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Archive for the ‘政治’ Category

それって“当たり前?”

23 10月

それでも通るの?
 宮沢新経済産業相の資金管理団体、広島市の「SMバー」に、交際費名目で政治活動費を支出していたとのことだが、その弁明にあきれてしまう。

 宮沢経産相は、記者団に「支出は事実だが、私自身は全く行っていない。事務所の関係者はが誤って政治資金として支出したようだ」と述べ、本人に弁済させた上で報告書を修正する考えを示した。修正すればいいというものではなかろう。

画面の向こうの孫とはストレスなしに話すことができる。

画面の向こうの孫とはストレスなしに話すことができる。

 小渕前経済産業相の問題も気になる。一体全体、少子化担当大臣で何をやったのだろうか。果たして、経済産業大臣として適していたのだろうか。そして、将来の総理候補だというが、どこからそう言えるのだろうか。

 何も知らない人が、ただただ元総理の後を継いで御神輿に乗っているだけのように思えてならない。答弁を聞いていると気の毒だ。総理の任命責任を問われないのも不思議だ。大臣とは、ただのお飾りなのだろうか。

 これでは、国民は,政治家に信頼をもてないだろう。こんな調子で、経済優先だの、消費税アップだと、声を張り上げても、その声は空しく響くだけではなかろうか。政治家と金の問題は、まだまだ根が深く、国民の信頼を得ることまでには至らないのではないか。

(日記 部屋の様々なものの整理。なかなか前へ進まない。時々、数学をやりながらの作業だった。夜は、横浜の孫の爺ちゃん勉強。今日は、教え甲斐があった。)

 
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最近の政界の不祥事

21 10月

何を基準に大臣を選ぶのだろうか
 連日、ここ最近、県議や国会議員の不祥事がテレビで報道されている。解くに、大臣の問題は、連日テレビやラジオを賑わせている。

 素人が考えても、問題だと思うことが多い。そもそも、何を基準に大臣を選んでいるのだろうか。専門性などを全く無視して選んでいるようにしか思えない。

 それでも務まるということは、単なるお飾りなんだろうか。それとも、官僚や一部の実力者の意向で物事が進んで行くのだろうか。

 あちらの大臣を務めたかと思ったら、こちらの大臣を務めるというふうに、短期にあちこちへ動いている。「順番を待っている」という言い方さえある。

 「オールマイティー」というとかっこいいが、少しはどこかに的を絞って国の舵を取ってもらいたいと思う。果たして、今後どのような弁解をするのだろうか。国民の政治離れがますます進んでいくようで悲しい。 もっと、現場感覚を持って事に当たってほしい。

(日記 第2回目の燻炭づくりを行う。これで、来年も畑に燻炭を撒くことができるだろう。午前中は、資料などの整理。午後は数学の参考書作り。午後5時半より、太鼓のメンバーと反省会。里芋サミットとエコミュージアムの全国大会で、篠笛や太鼓を叩いてもらったお礼を兼ねて焼き鳥屋へ。)

 
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どんなモノにもあるメリットとデメリット……複合副作用

04 10月

スマホのデメリットは時間泥棒(私見)
 もしも私に本を書く能力があるとしたら、『複合副作用』というタイトルで本を書いてみたいと思う。しかし、実際にはそういう才能はないので、このブログでも文を書くしか方法はないだろうが。

 世の中には、いろんな「モノ」が次々と産み出されている。“どれもこれも、世の中のためになる、特に経済的なメリットがある”つもりだろうし、そう思う。

 メリットは否定しない。しかし、その副作用に注目する人はそんなに多くないのではなかろうか。しかし、一つ一つの、デメリットも静かに確実に世の中を蝕んでいるように思う。

 そして、それらの副作用が2つ3つと重なったときには、メリットを超えるかも知れない。それが私の考える『複合副作用』だ。これを、しっかりと、世の中にアピールできたらと思う。

 「円安」も「スマホ」にも、メリットと同時に、大きなデメリットがある。「円安」でいえば、政治家は、メリットばかりを強調しているが、デメリットで会社の存亡の危機に瀕しているところも少なくないのだ。スマホのデメリットは、子どもや若者の時間泥棒と言えなくもない。

(日記 Aさんが自宅にやって来る。「市長と語る会」について意見交換。)

 
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いつか来た道

05 9月

多い戦争ドラマ……二度と繰り返すまい
 朝ドラ『花子とアン』を欠かさず見ている。どらもの時代は戦争のあった時代だ。国内が戦争一色になっていく。新聞もラジオも世の中の仕組みもすべて、戦争賛美の方向へ向かっていくのだ。

 最近の朝ドラでは、『梅ちゃん先生』、『ごちそうさん』、そして、今の『花子とアン』も全部戦争前後の物語になっている。視聴者の多くは、その戦争の結果が知っているだけに、戦争の持つ恐ろしさ、危うさ、空しさをよく知っている。

 しかし、当時の指導者は、そんなことはお構いなしに突き進んでいく。そして、一般大衆に多大な影響力を持つマスコミも同調して国民を戦争に巻き込んでいく。

 これらのドラマが繰り返し報道されるのは、なぜだろうか。今の時代がいつか来た道に通じるからだろうか。戦争体験のない人が増えて、戦争の悲惨さが伝わらない時代が来るのではなかろうか。今の世の中、言論により平和を模索するというよりも、武器によって平和を維持するという方向に向かっているように思える。
(日記 入院三日目。例によって、リハビリと諸検査。自由時間にパソコンで紙芝居の絵を描く。といっても、タブレットがないので簡単にはいかない。夜、サッカーの試合を見る。素人目にも、世界のトップレベルとは、まだ差は大きいように思う。)

 
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NHKスペシャル「どう守る、日本の平和」

15 8月

現場感覚があるのか
 NHKスペシャル『どう守る日本の平和』をテレビで見た。もちろん録画もしたが。集団的自衛権を中心に、生で討論が行われていた。前のめりになっている現政権を支える人たちは、どれほど現場感覚があるのだろうか。

子どもたちは家の中で駆け回ったり、ゲームをしたり……。

子どもたちは家の中で駆け回ったり、ゲームをしたり……。

 今日も、いろんな方がいろんな意見を述べておられた。紛争地で平和構築に頑張っている人、紛争地での油剤経験の豊富な人、大学教授、元外交官などが参加しておられたが、意見はあまり嚙み合っていなかった。しかし、こうした議論は必要だと思う。一方的な説明を聞いて賛成だ反対だと意見を述べたするのではなく、こうした議論をよく判断しなければならないと思う。

 それにしても、いずれの政策においても、これらに関わる人たちは本当に現場感覚があるのだろうかと思ってしまう。昨日の議論でも、あまりにも現実を知らないで平和維持を語り、集団的自衛権を語っているように思えてならなかった。

 あまりにも何も知らされない大衆、または一方的な意見ばかりを知らされて物事の判断を誤りかねない大衆、それは危険な世の中へ導く人たちを支援することになりかねない。少なくとも、賛成反対を問わず、しっかりと国民の前で議論し、物事を進めてもらいたいと思う。

福井の孫達は、名残惜しそうにしながら帰って行った。

福井の孫達は、名残惜しそうにしながら帰って行った。

 「自国の安全と利益が脅かされるときには、……」とあるが、今、各地で起こっている戦争あるいは紛争は、全て自国、または一部国民の利益を守ろうとしているのではなかろうか。こんなときには武力を使ってもいいとなったら、この地球上からは永久に戦争はなくならないように思う。他の番組で「賢くない人が権力を持ったときが一番怖い」と言っておられた。心に残る言葉だった。

(日記 午前中は、長女家族や長男の家族がいて賑やかだった。子どもたちは、汗びっしょりになって遊んでいた。大人達はのんびり。正に盆休みという感じであった。夕方、長女家族が帰っていった。のんびりした一日だった。)

 
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少子化対策に思う

10 8月

政府の少子化対策で子どもが増えるのか
 少子化は将来の国の存亡に関わる大問題だとの認識は誰もが持っているように思う。高齢者は増える一方で、それらを支える働く世代は減る一方である。年金は破綻するだろうし、国の経済発展も望めないだろう。様々な予測でも、地方は衰退するどころか、消滅の危機さえあるとの予測が出ている。

 国でも少子化担当大臣を設け、少子化対策を進めているが成果はほとんど見られない。国の対策で果たして少子化化が改善されるだろうか。いつも思うことだが、国会での少子化担当大臣の答弁を聞いていると、そんなことで本当に少子化が改善されるのかと思ってしまう。

 そもそも、「子どもがたくさん生まれた時代」とはどんな時代だったのだろうか。私の周辺を見ると、男性は働きに出て、家庭には女性や高齢者(祖父母)が家事や農作業をしていたように思う。子どもたちは、兄弟や地域の異年齢の子どもたちと接し、地域の高齢者などが見守る中で育っていったように思う。子どもをみんなで育てたので、かつては「子育て」という言葉もなかったのではないか。また、車やテレビ・洗濯機などの電気製品もなく、生活レベルはそんなに高くはなかったように思う。このような環境の中では、子どもの一人や二人、増えても家計にはそんなに影響がなかったのではなかろうか。

 ところが、今は子育てのベースとなる家庭や地域社会が弱体化し、あるいは崩壊して、子育ては大変な作業である。子どもを預かる保育所や児童館があればよいというような単純なものではない。核家族の中ではこうした施設があれば子どもを安心して育てられるものではない。

 日本は世界でもまれな残業大国である。特に男性は残業が当たり前である。このままでは女性だけで安心して子育てなどできるはずがない。この点を改めることではなかろうか。その上、女性の社会進出が望まれているが、労働力不足を補い、低賃金で長時間残業を女性にも求めているのではなかろうか。女性の男性化と言えなくもない。こうなると、家庭が子育てを放棄せざるを得ない時代になるのは必然ではなかろうか。このような状況でたくさんの子どもを育てることなどできるはずがない。よほど本気にならないと移民に頼るしか道はなくなってしまう。

(日記 機能で、ようやくこの夏やるべき課題は終わった。残るは個人的な課題のみである。午前中はもっぱら数学。午後は久しぶりに昼寝。その後も、数学。あっという間に一日が終わってしまった。夕方、福井の孫達は帰って行った。代わって横浜の孫達が戻ってきた。久しぶりに孫(長女)と川になって寝た。)

 
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結局“力”か

18 7月

不安定な地球上
この頃、地球上は非常に不安定な状況だ。自然現象でも、地震や豪雨、台風やハリケーンが各地を襲っている。我が国は、これに原発事故が重なり、平穏な日々がなかなかおとずれない。

その上、各国の統治機能がうまく働かないようである。常に武力による攻撃があちこちで頻発している。外交交渉による平和構築は困難を極めている。

武力を背景に、自国の利益を優先させようとしている国が多いように思えてならない。あちこちで、近隣諸国同士の紛争が続いている。大国が主導権争いをして世界各国で自国の身方を増やそうとしているようにも思える。

武力による平和構築、バランス構築は際限なく続けられていくことだろう。平和を守るためにという口実で、武装することが当たり前になっている。政治力ではコントロールできなくなっている。最後は力に頼るしかないように見える。国家同士の争いだけでなく、これにテロリストによる武力攻撃も各地で頻発している。

どの国の一般大衆も平和を望んでいるだろうが、各国の指導者の考えで、それらは遠のいていくように思えてならない。各国のリーダーの本当の意味での政治力が問われている。そんな中で、今日もまた旅客機の墜落事故が起きた。しかも、武器により墜落させたのだという。宇宙から見たら、地球上の争いは、非常に醜く見えるだろう。悲しいことだが、物欲の果てには必然的に起こる現象と言えなくもない。

(日記 午前中、仕事をしやすくするために、自分の机の周辺を整理した。午後も作業を継続。時々歌作り。午後7時過ぎから村のゲートボールの練習に参加。猪野瀬地区のゲートボール大会があるためだが、私は家庭の事情で参加できない。それでも練習は楽しかった。)

 
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一般人は謙虚なのに

06 6月

日本で働く中国人研修
6 中国今日は、中国人研修生に対して講義を依頼された日なので、午前8時半過ぎに自宅を出発。大野市の中国人研修センターへ向かった。到着して、講義室へ入ると一斉に立ち上がって挨拶。

彼らに対しては、通訳をつけてこれまで何度も講義をしてきた。参加しているメンバーも中国で一定の研修を受け、さらに日本で一定期間研修を受けて各企業へ配属されるのだ。

行き先を尋ねてみると、勝山市の繊維関係企業へも数人が就職することが分かった。今日のメンバーのうち8割ぐらいは既婚者で、子供がいるのだ。中国に子供や夫を置いての単身赴任なのだ。だれもが、非常に素朴に見える。

今、日中間では種々の問題があり、必ずしも関係が良好ではない。しかし、目の前にいる中国人研修生を見ていると、そのようには見えない。私も、そうして先入観を持たずに彼らに接している。

家内の協力を得て、歌手始動。私はアコーデオンで伴奏。

家内の協力を得て、歌手始動。私はアコーデオンで伴奏。

結局、国と国との関係の良し悪しは政治家がカギを握っているように思われる。政治家の外交力や政治力が問われることが多い。その政治家はだれのために動いているのだろうか、一般国民か、それとも企業だろうか。簡単に二分はできないが、国と国の平和な関係は政治家が決めているように思えてならない。

(日記 午前中は、大野市の中国人研修センターで研修生に講義。とても楽しかった。講義を終えて家内と福井へ向かい、映画『アナと雪の女王』を見た。3Dで日本語吹き替えバージョンで見た。とても楽しかった。今日は何となく体調不良。映画の後、少しショッピングをして帰宅。休むことにした。)

 
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力でしか解決できないのか

20 5月

最近の世相
 ここ何十年かのうちで、今が一番世の中、騒がしい。日本の中では経済を前面に押し立てながら、憲法改正や憲法の解釈変更による集団的自衛権の扱いなどが大問題になっている。

 東南アジアでは領土問題が日増しに大きくなり、争いが絶えない。ウクライナも同様である。どうも国家が安定しない。安定した地域は非常に少ない。

 その根本にあるのは、人間の欲望ではなかろうか。個人の欲望、地域エゴ、そして国家の欲望が折り合いをつけることなく広がり、それが衝突を生んでいるように思われる。

 もはや、冷静に話し合う場はない、国連も、こうした大きな問題には残念ながら無力だ。最終的には、武力を背景にしたり武力に訴えるしかないのだろうか。

 国家の前には、個人の人権も無視され、それらに対抗するテロも後を絶たない。各国の一般住民は争いを望まないのに、政治がそうしたことに折り合いを付けられないでいる。こうした状況に天災野人脚が追い討ちをかけている。全ての人々に欲望のコントロールが今求められているのだろうか。

久々のオカリナ練習。月末に行われる自然観察会の際、大師山山頂で演奏するための練習だ。

久々のオカリナ練習。月末に行われる自然観察会の際、大師山山頂で演奏するための練習だ。

(日記 午前中は、数学。これからは、着実に数学をすると決めた。数学さえやっていれば気分は安定する。午後は、昨日に続いて庭木の剪定作業。今日も、軽トラいっぱいに剪定した枝等を積んでゴミ処理場へ行った。夜は、オカリナ練習。久々ではあったが、楽しかった。演奏しにくいところはきっと頭の体操になっていることだろう。)

 
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5月より10行ブログ

01 5月

言いたいことを10行にまとめて
 今月は言いたいことを10行にまとめてブログを書きたい。先月は、7・5調でブログを書いたが考えていることが旨く言えなかった。

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中国人研修生に短い講話。

中国人研修生に短い講話。

    他山の石

 連日報道される韓国の船舶事故は全く痛ましい。船内に閉じ込められて犠牲になった高校生を含む多数の乗客の皆さんのご冥福をお祈りしたい。気も狂わんばかりの状況だっただろうと推察される。

 船が傾いた後でも、もっともっとたくさんの乗客を救えなかったのだろうか。そう思うと、もっと他にやりようがあったように思う。犠牲になられた人たちの親族の悲しみは想像を絶する。

 これは船長一人の責任だろうか。乗組員全員の責任だろうか。船会社の責任だろうか。政治の責任だろうか。事故後の報道からいろんなことが頭を駆け巡る。

話の合間にみんなで日本の民踊を踊った。楽しそうだった。

話の合間にみんなで日本の民踊を踊った。楽しそうだった。

 これは韓国のみの問題だろうか。利益を求め過ぎた人間が引き起こした事故ではなかっただろうか。利益追求のために、効率や能率が重視され、安全が後回しになったのではないか。

 いま日本でも、経済優先の風潮が強い。こうした延長にこのような大事故が待っているのではなかろうか。原発もまたしかり。責任は、自分を含む国民にもあることを肝に銘じたい。

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(日記 午前中は、猪野瀬地区活性化委員会の書類提出のための事務。その後、午前10時から、ボランティアとして中国人研修生に『講話と歌と踊り』の時間を持った。同じ研修グループの所へ二度行くのは初めてだ。前回の講座で、「もう一度お願いしたい」という研修生のリクエストがあったか

勉強の後、孫達と「ばあば」の楽しい語らい。

勉強の後、孫達と「ばあば」の楽しい語らい。

らだ。しかし、楽しかった。午後は、畦の草刈り。そして一部の畦に防草シートを張った。午後6時半より『爺ちゃん勉強』。午後7時半より銭太鼓保存会の練習。充実した一日だった。)

 
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