『ふるさとの踊り大会』が取り持つ縁
昨夜は、早朝田んぼの畦の草刈りをしようと思っていたが、よく考えると、私の田んぼの周囲には家があるのだ。そのため、朝早くからエンジン音を響かせて草刈りをしたら騒音公害になってしまう。
そう思って、午前6時過ぎに車庫の前で草刈り機を調整していると、向こうの方から散歩している年配の夫婦が近づいてきた。見慣れない人だが、「おはようございます」と挨拶すると、挨拶が帰ってきた。
ちょうど私の車庫の前を通りかかったとき、男性の方から「この前、お城で笛を吹いていた方ですか?」と言われた。少し、訛りがある。「そうです。この前、勝山城博物館へ来られたのですか」と尋ねると「行きましたよ。」とのこと。
そして立ち話が始まった。福島県から越前大仏の門前町へ避難して来られたWさんであることが分かった。「ソバを食べられましたか」と尋ねるとご夫婦から「食べました」との返事が返ってきた。
福島県の方々のために、私は『ふるさとの踊り大会』で「手打ちソバ」の無料券を発行したのだ。そして、このご夫婦をその券を使って下さって勝山の手打ちソバを召し上がって下さったのだ。やってよかったと思った。
また福島県の方々の復興を願って、当日は、同県の「相馬盆歌」を生で演奏して盆踊りを行ったのだ。そのこともご存じらしく、「とても懐かしかったです」とうれしそうに答えて下さった。これも企画してよかったと思う。
私は、『ふるさとの踊り大会』には、なるべく勝山の民踊で踊ることを続けている。地元を大切にし、地元に縁のない他県の民謡はなるべくこの日は演奏しないことにしている。しかし、福島県は別だ。勝山に福島県の方々がかなりおられるのだから。
その後、祭りの話しや獅子舞の話等を聞かせていただくことができた。Wさんは福島原発から10kmの所に住んでおられたらしい。また、Wさんは獅子舞の舞手だったという。そして、「写真を持ってきているので見せてあげましょう」ということになった。かなりの時間話すことができた。
今後も、Wさんと話す機会が持てたらと思う。こちらが一方的に、何かをしてあげるのではなく、私の方からいろんなことを聞かせていただくことで本当の対話がはかれるのだと思う。『ふるさとの踊り大会』を開催してよかった。
(日記 午前8時より、田んぼの畦の草刈りをした。これで3度目だ。よく草が生えるものだ。午前10時を過ぎるとじりじりと太陽が照りつけ、日射病にならないかと心配になり、作業を止めた。午後は、「おじさんバンド」のためにCD作り。孫達は昨日買った家型のプールで遊んでいた。暑い日には水が一番だ。午後5時から福井、春江、大野からメンバーがやってきて「おじさんバンド」の練習。午後9時近くまで、雑談しながら「ジャズ2曲」、「ハワイアン1曲」、「ラテン1曲」の4曲を練習した。変化に富んだ一日だった。)