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マニュアル型人間

28 6月

臨機応変
 社会の仕組みが複雑になったり、機械や機器の操作、コンピュータソフトの性能が高度になってきている。こうした時代をより快適に、より安全に過ごすには、“マニュアル(機器・装置類の使用説明の小冊子、または使用法)”は不可欠である。

 この他、事故や天災などが発生した場合でも被害を最小限に押さえるためのマニュアルもある。これらは理論と経験則に基づいて作られているのであろう。

 事故が起きた後に、学者や評論家の方々があれこれと分析することは、次の事故を防ぐ上では大切であるが、それだけでは十分でないように思われる。出来ることなら、事故が起こる前にいろいろ発言してほしいものだ。

 人の命の重さは何ものにも勝るという基本的な考えが、マニュアルによっておろそかにされてはいないか心配である。それと同時に、臨機応変に対応でできる能力が今求められているように思う。

危機を感じる能力
 人間には、危機を感ずる能力がある。「このままでは大変なことになる」という感覚である。そこへ、マニュアルが入り込んだり、経済性が優先されたり、上司の強い指導は加わると、人はこうした感覚を無視して行動することになる。それでも大事故に繋がらなければよいが、いつも事故を回避できるとは限らない。

 かつて、とてつもない列車事故が発生した。個人の乗り物ならば、車体が浮くようなスピードが出て、列車が横転しそうになったら、減速か運転を停止するであろう。でも組織の一員であったばかりにそれが出来なかったのだ。そして、多くのかけがいのない多くの命が失われたのだ。

 また、個人の建物ならば、地震で簡単に倒壊しそうな設計はしないであろう。しかし、実際には、評論家の言を待つまでもなく、ド素人でも判断できそうな危険なことが平然と行われて来たのである。

 私たち自身も、数分、数秒が待てないような気ぜわしい人間、機械に合わせたような生活を見直さなければならない。世界一、時間に正確な日本の鉄道が、常に命の危険になさられているのでは自慢にならない。

 また、身の危険を感じた場合には、どう対処すべきか、人間の感覚をもっと尊重すべきではなかろうか。私たちは機械や機器に操られているのではなく、機械や機器を操っているのだから。マニュアルも大切ではあるが、同時に人間としての感覚も磨かなければならないと思う。

 しかし、現実にはいつの間にか、機械が優先される世の中になりつつあり、人間の感覚そのものが鈍感になったり、無視されつつあることが心配である。マニュアルでしか行動できない人間が増えてきたら、世の中は発展しないであろうし、危険も回避できないように思われる。

家族を楽しませる家の花々

 

(日記:午前中、セールスマンの話を聞く。その後、和太鼓の楽譜を書く。午後、北部中学校の選択音楽で和太鼓指導。その後、家庭菜園のトマトとイチジクに鳥防止のためのネットをかける。夕方、事務所=山児童館でALTに和太鼓指導。)

 
2 Comments

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  1. 梅田正

    2010年6月30日 at 11:51 AM

    楽しく読ませてもらっています。綺麗な花ですね。残念な事に名前わからないものがあります。
    昨年からハイビスカスを育てています。今年緑のカーテンを
    しょうということで、ゴーヤをの苗を植えたら今日黄色い花を
    咲かせているのに気が着きました。日曜日、小松の兄を尋ねたのですが、オクラの苗をくれました。
    ミニトマト、オクラ、ゴーヤの夏野菜を一杯食べて、暑さを乗り切ろうと思っています。

     
  2. Norio Yama

    2010年7月4日 at 11:11 PM

    気楽にコメントを書いてください。返事の出来る限り、書かせていただきます。私も、オクラ、ゴーヤ、トマト、ミニトマトなどを作っています。今は、畑の作物が毎日食卓に上っています。じゃがいもやインゲン、キュウリ、なす、トマトなどです。植物の生長をみるのは楽しいものですね。