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Archive for the ‘創作童話’ Category

思い出す竹田の「しだれ桜」

30 3月

桜を紙芝居に取り入れたい
明日、松岡児童館へ招かれている。音楽遊びや紙芝居をしてほしいということだった。紙芝居は、創作紙芝居「タン吉・コン子旅日記~大雨に負けないぞ~」を演ずると決めた。

上は去年の4月20日に家内と出かけて見た竹田のしだれ桜。下は、紙芝居の一場面。

上は去年の4月20日に家内と出かけて見た竹田のしだれ桜。下は、紙芝居の一場面。

魔法学校を卒業したタヌキのタン吉とキツネのコン子の物語である。タン吉は恐竜に化けるのが得意、コン子は花や草に化けるのが得意。あちこちで何度か演じているが、子ども達には好評だ。

今は春なので、桜を紙芝居に取り入れたい。そんなことから7枚の絵を追加して脚本を手直しし、制作に取りかかった。

どうせ、桜を取り入れるなら去年見て美しいと思った丸岡町竹田の「しだれ桜」を紙芝居に取り入れると決めて作業を続け、私としては珍しく,前日である今日の午後10時半過ぎに完成した。

今年も桜のシーズンがやって来る。今までは,勝山市の弁天桜、大野市の亀山城の桜、そして、福井の足羽山公園の桜を見ると決めていたが、去年、竹田のしだれ桜を見て感動したので今年も是非見に出かけたいと思う。

(日記 朝からもっぱら紙芝居の絵描き。夜10時半過ぎにようやく完成した。明日はたくさんの子どもの前で演ずることになるのでパワーポイントを使うことにした。音楽遊びの新曲も2曲楽譜に練習した。)

 
 

『3丁目の夕日』を見て

17 11月

診察待合室で
 昨日、済生会へ行った際、眼科の待合室で順番を待っていたが、その横に、たくさんの漫画『三丁目の夕日』が置かれていた。映画は見たことがあるが、漫画はあまり読まない。あまりにもたくさんの同名の単行本が置かれていたので、読む気にもなれなかった。

 しかし、自分の番がなかなか来ないので、そっと手に取ってみた。「昭和30年代の夕日町三丁目を舞台に描かれる懐かしき世界……」とあり、何となく気になってページを開いてみた。

 たくさんの単行本が出ているが、短い話が集まっている感じだった。そこで、その一つを読んでみた。なるほどと懐かしさで一杯だった。私も、何年か前に、自分の子供時代(昭和30年代)の自分の生活を詩らしきものにしていたので、漫画を読んで感動した。このブログでそれらを紹介できたらと思う。

・・・・・・昭和時代の子ども(7・5調)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

風 呂
 風呂を沸かすは  子の仕事
 手押しポンプで  水汲んで
 バケツに入れて  水運び
 胸まで差し上げ  風呂ヘジャー
 小学生には  重労働
 五回・十回   くーたくた

 おまけに釜から  水漏れだ
 火が消え煙が  もーくもく
 目痛い涙が  ポーロポロ
 薪持った手で  涙拭きゃ
 顔中炭で  インディアン
 笑い事では  済まされぬ
 外へ突進  二度三度
 新鮮空気で  元気つけ
 またまた煙の  中へ行く

 風呂が沸いたら  お隣へ
 「湯、入んに来とくんねんしぇー」
 当然ふれ事  子の仕事
 同じ湯再度 沸かした日
 「古湯ですけど、入んに来とくねんしぇー」
 またまた近所を  一回り

(※ 今はボタンを押すだけで、風呂に水を張って沸かしてくれる。しかも、好きな温度に設定できてぬるくなったら熱くしてくれる。熱過ぎずぬる過ぎず、保温までしてくれるのだ。昔は一体何だったのだろうかと思ってしまう。)

(日記 午前中は、数学。午後は、文化祭準備。)

 
 

児童の前に立って

13 11月

南小学校の生活発表会に参加
 南小学校の1年生の先生から頼まれて、生活発表会の「1年生の発表~まちの名人~」に出演することになった。300人あまりの全校生徒と保護者の前で、紙芝居の一部を披露するというのだ。幼稚園の演じも最前列に陣取っていた。

紙芝居の一場面。

紙芝居の一場面。

 私と家内は、紙芝居名人ということで、恐竜の登場する「タン吉コン子旅日記」の3つの場面を演じることになった。全校生徒の前なので、パワーポイントで演じたのだが、とても新鮮だった。

 時間の都合上、3場面だけしか演じることができないので、場面を選ぶのには苦労した。タヌキのタン吉が「チチン。プイプイ。ホーイノホーイ!」と言って恐竜に化ける場面では「パンパカパーン?」とハーモニカを吹いた。子どもたちは静かに見てくれたよだった。

 これまで、1年生では、2回紙芝居を演じていたので、少し知り合いができたようだった。ステージ上で、子どもあっちを見ていると現役時代のことがおも出されて懐かしかった。

 私も、最近は、学校から頼まれたことは何でも引き受けるつもりでいる。過去を気にせず、今を大切にして子どもたちに接していられたらと思う。よい経験になった。

(日記 午前9時半から南校の生活発表会で紙芝居を演じた。時間の都合上、わずか3場面だったが楽しかった。終了と同時に、「いのせ文化祭」の打ち合わせのために猪野瀬公民館へ向かった。午後も文化祭の作業を継続。)

 
 

楽しい童話教室

21 6月

『かっちゃま児童文学会』例会
現役時代の今から十数年前、市民大学講座で藤井則行先生を講師に迎えて『童話講座』を開講した。そして、この講座が閉講するまでずっと、受講生だった。

伝説のある“弁ケ滝”で記念写真。

伝説のある“弁ケ滝”で記念写真。

閉講後、有志によって『かっちゃま児童文学会』を立ち上げて、活動中。現在の中心メンバーは4人。退職者3人と現役1人。講師は引き続き、藤井則行先生にお願いしている。

仲間のおかげで、私も童話を書き続けている。こうしてできた作品のうち、いくつかを紙芝居にしている。今日は、講師の藤井先生を囲んで昼食をとり、その後、林道を車で走って“弁け滝”、“御堂(のど)之滝”を見に出かけた。

その後、私の事務所で例会。あらかじめ先生に送っておいたそれぞれの童話の添削。書いた本人が、自分の童話を読み、先生に添削していただくのだ。自分の作品であろうと、他人の作品であろうと、講評を聴くと大いに参考になる。

秋までには、童話集にまとめる予定だ。仲間のおかげで、今日まで童話づくりが続いている。“牛にひかれて善光寺参り”ではないが、童話を書く機会があることを喜びたい。仲間の力である。

(日記 朝は、事務所の整理整頓。午前11時に我々『かっちゃま児童文学会』の講師である藤井先生と一緒にスキージャムで新緑の山々を眺めながら会食。その後、二つの滝巡りをして事務所へ戻る。童話作品の添削指導。自分にとっては有意義な童話の会の例会であった。午後7時から横浜の孫の『爺ちゃん勉強』。その後、談笑。楽しく充実した一日だった。)

 

二段に落ちる“御堂(のど)の滝”でも記念写真。

二段に落ちる“御堂(のど)の滝”でも記念写真。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強の後、孫たちとの楽しい語らい。

勉強の後、孫たちとの楽しい語らい。

 

 
 

かっちゃま児童文学会

26 4月

細々続く創作の会

小さな小さな 会だけど
何とか続けて いきたいと

有志集まり 書いてきた
拙い童話 少しずつ

最初は童話 講座から
そして作った サークルを

細々今日まで 続けたが
これから先は どうなるか

生きてる限り 創作の
炎を燃やし 続けたい

年に一冊 童話集
仲間と作る 喜びよ

それも講師の 先生の
やさしい励まし あったから

たとえ粗末な 童話でも
書けば気持ちが 若くなる

(日記 午前中は、久々に参考書作り。カットの絵を描き続けた。午後3時から私の事務所で『かっちゃま児童文学会』の打ち合わせ。会員は少なくなったが、残った者はいつまでも童話を書き続けたいと燃えている。市民大学の童話講座受講生が集まって作った会だが、私はこの会のおかげで最低でも年に一作は童話を書くことができる。そして、そのいくつかは創作紙芝居にして、子どもたちの前で演ずることができる。嬉しい限りだ。午後7時半から『片瀬銭太鼓保存会』の練習会。今年も、5月、6月、9月、10月、11月の出番に向けて活動方針などを話し合い、その後練習した。 )

 

幼稚園児と楽しく

04 2月

紙芝居と手遊び
今日は、南幼稚園でのボランティア活動。家内と二人で紙芝居や手遊びのグッズを持って出かけた。

絵を使って園児達と楽しく歌を歌った。

絵を使って園児達と楽しく歌を歌った。

午前10時半頃から始めた。最初は手遊び歌。今回は、楽器を持った動物を描いた絵を切り抜いて持って行った。そして、子どもたちとやりとりしながら、『山の音楽家』を歌ったりした。

今回、家内の歌の伴奏に、短音ハーモニカとギターをつかって演奏した。ハーモニカの装着器具は、昨日事務所を整理していて見つけたものだ。一人で二人分の伴奏ができるので楽しい。

歌や手遊びの後は、“男の子と子雀と爺ちゃんを中心に展開する”創作紙芝居『ボクにげないよ』を家内と二人で演じた。ところどころで鳥笛に合わせて切り抜いた雀の絵を動かした。雀が飛んでいるように見えただろうか。

紙芝居の中で鳥笛を使い雀を飛ばしながらの演技だった。

紙芝居の中で鳥笛を使い雀を飛ばしながらの演技だった。

子どもたちは紙芝居を真剣に見てくれたようだった。紙芝居直後に、「チョー面白かった」と言ってくれた子どもがいてやってよかったと思った。

その後、園長先生から「いっしょに体操しませんか」と勧められ、3曲ほど運動的なレクレーションを子どもたちと一緒に楽しんだ。手をつないで一緒に身体を動かすレクレーションはとても楽しかった。

最後に、園児全員と“ハイタッチ”し、お礼を言われて幼稚園を後にした。楽しいボランティア活動だった。これで二度目だが、今後も誘いがあればいつでも出かけたいと思う。

 

 

みんな集中して紙芝居を見てくれた。

みんな集中して紙芝居を見てくれた。

(日記 午前中は、幼稚園でのボランティア活動として紙芝居などを行った。午後は、2ヶ月に一度の定期検診。最近では一番数字が悪かった。少し本気で摂生しなければならない。自分に負けた。今日から、健康に留意し、運動・休養(睡眠)・食事に気を付けなければならない。健康に関しては反省しなければならないと痛感。)

 

紙芝居に付加価値を

03 2月

明日の準備
明日は幼稚園児と新入園児の体験入園があるらしい。そこで、何かを屋ってほしいということだった。そこで創作紙芝居『ボクにげないよ』と題した少年と祖父と雀の話だ。

紙芝居とそれらを盛り上げる雀たち。羽根がぱたぱた動くように工夫した。

紙芝居とそれらを盛り上げる雀たち。羽根がぱたぱた動くように工夫した。

紙芝居は普通通り家内と一緒に演ずるのだが、雀は、画面を飛び出してと飛び回らせたいことと、雀の鳴き声は竹の鳥笛で臨場感たっぷりに出したいと思う。

果たして、幼児に受け入れられるかどうかだが、頑張って演じたいと思う。紙芝居以外では手遊び歌などを園児達と一緒に歌いたいと思っている。

紙芝居の一場面でも、子どもたちの心に残ればそれでよしとしたい。ある意味では子どもたちに対する挑戦でもある。と言っても、競争ではなく、自分の考えがどこまで子ども達に通じるかだ。興味のあることでもある。朝から、厚紙に印刷した子すずめを切り抜いたり、紙芝居の絵を補充したり、脚本を手直ししたり……して、明日の準備をした。

幼児に紙芝居の内容を理解してもらえるだろうか。私は、小学校低学年をターゲットにして紙芝居を作っているからだ。とにかく明日は楽しみだ。

この雀たちがどう活躍するか、楽しみだ。

この雀たちがどう活躍するか、楽しみだ。

(日記 朝一に紙芝居の練習をしてみた。そして、補充したり、手直ししたりすることを考えた。特に、紙芝居に付加価値を付けたいと考えているので、その点の準備が大変だった。紙芝居の画面から、雀が飛び出す演技を考えているので、そのための雀を準備するのに時間がかかった。夜は、家内の作った『恵方巻き』を東北東の方を向いて無言で食べる。夜は、歌と紙芝居の練習。 )

 
 

幼児に向けて

30 1月

2、3歳児を楽しませるには
時々、「幼児の前で何か面白いこと、楽しいことをやってくれませんか」、「幼児の保護者の前で何か話してくれませんか」と頼まれること事がある。

手遊びや紙芝居などで対応してきたが、いつも同じことをやっているのでは、マンネリ化する。そこで、今回は紙芝居に一手間加えること、それから、幼児達も参加できる何かができないかと考えた。

図書館で本を借りてきてそれらをアレンジして対応することにした。出番は来月の上旬・中旬にそれぞれ一回ずつあるので、それまでには何か考えてみたい。

午後は、早速作業に取りかかった。そして、楽器を持った5匹の動物の絵を完成させた。これを使って果たして子ども達を乗せることができるか。鍵は、子ども達の参加にかかっている。

(午前中は、もっぱら数学の参考書作り。午後は、幼児の遊び教材作り。一日があっという間に過ぎてしまった。)

 

 

紙芝居作りで徹夜

01 11月

紙芝居仕上げ作業
明日は、いよいよ猪野瀬の高齢者サロンで創作紙芝居『親鸞聖人物語』を演ずる日だ。一度は平泉寺で演じたが、それを大幅に手直しすべくここ数日間、追加の絵を描く続けた。

絵を追加して脚本を書いていると、ここにももう一枚絵があった方がわかりやすいなあと思ってしまう。そして、絵を描き始める。

追加した絵。少年親鸞が比叡山延暦寺へ向かう場面。

追加した絵。少年親鸞が比叡山延暦寺へ向かう場面。

こんなことを繰り返しているうちに、午前1時を回ってしまった。結局この日寝たのは午前2時頃であった。若い頃なら睡眠3時間ほどの日が一週間ぐらい続いても、平気だったが今は明日のことが心配になってしまう。

つくづく自分は凝り性だと思う。凝ったからと言っていい作品ができるとは限らない。さらっと描いた方がよいと思っているのだが、やり出すと凝ってしまう。

(日記 終日紙芝居絵描き作業。途中で、里芋掘りと創作民謡『かたせ豊年囃子』の編曲作業が入った。明日は体力が持つだろうか心配だ。)

 

 

 
 

隔世の感

28 10月

お風呂物語
子どもの頃、風呂を沸かすのは私の役割だった。手伝いではない。私が風呂を沸かさなければ誰も風呂には入れない。当時風呂を沸かすのは大仕事だった。

パソコンの中に、『昭和の子ども』と題して私の子供時代のことをいろいろ書いた詩(と私は表散る思っている)がある。

風呂

風呂を沸かすは 子の仕事
手押しポンプで 水汲んで
バケツに入れて 水運び
胸まで差し上げ 風呂ヘジャー

小学生には 重労働
五回・十回 くーたくた
おまけに釜から 水漏れだ
火が消え煙が もーくもく
目痛い涙が ポーロポロ
薪持った手で 涙拭きゃ
顔中炭で  インディアン
笑い事では 済まされぬ
外へ突進 二度三度
新鮮空気で 元気つけ
またまた煙の 中へ行く

風呂が沸いたら お隣へ
「湯、入んに来とくんねんしぇー」
当然ふれ事 子の仕事
同じ湯再度 沸かした日
「古湯ですけど、入んに来とくねんしぇー」
またまた近所を 一回り

毎年たくさんの実を付けてくれる我が家のキウイフルーツ。

毎年たくさんの実を付けてくれる我が家のキウイフルーツ。

この頃は五右衛門風呂で水がもれ大変だった。その後、風呂はタイル張りになり、電気温水器になって風呂を沸かす仕事はなくなった。

そして、風呂はステンレスになり、今はボタン一つで好きな温度で風呂を沸かすことができる。この半世紀でずいぶん便利になった。

薪を必要としなくなっただけでもありがたかったが、さらに進んでボタン一つになったのだ。正に“隔世の感”である。便利さの陰で何かが失われていくのだろう。

(日記 午前中は、紙芝居の追加の絵描き。今週の土曜日に、猪野瀬公民館で行われる高齢者サロンで創作紙芝居『親鸞聖人物語』を演ずるためだ。一度平泉寺公民館で演じたものをマイナーチェンジするために絵を描き加えた。もう2、3は描き加えたい。午後は、家庭菜園の片付け作業。トマトの支柱を片付けた。トマトはほとんどが枯れていたが、2本だけ実を付けていたので残しておくことにした。畑のイチジクは、毎日10個ずつ実を付ける。いくらイチジク好きでも食べきれない。今日も、隣人にあげた。それで

松虫・鈴虫の決死の聞法(『親鸞聖人物語』の一場面)。

松虫・鈴虫の決死の聞法(『親鸞聖人物語』の一場面)。

も自宅にはたくさんのイチジクがあり、食べきれないので家内がイチジクジャムを作った。パンにのせてもヨーグルトに入れても美味しい。今日は畑でキウイを120個収穫した。まだまだある。キウイはこのままでは食べられない。リンゴなどと一緒に追熟しなければならない。冬の美味しいフルーツだ。イチジクもキウイも畑仕事のプレゼントだと思っている。自然の恵みに感謝。夜は再び、紙芝居の絵描き。)