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Archive for 11月, 2011

今年最後の出番

20 11月

猪野瀬公民館祭で『片瀬豊年ばやし』
   夏頃から、我々村の銭太鼓『片瀬豊年ばやし』グループは、あちこちへの出演を重ねてきた。そして、.今日はこれまで予定に入っていた最後の出番だ。それが、地元の『猪野瀬公民館祭』だ。

   11時半過ぎに、猪野瀬公民館へ向かった。「ぜんざい」と「うどん」を食べ出演準備。衣装を着け舞台袖へ。いつも心配なのは、放送設備との相性だ。音が小さかったり、雑音が入ったりでさんざんな目に遭っているからだ。

猪野瀬公民館祭で演じた『片瀬豊年ばやし』

   これまで何度も、トラブルに遭っているからだ。特に、出演者にしっかりと音楽が聞こえること。歌声がはっきりと入ること。これらを満足させる機器は少ない。

  いよいよ本番。最初、音が小さかった。しばらくして普通の音になった。ところが中盤にさしかかって伴奏がほとんど聞こえない状態になった。まさか止まりはしないだろうなと思っているうちに、普通の大きさになった。今日もおかしかった。

今年最後の米俵芸(私)

  私も今日は、小道具の杖を忘れてしまった。慌ててバチで代用したが、今後気をつけなければならない。今回嬉しかったことは、女子中学生のMさんが銭太鼓を演じてくれたことだ。それも、おじさん達に交じって堂々とバチを振っていたことだ。

 このようにして、まあまあの状態で今年最後の出番が終わった。今日は、この後、家内達の出番が控えているのだ。これまで、8回ほど演習したが、練習の成果が今日出るかどうかが一番の問題。

   最後に「さわらび会(食生活改善推進員)」の皆さんが私の作った『勝山よいとこ』と『勝ち山ほがらか音頭』を踊って下さることになっているのだが、今回は新しい試みに挑戦するのだ。新しい試みとは、背の高い女性3人を男役にして衣装も黒の法被にしたからだ。

  服装は、越中八尾の『おわら踊り』を意識した衣装だ。これまでは女性ばかりの団体だったので、女踊りしか出来なかったが、今回は、男役の出来て男踊りを加えるので、見る人には楽しんでもらえるかもしれない。

 そして、最後の演目である「さわらび会」の『勝山よいとこ』が始まった。女踊り、男踊り、そして、男女の踊りがそれぞれ踊られた。少なくとも見た目には、まあまあではなかったかと思う。

  次に、『勝ち山ほがらか音頭』だが、女踊りの皆さんが赤いおこしを少し見せながら手拭いを使った踊りを披露し、続いて、男装した踊り手が鍋歌を使った踊り、そして最後に男女で本来の『勝ち山ほがらか音頭』を踊った。少なくとも、練習の成果は出たのではないかと思う。

おじさん達にまじって銭太鼓を披露した女子中学生のMさん

   私の考えでは、他県の民謡を踊るのではなく、勝山の民謡(なければ作って)に他県の踊りの要素を取り入れて振り付けを創作したいと思う。そうすれば、いつでも故郷の郷土芸能と言えるのではなかろうか。今後も、この路線を進めていきたい。

   午後6時から近くの居酒屋で反省会。今年も、『片瀬豊年ばやし』のお陰であちこちへ出かけて演ずることが出来た。少しは、片瀬の知名度が上がったのではなかろうか。これらを、片瀬の特産「芋(里芋)とショウガと旨い米」の普及に努めていきたいと思う。

(日記 午前中、パソコンのファイル整理。長女の夫であるH 君が和太鼓を借りに来た。長女が自分のクラスの子ども達に和太鼓を教えるらしい。その後、公民館祭に出演するために猪野瀬公民館へ向かう。そして、『片瀬豊年ばやし』を演ずる。今年最後の出番だ。その後、家内も出演する「さわらび会」の民謡を見る。まあまあのできだった。最後に抽選会で、景品をもらった。)

猪野瀬公民館祭 「さわらび会」の踊り

『勝山よいとこ』を踊るさわらび会の皆さん。男踊りが加わり、変化をもたらしているのでは。

『勝ち山ほがらか音頭』に合わせて鍋ぶた踊り。

『勝ち山ほがらか音頭』に合わせて手拭い踊り。最後はみんなで『勝ち山ほがらか音頭』の本来の踊り。

 
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雨もまた良し

19 11月

心置きなく室内作業
   朝から雨が降っている。こんな日は、外での作業が出来ないので、室内でいろんなことができる。晴れた日に室内での作業をしているのは、何となく落ち着かない。創作作業なども雨の日にはぴったりだ。

   教員時代、市教委時代に、子ども達に望んだことは、「仲間と過ごせると同時に一人で過ごせる人間になってほしい」ということだ。どちらかに偏るのもよくないとおもう。

   高校教員時代、一人で家にいられない高校生が少なくなかった。休日は朝から、平日は夜な夜な友達の家に出かけるのだ。家ではすることがないらしい。仲間と過ごさないと落ち着かないらしい。

  その結果、溜まり場があちこちにできることになる。溜まり場で何をするのだろうか。賭け事をする者も少なくない。遊んでいるうちにお腹が空けば夜中でも出歩くことになる。時と場合によっては昼夜逆転しかねない。

  時には、一人でも出来ることがあることはよいことだと思う。読書、創作活動、楽器演奏、レコード鑑賞、趣味、家族のための活動、部屋の整理整頓などすることは年齢に関係なく、出来ることである。

  しかし、たとえ上記のような活動であっても、一人でしか過ごせないのも困りものだ。他者との人間関係を構築できないようでは社会に出たときに、いろんな困難な問題に直面しそうだ。

  仲間とも過ごせるし、一人でも過ごせるそんな子どもになってほしいと思うし、孫にもそのように育ってほしいと思う。結局、人間は、全ての面に於いて、バランスが取れていることが大切だと言うことだろう。

(日記 午前中は、部屋を掃除し、家内とこたつを設置。いよいよ冬だ。その後、子ども太鼓の掲示用楽譜を書く。かなり時間がかかった。午後も作業を継続。午後4時より親子太鼓。大人が苦労するリズムでも、子ども(保育園・小学1年生)達は、難なくこなすことがある。子ども達には先入観もなければ出来るか出来ないかを考えることもない。私の方が難しいのではと勝手に考えてしまうことがある。この調子で1年を過ごせばどこまで伸びるか楽しみだ。次回の出番の2月中旬までにはかなり上達しているかもしれない。午後7時半より集会所で、明日の猪野瀬公民館祭出演のために『片瀬豊年ばやし』を練習した。中学生も一人出演することになった。頼もしい限りだ。 )

 
 

気になる“先回り育児”

18 11月

『平成23年度児童委虐待防止研修会』に参加して
   子育てマイスターとして、『平成23年度児童委虐待防止研修会』に参加するために、大野市の「学びの里・明倫」へ出かけた。そこで、日本福祉大学・子ども発達学部・子ども発達学科の渡辺顕一郎氏の講演を聴いた。

  演題は、『地域で子育てを支える~児童虐待予防を中心に~』で、次のような内容の話しがあった。

1.子どもの孤独と自己肯定感
 (1)ユニセフレポート (2)日・韓・米・中の4カ国の国際比較調査
2.子どもの自己肯定感をん育むことができない現代社会
 (1)社会関係の希薄化 (2)先回り育児 (3)社会における母性・父性の希薄化
3.ハイリスク(虐待などのリスクが高い)と呼ばれる家庭
 (1)経済格差と貧困 (2)重篤な虐待に発展するリスク要因
4.人と人とが支えあう、育みあう関係をつくりだす
 (1)地域で子どもを育む (2)地域で子育てを支える (3)児童福祉施設を解放する(施設の社会化) (4)現代の子育ての背景をよく理解し、親の気持ちに寄り添う支援者が存在する (5)子どもの個性を受け止め、自発的な遊びを大切にする

 “先回り保育”とは、「現代の母親は、子どもを守ることを優先するあまり、幼い子どもの遊びを誘導したり、子ども同士の関係に介入しすぎる傾向があり、子ども自身の他者への関心や交渉能力の育ちをそいでしまっている」ことを言うそうだ。

  このことは、私自身が予てから心配していたことだ。考えてみれば、子どもは生まれたときから、保育園や幼稚園で育ち、小学生になれば、学校、児童センター、スポーツ活動、習い事などで大人の指導を受けることになるのだ。これが高校を卒業するまで続くのだ。

パワーポイントを使いながら講演する日本福祉大学の渡辺顕一郎氏

  昔のように、子ども達だけで行動する機会は、めっきりと減ってしまった。いつでも周りに大人がいて守ってくれる(介入する)のだ。自分たちで創意工夫をこらしたり、問題を解決したり、我慢をしたり、他者を思いやるなどの機会は激減してしまったのだ。

  果たして、これで何かと問題の多い21世紀を乗り切れるのだろうか。自らの考えで行動し、自分の言葉で語る機会がめっきりと減ってしまって新しい時代を乗り切れるのだろうか。講師の先生のおっしゃる“先回り育児”が横行しているのではないかとこれまでずっと気になっていたのだ。

  講演の後、質疑応答が行われ、「男子の草食化」についての質問があったが、講師の先生の考えは、「男性の草食化は、今の時代に合った生き方ではないのか。今の時代は、男性が「俺が食わせてやる」と女性に言えない厳しい時代であり、女性の方も、「私も働くのだから家事は女性と決めつけないで」と考える時代になっている。従って、男性は草食化せざるを得ない。」というものだった。納得できる答えでもある。

完成した庭木の雪囲い

 地域で子育てをいかに支えるかが、これからの問題である。子育てを社会全体で考えていかなければならない時代になっているのだ。退職してもその感をいっそう強くした。

(日記 午前中、庭木の雪囲い。午後2時より、大野市での『平成23年度児童委虐待防止研修会』に参加。参考になることが多かった。帰りがけに、十数年前の大野高校勤務時代に担任した大野公民館職員のYさんと会った。しばらく、話しをした。当時はバスケットボールの国体選手で福井県選抜に選ばれ、福井市での合同練習に参加しなければならず、越美北線の列車の中で模擬試験を受けたという頑張り屋だった。昔も今も笑顔も性格も可愛い女性だ。)

久々にあった大野高校時代の卒業生(私のクラス)のYさん

 
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冬近し

17 11月

雪囲い始める
  いよいよ奥越地方には冬がやってくる。その前に、やっておかなければならないことがいくつかある。まずは、家の雪囲いだ。上から降る雪による被害は少ないが、雪下ろしにより窓等に被害が及ぶために、家の周囲のガラス戸などがあるところは雪囲いをしておかなければならない。

  また、樹木は降る雪により枝が折れたりして被害を受けやすい。そのために、一番最初にやっておかなければならない。これまで、何度か雪が降ってから慌てて雪囲いをしたこともある。

突然の雪に備えてまずは植木の雪囲い。

  我が家も今日から雪囲いを始めることに決めていた。しかし、午前中は、法人から頼まれて里芋の収穫作業に出た。久々の快晴なので、もったいないと思ったが、法人の仕事も大切だ。

  午後は、「さわらび会」の最後の練習日だ。かなり上手になってきた。それが終わって雪囲いの作業を始めたのは、午後4時過ぎだった。庭木の雪囲いを始めたところで暗くなってしまった。

  明日晴れれば、いよいよ本格的に雪囲いさぎょうができる。今日は、わずかに出来ただけだった。思い起こせば、昨シーズンは、雪下ろしが遅れて、大屋根の端の垂木を折ってしまった。

   少し、雪下ろしが遅れたために、被害が出たのだ。そこで今年の春には、屋根の修繕の際、大屋根の垂木を倍にしてもらった。単純に強度が倍になったことになる。

  また、大雪に備えて除雪機を購入した。少しでも、除雪作業の負担を軽くするためだ。今年の雪はどうなるだろうか。季節としては悪くないが、雪の始末だけは苦労する。ここ数日間は、家も、家庭菜園も冬に備えていろんな作業をしなければならない。

「勝山よいとこ」の男踊りと女踊り。少しずつよくなってきたようだ。(猪野瀬公民館で最終のリハーサル)

(日記 午前中、「農事組合法人かたせ」の里芋収穫作業。かなり腰に負担の多い作業だが、午前8時から午前11時半までの作業だったので、どうにかこなすことができた。午後は昨晩からのCDのラベル印刷作業。午後2時半に、猪野瀬公民館で「さわらび会」の踊り指導。かなり見られるようになってきた。午後4時より雪囲い作業。すぐに暗くなってあまりできなかった。その後、テレビで日本シリーズの観戦。昨日は、テレビで放映していないので、パソコンをしながらラジオを聴いていた。いい試合だった。)

 
 

友達の友達来る

16 11月

ハワイアンギターを持参して
   おじさんバンドで知り合ったKSさんが同級生の友達KTさんを連れて事務所へやって来た。「ハワイアンギターをやりたいので教えてほしい」とのことだった。私がハワイアンギターを教えられるわけではない。最近、昔の楽器を取り出して弾き始めただけだ。

   このKTさんだが、勝山でフラダンスを教えている講師のKWさんの弟さんだ。このKWさんを勝山に呼んだのは私だと思っている。市民大学講座で「フラダンス教室」を開いた際、大野市でフラダンスを指導していたKさんを知り、勝山での講師をお願いしたからだ。

  KWさんはかなり長期間、勝山でフラダンスを教えて下さっているのだ。後で分かったことだが、このKTさんも男性ながらフラダンスをやっているとのことだった。今日は、最近買ったハワイアンギターを持って私の所へ来たのだ。買ったギターの音がよくないと嘆いていた。

  私が、今使っているハワイアンギターは50年前に買ったものだ。浜松での演奏会当日、第6弦のねじが壊れて第6弦は使用不能になり5本の弦で演奏会に臨んだのだ。不幸中の幸いで第6弦はメロディーを弾くのにはあまり影響はなかったからである。

  浜松では、「帰ったら絶対に新しいハワイアンギターを買おう」と思っていたのだが、いざ帰ってみると、この50年前の古いギターを捨てる気にはならなかった。「間に合わないから捨てる」とは行かない。それは今の自分に重なるところがあるからだ。

   青春時代を共に過ごしたこのギターは自分の分身である。そう思うと、新しいギターを買う気にはならなかった。自分を捨てるようで。そこで、楽器屋にお願いして修理してもらったのだ。今は以前のようにきれいな音を出してくれている。

  今日は、ハワイアンギターの調弦法やアンプとの相性、音質を買える機器の話しなどした。ハワイアンギターは普通のギターとは異なり、調弦法がいろいろあるのだ。KTさんと私の調弦法は異なっている。互いに一長一短があるのだ。

   私のハワイアンギターは高級品ではない。しかし、アンプとの間に補助的な機器を接続すれば自分の気に入った音が出るのだ。これによって、このギターは自分にとっては高級品と同じ値打ちがあると思っている。KTさんもこの機器は気に入ったようだった。

   KTさんは66歳だ。ハワイアンギターの難しさは曲を完全に暗記しなければならないことだ。楽譜を見ながら弾くことは困難な楽器だ。手元が狂ってしまうからだ。曲を覚えることは若いうちは簡単だったが、年齢が高くなるにつれて困難になる。

  私はオカリナもやっているが、これは完全に楽譜を見ることが出来る楽器だ。従って、音階をしっかりと身体(指)で覚えれば後は、曲が変わってもそんなに気にならない。

   KTさん達と、そんな話をした。従って、若い頃よりも、たくさん練習しなければしっかりと暗譜できない。手が勝手に動くくらいに練習しなければ身につかないのだ。完全に覚えたと思っても、弾けないこともあるのだ。

   演奏の難しさは、定められたリズム(速度)で、速くも遅くもならないで、確実に音を出さなければならないのだ。考えている暇はないのだ。あたり前のことだが、これはかなり大変なことでもある。他の仕事なら、自分のペースでやればよいのだが。

  約2時間半、私の事務所で音楽についていろいろ語り合った。“友達の友達は友達だ”ではないが、こうして音楽をやっていると、いろんな人と知り合いになれるのが嬉しい。それと、自分も楽しみながら頑張ろうという気になるからだ。

  私も、予てから弾きたいと思っていた“ある曲”について挑戦したいと思っている。特殊な奏法の曲だ。ハーモニックス奏法というものだ。50年前に弾きたいと思っていた曲だ。今日、KTさんが持っていた教則本にヒントが載っていたのでコピーさせてもらった。

  また、新たな挑戦課題が見つかった。やはり、音楽は私に“生きる力”と“楽しみ”を与えてくれている。これからも、いろんな楽器に、いろんな曲に挑戦したい。

(日記 午前中、ハワイアンの練習用CD作り。本当は雪囲いをしたかったが、午後「おじさんバンド」の仲間が友達を連れてくるのでそこでも使える練習用CDを作ったのだ。午後2時から4時半まで私の事務所で、バンド仲間とその友達の3人でハワイアンギターの演奏などについて話し合った。楽しい時間であった。)

 
 

今年最後の出番か

15 11月

勝山の新作民謡に工夫
   夏以来、郷土芸能などの音楽活動がとても忙しかった。いろんな所から声がかかったり、自分が開催したからである。また、軽音楽同好会のOB会では演奏会があり、約50年ぶりにOB同士がバンドを組んで練習したりして、忙しいながらも、充実した期間を過ごすことができた。

   そして、今シーズン最後の出番である地元の『猪野瀬公民館祭』が、今度の日曜日に行われることになった。私自身は、自作の民謡に銭太鼓や女踊りや米俵芸を加えた『片瀬豊年ばやし』に出演することになっている。

   今では、直前に練習すればだいたい出演できるまでになった。また、子どももメンバーに加わることになった。若者も加わろうとしている。やりがいのある楽しい芸になりつつある。私の家内も歌で出演することになっている。

   もう一つは、家内達『さわらび会(食生活改善推進員)』が踊る『勝山よいとこ』と『勝ち山ほがらか音頭』だ。これらの民謡は私が作ったものだが、前者はかの有名な『おわら踊り』を参考にして作ったものである。

  編み笠を付けて踊る所はおわら節をまねている。曲も踊りも『おわら踊り』とは異なるが雰囲気は似ているかもしれない。毎回、「さわらび会」が踊っているが、今年は、背の高い3人に男踊りを踊ってもらうことに決めて、練習を始めた。

男踊りを加えて“勝山よいとこ”を踊る『さわらび会(食生活改善推進員)』のみなさん。

  文化祭では、毎回、『勝山よいとこ』を踊ってもらっているが、少しずつ工夫をこらしている。今年は、男踊りを加えたのだ。また、『勝ち山ほがらか音頭』は、「牛深はいや節」からヒントを得て、“手ぬぐいを使った踊り”と“鍋ぶたを使う踊り”を挿入して踊ることにした。

  「牛深はいや節」は、北前船によって全国に広がっていった踊りで、「佐渡おけさ」のルーツであるとも言われている。各地に「はいや節」があるが、これらの元になっているのではなかろうか。今回はこの踊りをヒントにして振り付けを考えたものである。

  「さわらび会」の皆さんが、毎回私の作った民踊を踊って下さるのはとても嬉しく、ありがたいことだ。勝山の民謡を大切にしてもらっていることが特に嬉しい。今日で7回目の練習である。本番まで後1回は練習する予定だ。だいぶ上手になってきた。本番が楽しみだ。

(日記 午前中、ハワイアンのカラオケCD作りのための編曲作業。午後も作業を継続。午後7時から「さわらび会」の踊りの練習に付き合った。だいぶ上手になってきたようだ。本番の公民館祭が楽しみだ。)

 
 

TPPと裏と表

14 11月

政治のレベルは庶民のレベル
   最近TPP論議が盛んだ。賛成派はTPPのメリットばかりを述べ、反対派はTPPのデメリットばかりを述べている。国民は、本当はメリットが何でデメリットは何かが分からない。

  12日、ハワイで野田佳彦首相がオバマ大統領と会談し、TPPの関係各国と本格的な協議に入ることを伝えたという。政府はかなり前向きになっているように見える。

  表向き、総理は経済面でのメリットを強調してTPP加入を目指しているように思える。しかし、沖縄の米軍基地など日米に横たわる問題が背後にありはしないのだろうか。

  これまでの政府の米軍基地問題に対する迷走ぶりにアメリカが日本に対する不信感を増幅させているようだ。そのような状況を中国は見透かしているのではなかろうか。TPPは米中の覇権争いをも含んでいるように思われる。

  防衛面でアメリカにおんぶにだっこの日本が、アメリカの信頼を失ったときにはアジアの軍事バランスが崩れかねない戸心配する者は少なくない。そんなことを想像するとTPP賛成は単なる貿易関税の問題ではなく、もっともっと複雑な問題をはらんでいるように思えてならない。

   こんなことを考えると、私達はTPPに関する確かな情報を得ているのだろうかと心配になる。「賛成派」、「反対派」が、日本の国益を考えて「賛成」、「反対」を声高に叫んでいるように見えるが、族議員のように選挙を頭に置いて、自分または党の利益を考えて「賛成」、「反対」を叫んでいるようにも思えてくる。

  「賛成派」、「反対派」いずれも、それらを支持する学者や評論家の支援を得て、自説の正しさを述べているように思われる。私達庶民は、偏った一方的な意見をもとにして判断しなければならない。時と場合によっては賛否の本当の理由は隠されている場合も少なくない。

   原発問題も、事故が起きて初めて明るみに出たことが多い。「そうだったのか」ということがおまりにも多すぎるのである。原発が推進されてきたのは、国、電力会社がメリットを強調し、地方には経済面でのメリットをより強調して推進してきた経緯がある。

  敦賀市の川瀬市長の発言が福井新聞に掲載されていた。

「敦賀市は原子力と『共存共栄』してきた街です。原発には確かにリスクがある。けど、我々は一定のリスクを背負った分、経済的なメリットを受けるという選択をしています(福井新聞11月13日、風の森オピニオン)。」

というものだが、発言の意味をよく考えてみる必要がある。原発のリスクとメリットをよく考えて誰が判断したのか。福島においても同様のことが言える。物事の裏表をよく知り、多くの判断材料を得て、決断しなければならないが、それらは往々にして一部の意見のみで決められることが少なくない。

  また、TPP以前に、「農業」に関する理解の仕方も気にかかる。農業を経済面だけで語ることは出来ない。一部の学者や政治家が、そのような理解をしているように思われる。農家にとっては、農業は「生活そのもの」であり、経済面でのみ成果を語ることが出来ない。

家内と一緒にハンバーグ作りをする孫達。

   この小さな地球上には70億人の人間が暮らしているが、誰もが幸せになろうとすると、誰もが一定の我慢をしなければならないように思う。それは、必ずしも、不幸とつながるものではない。しかし、現実には自由な競争が行われ、自己中心の世の中に向かっている。利益、能率、効率等が横行し、弱肉強食の世の中になっている。

   そんな中では、日本の農家は厳しい競争に晒されれば衰退を余儀なくされるであろうとの意見が少なくない。農業を多面的に理解しなければ、農業崩壊と共に、農村崩壊、地方の崩壊が始まるように思う。

  農業の本当の価値を知らずに規模拡大、競争に強い農業を目指すことを力説する政治家は少なくない。TPPがどうなろうとも、農業については、私達日本人が真剣に考えなければならない問題であると思う。

   あなた任せにせず、自分の問題として日本の誰もが真剣に考えるべき課題であると思う。TPPのせいにするのではなく、今の農業を、農村をどう守るのか、農業の持つ多面的な価値を理解して、新しい時代の農業のあり方を考えなければならないと思う。

田舎の味である柿を食べながら談笑する孫達。

  今の政治家に不満を持つ者は少なくない。しかし、それは、政治家個人の問題であると共に、それらを選んだ私達国民の問題でもあり、「政治家のレベル」は「私達国民のレベル」でもあるのだ。今こそ、私達は政治に関心を持ち、一面的な意見のみにとらわれず、物事の“裏表”をよく理解し、判断しなければならないと思う。

(日記 就寝中、一緒に寝ていた孫が暴れるので何度か目が覚めた。それでも、一緒に寝ることができて嬉しかった。朝食後、息子達に持たせるために精米をした。その後、法人から借りた畑の後始末をした。最後に残ったヤーコンを掘り起こし、使い終わった黒マルチを持ち帰った。そして、息子達の持たせる野菜を準備した。午後、孫達と柿を取り、一緒に食べた。その後、平泉寺公民館へ自作のCD“想いは歌で伝えたい”のCDを持って行った。帰りに、ソフトクリームへ寄ったところ、そこで「数学の先生でしたね。」といきなり男性から声をかけられた。20年ほど前に大野高校で私に数学を習ったという。夫婦で大野へ帰省しているのだという。しばし歓談した。帰宅して、孫達に先日作った紙芝居を見せた。午後5時頃、米や野菜や柿などを持って孫達は横浜へ向かって帰って行った。別れ際、見せた孫達の涙にジーンとするものがあった。充実した数日であった。)

平泉寺で偶然出会ったKさん(20年前に大野高校卒業)とその奥さん。しばし歓談した。

 
 

果物の食べ過ぎ

13 11月

果糖の摂りすぎ
今年、我が家では果物がよく実った。まず、イチジク。一昨年、家内が友達から苗を貰ったものだが、今年は8月頃から、今日まで毎日のように数個収穫できるのだ。収穫期間がとても長い。

柿も、富有柿系のものが今年はよく実った。毛虫が発生しても消毒しないので、柿の表面は綺麗ではない。しかし、味は変わらない市、皮をむいて食べるので気にならない。

そして、今年はキウイも当たり年だ。かなり摘果したつもりだが、今でも沢山実っている。50個ずつビニールの袋に入れ、リンゴといっしょに熟成させるのだ。しかし、食べきれない。

今年大豊作だった我が家の柿とイチジクとキウイ。

キウイにしても、柿にしても1年おきに豊作になったり、あまりならなかったりするのだ。今年は全てが豊作だったので、果物の食べ過ぎになり、果糖の摂りすぎになっているように思う。

このイチジクだが、横浜から帰省した小一の孫が初めて食べたにもかかわらず、いっぺんに好きになってしまった。昨日も今日も、イチジクを食べている。3歳の孫は、全く食べない。

我々夫婦は、イチジクが大好物だ。家庭菜園に行ったときの楽しみは、先ずイチジクを食べることだ。キウイはどんなにものっていても、そのままでは食べられない。

今年新たに、富有柿の苗とイチジクの苗を家庭菜園の脇に植えた。家庭菜園の一部を果樹園にできればと思っている。ただ、食べ過ぎに気をつけなければならないが。

(日記 午前10時より村岡町の文化祭でオカリナ演奏をするために村岡小学校へ向かった。村岡小の小学生全員と町民が見ている中で、「エーデルワイス」と「となりのトトロ-さんぽ」のメドレーを演奏した。子ども達は私たちの伴奏に合わせて口ずさんでいた。帰宅してから、CD作りを行った。平泉寺町文化祭に出演した際に「希望者にCDを差し上げます」と話したところ十数名から希望があったからである。今晩で孫達は横浜へ帰るのだ。二日間はあっという間に過ぎてしまった。)

 
 

孫も加わって「親子太鼓」

12 11月

横浜より息子一家帰省
  今日の午前中、横浜に住む息子の家族が帰省した。息子が福井へ出張してきたからだ。午前11時過ぎに、孫達がやってきた。ウェブカム(テレビ電話)では、時々話をすることがあるが、実際に会うのは夏休み以来だ。

   車から降りると、二人の孫達と抱き合った。私のセリフはいつも決まっている。「実物に会えた!」というものだ。孫のセリフも決まっている。「そう言うと思った」である。帰ると聞いてここ数日待ち遠しかった。まるで恋人を待つような気持ちだった。

勝山の子ども達と一緒に親子太鼓の練習をする横浜に住む小1の孫娘(中央の横縞)。

   土曜日の午後4時からは毎週「親子太鼓」の練習だ。小学一年の孫に声をかけると、練習に参加するという。夏に少し教えたことはあるが、それ以来全く太鼓は教えていない。それでも、勝山のみんなと一緒に楽しそうに、そして上手に太鼓を叩いてくれた。

   休みが終わると帰ってしまう。もし一緒に暮らしていたら、一緒にいろんなことがやれたのにと思うとさみしい。私の家族はみんな和太鼓をやるので孫も太鼓には馴染んでいるようだ。

   「親子太鼓の練習」に参加できるのは、今年は今日で終わりだろうが、いつか一緒に太鼓を叩ける日が来ることを願う。夜は、いつもと同じように二人の孫と一緒に風呂に入った。

   横浜の小学校の宿題である算数ドリルの採点と、国語の読書にも付き合った。息子達の子ども時代が思い出された。異なるところは、孫に対しては、息子達の子供の頃とは違って、心の余裕があるというところだ。

(日記 午前中、パソコンのファイル(写真)の整理。午前11頃孫達が横浜から帰ってきた。早速抱き合って再開を喜ぶ。昼食後、一緒に柿を取って食べる。午後1時半より「まちづくり」の講演会に参加。“事を為すのは人である”ということを再認識させられた。女性パワーでまちづくりをしているという実践報告だが、参考になるところが多かった。午後4時より親子太鼓の練習。孫も練習に参加。勝山の子ども達と一緒に練習した。そして、練習の後の「鬼ごっこ」もみんなと仲良く遊んでいた。イチジクも喜んで食べてくれた。田舎の味を堪能したようだ。ここ数ヶ月のせわしさも一昨日で終わり、孫との再会をゆっくり楽しむことができる一日だった。)

 
 

「忘れること」との闘い

11 11月

3度忘れたら4度覚える
   以前と比べると、私も物事を忘れることが多くなった。「忘れた」で済まされることと、「忘れた」では済まされないことがある。私は、先月(10月)の15日に行われた大学の「軽音楽部OB会」に向けて練習していた。

   曲目によっては、楽譜を見ることができるものと、ハワイアンギターのように、手元が狂ってしまうので楽譜を見ていられない場合があるのだ。そこで、楽譜を見ていられない場合には、曲を覚えるしかない。

   「覚えても忘れる」、「覚えても忘れる」を繰り返すために、その都度、「忘れたら覚える」、「忘れたら覚える」を繰り返すしか方法はない。悲しく思うときがあるけれでも、ここであきらめてしまっては2度と弾けるようにはならないだろう。

「勝ち山ほがらか音頭」で“手ぬぐい踊り”をするグループのみなさん。新しい試みなので本番ではしっかり踊ってほしい。(於:猪野瀬公民館)

   若い頃(約四十年から五十年前)は、物覚えも今よりよかったのだが、今は、せっかく覚えたのに忘れてしまって、残念に思うことが少なくない。「物忘れ」と闘っているようなものだ。

  今日の午後は「さわらび会(食生活改善推進員)」の踊りの練習日だ。来週の日曜日に行われる「猪野瀬公民館祭」で、民謡を2曲踊るからだ。2曲とも私が作詞・作曲した勝山の新民謡だ。このようなグループのお陰で、私の作った民謡が廃れずに今日まで歌い踊られているのだ。

  特に、今日は、「勝山よいとこ」では女踊り、「勝ち山ほがらか音頭」では本来の踊りに加えて、手ぬぐいを使った踊りをするグループの特別練習日だ。家内と私が練習に付きい合った。

   練習で一番悲しいのは、せっかくい覚えたのに、いざ踊るとなると忘れてしまうことだ。従って、一回目の踊りは、ミスがとても多い。しかし、私は皆さんにこう説明しているのだ。

 「忘れたら覚えればいい。覚えると言うことは、とても脳のためにはよいことです。踊りを練習することによって脳が鍛えられていると思えばいいのです。」

   忘れたら、さらに練習すればよいのだ。これは自分自身にも言い聞かせていることだ。忘れることは悲しいことだが、忘れたら それらを身体全体で覚えればよいのだ。無駄なことではなく、脳のトレーニングになっているのだ。

   筋力も衰えるが、そんな場合は少し運動して衰えのスピードを遅らせればそれでよいのだ。忘れたら、覚えることによって脳を鍛えればそれでよいのだ。悲観せずに、脳のトレーニングだと思って、今より少しでもよくなるようにいろんなことに取り組んでみたい。

(日記 午前中は、部屋の整理。午後は、猪野瀬公民館で踊りの指導。今日は「手ぬぐいを使って踊るグループ」の練習日だ。火曜日には他のグループの練習日だった。このグループの練習の最初はミスが目立ったが、練習を続けているうちに上手になってきた。来週の合同練習と、本番が楽しみだ。)