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Archive for the ‘未分類’ Category

『かるた』の力

02 1月

今も覚えているカルタの一文
  人は、一生のうちで記憶力のよい時期があるのではないかと思う。この時期に覚えたものは、一生覚えているような気がする。小・中・高の時期がそれに当たるのだろうか。私は、その頃に覚えたことや、あったことを今でも鮮明に覚えている。「いろはかるた」もその一つだ。

「いろはかるた」
 ・犬も歩けば棒にあたる
 ・論より証拠
 ・花より団子

平泉寺カルタ い

 ・憎まれっ子世にはばかる
 ・骨折り損のくたびれ儲け
 ・下手の長談義
   ……
 ・安物買いの銭失い
   …… 
 ・門前の小僧習わぬ経を読む
  ……
 ・京の夢大阪の夢

 今、考えるといろんな「ことわざ」が含まれていたことが分かる。落語の一節も覚えたことのことの一つだ。

「柳亭痴楽の落語の冒頭の一節」
     「東京娘の言うことにゃ サノ言うことにゃ
     柳亭痴楽はいい男 鶴田浩二や錦之助
     あれより ぐーーんといい男
     痴楽とならば何処までも 水平線の果てまでも
        とこいとやせぬ てなことを夢に見て 
          しみじみ泣いた 夜ばかり
     私も人の子 男の子 ピーチクパーチク喋れども
     失恋ばかりで 夢去りぬ
     彼女ほしいと来てみれば ここはトルコのまち外れ
     男のもてるウシュクダラ 二枚目気取りで歩いたら

平泉寺カルタ ろ

       ベッサメムーチョでアイラブユウ
     ホイ来たチョーさん待ってたと グッと彼女を抱き締めりゃ
     とたんにポロポロ籾の殻 枕を抱いていたのです    痴楽つづりかた狂室 」

 浪曲師「寿々木米若」の「佐渡情話」の冒頭
    佐渡へ佐渡へと草木もなびく 
     佐渡は居よいか住みよいか……

と共に、その美声がよみがえる。特に、親父が米若の大ファンだったので私も浪曲を好きになったものだ。この他、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」やいくつかの漢詩も自然に口から出ることがある。

  また、何かの雑誌の付録だった「理科の学習カルタ」でコペルニクスが「地動説」を説いたことなども記憶に残った。「いろはかるた」で覚えたことがその後もずっと記憶に残り、学習にも役だった。

  そんなことを考えると、カルタにすることは意味のあることかもしれない。とくに、言葉にリズムを付けると記憶を再現しやすいのだ。特に、若いときほどいつまでも記憶に残るのだということが自分の経験からよく分かる。

  さて、私は何をカルタにできるだろうか。米原市のTさんの年賀状を見て、何でもカルタになるなあと思った。私は、子供の学習的なことも、健康に関することも、高校の数学さえも「カルタ」にできるのではと思った。

 試しに、平泉寺物語の絵を何枚かカルタ風に編集してみた。絵は、たくさんストックしているので材料に事欠かない。問題は、いかにリズミカルな言葉を付けるかだ。何とかなるだろう。その気になれば。今年もまた忙しくなりそうだ。

(日記 今日は正月。朝寝から一日は始まった。息子は、仕事の都合で家族4人を勝山へ残して一人で横浜へ帰っていった。入れ替わりに、長女の家族4人がや

平泉寺カルタ は

って来た。いっしょに食事。その後、長男の娘のA(小2)が仕切って学習発表会のようなことをした。のんびりとした時間が過ぎていく。正に正月だ。)

平泉寺カルタ に

子どもたちの余興大会で踊り付き新体操を発表。妹は姉を見習って必死。そのうちに上手くできるようになるかもしれない。

 
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一年の計は元旦にあり

01 1月

DREAM & ACTION
 昔から“一年の計は元旦にあり”と言われるがその通りかもしれない。無目的でぼんやりしていると、月日はあっという間に過ぎてしまう。一日でもそうだ。10時頃に何か用事が入ると、午前中はほとんど何もできない。

 一日に一つ、行事や外部からの仕事が入ると、その日の一日は有効に使いにくい。まして、準備のあることだと、なおさらだ。今年はしなければならないことがなるべく少なくなることを願う。

地区の一年は神社と道場への参拝から始まる。

 時間の多くは、自分がしたいことに使いたいと思う。かといって、遊びたいというのではない。退職時、挨拶で述べたように、「地域のため」、「家族のため」、「自分のため」に、上手く時間を使いたい。

  そして、何よりも追われるのではなく、自分がしたいからするのだと思えるように時間を使いたい。それと大切なことは、健康を維持するための活動をしたいと思う。いつも思うが、週に1、2回はプールに行きたいと思うが、一月に一度も行けない。

  そんな中で、創作活動は半端な時間を有効に使って継続したいと思う。今日、年賀状を見ていたら、かつての先輩からの年賀状に「作曲してほしいんだけど!」と書いてあった。

  彼のご子息は指揮者で国内外で活躍し、教え子の中には作曲家もいるそうだが、音楽の傾向が異なるという。そこで、私に年賀状で伝えてくださったと思うのだが、興味を持った。

 そこで、賀状に書かれていた電話番号を頼りに、電話をかけると元気な声が帰ってきた。しばらく、歌作りについて話した。普段私が作っている歌とは傾向が違うから楽しいのだ。昨日の紅白も、歌作りという観点で見ていた。みんな上手く歌を作るなあと感心した。

かつて村がこの地での建立を願い出たという曹洞宗の仏母寺。ここでも新年の参拝。

 とにかく、何かに目標を定めて、後はこつこつと少しずつ続ければいいのだと思う。それが、私のモットーは、“DREAM & ACTION”であるのだから。わずかでも、継続することでいつの間にか、かなりたくさんのことができるのだ。“毎日パワー”のなせる技だ。

 歌に関しては、詩を書いている別の先輩からも“詞を送る”と年賀状に書いてあった。また、自分自身も東北大震災を頭に置いて、多くの人に夢や希望を持っていただける歌を作ってみたいと思う。今のところまだできていない。

  また、かつての仲間から『親鸞聖人』の紙芝居について“ぼちぼち始めて下さい”という意味のことが書いてあった。自分もやりたいと思っていたことなので今年の計画の一つに入れておきたいと思う。

(日記 午前0時過ぎに自宅の仏檀にお参りし、長男と次女と家内と一緒に村の神社へは初詣。その後、午前0時半から村の道場へ立ち寄り、参拝者らと『正信偈』を読経。ここから息子と達と別れて家内と二人で市内の神明神社へ初詣。帰宅して床につく。午前11より村にある曹洞宗のお寺である仏母寺へお参りする。その後、村の人たちとジャンボタクシーで県議のM氏宅へ年賀の挨拶に。M氏の長男は青年会議所に属しているのだが雑談の中で、「会員が13人しかいません」と話してくれた。40歳までが会員の資格だそうだが、かつては何十人も所属していた会員が勝山市内でたったの13人。「今の若い者は会に属して自分を高め、地域社会に貢献することに価値観を持

現在企画中の紙芝居『親鸞』のイメージキャラクター。決定的ではないが。

たないのだろうか」と少しさみしい思いをした。「まちづくり」という言葉も、若者には魅力のない言葉かもしれない。仲間と力を合わせて何かをする事から得られる喜びを若い人たちに味わってもらいたいと思う。)

 
 

大晦日に思う

31 12月

生産的時間を多くする
  今年一年を振り返ると、時間の使い方が全くうまくいっていなかったと思う。やっていたことはどれも好きだったが、だからといって何でもやればいいというものでもない。

  好きな食べ物を10種類上げることはできる。しかし、それらを全部食べようとしても、途中に満腹になってしまい、食べることができない。もしかしたら、食べられなかったものの中に一番美味しいものがあるのかもしれない。

  同様に、やりたいことがたくさんあっても、一日は誰にも等しく24時間しかない。優先順位を決めて取り組まなければならない。その中には、のんびりした時間も必要だ。スケジュールいっぱいでは時間に追われてろくなものができないからだ。

  新年に向けては、やることを整理することだ。これは「断捨離」にも通じることだ。このブログも含めてやっていることの全てを総点検して再出発したい。この1月から3月はこれからの行動方針を考える期間としたい。

  同時に、ライフスタイルも再考したい。「二兎を追う者は一兎も得られず」と言うが、「五兎を追ったら全部に逃げられて徒労感が残る」だけだろう。紅白歌合戦を見ていたら、東北応援ソングを是非とも作ってみたいという気になった。

「晴耕雨パソ」。パソコンでいい仕事ができますようにと、ミニ鏡餅を飾りました。

(日記 午前中は、宮番のため我が班の者が村の白山神社へ集合して初詣のための準備をした。本殿と拝殿の清掃をし、幕を張り、飾りつけをした。その後、境内の清掃。7班あるので7年に一度宮番が回ってくることになる。午後は、仏壇のそうじ。仏具を磨き、仏花を飾り、鏡餅を備えた。同様に神棚もしめ縄などで飾り付けた。その後、床の間に天神さんの掛け軸を吊るし、鏡餅を飾った。自宅の準備の後、事務所(山児童館)にも正月の飾りつけをしに出かけた。我が家では、あちこちに「ミニ鏡餅」を飾り付ける習慣がある。居間や自分の部屋、子供たちの部屋にも飾り付ける。そして、いい仕事ができるようにと祈るのが何十年と続いている習慣だ。午後5時に風呂へ入り、仏壇の前で『正信偈』と『仏説阿弥陀経』を読経。読経の最中に孫達もお参りに来た。これも、毎年行っている私の大晦日の勤めの一つだ。夕食は、これも何十年と続けている定番のすき焼き。なぜすき焼きか?それは私の子供時代には肉は一年に二度しか食べられなかった。一度は、臼摺りの日、もう一度は大晦日だった。いつでも肉の食べられる時代が来たが、それでも我が家では大晦日は毎年すき焼きだ。車が動かなかった豪雪の大晦日の日、家内はリュックでを担いで町まで歩いて行き、肉を手に入れてくれた。おかげですき焼きができた。食後、紅白歌合戦を見ながら、いろんな事をしている。ビデオに録ってあるので集中していなくてもよい。下手でもいいから、東北の応援ソングを作りたい。できなければ応援の紙芝居でもできたらと思う。)

 
 

あっという間の一年

30 12月

多少は明確な目標を持たないと
  月日の過ぎるのははやい。なすがままに任せていると、何もできずに時間ばかりが過ぎていく。それはそれでよいが、何かは形として残したいという気持ちもある。残したいというよりも、やってみたいという方が正確かもしれない。
 
  毎年、正月が過ぎたかと思うと、あっという間に春が来て、農作業が始まり、暑い夏が通り過ぎて秋になり、時雨れて雪の冬になる。そのサイクルが年々はやくなるように思う。

  我が家のカレンダーは、一、二ヶ月前には真っ白であるが、当月になってみるといろんな予定で埋められ、いつの間にか真っ黒になってしまう。暇ではないが、何となく流されていく感じがする。

家族総出の餅つき。それぞれ役割を決めて丸餅を作った。最後につきたての餅に、あずき、おろし、黄な粉をつけて食べた。

  私たちは「時間の道」を生きているのだ。誰にも等しく時間は進む。そういう意味では公平だ。そして、この時間の道は決して後戻りできないのだ。そうなると、この時間の道をゆっくりと楽しみながら、自分に納得しながら歩かなければと思う。

  当てもなく歩くのも悪くはないが、やはりときには確かな目標を持って歩んでみたいと思う。昔の人はうまく言ったものだ。「一年の計は元旦にあり」と。何かをなそうと思ったらある程度は目標を持っていなければどこへも到達しないだろうから。何も実現できないだろう。

(日記 午前中は年賀状の最終仕上げ。ようやく年賀状を書くことから解放された。午前10時半頃に1回目、昼近くに2回目の餅をついた。二臼目には、つきたての餅を黄な粉餅、あずき餅、おろし餅にして食べた。孫達も美味そうに食べてくれた。午後しばらくすると小2の孫から「爺ちゃん勉強、お願いします」と言ってきた。夏休みに毎日行っていた「じいちゃん勉強」をこの冬休みにも行うことに決めた。楽しみにしているのかもしれない。最初に算数の応用問題、次に、自作のカラオケに合わせてマイクで歌う音楽、リズムダンスを行う体育の三つの学習を行った。楽しそうであった。)

我が家の定番になった『じいちゃん勉強』。下の孫(手前)は文字(ひらがな)の練習。

 
 

「雪」に思う

29 12月

帰省の孫達
  午後2時2分の列車で横浜の息子の家族が、3人の子供(孫)を連れて帰省するというので家内と二人で福井まで迎えに行った。そして、途中でショッピングセンターへ寄って帰宅した。

帰宅するやいなや、家の前の少ない雪で遊び始めた二人の孫。

 我が家へ着くなり、長旅の疲れも忘れて上の孫二人は雪遊びを始めた。1シーズン前に私が作ってやった雪のうさぎを上の孫は作っていた。南天の実を目にするところも同じだった。

  雪のほとんど降らない地域から来ると、雪はとても珍しいものなのだろう。その気持ちは分からないでもない。この雪に関しては、地元の者は、道路の除雪や屋根の雪下ろしなどマイナス面を思い浮かべがちだ。

  しかし、子どもたちには「雪は遊び相手」であり、「工作の素材」であり、「遊びのグランド」であるのかもしれない。雪のほとんど積もらない地域の者には、雪のプラス面しか見えないのかもしれない。

  雪以外のことで考えてみても、身近にいる者には「ものごと」のマイナス面ばかりが目に入り、遠くの者には「プラス面」がよく見え

雪兎を作ったり、雪玉を作ったりして雪と戯れる二人の孫。

るようだ。こうした考えを頭に置けば、観光の考え方もまた違ったものになるだろう。

  そんなところから、まちづくりには「馬鹿者」、「若者」、「よそ者」が必要だと言われる。観光面でも、やって来るのは「よそ者」だから、その「よそ者」の目で田舎がどう見えるのかをしっか把握しなければならない。

 今回の「雪」や夏休みの「昆虫」なども都会の子にはとても興味あるものに映るのだろう。私の二人の孫もそうだった。「よそ者」の視点を失わないように物事を進めなければならない。

(日記 午前中は年賀状書きに追われた。もう少し早く書いておけばよかったと悔やまれる。というのは、年賀状管理のソフトが故障して住所をプリントアウトできなかったからだ。やむなく、手書きで住所を書き、全体の3分の1だけ投函することができた。午後1

急に賑やかになった我が家の食卓。いつもは二人なのに今日は七人になった。

時に自宅を出発し、福井へ孫たちを迎えに行った。夏休み以来の再開である。急に夕食の食卓が賑やかになった。夕食後、再び年賀状作りを始めた。)  

 
 

発信力

28 12月

発信力のある人、ない人
  発信力のある人とない人の違いはなんだろうか。私の考えは、立場をはっきりさせることが発信力ある人間になるための第一歩ではないかと思う。あやふやな立場で反対ばかりする人がいるが、それでは、誰もその言動を信用せず、結果的に発信力はないことになる。

  常に前向きであることも、発進力を持つための必要条件ではなかろうか。前向きでないということは、停滞しているか、否定的な意見を多く述べる人のことだと思うが、これではその言動は他人には伝わりにくい。 前向きに考える人の周りには仲間は集まるものだ。

 どんなすばらしい内容があっても、自分の言葉で語れなければ意図するところは相手に伝わらない。誰かの書いた原稿を読む人と原稿なしで思いを語ることができる人がいるとしたら、明らかに後者の方が伝わりやすい。自分の考えを持ち、自分の言葉で語ってほしい。

  最後に、自分の意見を持つことができるかどうかで発信力が決まるように思う。誰かの受け売りばかりしているようではこれまた説得力がなく、そんも言動は軽くなってしまう。結果的に、いくら言葉を多く語っても何も伝わらない。

  しかし、発進力があるかどうかは結果を見なければわからないときもある。前政権では発進力がありそうな人を重要なポストに選んだが、場当たり的な言動が多く、すっかり信頼をなくしてしまったからだ。

  発進力があるとは、説得力があると言い換えてもよいかもしれない。そんな政治家が出ることを期待する。「出でよ!平成の龍馬!」は私の若者達に対する期待のフレーズだ。

  自ら「龍馬」を名乗ったり、龍馬気取りをする人がいるが、本物の龍馬に申し訳ないではないか。船出した「阿倍丸」の中にどれだけ発信力のある政治家がいるのだろうか。自らの指針を持たず、党の方針のみに右往左往するようでは国民の信頼は得られないだろう。

  事の本質を見抜けないようでは、悲しい。物事には裏表があるからだ。実体験を積んで、机上の空論のみを振り回すことのないように願いたい。全ての国民の納得する政治を行うことは最初から無理な話だろうから、より多くの国民の願う方向へ向かって進んでほしい。

(日記 午前中は、自分の部屋の整理。四苦八苦する。午後は、区の雑務。特別区費をいただいている会社などへ領収書を配りに出る。また、図書館の本を返却し、新たに十冊の本を借りた。その後、年末年始に向けて精米したり、灯油を買ったりした。そのうちに暗くなってしまった。昨日娘が東京から帰省した。少しずつ我が家か賑やかになっていく。)

 
 

「ピンチ!あと一日あれば……」

27 12月

想定外の出来事
  私は、第2、第4木曜日に瓦版を発行している。特に、第4木曜日はA4換算で4ページの瓦版を発行する日だ。一昨日から編集を始めて昨日も作業を継続、そして、予定通り午後3時に編集を終えた。

  後は、詳細印刷でプリントアウトし、コンビニでA4裏表印刷をすれば一連の作業が終わる予定だった。そして、今回もどうにか間に合った。そう思って、印刷を始めようとしたとたん、いやなメッセージが出てきた。

上下の絵に七つの違いがある。これを見つければ小学生に粗品進呈だ。(『かたせ瓦版』19号より)

 「ファイルデータに不正な構造が見つかったため、読み込みを中止しました。」と書かれているのだ。ヘルプを見ると一つだけ、修復できるかもしれないという方法があったので試してみたがダメだった。ファイルが開けないなんてまったく想定外の出来事だった。

  たった一つだけ保存しておいたファイルを更新しながら作業を進めていたので、他にバックアップしてあるファイルはない。この時点で、今日の発行を諦めるか、今からもう一度一からやり直すかのどちらかだ。

 「最大のピンチ!」、「もしかしたら瓦版の中の“間違い直し”をしようとして子どもたちが待っていてくれるかもしれない。」
そう思うと、とにかくやり直すしかないと思えてきた。

  「3時間で完成」を目標に、最初から瓦版を作り直し始めた。文章は、完成したものとは異なるが、とにかくやり直さなければならない。これほど空しいことはなかった。完成させてのんびりしたかったのだが、なおさら忙しくなった。

  同じことを二度やることほど、時間の無駄使いで情けないことはない。しかし、そんなことを言ってはいられない。どうにかこうにか、文章を書き直した。そして、午後6時前にようやくできあがった。早速詳細印刷してコンビニでコピーし、各班へ他の配布物と一緒に配って歩いた。

  配布を終えたのは午後6時半だった。今回もまた「あと一日あれば……」というセリフを吐くことになった。次号はあと一日早く始めなければと思う。いい勉強になった。パソコンを使っていると、想定外のことが起こるのだということを勉強することができた。

(日記 朝からもっぱら瓦版作り。午後3時に編集を終えたが、保存したファイルが開かれず、作業をやり直し。全く想定外の出来事だった。全く同じ作業をやり直し。当然、最初に書いた文章とは異なるだろう。全く無駄な作業だがそんなことを言ってはいられない。やり直したために完成が3時間ほど遅れた。それでも、午後6時半に各班長へ配り終えてほっとした。帰宅して玄関で「バンザーイ!」と叫ぶ。午後7時過ぎに、私のパソコンドクターであるY君がパソコンの不具合を直しに来てくれた。おかげで音楽ソフトが生き返った。これで心置きなく歌が作れる。Y君がいなかったら私のパソコンライフは行き詰まっていただろう。歌作りも、絵を描くことも今の半分もできなかったであろう。今回もまたY君に感謝、感謝だ。)

 
 

安倍内閣発足

26 12月

経済優先、デフレ脱却
  左記の衆院選挙で自公は大勝し、民主は予想通り大敗し、第三極の中には善戦したところもある。果たして、どのような世の中になるのだろうか。若者が、将来に希望を持つような世の中にしてもらいたい。

  ただ気になるのは、選挙では重要な問題については名言せずに、もっぱら経済優先・デフレ脱却を掲げて選挙戦を戦った。大勝の勢いを買って暴走しないようにしてもらいたい。

  一例を挙げれば、自民党は「TPP反対」を掲げていた。それは農村部を基盤とする候補者が百数十名も抱えているからだ。結果的には、多くの候補者が当選した。しかし、阿倍氏は、選挙後「TPP反対」の前に前置きをつけて発言しておられるようだ。

  それは「国益を損なうならTPP反対」というものだ。逆に言えば、国益にかなうなら、TPP賛成というわけだ。選挙中は「TPP反対」を声高に叫んではいたが、今は、必ずしもそうではない。今日の記者会見でも新総理はTPPについては言葉に詰まっておられたようだ。

  民主党のていたらくと経済優先の文言に踊らされて問題が霞んでしまったようだ。ちょうど小泉さんの「郵政改革選挙」のときのように。それにしても、健全な野党が育たない風土は国民にとって不幸なことだ。

  何度も言うが、「安全性」と「経済性」を天秤にかけて原発再開を考えることは止めてもらいたい。それにしても、安全か、そうでないのかを決める人間がいないのは不幸なことだ。

 原発の下に活断層があるという学者と、活断層はないという電力会社の対立はいったい何だろう。これまでは、電力会社に安全性の確認を丸投げしていたようなことがありはしなかったか。それが「原子力村」を作ってきたのではないのか。

  野党も、何でも反対ではいずれは国民に見捨てられてしまう。先ずは、私たちは、自民党に託すことになったのだから、その様子を見守りたい。期待と不安があるが。

  国会では種々の問題を十分審議してもらいたい。国民は自民党を船長とする日本丸に乗っているのだから、タイタニック号のごとく氷山にぶつけないでもらいたい。

(日記 午前10時より鹿谷公民館で「銭太鼓」の指導。3月の出番までには、全員上手になるだろう。可能性はかなりあるように思う。帰宅後、明日発行の『かたせ瓦版』の編集作業。もう少し早く編集作業を始めればよかった。)

 
 

写真や記事の整理

25 12月

簡単ではない分類法
  今日も、部屋を整理整頓しながら楽譜の整理をした。オカリナの楽譜一つとっても、童謡・唱歌、子供の歌、外国の歌、日本の歌、演歌、ポップス、ジャズ、……といろいろ種類があり、楽譜の整理も簡単ではない。親父バンドの楽譜をもあるし。

   また、これまで撮影した無数の写真を、いつでも簡単に呼び出そうとするとよほど分類を上手く考えておかないいけない。自分の描いた絵もまたそうだ。歴史上の人物や一般の僧侶、百姓、侍などたくさんの絵を描いてきた。

  この他、建物なども、一般家屋や城、寺社などを描いてきた。これらもまた、必要に応じて呼び出そうとすると簡単ではない。この他、紙芝居に使ったたくさんの犬や猫や猿等の動物も簡単に取り出そうとしても上手くいかない。

  この他に、文章もたくさんある。これらも分類しながら保存しているつもりだが、上手くできない。パソコンの中のファイルは外から見えないから気分的には楽だが、再利用を考えるとまだまだ工夫しなければならない。

  写真などはその都度、分類しておけば上手く整理できるが、1~2ヶ月分をまとめて整理しようと思うと、整理そのものにもかなりの時間がかかってしまう。この頃、ものを捜すことが多くなった。家の中でもパソコンの中でもだ。

「平泉寺物語」に使った画像(本文とは関係ありません)。

  正に情報過多の時代だ。なければないようにできるので、少しパソコンのファイルも捨てることを考えなければならない。実生活もパソコンの中も「断捨離」が必要だ。「言うは易く行うは難し」をかみしめているこの頃である。

(日記 午前中は、楽譜やCDの整理。少しは捨てたけどまだまだたくさんある。午後は、明後日発行の『かたせ瓦版』第19号の編集を始めた。勝負は明日だ。「何をどう書くか」。悩ましいところだ。)

 
 

クリスマスに思う

24 12月

日本的な行事はないのか
  日本中が、いや世界中がクリスマス、クリスマスと騒いでいるのではなかろうか。子どもたちは、プレゼントがお目当てだろうし、お菓子屋さんは何日も前からケーキ作りに明け暮れているのではなかろうか。

  それから、七面鳥やチキンが食卓に上るだろうし、デパートやショッピングセンターなども、この際とばかりに売り上げを伸ばそうと必死になるだろう。正にクリスマスフィィーバーだ。これらを否定する者ではないが……。

昨晩、家内の誕生日で福井の孫達と「♪ハッピーバースデー……♪」。クリスマスを兼ねたような日だ。

  仏教徒の日本人が、こうも浮かれてばかりでいいのだろうか。家族や友人、地域や世界の人たちのことを思いやり、互いに尊重し合う日になってほしい。自己中心ではなく、周囲のことも考えられる人間になりたいものだ。

  それと同時に、日本発で世界に打って出る精神的なイベントが考えられないのだろうか。仏教徒の多い日本人が考え出した「愛」や「平和」について、家族や地域が自分や周囲の人を思いやり、仲良くする気の利いたイベントができないのだろうか。

 バレンタインーもハローウインパーティーもみんな外国の宗教に起因している行事ではないのだろうか。日本の 「お盆」が「OBON」になるには少し無理な気がする。なければ作るという精神で考え出してもよいのではなかろうか。

(日記 午前中は、奥越の教員OB会の幹事としての事務処理。2年間務めたので次の幹事の大野のHさんに必要なデータを渡した。午後は、100万ボルトでハードディスクやインキやコードを買った。手持ちのデータを整理するためだ。特に、自分の描いた

画像を整理しておけば、自分の描いた4つの紙芝居のキャラクターをいつでも合成できる。「泰澄大師と動物達」

絵をいつでも使えるようにするために整理するためだ。人物や動物や樹木などの背景なども整理しておけばどんな場面にでも使えるからだ。家の整理整頓と共に、パソコンのファイルも使いやすいように整理しておかなければならない。今日は二人だけのクリスマスイブ。福井の孫達も午後帰って行った。二晩私と家内の間に孫(次男)が入り、川の字になって寝た。夜中にけっこう蹴られたけど。)