郷土芸能づくり
私の地区では、9月の第3土曜日に秋祭りが開催される。しかしながら、年々祭りは寂れていく。今では、昼に子供御輿が各家々を巡り歩くことと、子供会や青年団などの模擬店が並ぶぐらいである。あまり人が集まらないので、人集めのために抽選会をやっている。
これでは、次世代に伝えていくものはほとんどない。踊りもなければ太鼓も叩かない。昔合った子供相撲や大人の相撲などもない。個人の楽しみが変わってしまったのか、面倒くさいことは一切やらないでおこうという考えなのか、とにかく祭りは廃れていく。
おまけに親類などを招く家も年々少なくなっていると聞く。こんな祭りを少しでも変えることができないのかということ今私の地区では考えている。現在の計画では、私が地元の民謡をつくり、伝統の銭太鼓の振り付けを考え、踊りも加えようという計画である。それと神前で「浦安の舞」を踊ることができないのかということも考えている。
これまでは、『安来節』に合わせて銭太鼓やどじょうすくいをやっていたが、単なる物まねということで、100年近くの伝統があっても、郷土芸能にはなり得なかったのである。
そこで、拙いものでも、自前で歌や踊りを振り付け、郷土芸能にしようという計画である。「ソーラン節」はいくら上手に歌っても踊っても、私の村の郷土芸能にはならないのである。
ただし、真似ることは郷土芸能の世界では当たり前である。北前船で「ハイヤ節」が全国に伝わったり、各地に似たようなものがあったり、伊勢参りの影響で「伊勢音頭」が変形して各地の民謡を生んでいるのはよく知られたことである。
「郡上踊り」なども「伊勢音頭」の影響を受けていると言われている。
産みの苦しみ
そんなわけで、銭太鼓によく合い、踊りにもよく合い、地元の伝統を生かせる歌を作ることになったのだが、実際には簡単ではない。今日の午前中は、まず最初に、孫娘のために、和太鼓練習用のCDを作った。全くの入門編だ。
その後、午後は、新民謡づくりに熱中した。メロディーを作るのは苦しい作業だ。いいいメロディーができたと思うと、以前に自分が作ったメロディーに似ていたり、誰かの歌に似ていたりと、苦労は多い。
歌は、極論すれば、ドレミファソラシの7つの音の組合わせである。もちろん半音もあるが、これだけの音で、世界中の音楽ができているのだ。プロの作品でも、似ていて盗作問題に発展することが少なくない。
今日いいと思ったメロディーも、次の日聞いてみるとがっかりということは当たり前である。何とかお盆までには作りたいのだが、あれこれ忙しくて、産みの苦しみを味わっている。
また、私は、一方では、すっかり寂れてしまった「盆踊り」の復活を目指している。これは非常に苦労が多い。しかし、理解者も、わずかではあるが増えている。
(日記:午前中、孫娘の和太鼓CDづくり。午後、郷土民謡作り。夕方、家庭菜園。夜、和太鼓練習。)