RSS
 

違い探し

25 2月

『かつせ瓦版』読者の子ども達に向けて
私は、第2、第4木曜日に『かたせ瓦版』を発行している。そして、第4木曜日には『違い探し』と称して七つの違い探しを行い、正解の小学生には粗品を進呈している。

しかし、この絵を描くために、かなり時間をかけている。今日の場合、朝9時過ぎから午後3時過ぎまでかかってようやく違い探しの絵“おひな様”の下絵を描くことができた。

瓦版の『違い探し』の下絵。制作中。

瓦版の『違い探し』の下絵。制作中。

カラーで描いているが、区民の皆さんには、経費の関係で残念ながら白黒でしかお配りすることができない。子どもを対象に粗品を進呈(私費で)しているが、実は大人の方にも見ていただきたいと思っている。

二つの絵の違いを探すことは、脳にとってもよいトレーニングになるらしいからだ。実際、「ばあちゃんに探してみねんと言うてるんにゃ」と語ってくれた区民もいるし、「違いを探すことができてようやくすっきりした」という大人の人もいる。

毎回、季節の絵を描くことにしている。なるべく心を込めて描くことにしている。誰が最初に違いを見つけて持ってくるかも楽しみである。

(日記 朝から事務所で、瓦版の『違い探し』の絵を描く。家内は福井の医者へ行く。指の調子が悪いらしい。そういえば、私も、腱鞘炎で三本の指の手術をした。指の方は、今のところまあまあの調子である。午後7時から法人の新役員による初顔合わせ。私は、監事を頼まれた。新役員の決定などを決めた後、食事をとりながら法人の課題などを話し合った。私は、まだまだ改善の余地があると思っている。いろんな話題が出てきた。新理事に期待したい。私も法人に関して、自分のできることがあれば協力したいと思う。)

 
 

TPP交渉

24 2月

矛盾する交渉
TPPとは、Trans-Pacific Partnershipの略で、環太平経済連携協定の意味である。互いに関税をなくして貿易を盛んにしようとする意図がある。

しかし、かならずしもよいことばかりではない。安倍首相は先の選挙で「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」として事実上のTPP参加を表明してきた。

そして、農産物など5品目の関税を守られなければ交渉から撤退するとのことだった。今交渉は大詰めを迎えている。

さて、このTPPだがメリットとデメリットがある。メリットの主なものは次のようなものだろうか。

≪メリット≫
・関税の撤廃により貿易の自由化が進み日本製品の輸出額が増大する。
・鎖国状態から脱しグローバル化を加速させることにより、GDPが10年間で3兆円近くは増加すると考えられている。

≪デメリット≫
・関税の撤廃により米国などから安い農作物(特に米)が流入し、日本の農業に大きなダメージを与える。
・食品添加物・遺伝子組み換え食品・残留農薬などの規制緩和により、食の安全が脅かされる。
・医療保険の自由化・混合診療の解禁により、国保制度の圧迫や医療格差が広がると危惧されている。

さらに、TPPの問題点としては、ISD条項がある。貿易において、企業や投資家が損失や不利益を被った場合、自分の国の法律を適応することができず、世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに提訴することが可能になるとのことである。

そうなると、政府や自治体は法外な賠償金を請求されるか、不都合な法律改正を迫られる可能性がある。

ほかに、一度自由化・規制緩和された条件は、当該国の不都合・不利益に関わらず取り消すことができないという規定がある。

また、TPPからの離脱はいつでも可能であるというが、実際には、海外企業からの莫大な損害賠償を求められる可能性があり、TPP離脱は極めて困難えあるともいわれている。

こうした交渉ごとは、アメリカなどが得意ではないか。正しいかどうかではなく、「いかに相手を論破するか」で勝負を決める「ディベート」で子供のころから鍛えられた交渉相手に日本が自国の利益を守ることができるのだろうか。

明日は、その途中経過がわかる。公約通り5品目について関税撤廃をさせないでいられるだろうか。交渉は簡単ではなかろう。

寒さに耐えて集会場の周りで咲く花々。

寒さに耐えて集会場の周りで咲く花々。

(日記 今日は、朝一に、集会場の周囲にあるプランターの花に水をやった。春にはきれいな花を咲かせてくれるだろうか。その後、事務所で区の事務処理。総会に向けていろいろしなければならないことがある。預金通帳や領収書など証拠書類を整理した。昼は、一時帰宅したが、
再び事務所へ戻って作業継続。途中でJAへ行き、金の支払い。そして、10通ほどの通帳の記帳。事務所へ戻り再び作業継続。途中で、外へ出ると快晴でとても気持ちがよかった。除雪用のホースなどを片付けた。今年は、超暖冬でありがたかった。)

 
No Comments

Posted in 政治

 

盛り上がる「左義長まつり」

23 2月

春を呼ぶどんど焼き
毎年、弁天河原でのどんど焼きを見ることにしている。今年も家内と二人でどんど焼きを見るために、午後8時過ぎに家を出た。

櫓の上で太鼓をたたく人たち。

櫓の上で太鼓をたたく人たち。

二、三の櫓で左義長太鼓を見た後、弁天河原へ向かった。御神火の行列が神明神社から弁天河原へ到着。午後9時かっきりに狼煙が上がり、一斉に各地区の御神体に点火。

炎の熱が橋の上から見ていた私達のところまで伝わってきた。あたりは明るくなった。この瞬間、勝山にも春が訪れたように思う。長かった冬も終わった。今年は、超暖冬だった。

今年も、家族が幸せになるようにと祈り、しばし「どんど焼き」を見ていた。そして、家路へ急いだ。途中で、「左義長ばやし」好きの末娘にメールをした。

終了直前で盛り上がる左義長ばやし。

終了直前で盛り上がる左義長ばやし。

(日記 午前中は、しばらく、パソコンのファイル整理。途中で例によって弁当を持ち、家内と二人で事務所へ行き、それぞれ自分のやりたいことをやった。私は、数学の参考書作り。事務所で弁当を食べて作業を継続。午後6時から横浜の孫たち家族とスカイプ。長女は風邪をひいて熱があるのでほとんど話をすることができなかった。それでも顔を見られてよかった。午後8時過ぎに左義長のフィナーレを飾る「どんど焼き」を見に出かけた。とうとう勝山にも春が来たという感じだった。)

 

一斉に点火されたどんど焼き。勝山に春が来た瞬間だ。

一斉に点火されたどんど焼き。勝山に春が来た瞬間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「福餅」を焼くためにどんど焼きに近づく人たち。

「福餅」を焼くためにどんど焼きに近づく人たち。

 
No Comments

Posted in 芸能

 

左義長まつり

22 2月

地区での取り組み
芳野町の知人が左義長を見に来るように誘ってくれた。芳野町は、本町通りとはやや離れている。そのために露天商の並ぶ本町界隈とは人の集まりが少ないように思われる。

それに対処するように地区での盛り上がりはすごいと思っている。作りものや行灯作りにも非常に熱心である。昨年から私の作った勝山小唄を取り入れてくれている。

今年の取り組みは、新たに地区内で大人の左義長コンテストをするというのだ。その時間にあわせて、家内と二人で出かけた。

短冊の色である「黄色組」と「緑組」にわかれて 左義長の技や楽しさを競っていた。新しい取り組みであると思った。そして、会場にいる20人の審査員が挙手して判定していた。

おそらく、このコンテストの導入によって地区ではどうしたら、左義長ばやしが盛り上がるかを考えて練習したのだと思う。この地区は、保存会とは別に県内外へ出かけて左義長ばやしを披露している。

外部からの目ではあるが、幼児から大人までが取り組んでいるので、益々左義長は盛り上がっていくだろうと思う。地区の伝統芸能を引き継ぐことは、単純そうに見えてそうではないと思う。

芳野町の左義長コンテスト「大人の団体戦」の一コマ

芳野町の左義長コンテスト「大人の団体戦」の一コマ

それは、マンネリ化との戦いになるように思う。「この程度でよいだろう」と思ったときから衰退が始まるように思う。現状維持も難しいが、向上させようとしたら、牽引役が不可欠だと思う。

そして、リーダーに従う実戦部隊もいなければ向上は望めない。まちづくりに通じるところがあり、こうした取り組みはまちづくりにもつながっていると思う。

ここ数年芳野町の左義長への取り組みを見せていただいているが、地区民による雪だるま制作や模擬店などもあり、地区の皆さんの努力には頭の下がる思いがする。参考になる部分が多い。

と同時に、自分には何ができるかを考えさせてくれるモデル地区でもある。来年はどうなるのか、ワクワクしながら他の櫓を回った。

(日記 午前中は、自宅でパソコンのファイルの整理。いざというときのためにパソコンのファイルをコピーしておいた。途中で村のNさんが来宅。午後は、事務所で数学の参考書作り。午後7時からは、芳野町の櫓を皮切りに、市内の全部の櫓を歩いて見て回った。地区の皆さんの盛り上がりに、祭りのすばらしさを感じて帰宅した。)

 
No Comments

Posted in 芸能

 

真央ちゃんのスケート

21 2月

ころげなくてよかった!
絵本作りの作業を続けているうちに、フィギュアスケート女子フリーが始まった。こうなったら、浅田真央ちゃんだけはライブで観たいと思い、作業をしながら、登場する時間を待った。

毎回そうだが、私は、スケートの善し悪しは全くわからない。ただ、回転の失敗だけは何となくわかる。今回も、どきどきしながら真央ちゃんの出番を待った。

ジャンプの構えが始まるたびに、祈るような気持で彼女の回転を見ていた。最初のトリプルアクセルは成功。ほっとするたびに、次のジャンプが始まるのだ。

「これでジャンプが全て終わりました。」のアナウンサーの声で、やっと安心して残りの演技を観ることができた。女子では誰もできないトリプルアクセルを真央ちゃんは成功させたのに、必ずしも高評価ではない。

そういえば、日本人が活躍するたびにルールは変わってきたのだ。スキーのジャンプが日本のお家芸だったころ、スキーの長さのルールが変わった。小柄な日本人には不利になった。

また、複合では、日本の得意なジャンプの配点が低くなり、クロスカントリーのウェイトが大きくなった。急に、複合の日本人の成績は芳しくないようになった。水泳もそうだ。

日本人が好調なときには、ルールが変わることに気をつけなければならない。それにしても、主観の入る採点競技には気をつけなければならない。

真央ちゃんのテレビ(NHK総合、21日午前0〜2時)の平均視聴率は関東地区が15. 1%、関西地区が14. 4%だったという。最も視聴率が高かった瞬間は、いずれも浅田選手の演技が終了した直後だったという。

(日記 今日は、自宅で絵本作り。最新のプリンターが自宅にあるからだ。朝から、絵本作りの最終調整。夕方、原稿だけはできあがった。その後、印刷・製本。完成したのは午前2時だった。その間、オリンピックを観ながらの作業となった。)

 
No Comments

Posted in 雑感

 

めでたさも 中くらいなり 誕生日

20 2月

あっという間の一年
今日は、私の誕生日。1年の経つのは早いものだ。この調子では、5年や10年はあっという間に過ぎてしまうだろう。少し前、正月だったと思うのに、早くも二月が終わろうとしている。

何となく、毎日が気ぜわしいので時間ばかりがどんどん経ってしまう。本当は、誰にも等しく時間は流れているはずなのに、年を取ると、特に早く感じる。

誕生日の外食。ほろ苦いビール。

誕生日の外食。ほろ苦いビール。

こんな時の対抗手段は、何かをこつこつやることだと思う。そうすれば、時間が経てば経つほど何かが仕上がっていくからだ。ここ数日、寝る間もないくらいに絵本作りをやっていた。

数学はこの間、休みだった。本当は、誕生日なので、映画を見て外で食事をするつもりだったが、時間がもったいないので、事務所で絵本作りを続け、夜、家内と二人で焼き鳥。

長嶋監督はどうしておられるだろうか。同じ日が誕生日なので。長島選手の現役時代は、キャンプ地で誕生日を祝っておられる映像が流れたものだ。この年になると誕生日もあまり嬉しくない。

(日記 終日、事務所で絵本作り。結構時間がかかった。夜は、家内と外食。誕生祝いが届いた。孫の手紙も添えてあった。微笑ましい。帰宅する時間にあわせて、Y君がパソコンを見に来てくれた。どうも、自宅のパソコンがおかしい。我が家には、デスクトップ3台、ノートパソコン2台があるが、私の机の上のパソコンが最も使うものなので、故障すると何事にもやる気がなくなる。Y君のお陰でどうにか動くようにはしてもらったが、まだまだ心配だ。帰宅後も絵本作りを継続。今日も午前様になりそうだ。)

 
 

平行移動

19 2月

似ているようだけれど
最近時々思うことがある。「朝、5時に起きて夜9時に寝る人」と「朝8時に起きて夜12時に寝る人」がいたとする。両者を比べると、なんとなく、前者の方がまっとうな人間のように思う。

私は、後者に近い人間だ。どうも、朝は弱い方だ。しかし、夜は結構強い方だと思う。昔、旅館へ泊まっての忘年会などの飲み会があったが、早く寝床に入る同僚がさみしく思えた。せっかくの機会なのに何でそんなに早く寝るのかと。

両者は、実質的にはそんなに違わないと思うが、世間的には大きく異なるように見える。午前4時頃に起きる人もいるが、夜は9時頃に寝るという。私には真似のできないことだ。

活動時間はそんなに違わないと思うが、当然、三食の時間も2時間前後、遅れることになる。勤めているときは、これでは都合が悪いが、退職してからは、さほど気にならない。問題は、どれだけ、日の日中、活動できるかだと勝手に思い込んでいる。

(日記 今日も、事務所で仕事(!?)をすると決めた。仕事というとおこがましいかもしれない。最初に、役所へ出向き区の仕事をしてから事務所へ出向き、自分のやりたいことを始めた。午後1時から免許更新。70歳になったので、自動車学校で事前に講習を受けなければならない。この講習には、目の検査などと共に、実技試験があり、講義も含めると3時間かかった。しかし、今日は目の検査だけで講義を受けることなく、新しい免許証を受け取ることができた。これから4年間安全運転を心掛けなければと思った。終了後、1時半過ぎに事務所で遅めの昼食(弁当)。2時半からウオーキング。やりたいことがいっぱいあるが、ウオーキングは私にとっては“生産的な時間”だ。健康維持には、何よりも大切だと思うからだ。午後6時に帰宅。何となく勤めている気分だ。自分にとっても家内にとっても、仕事がはかどる。ありがたいことだ。)

ウオーキングの途中「白山(指の間)」が見えた。右後方はスキージャム(報恩寺山)。勝山は、田んぼにも雪がなくなり、3月下旬の様相だ。今年は、近年にない超「暖冬」だった。

ウオーキングの途中「白山(指の間)」が見えた。右後方はスキージャム(報恩寺山)。勝山は、田んぼにも雪がなくなり、3月下旬の様相だ。今年は、近年にない超「暖冬」だった。

 
 

事務所をベースに活動

18 2月

弁当持ちで出かける 
今日は、一日事務所で仕事をすると決めた。朝、いろいろと雑用があったので午前10時過ぎに事務所へ向かった。仕事をしやすいように、最初に事務所の本棚の整理。

いちいち楽器をセットしなくてもよいように、アンプやエフェクターをつないでおいた。スイッチさえ入れれば音が出るようにした。

本棚の本の入れ替えも行い、4ブロックは、家内が使えるように本の移動も行った。これまでは、何かに使えるだろうと思って保管していた本も、捨てることにした。

毎月のように本を買うので、捨てなければ本箱がいっぱいになってしまう。「使えそうなモノ」は「使う時間がない」と決めつけて捨てざるを得ない。

午後1時過ぎに昼食。午後2時半過ぎにウオーキングに出かけた。風花のように雪がちらちら舞うので寒い。手袋、耳当て、帽子などで完全武装して家内と二人で歩き始めた。

今日は、勝山病院周辺から栄町、芳野町辺りを歩いた。古い家もあれば、新築の家もある。家のデザインもいろいろだ。特に、屋根の形がいろいろあって興味深かった。

雪国だけに、屋根の形は重要だ。外観の色も重要な要素だ。日本調、西洋調などいろいろあって見ながらウオーキングするのも楽しい。約8,000歩、歩いて事務所へ戻り数学の参考書作りを続けた。仕事がはかどった一日だった。

数学の重要例題。図を描くのがかなり面倒だった。

数学の重要例題。図を描くのがかなり面倒だった。

(日記 午前10時に弁当持参で事務所へ行き、部屋の整理整頓。数学の問題集作り。途中で、ウオーキング。事務所へ戻り、再び、作業継続。夕方、Y君がパソコンを見に来てくれた。新しいソフトをインストール。Y君と別れて事務所へ戻り、事務所のパソコンにも新しいソフトをインストール。楽しく仕事のできた一日だった。午後7時半に事務所を出て帰宅。)

 
No Comments

Posted in 数学

 

オリンピック選手の裏側

17 2月

選手の努力
今日は作業をしながら、オリンピックを見ていた。今日、興味があったのは、カーリングの対中国戦だった。ゲートボールのように複雑な作戦の必要なスポーツだと思った。そして、後攻が圧倒的に有利だということも分かった。

ところで、私達は、メダル、メダルと言って選手がメダルを取ることばかり、または取った人のうわべばかりを見ているが、その人の隠れた努力を見逃している場合が少なくない。

しかし、選手の努力やそれまでの生い立ちを知ると、選手の見方が一変してしまう。今日は、高橋大輔選手の生い立ちをテレビで見て、驚くと共に、その努力に感心した。

彼の家はスケートをするにはあまりにも貧しかったようだ。母親は息子の練習のための費用を稼ぐために身を粉にして働いたようだ。昼は美容師として普通に勤め、夜は別の仕事をして睡眠時間は5時間しかなかったという。

大会に出るにも、フィギュアスケートの衣装を買えず、全て母親手作りの衣装で試合に出ていたというのだ。その衣装が番組ではスタジオに持ちこまれていた。

母親は、ペットボトルに貯金をしていたのだが、いつの間にか周囲の人にもそれが伝わり、ペットボトルによる募金が広まったというのだ。

貧しさの中でも、家族は、高橋選手を必死で支えてきたのだ。たぶん普通の選手なら、ここでスケートを諦めていたかも知れない。しかし、そんな貧しい環境の中で高橋選手は頭角を現し、オリンピック選手として頭角を現していったのだ。

こんな裏話を知ると、今回のソチでは体調万全でスケートをしてもらいたかったと思わざるを得ない。膝を痛めたままの状態で出場したのだ。入賞はしたものの残念だっただろう。選考の過程から考えても。

こうした努力は、高橋選手ばかりではなさそうだ。葛西選手にも家族の支えや超人的な努力があったのだ。“レジェンド(伝説)”と呼ばれるだけのことはある。私たちは、こうした選手から勇気を得て、自分のできる範囲で少しはその努力を見習いたいと思う。

上村愛子選手も同様の苦労はあっただろうと思う。そう思うと、高梨沙羅選手も先輩達の努力を見習って、次回は金メダルを取ってもらいたいと思う。まだまだ若いんだから。

(日記 今日は区の事務処理をすると決めた。実のところ、私はこうした諸帳簿の整理や会計処理は好きでもなければ得意でもない。しかし、間違いなく処理しなければならない。3月の総会のためには、このあたりで帳簿を整理しておかなければならない。そう思って、今日は思い切って時間を取ることにした。あれこれ、事務処理をし、最後にJAへ出かけ記帳して今日の事務処理を終えた。時々、オリンピックを見ながらの作業だった。)

 
 

『農事組合法人かたせ』の総会

16 2月

理事者側と組合員側
「総会」というと、理事者側は早く無事に終わりたいと思うだろう。組合員の多くもそう思うかもしれない。しかし、組合の発展を考えると、そうばかりも言えない。

それは、改めるべき部分はやはり改めなければ組合の発展を望めないからである。そのためにも、耳が痛くても、一般組合員の意見には耳を傾けなければならい。

私は、一般組合員として参加していたが、なるほどと思われる意見も数多く見られた。趣味の会や誰かが個人的に立ち上げた会ならばなあなあでも済むかも知れないが、法人となるとそれでは発展は望めないだろう。

私は、基本的には“議論”が好きだ。自分の想いを自由に言うことは大切だが、それは建設的であること、前向きであること、相手を個人攻撃しないことが大切だと思う。

物事を決める前に、いろいろな意見を出し合うことはとても大切なことだと思う。そういう意味では、おおむねそのような総会であったと思う。耳の痛い人もいただろうが。

(日記 午前中は『農事組合法人かたせ』の総会。午後は、福井の孫の誕生祝いに家内と二人で出かけた。長女の息子(孫)が四月から小学校へ入学するので嫁の実家である我が家から学習机を贈ることにしたが、その机が今日入るというのだ。業者が来て組み立てていった。我が子が小学校に入学した頃のことが思い出される。その子ども達が、中学、高校,大学と進み、社会人になって結婚、そして親へと時間が経過していった。そうこうしているうちに、我々夫婦は歳をとってしまった。時の流れは早い。)