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Archive for the ‘未分類’ Category

盆踊り復活の拠点、村岡町

16 8月

盆踊り復活説明会から1年
 昨年の5月28日だったと思います。村岡公民館で、「盆踊り復活の説明会を開催させていただきました。開催に当たって「まちづくりむろこの会」の会長の木下さんのご協力をいただきました。その後、同じような会を木下さんが区長を務める浄土寺でも開催しました。

 こうした方々の熱心な取り組みにより、今、村岡地区は、盆踊り復活の最先端を走っています。その後、当時の婦人会の役員の皆さんの中から、民謡踊り団体「おどり隊ひらり」が誕生しました。

 昨日の勝山夏祭りでの盆踊り復活イベント「ふるさとのおどり大会」もこの「おどり隊ひらり」の皆さんが中心になって頑張ってくださいました。この他にも猪野瀬地区や遅羽地区の皆さんも多数参加してくださいました。

かつての勝山は「おどり」となるとこのような賑わいでした。(於:昭和30年代の勝山神明神社)

村岡山ちょうちん登山のアトラクション
 今日、8月16日は、毎年「村岡山ちょうちん登山」が行われています。そして、登山前のアトラクションとしていろんなイベントが行われていますが、今年も、「おどり隊ひらり」の皆さんの『勝山よいとこ」の発表に続いて、盆踊り大会が開かれました。

 そして、たくさんに人達が盆踊りを楽しんでおられました。昔は、どこの集落でも盛んであった「盆踊り」が完全に廃ってしまいましたが、今また、少しずつ復活に向けての取り組みが行われています。とても嬉しい限りだと思います。今後もこうした活動を支援していきたいと思っています。

番外-パソコンが壊れる
 愛用のパソコンが昨日壊れてしまいました。素人には全く手が出せない状況に陥りました。原因は、電気の使いすぎでブレーカーが落ちて、電気が切れてしまったからです。

 そのために、息子の友達のY君に助けを求めました。夕方、Y君が我が家へやって来ました。そして、壊れた部分を修復してくれました。命拾いをしました。大事なデータが全て詰まっている意パソコンだったからです。一時はどうなるかと心配になりました。

 こうした仲間に助けられて私は今快適にパソコンを使っています。感謝、感謝でいっぱいです。息子が東京へ行って以来、Y君は私にとってのパソコンドクターです。 

(日記:午前9時より盆踊りに使われた櫓を解体し、越前大仏の門前町倉庫へ運びました。私も少しだけお手伝いしました。その後、家庭菜園の草取りをしました。夏には雑草が伸びるので大変です。午後、昼寝。夕方、パソコンが壊れてしまし、息子の友達のY君が修復するために、我が家へ来てくれました。そして見事に復活して暮れました。その後、「村岡山ちょうちん登山」の会場である村岡小学校へ出かけました。そして、盆踊りなどを楽しみました。)

 
 

とにかく終わった-!

15 8月

分踊り復活アクションの終わり
 6月から始めた盆踊り復活のアクションは、とうとう終わった。天候に恵まれて終わった。ここ1週間は毎日天気予報を見ていた。最初は晴れの予報が出ていたのに、ここ最近は前後が雨で15日は曇りと出ていた。昨日の予報もあまりよくなかった。今朝の予報も踊りの時間帯には一雨来そうな予報だった。

 しかし今日は朝からよい天気だった。午前8時、楽器を積んで西小学校へ行く。9時過ぎから、和太鼓の練習開始。昼近くに、大野市の上庄中学校の同窓会へ行く。最初に赴任した学校で、1、2年生を担任した卒業生の皆さんたちだ。45年ぶりの再会だった。

45年ぶりに再会した上庄中学校卒業生の皆さん

 中途で退席して、勝山へ戻る。4時頃から、ゆめおーれの野外ステージで和太鼓の練習。そして、6時より、郷土芸能発表。最初は、『おどり隊ひらり』の皆さんの踊り発表。続いて、尺八の竹友会と三味線歌で民謡発表。さらに、再結成した『越前勝山春駒太鼓』の和太鼓発表。そして、ステージで有志による『勝山よいとこ』の踊り発表。

 そして、7時頃から、『ふるさとの踊り大会』が始まった。「弁天そばの会」の皆さんが盆踊りに花を添えてくださった。これからも盆踊り復活に向けてがんばりたい。

盆踊りに花を添えてくださった「弁天そばの会」の皆さん盆踊りの写真は後日。 郷土芸能発表で担ぎ桶胴太鼓の新曲『春馬』を披露する春駒太鼓のメンバー

郷土芸能発表で担ぎ桶胴太鼓の新曲『春馬』を演奏する春駒太鼓のメンバー

 

郷土芸能発表で『勝山よいとこ』を発表する「おどり隊ひらり」のみなさん

盆踊り伴奏隊のみなさん

  

櫓を囲んで盆踊りを楽しむ市民の皆さん

 
 

勝山夏祭り

14 8月

天候だけは……
 今日は勝山夏祭り。しかし朝から雨が降っている。最近まで晴れた暑い日が続いたが、ここ数日間天候が安定しない。今日は勝山の夏祭りのメインイベントがある日だ。恐竜パレード、ヨサコイ系のパフォーマンス『勝ち山ワッショイ』、そして花火だ。

 関係者はやきもきしていたのではなかろうか。全くの悪天候だ。どんなに文明が発達しても、今のところ天候だけはいかんともしがたい。人工的に雨を回避する技術はないわけではないが、勝山市レベルではどうしようもない。

 明日は、私が6月頃から取り組んできた『ふるさとの踊り大会がある日だ。合わせて、『手打ちそばまつり』も開催してもらった。それに、和太鼓などの郷土芸能発表もある。しかし、雨となると人の出足はぐっと減るだろう。

 今日の悪天候により花火大会は明日に順延となった。明日は、民謡大会と花火が同じ時間帯に開催されることになる。途中から人の流れが変わるのではないかと心配である。かなりの人が「ゆめおーれ」広場から、弁天河原へ移動するだろう。

 先ずは、晴れること、そしてそれなりの人が集まることを期待したい。広場で盆踊りを楽しんでもらいたい。

 盆踊りが、手打ちそばとドッキングした。人が集まれば、何かが始まる。そこには出会いもあればビジネスも生まれる。盆踊りだけではどうしようもない。盆踊りをきっかけに人が集まり、食と結びつき、健康と結びつき、人とのふれあいが始まり、まちの活性化に繋がることを望みたい。

市役所前を出発する恐竜パレード

恐竜パレードを見て 
 
勝山が全国に誇れるものは何だろうかと考えれば誰もが恐竜と答えるのではなかろうか。それだけに、『県立恐竜博物館』の開館10周年の今年は、勝山あげて夏祭りで恐竜を全国に発信してもらたいと、私は昨年から考えていた。

 期待を胸に、恐竜パレードの出発地点である市役所前の駐車場へ出かけた。かなりの人が集まり、出発式を行っていた。そして、恐竜パレードが始まった。高校のマーチングやプロの業者が作ったリアルで動く恐竜もあったが、この恐竜パレードで市外・県内外から人を呼べるだろうかと考えると、残念ながら十分ではなかろう。

 恐竜に関するパフォーマンスを一般公募する前に、どのようにして勝山が全国に誇る恐竜を夏祭りに取り込むかを十分考えなければならなかったのではなかろうか。1回目だからこれでいいだろうという人がいるかも知れないが、1回目だからこそ、もっともっと練って練って恐竜をアピールしてほしかったと思う。

 勝山でやっても、福井でやっても、敦賀でやっても、同じであるというようなものでは、県内外から観光客を呼ぶことは困難であろう。町の文化祭をやるのか、まちなか観光元年として、全国に誇れるものを目指すのか、コンセプトがはっきりしなかったように思う。

 勝山独特のものをやり、それがある程度のレベルに達していれば、人は集まるであろう。恐竜の活かし方は、まだまだあるように思う。

 勝山の全国に誇れる観光資源は恐竜だから、「恐竜パレードをやろう!」ということまでは理解できても、そこから先、もっともっと議論して、恐竜をどのように生かすのかを考えるべきではなかったか。今日のパレードで満足していては、いつまで経っても、ご町内の文化祭レベルを超えられないのではないか。

 私も参加したかったが、あまりにも多忙で準備ができなかった。それというのも、6月以来、ずっと「盆踊り復活」のためのアクションに時間をとられていたからだ。材料は買ってあるので、今後もこのような催しがあるのならば、私も評論家のごとくが外野席から意見を述べるだけではなく、参加して見たい。

(日記:午前中、事務所でパソコンの勉強。午後、明日の郷土芸能発表のために和太鼓運搬。そして、恐竜パレード見学。夕方、墓の清掃と墓参り。村の当番として、延命地蔵の供養。夜、明日の盆踊り大会の準備。カセットテープの音楽をCDに焼く。多忙な一日であった。)

 
 

ようやく『矢戸口ええとこ音頭』完成

13 8月

「民謡を作りたい」
 鹿谷町矢戸口のTさんから詩が持ち込まれ「矢戸口の民謡を作りたい」という申し出があった。昨年のことであった。民謡というと自分としては、二つの流れがあると思っている。一つは、日本で昔から伝わっている節回しの多い素朴なものと、現代風の楽器を使った明るいものだ。 私は前者のような民謡を作りたいと思っているが、簡単ではない。どうしても今風の民謡になってしまう。今回の『矢戸口ええとこ音頭』は、どちらかといえば、今風の新民謡だ。詩をいただいてから、メロディーを作るのはそんなに時間がかからなかった。しかし、編曲にはかなりの時間がかかった。

 専門家なら、逆かも知れない。私は音楽には素人だから、どのような楽器をどのように使えばよいかという確たる理論を持ち合わせていない。三味線、尺八、太鼓、鉦の他に何を使えばよいのか。いろいろやって聴いてみるしかない。試行錯誤の連続だ。

 カラオケが出来上がったら、Tさんご要望のAさんに歌の吹き込みを依頼した。自宅のパソコンでデジタル録音をした。3回ほど吹き込んでもらえば、後は全てパソコン上で編集できる。便利な時代になったものだ。

自宅で女性が歌う部分をデジタル録音するはるみ(家内)

「男性歌唱」と「男女歌唱」でCD化
 女性の歌は、家内にたのんだ。家内は、普段、歌の練習をしていないので高音が十分出ない。昨日練習して今日吹き込みを行った。5番の内3番はAさんが歌い、2曲は家内が歌った。

 CD化にあたり、一つは男性のAさんだけが歌っているもの。もう一つのCDは、男女が交互に歌うものだ。どちらも歌の最後の部分は一緒に歌うようにした。そして、もう1曲は、カラオケだ。

 そして、3曲入りのCD化を5枚作った。毎日やっていたわけではないが、半年ほどかかった。まだまだ未熟だと思う。この歌が、今後どのように生かされるのか、私は関知しない。どこかの誰かが、歌ったり、踊ったりすることを願うばかりである。

 それにしても、便利な世の中になったものだ。昔なら、レコード盤を作るなんて夢のまた夢だった。40年前、私は自作の民謡『勝山小唄』(作詞:島田慶雄氏)を業者に頼んでソノシートにするのがやっとだった。

 吹き込みは、小学校の音楽室で、三味線、太鼓、ピアノ、アコーデオン(私)、歌などを同時に録音したものだった。誰か一人が途中で間違えば、始めからやり直しだった。

 今は、パソコンの中に好きな楽器が入っている。命令さえしっかりすれば、指示通りに演奏してくれるのだ。歌の吹き込みも、途中で間違おうと気にしないでいい。後でよいところばかりをつなぎ合わせればいいのだ。この調子で時代はどんどん変わっていく。

 しかし、創造性だけは何時の時代も必要だ。これからは、これまで以上に創造性が必要だと思う。決まり切ったことは、 パソコンに任せればいいのだから。

完成した『矢戸口ええとこ音頭』のCD

(日記:午前中、民謡の吹き込み。午後CD編集。音のバランス、各パートのボリュームなどを調整。合間に部屋の整理整頓。夕方、事務所でパソコンを動かす。夜は、『ゲゲゲの女房』を見る。今日は時々雨が降るために、移植したキュウリが何とか生きられそうだ。 )

 
 

ゲゲゲの女房

12 8月

自分のペースで連続ドラマ
 私は、いくつかの連続ドラマを見ている。一つはNHKの大河ドラマでもう一つは朝の連続テレビ小説だ。今年は、前者が『龍馬伝』で、後者は『ゲゲゲの女房』だ。この他、民放のドラマでは、高校時代の奥村正彦さんが監督する連続ドラマが放映されていれば必ず見てきた。これらは録画して必ず夫婦で見ることにしている。

 3月までは、役所勤めであったので、時間通りには見ることができず、早くて半年遅れという状況だった。今年も、ようやく、『龍馬伝』は6月13日(日)まで、『ゲゲゲの女房』は、5月8日(土)まで見終えた。

 普段は、人材育成、教育、まちづくり、音楽、起業に関すものなどを単発的に録画し、DVDに焼いて保存している。また、ドラマや音楽番組が始まる時間に風呂に入らなければならないとなると、録画しておいて風呂を優先することにしている。テレビに生活を合わせたくないからだ。

自分の高校時代とだぶる『ゲゲゲの女房』
 中学・高校時代の私は漫画家志望だった。明けても暮れても漫画を描いていたいた時期があった。中学時代には通信教育を受けた。また、親戚の方が事務員として務めていた大阪の工業高校出身の漫画家、山口勇幸氏にも教えていただいた。山口氏は、主に貸本屋向けの漫画を描いておられた。

 『ゲゲゲの女房』に出てくる主人公の一人水木しげる氏も、最初は貸本屋向けの漫画家だったらしい。山口氏も時々は月刊雑誌の付録などの漫画を描いておられたが、活躍の舞台は貸本漫画であった。

 この 『ゲゲゲの女房』は、漫画家志望だった私には、とても親しみの持てるドラマだ。まだ、5月最初の部分までしか見ていないが、それでもなかなか興味深い。必ず家内といっしょに見ているが、私は特に漫画家の生活に興味がある。家内は、水木氏の奥さんの方に興味があるかも知れない。

 今後このドラマがどのような方向に進んでいくのか、興味のあるところである。

私が中学生時代に描いた4コマ漫画。誠にお恥ずかしい。

昔漫画家志望、今は……
 昔は漫画家志望だったが、大学に入ってからは、趣味は音楽に変わった。テレビの出現で漫画か受難の時代が始まったのだ。私の高校時代前後には、ほぼ全ての月刊漫画雑誌が廃刊になってしまったのだ。山口氏も仲間と共に広告関係の会社を作って漫画家から他の分野へ転向したのだ。

 私の前途は真っ暗になってしまった。しかし、その時代をくぐり抜けた本物の漫画家だけが生き延びて、その後の漫画ブームに乗って活躍したのだ。

 漫画家にはなれなかった私ではあるが、今でも漫画には未練がある。いつかは、何らかの形で漫画に関わりたいと思っている。

(日記:午前中、家庭菜園でキュウリの苗の植え替え。家内が、数週間前に秋ギュウリの種を播いた。一カ所に3粒の種を播いたが、ほとんどが立派に育った。普通は、1本だけを残して間引きしなければならない。しかし、せっかく育った苗を捨ててしまうのはもったいない。そこで、雨の日を待って、間引きする苗を他の場所に植え替えたいと思っていた。晴れが続く間は植え替えられなかったが、今日は雨だった。
 午後、産業支援センターへ出かけ、借りたDVDを返却すると共に、新たなDVD4本と本を1冊借りた。午後は、盆前なので部屋の整理をした。その後、詩を持ち込まれた民謡の吹き込みを行った。男性の歌唱部分は吹き込みを終えていたので、女性の歌唱部分を吹き込んだ。)

女性を描くのは大好き(パソコンで着色)

 
 

技術の進歩についていけるか?

11 8月

自分で何でもしようとすると
 今私が、パソコンを使ってやってみたいことの一つは、「HPで数学講座を展開したい」ということだ。それには、いくつかの基本的な技術が必要になる。それができないと、業者など誰かに頼まなければならなくなる。これまではは息子頼りだった。しかし、今は東京に出てしまって近くにはいない。 

 基本的な、三つの技術がどうしても必要になる。その技術とは次のものだ。 

 (1)HPを作る技術があること。今、「Dreamweaver CS4」を勉強中だ。 

 (2)映像編集技術だ。今、「Adobe Premiere Pro CS4」を勉強中だ。
    このソフトを使うには、映像変換ソフトが必要んある。 

 (3)画像編集や描画ソフトだ。これは、「Adobe Photoshop CS4」を少し使えると思っている。  

 この中で、(2)の映像変換ソフトについては、息子の友人でIT関係の仕事をしているY君から「TMPGEnc MPEG Editor 3」を買った。彼は、今日、私の事務所へソフトを持って来てくれた。そして、私のパソコンにインストールしてくれ、ソフトの使い方まで教えてくれた。 

「地球の歴史」より太陽系の誕生(パソコンで描画)

 

お腹が空いたので田植えをする
 一つのソフトを使いこなそうとするが、最低限の技術を習得する前に、ソフトがバージョンアップしてしまう。どうせならと思って新しいものを買い求めるが、技術習得に時間がかかる。 

 また、新しいソフトを買ったと思ったら、もう次のソフトが出ている。アドビ社の製品は、「CS4」を買い求めたと思ったらもう「CS5」が売り出されている。まさに「ドッグイヤー」だ。技術習得は、ますます困難になる。 

 今は、時々、東京へ行った息子の代わりに、息子の友達や昔の仕事仲間が応援してくれるのでありがたい。マニュアルも買うがマニュアルだけでは理解できないことが多いので、彼らの存在は私にとってはとてもありがたい。 

 何かをしようとすると、そのためには「あれもしなければならない」、「これもしなければならない」とどんどん勉強することが増えていく。 

「地球の歴史」より哺乳類の祖先となったといわれるエオマイア(パソコンで描画)

「お腹が空いた」ので、「ご飯を食べる」というのではない。「ご飯を食べる」ためには、「米が必要である」。「米が必要である」なら「米を収穫しなければならない」。そのためには、・・・・・。このようにして、田植えまで遡らなければならないことになる。「空腹を満たすのいつのことか」と愕然とする。 

 しかし、何もアクションを起こさなければ何もできない。映像編集技術の習得と共に、ホームページを作るための技術を同時に学ばなければならないと思っている今日この頃である。この他、歌も作らなければならない、「津軽じょんから節」をマスターしたい。あれやこれやで、毎日が超多忙だ。 

 しかし、現役時代と異なるのは、今日できなければ明日やればよいということだ。スケジュールを自分で調整できるということだ。先ずは毎日、一歩ずつ歩みながら考えたい。 

(日記:午前中、和太鼓のキャスター作り。その後、事務所の整理整頓。午後、Y君から映像変換ソフトを購入し、使い方を習う。夕方、福井に住む娘と外孫が来たので、外食。結構忙しい一日だった。) 

 
 

盆踊り練習会を終えて

10 8月

練習会参加者に感謝
 8月15日の盆踊り大会に向けて7月から始めた練習会も今日が最後となった。練習会は日中の方がよいという人もあれば、夜がいいという人もある。それで昼2回、夜3回の練習を行った。そして、今日が最終練習日だ。これまで参加したみなさんに感謝したい。

 伴奏隊は、尺八5人と三味線3人だ。太鼓は私で、歌が2人だった。今日は最終日なので、踊り手も合わせて練習した。福井新聞の取材も受けた。果たして当日どれだけの人が来てくれるだろうか。

 少しでも多くの人が来るようにと、「弁天そばの会」のNさんにお願いして、手打ちそばのコーナーを設けてもらうことにした。また、盆踊りは7時開始だが、その前の6時から「郷土芸能発表」を行うことにした。

 6時から7時までの1時間に踊り発表と民謡発表、そして、我がグループ『越前勝山春駒太鼓』の発表、そして、「勝山よいとこ」の総踊りを行う予定である。ソバを食べながら見ていただければ幸いである。

 7時からは、特設櫓には常に4人があがり踊りをリードして貰い、尺八・三味線・太鼓の伴奏のもとに3人の歌い手が勝山の民謡を歌うことになっている。問題は、どれくらいの人が来てくれるかだ。

歌、尺八・三味線・太鼓(私)に合わせて、踊る参加者の皆さん(於:勝山教育会館)

本番では一人でも多くの参加を願いたい
 それに当日の天候も気になる。雨天の場合は、教育会館で盆踊り大会を開催することになるが、たぶん盛り上がらないだろう。晴れになることを祈るばかりだ。今日までやるだけのことはやった。後は、当日の天候がよくなることと、一人でも多くの人が民謡を楽しんでくれることを祈るばかりだ。

私の孫もばあちゃん(家内)と一緒に盆踊りを楽しむ

 

(日記:午前中米かち、家庭菜園の手入れ。午後は、郷土民謡作り。夜は、夏祭りの盆踊り練習会。伴奏隊で太鼓を叩いた。疲れた一日だった。)

 
 

創作の苦しみ

09 8月

野菜作りは準備から
 午前中は、炎天下の中、夏キュウリの支柱をこわし、秋キュウリの支柱を立てた。こんな小さな家庭菜園でも、日々の食卓を旬の野菜が賑わすことが多い。毎日の食卓に出るおかずのほとんどは自分たちが育てた野菜だ。今晩の食卓を例にあげれば、トマト、なす、キュウリ、ササゲ、ピーマン、カボチャが自家製で、肉と豆腐ぐらいが買ってきたものだった。

 また、ゴーヤは「ゴーヤチャンプル」にしても食べきれないほどできる。そこで、「ゴーヤジュース」にして毎日飲んでいる。私はこの苦さには絶えられるが私以外の家族はジュースでは飲めない。家庭菜園でこうした野菜を育てるには、先へ先へと準備をしておかなければならない。そんなわけで、今日は種を播いておいた秋キュウリの支柱を立てたというわけだ。

 お盆がすんだら、秋の野菜である大根、白菜、野沢菜などの種まきが始まる。

 今日も暑かった。しかし炎天下の中で作業をした。私は、原則として半日は家庭菜園や家の仕事、午後半日は、自分の趣味やボランティアなどに費やすことにしている。いつもは、午前5時頃に起きて畑へ行くのだが、今日は遅く目で寝ていて、9時頃にしか畑へ行くことができなかった。

炎天下で作った秋ギュウリの支柱

いいメロディーだと思ったら……
 午後は、村の銭太鼓に使う民謡を作ろうとパソコンの前に座った。音源のスイッチを入れ、パソコンを立ち上げた。後は、いつものように、ギターを抱えて、メロディーを考え、即座にパソコンのソフトで譜面化していくのである。音の種類は、三味線、尺八、太鼓、鉦などである。なるべく素朴に作るために、今回の民主では洋楽器は使わない。

 いいメロディーができたと思ってパソコンに入力して何度も聞いてみると、どこかで聴いたメロディーだ。調べてみると自分が以前作った別の曲と似通っている。約5時間創作に熱中したが、結局満足なものはできなかった。途中で、それまで考えたものを全部捨ててまた作り直す。そんなことの繰り返しだ。作りには作ったが、納得のいくものはできなかった。

 うまくいくときは、1時間で1曲できてしまう。しかし、編曲は10日ほどかかる。それは専門家ではないからだ。

(日記:午前中、家庭菜園での作業。午後、民謡作り。成果なし。夜、夏祭りのための和太鼓練習。)

 
 

日本民謡のシャワーを浴びる

08 8月

池田町「冠荘」で民謡を聴く
 このブログを通して知り合いになった河間氏からお誘いを受けて池田町で行われた『福井民友会ゆかた会』に出かけた。この会は、民謡(三味線や歌)を学ぶ皆さんの内輪のおさらい会である。踊りの会や尺八の会の人も招いて日本の民謡28曲を演奏し、歌い、踊った。

 会場は池田町の「冠荘」の一室であった。私が40数年前に作った『勝山小唄』もプログラムにあり、勝山から参加しているKさんが歌って下さった。この曲に対しては、私が即興で太鼓を打たせていただいた。休憩を挟んで約3時間たっぷりと民謡の生演奏を楽しんだ。

 正に日本民謡のシャワーを浴びている感じであった。民謡は、それぞれの地域の人達が、ある時は労働歌として、ある時は祝歌として、歌い継いできたものである。それだけに、聴いていても、心に響くものがあった。

 また、踊りのグループも参加していて、会場を盛り上げていた。私は、会のリーダーである河間氏に厚かましくも、「津軽じょんから節」だけを教えてください」とお願いしたのである。そして、その第1回目のレッスンをすでに受けることができた。指使いが難しく、前途洋々たる状況である。

 そんな「津軽じょんから節」を会の皆さんは新節も旧節も楽しそうに弾いておられたのである。一日も早く、この曲をマスターしたいという気持ちを強くした。また、この「冠荘」のある池田町の『池田追分』の保存会の方も来られて踊りを指導しておられた。

 この『池田追分』は歌も踊りもすばらしいと思った。私も今、自分の集落(片瀬)の銭太鼓に使うオリジナル民謡を考えている。今日、日本民謡のシャワーを浴びたことは大いにプラスだったと考えている。

 全28曲が終わった後で、河間氏から突然提案があった。

 「2人で即興演奏をしましょう。私は三味線を弾きますから、太鼓を叩いてください。」

と。民謡と合わせて太鼓を叩いたことなどなかったが、逃げるわけにもいかず、即興で太鼓(平太鼓と締太鼓)をたたいた。楽しい一日であった。

『津軽じょんから節』を披露する三味線と歌の皆さん。(池田町「冠荘」にて)

(日記:午前中庭の草取り。昼近くにCD作成。午後、池田町『冠荘』で行われた福井民友会のおさらい会を見学。)

 
 

川清掃と川の思いで

07 8月

大用水の清掃
 今日は私の集落の川をきれいにする日だ。午前9時に集会所へ集合して、大人はゴミ袋を、子ども達は魚を捕るための網やバケツを持って、近くを流れる勝山大用水の清掃を行った。

 私は、最初から、ズックを履いて出かけた。ほぼ全員が長靴であった。それは、深い所では長靴の丈をこして水が入るからだ。越前大仏辺りからハシゴで川に下りて空き缶などを拾った。子ども達は、川の中で魚を捕まえていた。

 川の両岸は、護岸ブロックが積まれ、川には水草が茂っていた。そして、歩くたびに泥が舞い上がる汚い川であった。ビニールや空き缶がたくさん捨てられていた。上流に行くと、膝を遙かに超す深さになった。長靴の連中は誰も来ず、私と魚を追い掛けてやって来た子ども達だけであった。

 そのために、たくさんの缶を拾った。用水の中にこんなにたくさんの缶があるとは情けない。誰かが捨てたのだ。缶の中の泥を捨ててごみ袋に入れるのだが、中で何かが暴れる音がした。私達が「ビシ」と呼んでいた、黒っぽい魚であった。

 それにしても、川は汚れているなあと思った。とても泳げたものではない。これは何も大用水ばかりではない。九頭竜川の本流でも、昔と比べるとずいぶん汚れている。川のイベントで、何度か泳いでみたが、泥が舞い上がり、視界が悪くなるほど汚れていた。

左:用水で空き缶を拾う私(家内撮影) 右:川の中で網を使って魚をとる人たち

清流九頭竜川どこへ
 昔は、今と比べれば川はきれいであったように思う。それは、上流にダムがないために、雨が降ると一気に水かさが増えて、増水した流れが川の汚れを流し去ったからだ。そのわかりに、洪水はたびたび出て家屋が流されることは当たり前であった。

 しかし、その後、九頭竜川の上流にダムができて水量をコントロールするようになってからは、洪水が起こることはほとんどなくなった。一度だけ、河川敷のグラウンドが大水で流されたことがあるが。

 特に勝山は、途中で発電のために水を取っているために、夏場は水が少なく、川は汚れているのだと思う。九頭竜川のごみ拾いで多く見かけるのは、農業用マルチである。あちこちの石矢木に引っかかっているのである。

 かつてのきれいな川を知っているものにとっては、川の汚れは本当に気になるものである。清流は思い出の中にしか存在しないとは寂しいものである。今の子供たちは、それが当たり前であるように思っているのかもしれない。子供たちが泳げる川にすることは、困難なことだろうか。

「猪野瀬さわらび会(食生活改善員)」による『勝山よいとこ』の踊り発表。2曲踊ってくれたがいずれも私の作った歌であった。皆さんに感謝。

(日記:午前中、川の清掃。午後、事務所でDreamweaver CS4を使ってホームページ制作作業。夜、さつき苑の夏祭りに出かける。家内達が、ボランティアで芸能発表。知っている人とたくさん出会う。)