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Archive for the ‘教育’ Category

漢字の書き方

11 11月

他山の石
40数年前に担任をしたMさんから国語の授業を見ないかと誘われた。午後2時からの授業を見ることになった。その時間に合わせて横浜から、勝山へ戻るとなると、福井へは12時頃に着かなければならない。

孫達と別れて新横浜で新幹線に乗り、授業を参観する平泉寺小学校へ着いたのは授業の5分前だった。盲学校での漢字の指導や普通学校での児童の間違いからそれらを分析し、独自の指導法を編み出したものと言えよう。

高学年で習う漢字も、考えてみれば低学年で学んだ簡単な漢字を組み合わせてできているという。となると、低学年で正しく基本となる漢字を学び、それらがどのように組み合わさっているのかを考えればよいということになる。

授業を見ていて、かなり勉強になった。と同時に、児童生徒の間違いを分析し、そこからどのように指導すればよいのかを考え出したところには頭が下がる。

盲学校での指導や研究が、普通の学校でも活かされているのだ。学ぶ気持ちがあれば、向上心があれば指導法がいくらでも改善できるということを再認識させてもらった。

私も、高校教員になってから、生徒の間違いを全て記録し、そこから指導法を考えたり、自作の参考書や問題集を作った経験があるので、今日の授業を大いに参考になった。

私は、現場での指導を終えたが、参観していた皆さんには、是非とも、児童生徒の間違いから学んでほしいと思う。指導法の研究につなげてほしい。漢字の書き方ばかりでなく、そういうことが大切だということも、あの授業から学んでほしいと思った。

私は、まだ、数学の指導には未練はある。自分流に頑張りたいと思っている。来年からこのブログを書くエネルギーを数学のブログに代えたいと思っている。とにかく、元気をもらった授業参観であった。

(日記 横浜の息子宅で6時半に起床。孫達と別れて横浜で新幹線に乗車。米原で乗り換え、北陸線で福井へ。さらに「えち鉄」で勝山へ。車で帰宅して服を着替えて平泉寺小学校へ。かつて平泉寺で担任をしたMさんの5・6年の漢字の授業を参観する。帰宅して、いのせ文化祭の演し物のためのカラオケづくり。また忙しい日々が始まった。)

 
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ざるで水を汲む

04 11月

高校時代のこと
高校時代に当時の先生から授業中言われたことがある。「君らはザルで水を汲んでいるようなものだ。」と。意味するところは、学んだことの大半は身に付かないと言うことだ。

そうなれば、頻繁に反復練習するしかない。ザルから大半の水がこぼれ落ちても、ザルには滴が付いているはずだ。それをバケツにくみ取るには回数を多くするしかない。

なぜこんなことを思いついたかというと、今日、知人のOさんがギターを持って私の事務所へ遊びに来た。来月、ある場所で演奏するので、相棒を頼んだわけだ。

しかし、先月覚えたつもりの曲が今日弾こうとすると、かなり忘れてしまっていた。しばらく練習していたら思い出したが、放っておけば全部忘れてしまうところだった。

若い頃はこうではなかったが、今は反復練習するしかない。諦めたら、昔、獲得したものは次々と忘れ去っていくだろう。どうでもよいことはそれでもよいが、忘れたくないことまで忘れてしまうのは悲しい。

それでも、一度やったことは思い出すのにそんなに時間がかからないから、まだ我慢ができる。これからはこうしたことの繰り返しになるのだろうか。

力を入れることもある程度、的を絞って、それらを繰り返すことが、これからの人生では大切なのかも知れない。忘れることも人生においては大切なのだろうから。

(日記 午前中は、部屋の整理整頓。福井の子どもたちも午前10時過ぎには帰っていった。午後3時、知人のOさんが事務所へやって来た。バンドでギターを頼んだからだ。短時間ではあったが、一緒に演奏を楽しんだ。メールで11月前半の学習計画表を送った。午後7時半から『じいちゃん勉強』。)

 
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始まれば終わる!

03 11月

「あれやこれやと忙しかった」が
昨日遅く寝たが、午前五時半頃、目が覚めた。しなければならないことが浮かぶ。ここで寝直したら、朝、ほとんど忘れてしまうだろう。心配になって、メモを取る。

起床後、あちこちへ用事に出かける。先ずは、遅羽公民館へ太鼓二組を借りに出かける。その後、子どもたちの太鼓の衣装などを積み込んで『さくら荘』へ向かう。

さくら荘で和太鼓を演奏する親子太鼓のメンバー。

さくら荘で和太鼓を演奏する親子太鼓のメンバー。

午前10時の開会式の式典の後、ステージで子どもたち(幼児、小学2,3年生)とその保護者の太鼓を発表。まあまあのデキだったと思う。

終わると同時に太鼓を積んで事務所へ戻り、若者の太鼓グループでリハーサル。今日も、午前午後と異なるチームで篠笛を吹くことになった。どちらも春駒太鼓だが。

ニューホテルでは、平泉寺のSさんのお父さんの米寿祝賀会で、祝太鼓を披露するためだ。太鼓を積んで移動。慌ただしかった。

午後1時頃、祝太鼓披露。終了後、太鼓を片付けて帰宅。これで一連の忙しさから解放された。全部終わった満足感と、心地よい疲労感。

最近思うこと。どんなに忙しくても、“始まれば終わる”ということ。終わった日のことを思うと、やっぱり一生懸命やっておいた方が悔いは残らないと思う。

昔、生徒達に話したことがある。

知人のSさんの父親の米寿記念祝賀会に出演するために、控え室で準備。

知人のSさんの父親の米寿記念祝賀会に出演するために、控え室で準備。

「試験最終日の午後を想像してみなさい。一生懸命に勉強して最終日の午後を迎えたのと、あまり勉強しなくて午後を迎えたのを。前者は、それなりの好結果が予想され、今日は思い切って遊ぶぞとなるだろうし、後者は、あまりできがよくないことが想像され、何となく浮かない気持ちになるのでは。だとすれば、一生懸命勉強して気持ちのよい最終日を迎えてほしいものだ。物事は、始めれば終わるのだ。」

(日記 午前中は、介護施設『さくら荘』で親子太鼓。午後は、若者達と知人の父親の米寿記念祝賀会で『祝太鼓』を披露。これらの日のために、何度か練習を積んできた。そして、一区切りがついた。夜は、のんびりと日本シリーズ第7戦、巨人-楽天戦を見た。放送時間いっぱい見ていた。途中から、雨中の決戦となり、一球一球が手に汗を握る状況になった。野球の一年も始まったと思ったら、とうとう終わってしまった。楽天、優勝おめでとう。)

 
 

寺の役目

26 10月

寺は地域の学びの場
大野市の誓念寺で報恩講があり、子どもやその保護者が100名以上集まっている中で、家内と二人で紙芝居をすることになった。

お経があったり、話があったり、歌があったり、紙芝居(パワーポイント)があったりして、いよいよ私たちの出番となった。

目の前にいるのは、4,5歳児から小学校6年生までの子どもたちで、保護者と一緒にお御堂にいる。私たちは、急に演目を替えて、魔法学校の卒業生である狸のタン吉と狐のコン子が旅をする話『タン吉・コン子旅日記-大雨に負けないぞ-』を演じた。

魔法で恐竜に化けて、人助けをする話だ。いろんな恐竜が登場するのだ。勝山の恐竜を生かしたいと、数年前に書いた童話を紙芝居化したものだ。

会場は静まりかえっていた。子どもたちは集中して見てくれた。かつて大野高校で担任をしたMさんも母親になっていて、親子で見てくれた。

寺で宗教的な行事と共に、子どもたちが話を聞いたり、歌ったり、ゲームをしたりするのはとてもよいことだと思う。

恐竜紙芝居の一場面。いずれも狸のタン吉が化けたもの。

恐竜紙芝居の一場面。いずれも狸のタン吉が化けたもの。

かつて寺は、宗教の場であるばかりでなく。村の文化センターでもあったのだ。住民は、祈り、話を聞き、種々の芸能を楽しんだのだ。

高齢化が著しく進む地域にあっては、今また、住民の学ぶ場、交流の場、楽しむ場として、寺は大きな役目を担っているのではなかろうか。

紙芝居の後、ご住職(園長)夫妻としばし歓談。いろんな話をして、しばし楽しい時間を持つことができた。朝から、この紙芝居にかかりきりだったが、子どもたちが集中して、私たちの演ずる紙芝居に集中してくれたことが何よりもうれしかった。

(日記 午前中は、紙芝居をパワーポイントに変更したために、映像ならではの絵を描き加えた。午後2時頃家を出て、大野市の誓念寺へ。しばらく車の中で練習しながら、始まる時間を待った。たくさんの子どもが親子で見てくれていた。自分としては楽しい一日だった。充実した一日だった。)

 
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草魂

23 10月

雑草の魂
『草魂』とは、元近鉄投手の鈴木啓示氏の造語であり、意味は、踏まれても踏まれても立ちあがる「雑草の魂」の略語であり、同氏の座右の銘である。

鈴木氏は、当時の弱小「近鉄球団」に属し、通算317勝を記録(歴代4位)した名投手であり、同氏を最後にプロ野球では300勝投手は現れていない。

また、同氏が近鉄球団で付けていた現役時代の背番号1は、パリーグ唯一の永久欠番であったが、近鉄球団がなくなり失効。

家のコンクリートの隙間で育つトマト。左は8月2日のトマト。右は今日のトマト。写真はだいたい同じ倍率。

家のコンクリートの隙間で育つトマト。左は8月2日のトマト。右は今日のトマト。写真はだいたい同じ倍率。

さて、話は変わって、自宅の家の基礎と土間のコンクリートの隙間にトマトが芽を出した。正に雑草の魂である。せっかく芽を出したトマトに敬意を表して抜かずに育てることにした。

といっても1本の割り竹で支柱をしたこと以外は何もしなかった。水もやらなかった。トマト、自立して育っていったのだ。

8月2日現在、トマトが一つ実をつけた。その後、赤く熟れた実を付けてくれたが。このトマトもこれで終わるだろうと思っていると、トマトはコンクリートの隙間で成長を続けた。

水もやらず、肥料もやらないのに時々日陰になる過酷な条件の中で、どんどん成長し、今日(10月23日)現在、写真のように実がたぶん百個近くつけているのではないだろうか。

畑で育てたトマトは、全部枯れてしまってシーズンを終えたのに、コンクリートと石の隙間で育った我が家のトマトは青々としている。

野菜育てに関して、このトマトから学ぶことがあるように思う。余計なことはしない。トマトは、それ自身が自ら生長しようとしているのだから。

トマトは、人間が勝手に、あれこれ手を加えるために、病気になったり、成長が止まったり、異常に成長して早く枯れてしまったりと、いろんなことが起こるのではなかろうか。

トマトの気持ちを理解せずに、勝手に手を加えることを反省しなければならない。トマトも私たち人間と同じ生き物なんだから、少しはその気持ちを理解しなければならない。

畑のトマトはとっくに枯れてしまったのに、コンクリートの隙間のトマトは、今誇らしげにたくさんの実をつけている。

畑のトマトはとっくに枯れてしまったのに、コンクリートの隙間のトマトは、今誇らしげにたくさんの実をつけている。

トマトの生命力に脱帽。肥料たっぷりの中で育つトマトと、1センチ足らずのコンクリートの隙間で育つトマト。どちらが、しっかり育つか、簡単には判断できない。人間も同様だ。

(日記 昨日、「来年、里芋を植える場所にマルチをかけるので出てほしい」と、組合の理事長から昨日電話。午前8時半に男女10数名が農舎前に集まり、畑へ移動して1本の長さが100mほどある畝にマルチをかけた。腰の痛む作業だった。午前中で作業終了。午後は、紙芝居制作の最終作業。午後4時過ぎに完成。約1ヶ月かかった。でも楽しかった。)

 
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webカム

21 10月

臨場感
週に二回、横浜の孫と一緒に算数と国語の勉強をしている。相手は小学三年生だが、漢字の書き順などではこちらが勉強になることがある。

電話では相手が見えないが、パソコンのwebカムは、パソコンの前で目の前にいるように話せばよい。マイクの感度はよすぎて、辺りの雑音まで拾う。

ノートも見せ合うことができる。感じも、カメラに向かって書けば書き順までよく分かる。算数では線分図をよく書かせるが、これも互いに見せ合うことができる。

パソコンの前で横浜の孫と算数の勉強。一緒に勉強しているような感じだ。

パソコンの前で横浜の孫と算数の勉強。一緒に勉強しているような感じだ。

勉強の前後には、1歳の孫が毎回顔を出すが、このwebカクだけで我々「ジイジ」と「バアバ」を識別できるようになって呼びかけてくる。

マイクに向かって話さなくてもよいので自然体で互いに話し合うことができる。電話もろくになかった時代と比べれば、隔世の感がする。

勉強の終わりには、小三の孫には毎回歌を歌ってもらうことにしている。いろんな歌を伴奏なしで歌う。歌うことが当たり前になっている。

これは大切なことだと私は思う。人前で歌うことが苦手な私には、真似のできないことだ。大きくなるまでのこの調子で進んでほしいと思う。

自作紙芝居の一場面。『野菜ロボット・ベジタ』より。

自作紙芝居の一場面。『野菜ロボット・ベジタ』より。

(日記 今日は終日紙芝居の絵描き。90%と完成した。しかし、目の方は非常に疲れた。午後、宝くじの補助金で買った備品を入れる為の収納庫にニスを塗った。家内がパソコンから離れるよう勧めたものだ。午後7時半からwebカムでの『爺ちゃん勉強』。その後も、紙芝居病が作業継続。)

 
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臨機応変

20 10月

種々の経験が生きる
最近思うことがある。臨機応変に物事に対処する力が現代人から失われていく様な気がしてならない。IT時代になったからだろうか、それとも、時代が高度になったからだろうか。

どのような場面であろうと、“臨機応変”に物事に対処する能力が必要だ。しかし、自分で考える機会が失われた現代では、全ての判断が他人任せになったり、マニュアル任せになっている。

また、そのようにしてきた今の時代の組織にも問題があるような気がしてならない。今一番望まれるのは、既存の知識を頭に詰め込むことではなくて、知識や知恵を場面に応じて活かす“臨機応変力(こんな言葉はないかも知れない)”ではなかろうか。

今回の豪雨で、「警戒警報を出さなかった役場の責任」は免れないにしても、町民の誰かが事の重大さを認識して避難したり誘導することができなかったのだろうか。

こうした臨機応変に物事に対処する力は、教室の中だけでは得られない。教科書からだけでも得られない。自然の中で遊び、自然の怖さを実感した者でなければ得られない。

人と人との関係が疎遠になりつつある現代、こうした力を身に付けることは困難になるだろう。臨機応変に対処する力は、また人と人との関係をよりよくする力でもあるのだから。

綱引きで健闘する片瀬区民(南中体育館で)。

綱引きで健闘する片瀬区民(南中体育館で)。

(日記 今日は、『猪野瀬地区町民運動会』のある日だ。雨天のために、屋内での運動会になった。従ってテントなどの準備は要らない。午前8時に役員は準備のために集会所へ集合。そして、会場となる南部中学校の屋内体育館へ。かつて、当区は優勝の常連だったが、近年は下位争いに甘んじている。今日は7チーム中5位。閉会式の後、例によって抽選会。その後、村へ帰って集会所で反省会。若者が参加してくれたのがせめてもの救いだ。)

先日教えた子どもたちは『平泉寺町民運動会』でしっかりと踊ってくれたようだ。(平泉寺の公民館主事Kさんより送られた写真)

先日教えた子どもたちは『平泉寺町民運動会』でしっかりと踊ってくれたようだ。(平泉寺の公民館主事Kさんより送られた写真)

 
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数学への思い

16 10月

分かってもらう楽しみ
「数学は大嫌い!」という高校生は少なくない。そんな高校生に「なるほど」と分かる喜びを味わってもらうのが私の長年の仕事だった。

だからといって、解き方を教えればいいというものでもない。授業は説明ではない。自分の頭で考えて分かってもらうことが大切だ。ここが難しいところ。

「学校の試験は答えが一つしかない。」とよく言われる。数学も同様だろう。しかし、答に至る道筋は色々考えられる。

ところが世の中へ出ると、どのような問題でも、答えは一つではない。もしかしたら、正解に近いものはあっても正解はないかも知れない。

「少子高齢化に対処するには?」、「過疎化対策は?」、「福井駅前を活性化するには?」、「領土問題を解決するには?」、「今後のエネルギー政策は?」……。

どれをとっても、解決法は簡単には見い出せない。だからといって放置するわけにも行かない。何らかのアクションを起こさなければならない。

学校の勉強には二つの側面がある。一つは、文字通りその教科について学ぶこと。もう一つは、その教科を通して学ぶことではなかろうか。

数学ならば、数学そのものを学ぶことによって、他教科に応用することもできる。それと同時に、与えられた条件の下に解答を導く過程で様々な論理的思考が要求される。

手に取るとワクワクする高校の数学問題集。現役時代の気分に浸れるからだ。

手に取るとワクワクする高校の数学問題集。現役時代の気分に浸れるからだ。

これらは、文理を問わず、社会で色々役立つと私は信じている。理系に進もうと文系に進もうと問題を解決するためには論理的思考は不可欠である。

そんな数学を少しでも高校生に親しんでもらいたいと今でも思っている。しかし、高校生に授業をしなくなってから15年が経過した。それでも数学を指導したいという情熱は今も私のどこかに少しは残っている。

福井へ出かけたついでに、数学の問題週を一冊買ってきた。頭のトレーニングであると同時に、何か高校生に役立つことを考えられないかと思ったからである。行動を起こしたいものだ。

久々の和太鼓の練習。みんな元気でとても気持ちがよい。

久々の和太鼓の練習。みんな元気でとても気持ちがよい。

(日記 午前中、区の事務処理。その後、内蔵のCT写真を撮るために福井の病院へ。帰り際、家内とショッピング。ジャンパーを買い、本屋で数学の問題集を買った。台風の影響で風が強く、雨も強く降って寒かった。午後7時より太鼓の練習。といっても私は8時過ぎに顔を出しただけだが。知人の米寿に招かれているからだ。)

 

 
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薩摩スチューデント(3日目)

13 4月

平和を願う-知覧特攻平和会館にて

午前9時宿舎を出て鹿児島湾(錦江湾)の最南端の長崎鼻へ。そこから見える開聞岳は最高に綺麗。

次に知覧特攻平和会館へ。若くして命を落とした隊員たちの無念さを思うと胸が痛む。いつまでも平和を守らねばと心に誓う。

続いて「知覧武家屋敷」を見学。午後は鹿児島市内見学。 

人材育成に力を注いだ薩摩藩“維新ふるさとの道”を歩き、「鹿児島市維新ふるさと館」 を見学。薩摩藩が人材育成のためにイギリスに留学生を送った史実を映像で見て感動。薩摩藩の先進性と人材育成にかける意気込みに感動する。イギリス人達から「薩摩ステューデント(※)」と呼ばれた向学心の強い留学生のその後の活躍に感銘を受ける。
その後、近代化産業遺産も残る島津家の別邸などを見学。終日桜島が見え、鹿児島にいることを実感。さらに、時々噴煙が空高く舞い上がり驚き。感動の一日だった。

龍馬(中央)や西郷隆盛が並ぶジオラマ

(※)薩摩スチューデントとは 薩英戦争を戦って、攘夷の不可能を悟った薩摩は、1865年に島津久光の意向で、国禁を犯して19名の日本人をイギリスに派遣した。その薩摩藩派英の留学生(15名)のことを、薩摩スチューデントと呼んだようだ(残り4名は引率役など)。   生徒の中には、森金之丞(後の外務卿・初代文部大臣・森有礼)、松村淳蔵(後の海軍中将)、畠山丈之助(畠山義成・東京開成学校-東京大学の前身-の初代校長)などになった人物などがいる。
この19名が、グラバー紹介のイギリス人に案内され、イギリスへの船旅をする訳である。
生徒らは船の中で勉強しながら旅を続けるのだが、途中の寄港地では、ホームに連れられて観光にも出かけたりする。    その寄港地で生徒たちは、時には植民地支配者的なイギリスの傲慢さを見たり、時にはイギリスがそれらの港や植民地に建造した施設などをみてその瞠目すべき工業力の偉大な力をみたり、また時にはイギリスが国内や植民地に布いた進んだ制度などに尊敬すべき点を見出したりする。

乗船当初には攘夷思想をまだ持っていた者までも、百聞は一見に如かずで、攘夷などできる訳がないと思うようになる。そしてサウサンプトンから機関車で最後の移動を終え、目的地のロンドンについてからは、藩父たる久光の意をくんで、皆は成果をあげようと益々心を引き締める訳である。

 

維新ふるさと館のパンフ

 
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知恵無限

04 4月

最近世の中は非常に厳しい。

特に、民間企業で働く人には厳しい時代である。仕事を失う人、ボーナスをカットされる人、給料大幅減額の人、廃業を余儀なくされる人、様々である。

高校生や大学生の中には、就職できない人がたくさんいる。これはなにも都会だけの話ではない。

知恵は泉のごとく湧く

これに比べて、公務員はどうだろうか?多少のボーナスカットや給料の減額があっても、路頭に迷うことはない。

そんな不安は一切必要ないのだから、今こそ、国民、県民、市民のために何ができるかを考えてほしいものだ。

財政は厳しくとも、知恵は無限にある。知恵は出し続ければ次から次へと湧いてくるものだ。ちょうど井戸水のように、汲み出せば汲みだすほど地下に水道(みずみち)ができて、枯れることはない。

挨拶の機会があるたびに『知恵無限』をアピールしてきたつもりでいる。何か事を為すときには、一人でも多くのものが知恵を出せば、きっとよりよいものができると信じている。

アイディアを出すなら100以上

何か事を為す場合に、アイディアを出すとしたら、一つや二つではだめだと思っている。ぱっと思いつくアイディアには時には素晴らしいものもあるだろうが、多くの場合ありふれた誰もが思いつくようなものが多い。アイディアを出すとしたら、100個は出したいものだ。ある時、小布施ミニマラソンを始めたセーラ・マリ・カミングスさんの書いた「小布施でマラソン大会を始める理由」を書いた100の理由を読んだことがある。それ以来、私は、「アイディアを出すなら100個は出してほしい」と、これまた周囲の人たちに話しているし、自分もそうしようと努めてきたつもりでいる。また、同調してくれる者もいる。

『知恵無限』をこれからも、自ら実践しながら周囲に呼びかけていきたい。きっと生き甲斐につながると信じている。

(日記:朝10時に芦原温泉を出発して息子の家族と一緒に車で息子の住む横浜へ。道中二人の孫とごろごろ。1000円の影響か渋滞がひどくて午後8時に到着。)

 
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