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Archive for 8月 21st, 2010

田舎者の身体に染みついた性分

21 8月

働かざる者食うべからず
 子供の頃、私の身体に染みついたもの一つに“働かざる者食うべからず”という考え方がある。考え方というよりも、私の身体に染みついている。例えば、特別な日を除いて、休みの日に朝から晩まで遊んでいたとしたら、きっとその日の晩ご飯は美味しくないだろうと思う。

 子供の頃、夏休みには、私達は、九頭竜川まで泳ぎに行ったものだ。泳いでいる間はとても楽しいが、暑い中をやや登り勾配のたんぼ道を通って家へ帰ると汗が引き出し、水泳の疲れも出て身体はだるくなる。しかし、私のこの日の役割は終わっていない。

 今なら登るだけで疲れてしまう村の背後にある大師山の裏側から、父親が準備した薪を担いで下りてくるのだ。これでようやく家族の一員としての役割が終わるのだ。また、藁を切って馬のごと(えさ)をつくり、それを馬に与えたり、水漏れのする五右衛門風呂で風呂を沸かすのも私の役割だ。

 “ふろ沸かし”はかなりの重労働だ。というのも、ポンプでバケツで水を汲まなければならないからだ。それを子供の背丈からすると胸の辺りの高さだった思われる窓から風呂桶に水を張るのだ。昔の自分を考えると、我ながらよくやったものだと感心するが、これは村の子供なら誰もがやったことで特別なことではない。

 秋の取り入れの頃には、午前中は稲を刈り取り、それを稲株の上に並べて乾燥させ、午後はそれらを束ねながら裏返しにして再び乾燥させるのだ。そして、夕方にはそれらを農道まで運び出し、荷車で「ハサ(稲を乾燥させるための竹で組んだ櫓状のもの)」まで運ぶのである。

 ここで、夕食を食べに家へ帰り、夜に稲をハサに掛けるのである。月明かりでの作業だ。我が家は9時のサイレンが鳴ると作業を終えたのだが、もっと遅くまでやる家もあった。両親も祖母もみんな働くので、文句を言うどころではない。村の仲間も皆同じようなものだった。

 こんな生活を繰り返していたので、自然と“働かざる者食うべからず”と言う考えが、身についてしまったようだ。これは理屈でも何でもない。遊んでいては晩ご飯がうまくないのである。務めに出ている、いないは関係ないのである。親父は、繊維会社の工員だったが、帰宅すればほとんど働きずくめであった。

練習課題として取り組んでいる『いなかもんの演歌の広場』だが、少しずつ壁が高くなってきて悪戦苦闘している。

一汗流してから自分の趣味に取り組む
 小屋の片付けを行った。午前中2時間ほどのつもりが3時間ほどになってしまった。汗だくだくである。これで気持ちよく自分の趣味に取り組むことができる。朝から、自分の好きなことだけをやっていたのでは、晩ご飯はうまくないだろうと思う。もちろん、ビールも。

 シャワーを浴びて早い昼ご飯を食べて、事務所へ向かった。ホームページづくりの練習課題として『いなかもんの演歌の広場』を作っている。

 動画も静止画も音声も何でも使うつもりだ。DVDやマニュアルを見ながらの学習だ。4日間の産業支援センターでの講座も時々思い出しながらの作業だ。

 ようやく、骨格だけはできた。後は、仕上げをしてアップすればそれでよいだろう。しかし、ここから、いろいろ壁が多くなる。特に、デザインが問題になる。「たかがホームぺージ、されどホームページ」である。

 デザインの本まで総動員しての作業だ。

 早く仕上げたいものだ。

(日記:午前中は自宅で作業。午後は、ホームページづくりの勉強。夕方、川からポンプで水を汲み上げ、作物の間を流す。全ての作物に液肥を薄めて与える。夜は、ホームページづくり。)