冬は創作シーズン
平地にも雪が降った。いつもより早いので積もるとは思わなかったが、いよいよ冬が来る。急に雪が降って困るのは、庭木だ。枝を広げているイチイの木などは枝が折れてしまうからだ。父親の代から伝わる木だけに折れてしまっては申し訳ない。
急に雪が降ったので、 2、3日前から雪囲いをしなければと思っていた。晴れる日が待ち遠しかった。天気予報通り、今日は朝から快晴。早速、樹木から雪囲いを始めた。例によってラジオを聞きながらの作業だった。雪囲いを始めると、今年も終わるのだなあと思う。それと同時に、あっという間に雪囲いをとる春が来るだろうとも思った。
冬で一番困るのは、屋根の雪下ろしだ。屋根から落ちる危険があるからだ。こうした作業を除けば、“冬もまた楽し”だ。それはたくさんの自由な時間があるからだ。それに、除雪以外に外での作業はできない。農作業はしたくてもできないのでので、落ち着いて“創作活動”に時間を費やすことができるからだ。
今年の冬は何をしようか、あらかじめ決めて、のんびりとパソコンの前に座ることができる。ストーブで部屋を暖め、机の上にあるパソコンで歌を作ったり絵を描いたり、文章を書くなど、好きなことを始めることができる。ときには、テレビ(の音声)を聴きながらこたつの上のノートパソコンで作業をすることもできる。
あるとき、市営プールのサウナの中での雑談の最中に、都会から田舎へ戻ってきた人が話したことを思い出した。「雪国はどうしようもない。屋根融雪にすれば一冬に何十万と油(のお金)がかかるし、雪下ろしを頼めば何万と金がかかる。いなかは人の住むところではない。」とさんざん文句を言っていたことを。
それもまた事実であろう。冬に楽しみがなければ、不便なところばかりがクローズアップされるであろう。しなければならないことばかりが頭に浮かぶであろう。しかし、厳しい冬を経た者でなければ、春のよさを実感できないであろう。春の来ない冬はないのだ。
有言実行で、今年の冬も何か作品と呼べるものを作りたい。退職以来、しようしようと思いながらできなかったことを、今年の冬こそがんばってみたいと思う。そんなことを思うと、冬も待ち遠しくなる。気の持ちようでどうにでもなるのだ。
(日記 午前中、雪囲い作業。途中で、樫の木の枝打ちを行った。我が家のシンボルの樹木だが、枝が茂り、たくさんの葉を落とすので困る。しかし、樫の木そのものを切るのはよくないと友達が言う。「樫(かし)」は「貸し」に繋がり、人に貸すほど金が貯まるという縁起のよい木だという。そう言われると簡単には切れない。午後も作業を継続。雪囲い作業をまだ2、3日はかかるだろう。)