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Archive for the ‘政治’ Category

「現状分析」「前例改善」「内容重視」で“まちづくり”

28 11月

「前例踏襲」は退歩
 事に為すに当たっては「現状分析」,「前例改善」,「内容重視」は,現役時代,私が大切にしたことである。退職した今は、地区の活性化委員会に所属し、微力ながら何ができるかを考えている。

 何か行動を起こす場合に、唐突に「〇〇をする」とか「〇〇をしてはどうか」と言われても,困惑する。目指す方向を明らかにして行動しなければ持続しないし理解もされない。

増田寬也氏の『地方消滅』。この本を使って人口問題を話し合ってみたいものだ。

増田寬也氏の『地方消滅』。この本を使って人口問題を話し合ってみたいものだ。

 地区の活性化委員になって最初に考えたことは、最初の「現状分析」であるが、「今、地域はどうなっているのか」、「地域では何が問題なのか」を考えてみた。特に、地域の人口構成を調べることから始めた。私のような個人ではなく、国や省庁、地方自治体でも同じことだと思う。最近起こったことを、一例に出せば人口問題がある。

   今春だっただろうか,日本創成会議の増田寛也座長が,新聞や雑誌等で「2040年には、20歳~39歳の女性が50%の市町村で半減!」、「地域が消滅する」と発表し、日本各地に衝撃を与えた。我が勝山市も、大幅に人口が減少し、「町」と人口が逆転するそうだ。その後、各地で人口問題がにわかにクローズアップしている。他から指摘されるまでもなく、行政は常にこれらをつかんでおくことが必要ではなかったのか。

 私は、十数年前から今年まで勝山市や自分の地区の人口データを市役所で入手している。我が集落では、一人暮らし、二人暮らし、三人暮らしの家庭を調べてみた。残念ながら、我が集落では、「一人または二人暮らし」の家庭が、全戸数の3分の一に達している。これでは10年後、20年後に集落はどうなるかがわかってしまう。当然このことは月二回発行の瓦版で区民の皆さんにお知らせしたが、対策は簡単ではない。我が集落も、我が地区にとっては大きな問題だ。何をすればよいかを考えている。難問だ。

(日記 午前中は,昨日の大工仕事の続き。空きスペースを生かした収納スペース作り。市販のものはスペースに無駄が多いので、廃棄して手作り。特に、空間を活用した収納を考えた。午後も作業を継続。午後3時から,事務所で数学。途中で、Aさんがやって来た。再来週の土曜日のまちづくりの発表についてだ。活性化委員会の活動を発表することになっている。夜は、市民活動センターでこれまでの「エコミュージアムによるまちづくり」から、「ジオパークによるまちづくり」についての会合に出席。市長の説明を聞いた質疑が行われた。元役所勤めのみには疑問や意見の相違については意見が言いづらいところがあった。)

 

“シングルイシュー”選挙

19 11月

国民を欺く可能性大
 選挙のたびに、「シングルイシュー」という言葉を耳にする。「シングルイシュー」とは、シングルイシュー・ポリティックスの略ですが、“争点を一つの論題に絞って有権者に訴えかける戦術”のことだ。わかりやすい政治とされる反面、有権者にとってデメリットが大きい選挙戦略だと思う。かつては、小泉氏は、「郵政民営化(2005年)」を争点にして小泉氏が戦った。

道路沿いのプランターに花を植える家内。

道路沿いのプランターに花を植える家内。

 有権者の多くは、「郵政民営化」には賛成だったかも知れないが、その他のことはあまり知らされずに選挙は終わってしまった。圧倒的な勝利を得た小泉政権は、翌年の教育基本法改定を十分な審議なしに、簡単に通してしまったと言われている。

 今回は、新聞の1面の見出しには「アベノミクス信任を問う(福井新聞)」とある。有権者の多くは、 経済問題だけで選挙を行う可能性が大である。集団的自衛権行使を容認した安全保障政策、原発再稼働問題等はあまり表に出さずに選挙を行い、勝利の後は、経済以外の問題を推し進めことになりはしないか。

 後で、国民が、こんなはずではなかったということにならなければと思う。そのためにも、「シングルイシュー」で経済問題ばかりを連呼し、選挙をすることを止めてもらいたい。与党は、与党らしく、重大な問題は、全て国民にその考えを明らかにし、国民の審判を仰いでもらいたいと思う。

来年の春には、中央にチュウリップも彩りを添えるだろう。

来年の春には、中央にチュウリップも彩りを添えるだろう。

 野党もまた、反対のための反対ではなく、そのの公約を明らかにし、審判を仰いでもらいたいと思う。また、消費税を10%にする前に、“身を切る改革”である議員定数削減などの選挙制度改革を進めてもらいたい。思いだしたが、衆院解散を表明した安倍首相の記者会見に対するマスコミ各社の質問も「シングルイシュー的質問」に終始していたように思う。

(日記 午前中は、家の雪囲いの最終仕上げ。午後は、畑でイチジクの雪釣り。エンドウを植える場所の耕耘作業。家内は、例年のように、道路沿いの丸形プランター(土管)にパンジーやビオラとチューリップの球根を植えた。信号が赤になったときに見てくれるドライバーがいれば幸いである。)

 
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経済優先が招くもの

05 11月

経済優先社会の副作用
 最近の国会討論を聞いていると、総理の「アベノミクス」とか「経済優先」という言葉がよく出てくるが、よほどの配慮をして政策を実施しないと、大切なことがおろそかになったり、一部の国民にしわ寄せが来ることを忘れてはならないと思う。

 確かに、生きるためには、「経済的な問題」から目をそらすことはできない。しかし、人間が生きるためには、経済だけが大切なものではない。経済は「能率や効率」を優先させ、非人間的な働きを要求することが少なくないからだ。

 経済を優先させるあまりに、国民の健康を無視して「公害」や「薬害」が頻発し、多くの者が犠牲になったことを忘れてはいけない。北朝鮮の関係でも、経済を優先するあまりに「拉致問題」を後回しにした過去があり、そうしたことも影響しているのだろうか。子の問題は今も解決していない。

 経済性を優先するあまりに、安全性を軽く見て原発を推進した国家の責任も軽くはない。そして、それらにお墨付きを与えた御用学者の責任も重大だ。再稼働に当たっては、経済よりも優先することがたくさんあることを忘れてはいけないと思う。

 今また、経済優先の政策の中で、人が機械に使われたり、非人間的は働き方を強要されたりする事態が発生している。そして、心身ともに病む人間が増えつつある。経済は大切であるが、それと同じように大切なものがたくさんあることを忘れてはいけない。「アベノミクス」のおかげで利益を得る人間がいる一方、そのために犠牲を払わざるを得ない国民が多くいることを為政者は忘れないでほしい。犠牲になる人間の救済を忘れないでほしい。

(日記 朝一に電気器具の修理。その後、午前中は雪囲い作業。半分ほど終わったように思う。午後も1時間ほど雪囲い作業。その後、明日の講義『日本の文化について~中国、ミャンマー、インドネシア研修生に向けて~』の資料作り。パワーポイントを使って資料を作成しているが、その一部を変更し、追加した。午後3時から6時まで事務所で数学の参考書作り。家内は、昨日に続いて「いのせ文化祭」の作品作り。充実した時間だった。)

 
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それって“当たり前?”

23 10月

それでも通るの?
 宮沢新経済産業相の資金管理団体、広島市の「SMバー」に、交際費名目で政治活動費を支出していたとのことだが、その弁明にあきれてしまう。

 宮沢経産相は、記者団に「支出は事実だが、私自身は全く行っていない。事務所の関係者はが誤って政治資金として支出したようだ」と述べ、本人に弁済させた上で報告書を修正する考えを示した。修正すればいいというものではなかろう。

画面の向こうの孫とはストレスなしに話すことができる。

画面の向こうの孫とはストレスなしに話すことができる。

 小渕前経済産業相の問題も気になる。一体全体、少子化担当大臣で何をやったのだろうか。果たして、経済産業大臣として適していたのだろうか。そして、将来の総理候補だというが、どこからそう言えるのだろうか。

 何も知らない人が、ただただ元総理の後を継いで御神輿に乗っているだけのように思えてならない。答弁を聞いていると気の毒だ。総理の任命責任を問われないのも不思議だ。大臣とは、ただのお飾りなのだろうか。

 これでは、国民は,政治家に信頼をもてないだろう。こんな調子で、経済優先だの、消費税アップだと、声を張り上げても、その声は空しく響くだけではなかろうか。政治家と金の問題は、まだまだ根が深く、国民の信頼を得ることまでには至らないのではないか。

(日記 部屋の様々なものの整理。なかなか前へ進まない。時々、数学をやりながらの作業だった。夜は、横浜の孫の爺ちゃん勉強。今日は、教え甲斐があった。)

 
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最近の政界の不祥事

21 10月

何を基準に大臣を選ぶのだろうか
 連日、ここ最近、県議や国会議員の不祥事がテレビで報道されている。解くに、大臣の問題は、連日テレビやラジオを賑わせている。

 素人が考えても、問題だと思うことが多い。そもそも、何を基準に大臣を選んでいるのだろうか。専門性などを全く無視して選んでいるようにしか思えない。

 それでも務まるということは、単なるお飾りなんだろうか。それとも、官僚や一部の実力者の意向で物事が進んで行くのだろうか。

 あちらの大臣を務めたかと思ったら、こちらの大臣を務めるというふうに、短期にあちこちへ動いている。「順番を待っている」という言い方さえある。

 「オールマイティー」というとかっこいいが、少しはどこかに的を絞って国の舵を取ってもらいたいと思う。果たして、今後どのような弁解をするのだろうか。国民の政治離れがますます進んでいくようで悲しい。 もっと、現場感覚を持って事に当たってほしい。

(日記 第2回目の燻炭づくりを行う。これで、来年も畑に燻炭を撒くことができるだろう。午前中は、資料などの整理。午後は数学の参考書作り。午後5時半より、太鼓のメンバーと反省会。里芋サミットとエコミュージアムの全国大会で、篠笛や太鼓を叩いてもらったお礼を兼ねて焼き鳥屋へ。)

 
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どんなモノにもあるメリットとデメリット……複合副作用

04 10月

スマホのデメリットは時間泥棒(私見)
 もしも私に本を書く能力があるとしたら、『複合副作用』というタイトルで本を書いてみたいと思う。しかし、実際にはそういう才能はないので、このブログでも文を書くしか方法はないだろうが。

 世の中には、いろんな「モノ」が次々と産み出されている。“どれもこれも、世の中のためになる、特に経済的なメリットがある”つもりだろうし、そう思う。

 メリットは否定しない。しかし、その副作用に注目する人はそんなに多くないのではなかろうか。しかし、一つ一つの、デメリットも静かに確実に世の中を蝕んでいるように思う。

 そして、それらの副作用が2つ3つと重なったときには、メリットを超えるかも知れない。それが私の考える『複合副作用』だ。これを、しっかりと、世の中にアピールできたらと思う。

 「円安」も「スマホ」にも、メリットと同時に、大きなデメリットがある。「円安」でいえば、政治家は、メリットばかりを強調しているが、デメリットで会社の存亡の危機に瀕しているところも少なくないのだ。スマホのデメリットは、子どもや若者の時間泥棒と言えなくもない。

(日記 Aさんが自宅にやって来る。「市長と語る会」について意見交換。)

 
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いつか来た道

05 9月

多い戦争ドラマ……二度と繰り返すまい
 朝ドラ『花子とアン』を欠かさず見ている。どらもの時代は戦争のあった時代だ。国内が戦争一色になっていく。新聞もラジオも世の中の仕組みもすべて、戦争賛美の方向へ向かっていくのだ。

 最近の朝ドラでは、『梅ちゃん先生』、『ごちそうさん』、そして、今の『花子とアン』も全部戦争前後の物語になっている。視聴者の多くは、その戦争の結果が知っているだけに、戦争の持つ恐ろしさ、危うさ、空しさをよく知っている。

 しかし、当時の指導者は、そんなことはお構いなしに突き進んでいく。そして、一般大衆に多大な影響力を持つマスコミも同調して国民を戦争に巻き込んでいく。

 これらのドラマが繰り返し報道されるのは、なぜだろうか。今の時代がいつか来た道に通じるからだろうか。戦争体験のない人が増えて、戦争の悲惨さが伝わらない時代が来るのではなかろうか。今の世の中、言論により平和を模索するというよりも、武器によって平和を維持するという方向に向かっているように思える。
(日記 入院三日目。例によって、リハビリと諸検査。自由時間にパソコンで紙芝居の絵を描く。といっても、タブレットがないので簡単にはいかない。夜、サッカーの試合を見る。素人目にも、世界のトップレベルとは、まだ差は大きいように思う。)

 
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NHKスペシャル「どう守る、日本の平和」

15 8月

現場感覚があるのか
 NHKスペシャル『どう守る日本の平和』をテレビで見た。もちろん録画もしたが。集団的自衛権を中心に、生で討論が行われていた。前のめりになっている現政権を支える人たちは、どれほど現場感覚があるのだろうか。

子どもたちは家の中で駆け回ったり、ゲームをしたり……。

子どもたちは家の中で駆け回ったり、ゲームをしたり……。

 今日も、いろんな方がいろんな意見を述べておられた。紛争地で平和構築に頑張っている人、紛争地での油剤経験の豊富な人、大学教授、元外交官などが参加しておられたが、意見はあまり嚙み合っていなかった。しかし、こうした議論は必要だと思う。一方的な説明を聞いて賛成だ反対だと意見を述べたするのではなく、こうした議論をよく判断しなければならないと思う。

 それにしても、いずれの政策においても、これらに関わる人たちは本当に現場感覚があるのだろうかと思ってしまう。昨日の議論でも、あまりにも現実を知らないで平和維持を語り、集団的自衛権を語っているように思えてならなかった。

 あまりにも何も知らされない大衆、または一方的な意見ばかりを知らされて物事の判断を誤りかねない大衆、それは危険な世の中へ導く人たちを支援することになりかねない。少なくとも、賛成反対を問わず、しっかりと国民の前で議論し、物事を進めてもらいたいと思う。

福井の孫達は、名残惜しそうにしながら帰って行った。

福井の孫達は、名残惜しそうにしながら帰って行った。

 「自国の安全と利益が脅かされるときには、……」とあるが、今、各地で起こっている戦争あるいは紛争は、全て自国、または一部国民の利益を守ろうとしているのではなかろうか。こんなときには武力を使ってもいいとなったら、この地球上からは永久に戦争はなくならないように思う。他の番組で「賢くない人が権力を持ったときが一番怖い」と言っておられた。心に残る言葉だった。

(日記 午前中は、長女家族や長男の家族がいて賑やかだった。子どもたちは、汗びっしょりになって遊んでいた。大人達はのんびり。正に盆休みという感じであった。夕方、長女家族が帰っていった。のんびりした一日だった。)

 
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少子化対策に思う

10 8月

政府の少子化対策で子どもが増えるのか
 少子化は将来の国の存亡に関わる大問題だとの認識は誰もが持っているように思う。高齢者は増える一方で、それらを支える働く世代は減る一方である。年金は破綻するだろうし、国の経済発展も望めないだろう。様々な予測でも、地方は衰退するどころか、消滅の危機さえあるとの予測が出ている。

 国でも少子化担当大臣を設け、少子化対策を進めているが成果はほとんど見られない。国の対策で果たして少子化化が改善されるだろうか。いつも思うことだが、国会での少子化担当大臣の答弁を聞いていると、そんなことで本当に少子化が改善されるのかと思ってしまう。

 そもそも、「子どもがたくさん生まれた時代」とはどんな時代だったのだろうか。私の周辺を見ると、男性は働きに出て、家庭には女性や高齢者(祖父母)が家事や農作業をしていたように思う。子どもたちは、兄弟や地域の異年齢の子どもたちと接し、地域の高齢者などが見守る中で育っていったように思う。子どもをみんなで育てたので、かつては「子育て」という言葉もなかったのではないか。また、車やテレビ・洗濯機などの電気製品もなく、生活レベルはそんなに高くはなかったように思う。このような環境の中では、子どもの一人や二人、増えても家計にはそんなに影響がなかったのではなかろうか。

 ところが、今は子育てのベースとなる家庭や地域社会が弱体化し、あるいは崩壊して、子育ては大変な作業である。子どもを預かる保育所や児童館があればよいというような単純なものではない。核家族の中ではこうした施設があれば子どもを安心して育てられるものではない。

 日本は世界でもまれな残業大国である。特に男性は残業が当たり前である。このままでは女性だけで安心して子育てなどできるはずがない。この点を改めることではなかろうか。その上、女性の社会進出が望まれているが、労働力不足を補い、低賃金で長時間残業を女性にも求めているのではなかろうか。女性の男性化と言えなくもない。こうなると、家庭が子育てを放棄せざるを得ない時代になるのは必然ではなかろうか。このような状況でたくさんの子どもを育てることなどできるはずがない。よほど本気にならないと移民に頼るしか道はなくなってしまう。

(日記 機能で、ようやくこの夏やるべき課題は終わった。残るは個人的な課題のみである。午前中はもっぱら数学。午後は久しぶりに昼寝。その後も、数学。あっという間に一日が終わってしまった。夕方、福井の孫達は帰って行った。代わって横浜の孫達が戻ってきた。久しぶりに孫(長女)と川になって寝た。)

 
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結局“力”か

18 7月

不安定な地球上
この頃、地球上は非常に不安定な状況だ。自然現象でも、地震や豪雨、台風やハリケーンが各地を襲っている。我が国は、これに原発事故が重なり、平穏な日々がなかなかおとずれない。

その上、各国の統治機能がうまく働かないようである。常に武力による攻撃があちこちで頻発している。外交交渉による平和構築は困難を極めている。

武力を背景に、自国の利益を優先させようとしている国が多いように思えてならない。あちこちで、近隣諸国同士の紛争が続いている。大国が主導権争いをして世界各国で自国の身方を増やそうとしているようにも思える。

武力による平和構築、バランス構築は際限なく続けられていくことだろう。平和を守るためにという口実で、武装することが当たり前になっている。政治力ではコントロールできなくなっている。最後は力に頼るしかないように見える。国家同士の争いだけでなく、これにテロリストによる武力攻撃も各地で頻発している。

どの国の一般大衆も平和を望んでいるだろうが、各国の指導者の考えで、それらは遠のいていくように思えてならない。各国のリーダーの本当の意味での政治力が問われている。そんな中で、今日もまた旅客機の墜落事故が起きた。しかも、武器により墜落させたのだという。宇宙から見たら、地球上の争いは、非常に醜く見えるだろう。悲しいことだが、物欲の果てには必然的に起こる現象と言えなくもない。

(日記 午前中、仕事をしやすくするために、自分の机の周辺を整理した。午後も作業を継続。時々歌作り。午後7時過ぎから村のゲートボールの練習に参加。猪野瀬地区のゲートボール大会があるためだが、私は家庭の事情で参加できない。それでも練習は楽しかった。)

 
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