たちは、文化祭で郷土芸能を演じたが、入所者の皆さんはそれらをどう受け止めてくださっただろうか。面白いと感じてくださったのだろうか。それとも、単なるテレビの一場面のように思われたのだろうか。

『片瀬豊年ばやし』の途中に入る「餅つき芸」。老人スタイルは私。

 現在と10年後とは、連続しているのだから、今日の一日、明日の一日が充実した日々になるよう一日一日を大切に生きなければと思う。そして、年齢と共に自分のできる範囲を精一杯がんばって生きたいものである。

 施設の文化祭に出演して、いろんなことを考えた。ある日突然高齢者になるわけではないのだから、今のうちから、あきらめることなく、無理することなく、夢を追いかけていきたいものである。

(日記 午前中は村の用事。午後1時から施設の文化祭に出演。同じ施設に二つのステージがあるので、二回出演した。それぞれ入所しておられる方の病状に違いがあるので、2箇所の舞台で演じることになったのだ。午後4時から親子太鼓。今日から曲太鼓に加えて、左義長太鼓も練習することにした。小学1、2年生の子どもたちには、二月の左義長まつりで、櫓の上で太鼓を叩いてもらいたいと思う。午後7時半から、11月の区の定例委員会。いろんな意見を出してもらった。当区でも少子高齢化が進んでいる。持続する区にするた

大ホールで『片瀬豊年ばやし』を演じる保存会のメンバー。

めには考えることが少なくない。)

同じく大ホールで『片瀬豊年ばやし』を演じる保存会のメンバー。

 
 

『毎日パワー』を信じて

02 11月

アドバルーンを上げる
  少しだけ、日々の生活に時間的余裕が出てきた。と言うのは、家庭菜園や種々の野菜づくりも終わり、来年のためにニンニク、タマネギなども植えた。後は、エンドウ、水菜ぐらいだろうか。里芋の畑はマルチをしたので来年の植え付けを待っている状態だ。

  和太鼓も、じいちゃんバンドの演奏会も終わった。後は、明日から始まる三つの文化祭と12月のオカリナ演奏会を残すのみだ。比較的自由に自分のことができる時期だ。この時期を生かさない手はない。

  やりたくても、継続委できなかったことだ。それが、「ウインドシンセサイザー」と「篠笛」をある程度吹けるようにすることだ。前者は音は出るが、指使いが難しい。後者は指使いは何とかなるが音が出にくいことだ。

  しかし、今の私にはこれらをマスターすることは簡単ではない。というのは、「ウインドシンセ」と「オカリナ」と「篠笛」の指使いがかなり似ているところだ。全く同じではないので、あわてたとき混乱する可能性があるからだ。

  しかい、毎日、少しずつ練習することによって、なんとか人前で演奏できるレベルにしたいものだ。『毎日パワー』によってのみできることだ。どんなことでも、1年、2年と続ければかなり上達するはずだから。

  かつては、高校生にも『毎日パワー』という言葉でアピールしてきた。「ちりも積もれば山となる」である。日々の努力を怠らなければ必ず一定の進歩はするはずだ。一日一日の努力は簡単でも毎日続けることは容易ではない。

  「三日坊主」、あるいは「三ヶ月坊主」になりやすい。せめて1年はやり続けたい。ここ(ブログ)で、やると宣言したことは私のことばで言う「アドバルーンをあげる」ことだ。それによって自分が引き下がれないようにしているのだが。

  私のように意志の弱い人間は、「不言実行」よりも「有言実行」の方がよいと思っている。「毎日ブログを書いている。」と家族や友人に話したために、何があってもブログを毎日書いている。アドバルーンを上げたからだ。

  今、思い出したが、禁煙の場合、100回ほど失敗してようやく実現できたのだ。ようやくの思いでヘビースモーカーから脱出できた。子どもが熱を出して大変だった時期に、禁煙を決意してようやく実現したのだ。

  どんなことでも、毎日やれば必ず進歩するはず。必ず上達するはず。このブログで宣言したからには、1年後に「やっぱりダメだった」と言わないでもすむようにしたい。自分のやりたい楽しいことを宣言しているのだから。

(日記 午前中は、オカリナの編曲をしたり、灯油を買いに行ったりした。ついでに、公民館へ寄り、家内達「食生活改善推進員」が、猪野瀬地区の文化祭の出し物の練習をしているというので顔を出した。かなり上達したようだ。午後は、部屋の片付けとこたつの設置。いよいよ冬がやってくる。こたつに入りながら、のんびりするのも悪くない。午後7時半より、『片瀬豊年ばやし』の練習。途中に挿入する「にわか芸」を新しくしたので、それを中心に練習した。いよいよ、明日は、施設の文化祭で2ステージ、明後日は猪野瀬地区の文化祭で1ステージがある。何とか地区を盛り上げたい。)

 
 

「ふるさと」から連想すること

01 11月

あなたにふるさとはありますか?」と問われたら
  最近、「ふるさと」という言葉をよく聞く。宅に昨年の3.11以来至る所でこの言葉を耳にした。今、仲間とオカリナを練習しているが、ここでも「ふるさと」を演奏している。「ふるさと」という言葉は独特の響きを持っている。しかし、その「ふるさと」が少しずつ消えていくような気がしてならない。

  人は、どこに生まれるかを選ぶことはできない。日本には、山奥もあれば、平地もあり、海辺もある。人の多いところがあるかと思えば、人の少ないところもある。かつては、生まれた場所で育ち、学び、生まれた場所で働き、そこで家庭を持ったのものである。

  そして、周囲の人たちや周囲の環境に大きく影響を受けて、成長したのである。そうした中で、生活を彩る様々なイベントがあった。そして、それらを楽しみに働いてきたのではなかろうか。

  人と人との関わりは、ときには面倒くさいこともあろうが、助け合いや教え合いがあり、人間関係の暖かさもあったのではなかろうか。また、農家の場合には家族と共に働く機会があり、働く厳しさと働く楽しさを味わいながら成長したような気がする。

  しかし、文明が発達するにつれて、様々な「モノ」が産み出され、それらを手に入れることが豊かさのシンボルのようになっていったのである。「モノ」を手に入れるために、働かなければならない。

  その働き方も、地域の人たちが助け合う、農業や漁業ではなく、ふるさとを出て、町や都会で働くことが多くなり、地域は寂れる一方になった。子どもたちも、学業や習い事に追われ、地域を「ふるさと」と感じる余裕がなくなってしまった。

  村部には、大きな家や田畑が残っているが、そこに住んでいるのは老夫婦である場合が少なくない。今後ますます少子高齢化が加速しそうだ。今日は、用事で村部の方へ出かけたが、今後、それらの地域を維持していくのは大変だろうなと思わずにはいられなかった。

  結局のところ、鍵を握るのは子どもたちであると思うが、その子どもたちに大人達がどのような背中を見せるかが問題だ。家族以外の大人とどう関わるかが、生まれた地域が「ふるさと」になるかどうかの分かれ道だと思う。

  また、我が家以外の場所でいかに過ごすかも、地域が「ふるさと」になるかどうかのポイントになろう。「あの祭りのある時に帰って仲間と一緒に楽しもう」、「自分が遊んだあの川で子どもたちを泳がせてやろう」、「いろんなことを教えてくれたり、叱ってくれたあの人に会いに行こう」……、そんな思い出がなければ、地域には、「我が家」はあっても「ふるさと」はないだろう。

里芋の「洗い子」。「煮っ転がし」には小粒な方がよい。夜は食卓に上った。

(日記 午前中、部屋を片付けながら、自作(歌詞は別)民謡のCDづくり。ジャケットを作り、歌詞カードを作り、CDの盤面にも印刷した。家内は里芋を持って実家の平泉寺へ出かけだ。「洗い子」にするためだ。午後も部屋を片付けながらCDづくり。完成したCDを持って作詞をしてくださったTさん宅へ出向いた。一件落着。夜は里芋の「煮っ転がし」を食べた。7時過ぎに、Yくんが頼んでおいたノートパソコンの部品を持ってきてくれた。ついでに、ソフトを入力してくれた。感謝。)

 
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