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福井大学軽音楽部創部50周年記念OB大会in浜松

15 10月

懐かしき先輩との再会
昭和37年福井大学軽音楽同好会が発足。私は当時1年生。それから、アルバイトとバンドに明け 

トップバッターで登場した東京バンド。東京在住の者で作ったバンドだ。年齢幅も広い。

 

ロックでドラム担当。曲が速くて困った。

 

暮れる毎日。金などなかったが、アルバイトをすればどうにかなる時代でもあった。 

範男、ジャズでキーボード。

 

先輩から譲り受けた家庭教師のアルバイト。競輪のアルバイト。暮れにはケーキ屋でケーキ作り。土工。坂井繊維テトロン工場にはある休みは毎日夜勤。 

全員で記念写真(家内も一緒に写っている)。

 

その金でギターやステールギターを買った。先輩のSさんのステールギターにあこがれていたのと和田弘とマヒナスターズのステールギターにもあこがれていた。 

宴会で飛び入りで新式のコンガを叩く。今回気に入った打楽器だ。

 

レギュラーとしてはドラムであった。これは石原裕次郎にあこがれていたからだ。バンドではドラムが中心。そのときのリーダーは1年先輩のSさんであった。 

宴会でも活躍する浜松バンド。お世話になった中山さん夫妻のバンドだ。

 

今日、久しぶりにお会いした。とても懐かしかった。ステージでは往年のようにステールギターを弾いておられた。「いつまでもステールギターを続けてください。」とすすめた。 

私たちの目標になるからだ。例えば、80歳の人が頑張れば「自分もあの年齢まで頑張りたい」と目標にできる。逆に、自分も後輩達の目標になれるよういつでも夢を追いかけていたい。 

ステージでは、「関東バンド」、私たちの「福井バンド」、「奈良バンド」、個人が二人、そして「浜松バンド」が出演して午後1時半から5時過ぎまでOB会演奏会が行われた。 

私たちのバンドには、今日初めて参加した人が二人いた。“チームのできは練習時の7割程度”か。まだまだ練習しなければと思った。 

大学時代に買った愛用のステールギターが本番直前に壊れてしまった。不幸中の幸いで壊れたのは第6弦限だった。メロディーにはあまり影響のない弦だったからだ。しかし、あるに越したことはない。 

とにかく、ステージでの本番は終わった。多少不完全燃焼ではあった。でも、今始まったばかりだ。かえって闘志がわいてきた。無理のないようにこれからも楽しみながらチャレンジしたいと思う。 

音楽ずくめの宴会
午後6時半より宴会開始。宴会でもバンドあり、歌のコーナーあり。私は、自分の自作の演歌を前奏を短くし、歌は1番にし,数曲を画像入りでDVDにして流した。 

そして、最後の歌は、今回のOB会のために制作した『足羽川慕情』だった。これは、画像入りのカラオケを流し、家内に歌って貰った。参加した皆さんも、お世辞かもしれないが、喜んでくれた。 

私には、最後の挨拶が回ってきた。この宴会では、誰かが言い出したことだが、「第二の人生に音楽を」という合い言葉ができたようだ。 

私も最後の締めの挨拶では、少し話した後、「みなさん!第二の人生に」と言ってマイクを参加者に向けた。みんなは、一斉に「音楽を!」と答えてくれた。 

家内を同伴したが、自分ではこんなに楽しい思い出をしたことがないと思った。充実したOB会であった。来年以降も続くらしい。 

壊れたステーィルギターだが、「買うべきか、諦めるべきか、買うなら6弦か、8弦か」と、色々迷っている。家内も、キーボードで迷っているようだ。 

(日記 午前中は、福井大学軽音楽同好会OB会のリハーサル、午後は本番、夜は宴会と楽しい一日だった。)

 
2 Comments

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  1. Norio Yama

    2012年9月8日 at 7:32 AM

     私達、福井バンドはまだどの曲も完成していません。今日(9月8日)は雁が原スキー場のロッジで合宿練習です。練習半分、親睦半分でしょう。 

     
  2. Norio Yama

    2012年9月9日 at 9:57 PM

    頑張ってますね。我が『福井じいちゃんバンド』は昨日スキー場のロッジで合宿練習をしました。しかし、なかなか上手になりません。でも、音楽を楽しんでいます。静岡で会いましょう。