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Archive for the ‘まちづくり’ Category

PDCAサイクルについて

04 1月

「現状分析」が一番大切だと思う
物事を実行するのにPDCAサイクルが大切だと言われている。PDCAとは,一般に、P:計画,D:実行,C:評価,A:改善と言われている。

しかし、私は現役時代から、ずっとこのサイクル(流れ)には疑問を持っている。現状分析が欠けていると思うからである。現状分析は“analysis of present state”とも“present data analysis”とも英訳される。
そこで、「現状分析」を短く「A」(=“Analysis”)とすると、PDCAを繰り返すよりもAPDCを繰り返した方がよいと思っている。

雪のない正月となった。(→は我が家)地球温暖化の影響だろうか?

雪のない正月となった。(→は我が家)地球温暖化の影響だろうか?

例えば、「少子化問題」を取り上げるならば,「なぜ少子化が起こったのか」を十分分析してみなければならない。それをなくして、新たに、対策を立てて実行してもほとんど成果を上げないだろう。少子化担当大臣をおいて、この問題に長年取り組んではきたが成果はそんなに上がっていないのではなかろうか。

少子化を招く原因は、ざっとあげただけでも(現役時代に考えてみた)、数十の原因が考えられる。それらのうち克服できそうなもの、そうでないものを各方面から十分吟味して、対策を立てなければならないと思う。

物事を一面から見ているだけでは、PDCAのサイクルはそんなに成果が上がらないだろうと思う。少子化を考えるならば、身近な自分の集落の現状から始めて、各地区、町、市、県、……のデータを十分分析し、それらの原因を考察して始めてP(計画)のスタートに立てるのではなかろうか。

実際の問題で、いろんな人と話してみたいものである。早速、今月から実行開始である。

 

歩いてみると

26 3月

街中ウオーキング
今日からウオーキングを再開。まちの様子を知るために、なるべく街中や郊外を歩くことにしている。車では絶対通らない裏道や住宅街を歩くと、これまで見られなかったいろんなものが見えてくる。

以前なら、家が並んでいた通りには家がなくなり、駐車場になっているところが少なくない。郊外に大型店ができて商店街の賑わいはほとんどなくなってしまったように思う。

一方、所々に無人の家がある。このままでは荒れる一方だ。また、その中には赤い文字などで『売家』と書かれた家が混じっている。両方とも同じ運命だろう。

また、立派な庭付きの家もあるが、これらを維持するのは大変だろうなと思ってしまう。車では絶対に見えないモノがあり、車では出会っても挨拶一つできないが、歩いていれば一言声をかけることができる。

追加する紙芝居の一場面。(未完成)

追加する紙芝居の一場面。(未完成)

全国的に、人口減少が問題になり、小・中学校や高校の統廃合が問題になっている。歩いているとまちに活気がないように思えてしまう。何ができるか、自問する日々ではある。

(日記 午前中は、紙芝居の絵を描いた。来週の松岡児童館での出番に備えてのものだ。より面白くするためにストーリーを追加し、絵も加えるのだ。午後は、久々にウオ―キング再会。夜は、「爺ちゃん勉強」。また、平常の生活に戻りつつある。多少、身体に不安はあるが。)

 

地域の活性化を目指して

19 3月

今年度最後の定例委員会
午前9時より、今年度最後の「猪野瀬地区活性化委員会」の定例委員会。テーマは、地区の活性化を目指してお盆の前あたりに、何かイベントを実施できないかということあった。

ただし、このイベントは、運動会や文化祭のように、猪野瀬地区の各種団体に義務的に関わってもらうのではなく、協力していただける者を募って実施できないかということだ。個人であれ、団体であれ自ら楽しんで参加してみたいという者で実施できないかというものだ。

内容は、地区の人たちが地区の素材で作ったスイーツや加工食品等の販売、地区特産の野菜などの販売、それから「地域力向上基金」」で購入したフライヤー、鉄板、綿菓子機、ポップコーン等の機器を使った屋台、焼き鳥、フリーマーケット等々の模擬店。

そして、午後は、各種の芸能等の舞台発表。そして、夜は盆踊り。一番の狙いは、地区の人たちの「生き甲斐ビジネス」」を行うことと、出会いの場の提供だ。

こうした中で、猪野瀬地区の特産物が生まれることを期待したい。地域のブランドを育てることができればと思う。「若猪野のメロン」、「北市の水菜」、「片瀬のショウガ」・・・、そして地域の食材を使った加工食品、・・・。約2時間半、楽しい時間を持つことができた。まだ案の案だが、実施に向けて少しずつ前進したい。

(日記 午前9時半より猪瀬公民館で「活性化委員会」。午後は、約2時間、久々に数学。その後事務所で楽器(ウインドシンセとドラム)練習。あっという間に一日が終わってしまった。)

 

地区の活性化に向けて

17 2月

「猪野瀬地区活性化委員会」2月定例委員会 今日は、公民館で猪野瀬地区活性化委員会の2月定例委員会。市の「地域力向上基金」の補助を受けて購入した備品の管理規定などについて話し合った。

上:白山山頂で御来光を待つ私。中:取材のためのカメラを構えて御来光を待つ。下:御来光。感動の一瞬。

上:白山山頂で御来光を待つ私。中:取材のためのカメラを構えて御来光を待つ。下:御来光。感動の一瞬。

その後、新年度の活動について話し合った。今のところ、当委員会は、地域の活性化のためにパワーを蓄えている時期で、活動の中心は既存事業の活性化を目標にしている。 昨年は、「いのせ文化祭」の活性化に向けて、会場の変更、模擬店のあり方、舞台設定など様々な面でそれまでのものよりパワーアップしたと思っている。 正式決定ではないが、大師山関係の二大行事である「大師山自然観察会」と市の夏祭りの一環として行っている「大師山たいまつ登山」のうち、特に後者の方に新たな付加価値をつけて新たなイベントにできないかと、みんなで夢を語り合った。 大師山は、泰澄大師の“大師”を名前に冠した山である。泰澄大師は霊峰「白山」を開いた僧でその影響力は周辺に広がっている。また、その信仰の中心となる白山神社は全国に3千数百社を数えている。富士山の比ではない。様々なものを組み合わせた一大イベントを展開できないか、世界遺産を目指す「白山麓の文化」を取り入れた祭りにできないか、そんな夢のような話をしているうちに昼になり会議を終えた。 (日記 朝一番の餅作りで一日が始まった。午前9時半より公民館で「猪野瀬地区活性化委員会」の2月定例委員会。猪野瀬地区の活性化について語り合った。午後は、数学。そして、音楽。家内は福井へ子守りに出かけた。)

 

 

小舟渡から見た白山。山頂に雪をいただき、まさに「白山」である。

小舟渡から見た白山。山頂に雪をいただき、まさに「白山」である。

 

市内を散策して

05 2月

目立つ空き家
最近、ウオーキングには住宅地を歩くことにしている。昨日は中心市街地。今日は、途中まで車で出かけて郊外の住宅地をあちこち散策した。新しい住宅もあれば、空き家で売り地になっている住宅、朽ち果てている住宅などいろいろ目に付く。

昨日歩いた商店街でも、駐車場が目立つようになった。空き家になった後、取り壊して駐車場にしたからだ。かつては、専門店が軒を連ねていたが、今は、ショッピングセンター、ホームセンター、スーパー、コンビニなどができて、それらの店のほとんどが姿を消してしまった。

郊外を歩くと、車では気がつかなかった建物をじっくり見ることができる。

郊外を歩くと、車では気がつかなかった建物をじっくり見ることができる。

人口が減り、職場が広域化すると、小さなまちでは品数の多い専門店の営業が成り立たなくなってしまった。おまけに、ネットにおける商品販売が盛んになっている。

今は、ネットでも、翌日か、次の日に必要なものが届く。私も、時々利用する。不安がないわけではないので支払いは、代引きか銀行などの送金を利用している。品物も、大事なものはメーカーを確認して注文している。

今、地域の活性化が課題になっている。衆参の予算委員会でも、大いに話題になっている。今後、各地でも地域の活性化が問題になろうが、私の考えは、「地域でいかに豊かに暮らすか」と、「いかに,地方にいながら中央に繋がるか」ではないかと思っている。

(日記 午前中は、紙芝居の追加の絵を描いた。途中でパソコンがフリーズし、描いた絵が消えてしまって1時間あまりが無駄になった。常に参院の予算委員会を聴きながらの作業だった。午後は、1時半から家内とウオーキング。今日は、途中で車を止めて郊外の住宅地を散策しながらのウオーキングだった。帰宅して紙芝居の仕上げ作業。)

 

 

活性化委員会に関わって

01 12月

「ふるさとづくり大会」で発表
 知人に頼まれて、「ふるさとづくり大会」で活性化委員会について発表することになった。昨年あたりから、この委員会の活動に関わり、4月から委員長として本格的に関わることになった。

 地区の諸活動に対しては、様々な委員会がある。自分もこれまでいろんな委員会に関わってきた。しかし、その多くは、役所の下請け的な組織であったり、「充て職」で構成されていて、前例踏襲型の組織であった。しかし、今、所属しているこの委員会は、自ら委員になっただけに、そうした制約はなく、何が地域の活性化にとってよいのかを考えながらやる組織だ。

「地域力向上基金」で購入したカラフルな小型テントの模擬店が並ぶ「いのせ文化祭」。

「地域力向上基金」で購入したカラフルな小型テントの模擬店が並ぶ「いのせ文化祭」。

 しかし、前向きの組織であるだけに、何かを決めるためには、かなり時間がかかる。話し合うことの苦手な者には苦痛かも知れない。私は、話し合うのが好きだから、気にはならないが、時間だけは有効に使わなければと思う。

 地域力向上基金の使途を決めて(区長会には了解を取り)いろんな物品を購入してきたが、それらが地域で有効に活用されることを望む。地区の組織をあげて取り組んできた「文化祭」は成功したのではないかと思う。そして購入した物品も有効に活用されたのではないかと思う。

 これまで葉、既存事業の活性化を支援してきたが、今後は、新規事業の開拓や、「地域ビジネス」、または「生き甲斐ビジネス」の発展に寄与できればと思う。

(日記 午前中は、部屋の整理。午後は、パワーポイントを使って「ふるさとづくり大会」の発表資料づくり。一日があっと言い間に終わってしまった。)

 

「現状分析」「前例改善」「内容重視」で“まちづくり”

28 11月

「前例踏襲」は退歩
 事に為すに当たっては「現状分析」,「前例改善」,「内容重視」は,現役時代,私が大切にしたことである。退職した今は、地区の活性化委員会に所属し、微力ながら何ができるかを考えている。

 何か行動を起こす場合に、唐突に「〇〇をする」とか「〇〇をしてはどうか」と言われても,困惑する。目指す方向を明らかにして行動しなければ持続しないし理解もされない。

増田寬也氏の『地方消滅』。この本を使って人口問題を話し合ってみたいものだ。

増田寬也氏の『地方消滅』。この本を使って人口問題を話し合ってみたいものだ。

 地区の活性化委員になって最初に考えたことは、最初の「現状分析」であるが、「今、地域はどうなっているのか」、「地域では何が問題なのか」を考えてみた。特に、地域の人口構成を調べることから始めた。私のような個人ではなく、国や省庁、地方自治体でも同じことだと思う。最近起こったことを、一例に出せば人口問題がある。

   今春だっただろうか,日本創成会議の増田寛也座長が,新聞や雑誌等で「2040年には、20歳~39歳の女性が50%の市町村で半減!」、「地域が消滅する」と発表し、日本各地に衝撃を与えた。我が勝山市も、大幅に人口が減少し、「町」と人口が逆転するそうだ。その後、各地で人口問題がにわかにクローズアップしている。他から指摘されるまでもなく、行政は常にこれらをつかんでおくことが必要ではなかったのか。

 私は、十数年前から今年まで勝山市や自分の地区の人口データを市役所で入手している。我が集落では、一人暮らし、二人暮らし、三人暮らしの家庭を調べてみた。残念ながら、我が集落では、「一人または二人暮らし」の家庭が、全戸数の3分の一に達している。これでは10年後、20年後に集落はどうなるかがわかってしまう。当然このことは月二回発行の瓦版で区民の皆さんにお知らせしたが、対策は簡単ではない。我が集落も、我が地区にとっては大きな問題だ。何をすればよいかを考えている。難問だ。

(日記 午前中は,昨日の大工仕事の続き。空きスペースを生かした収納スペース作り。市販のものはスペースに無駄が多いので、廃棄して手作り。特に、空間を活用した収納を考えた。午後も作業を継続。午後3時から,事務所で数学。途中で、Aさんがやって来た。再来週の土曜日のまちづくりの発表についてだ。活性化委員会の活動を発表することになっている。夜は、市民活動センターでこれまでの「エコミュージアムによるまちづくり」から、「ジオパークによるまちづくり」についての会合に出席。市長の説明を聞いた質疑が行われた。元役所勤めのみには疑問や意見の相違については意見が言いづらいところがあった。)

 

地域への関心

25 11月

家庭と職場で完結する日々の生活
現代人の生活は大人も子どもも家庭と職場(または学校)の往復で完結しているように思われる。子どもなら、自宅と学校を往復し、それに習い事などで教室や練習場等を往き来すれば生活は成り立つ。
自由な時間があれば、テレビやゲームなどで過ごすことができる。少し大きくなれば携帯家ネットがあり、友達との連絡はメールで済ませることができる。大人もよく似ている。

職場が広域になれば、自由な時間はそんなに多くはない。土・日は身体を休めたり、家事や家庭サービスなどに追われて,とてもではないが、地域で活動する精神的な余裕はないように思われる。
先ず最初に自分の生活があり、よほどでないと、地域の活動に精を出す現役世代は少ない。そうした時代を過ごした者が次の世代を育てても、地域に関心を持つものが育つ可能性はきわめて少ない。

地域社会が崩壊していくのは明らかであろう。そして今、地域社会の崩壊が問題になり、「地域再生」が声高に論じられている。今回の選挙でも、それらが問題になろう。
しかし、一度災害が起こると、地域に無関心であった者も地域に関心を持たざるを得なくなる。最近の日本はまさに“災害列島”である。自然災害が頻発している。そうした地域では、地域に目を向ける人が少なくない。そうなる前に、地域に関心を持つ人が増えることを期待する。そして、その鍵は、子ども時代の過ごし方にかかっていると思う。今日の活性化委員会では先日の「いのせ文化祭」の反省と共にこんなことも話し合った。

(日記 午前9時半より、猪野瀬公民館で「11月活性化委員会」の定例委員会を開催。文化祭の反省と共に、今後のまちづくりや地域の現状について話し合った。今日はNHKの記者が猪野瀬地区に入り、いろいろ取材している。地域の特色やまちづくりなどについて地域内を取材しているようだ。午後は、事務所で数学。なかなか思うようには進まないが、それでも毎日取り組めば少しずつは進んでいくだろうと思って焦らずに取り組んでいる。“毎日パワー”に期待しているところである。 )

 

湖北の歴史散歩……地方創生は武将に学べ

22 11月

秀吉の開いた長浜

彦根城と長浜城を見学して“地方創生は武将に学べ”と思った。特に、長浜城博物館で「秀吉のまちづくり」のビデオを見てその感を強くした。

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羽柴秀吉が初めて一国一城の主になった今浜が、長浜に改められ、1574年に城が築かれたという。秀吉は、小谷城下の商人を統合して「楽市楽座」の制度で城下町を形成するとともに、町衆の保護・自立のためにに「町屋敷年貢免除」の朱印状を与え、まちの繁栄をもたらしたのだ。

紅葉の彦根城大手門橋

紅葉の彦根城大手門橋

1615年に、長浜は彦根藩の一部となり、廃城となったが、「町屋敷年貢免除」は江戸時代を通して維持され、長浜は水運の要に位置するまち、浜ちりめんやビロード、火や等のまちとして繁栄を続けたのだという。

『曳山会館』を見学して、このような経済力を背景にまちの文化も栄えたことを知った。『長浜曳山まつり』もその源をたどると秀吉に行き着くという。日本三大山車祭の一つで、国の重要無形民俗文化財に指定されている。子どもから大人までが一体となって祭りに取り組む様子をビデオで見て改めて感心した。これらの伝統は今も長浜に息づいているのだ。

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壮大な彦根城藩主の日本庭園「玄宮園」

壮大な彦根城藩主の日本庭園「玄宮園」

昔の殿様のまちづくりには学ぶことが多いと感心した。湖北の歴史のたびでまちづくりに対するいろんなヒントがあると思った。金沢を作った前田利家、財政再建を成し遂げた米沢藩の上杉鷹山などにも学ぶことが多いように思う。

『大河ドラマ』と言うと、とかく買った負けたという戦と権力を描く場面が多いが、まちづくりにもっと光を当てるべきではなかろうか。

(日記 朝起きるなり、高速を走り、彦根ICで下り、彦根城を見学。その後、湖畔をドライブして「黒かべ」へ。車を駅前に止めてマップ片手に、町中散策。よくもこんなにたくさんの店が並んでいるものだと感心する。今日は11月22日で“いい夫婦の日”だ。「記念にネックレスを買ったら」と家内にすすめる。長浜ラーメンを食べて長浜城を見学。特に、長浜城博物館で見たビデオ「秀吉のまちづくり」には感心した。その後、木之

黒壁ガラス管

黒壁ガラス管

本IC出高速に乗り、帰宅。夜は、猪野瀬公民館で行われた松井県議の「県政報告会」に出て、ひげの隊長“佐藤正久氏”の集団的自衛権などについての講演を聴く。)

 

 

 

 

 

 

黒壁で見たバンドのおもちゃ。音楽にに合わせてジャズバンドの奏者が動く。まるで演奏しているようだった。

黒壁で見たバンドのおもちゃ。音楽にに合わせてジャズバンドの奏者が動く。まるで演奏しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秀吉の開いた長浜城(博物館)をバックに「ハイ・チーズ!」。

秀吉の開いた長浜城(博物館)をバックに「ハイ・チーズ!」。

 

ニュー『いのせ文化祭』開催

16 11月

体育館で開催

上段:「振る舞い餅つき」で杵を振るう山岸市長 下段:模擬店とそれを手伝う中学生ボランティア

上段:「振る舞い餅つき」で杵を振るう山岸市長 下段:模擬店とそれを手伝う中学生ボランティア

 これまでに、『いのせ文化祭』は,公民館の内外で行われていた。ステージ関係は,あまり広くないホールで、うどん・そば・ぜんざい等の飲食コーナーは,これもあまり広くない公民館横の駐車場で行われていた。

 そして、作品展示は公民館の2階で行われていた。公民館のホールで行われステージイベントは常に閑散としていた。開会式なども、無理矢理人を集めなければ来賓に申し訳ないぐらいの状況だった。

 そこで、今年は、会場を「体育館(林業者健康トレーニングセンター)」に移して開催することにした。ステージを中心に、観覧席を設け、その周囲に小型のカラーテント(240cm四方)の模擬店が並び、会場全体が“お祭り広場”になるように設定した。

ステージを賑わした子どもたちと模擬店(右下)

ステージを賑わした子どもたちと模擬店(右下)

 ガスを使って揚げ物をする模擬店だけは、安全を考えて体育館の玄関に設置した。おかげで、これまではステージイベントが全く見られなかった模擬店関係者も、ステージでの演技を見ることができるようになった。

 私も、活性会員会として、子どもたちのために、『駄菓子屋』を開店することにした。店番は中学生が引き受けてくれた。反省点もあるがこれまでより」はるかに活気のある文化祭ができたように思う。

ステージのバンド演奏を見る人たち

ステージのバンド演奏を見る人たち

(日記 午前8時より文化祭の『駄菓子屋』開店の準備。模擬店の様子を見ながら、午後3時まで、文化祭の裏方やステージで『片瀬豊年ばやし』を演じるなど、忙しい一日を過ごした。後始末をして帰宅したが、「終わった」という安堵感と風邪気味で疲れたという感じが入り交じった一日だった。)

 

甘ーいぜんざいを販売する「さわらび会」の模擬店からもステージイベントがよく見える。

甘ーいぜんざいを販売する「さわらび会」の模擬店からもステージイベントがよく見える。