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半年、一年後の楽しみ

19 6月

実りを手に入れるには
  私は、結構家庭菜園に力を入れている。と言うよりも楽しみでやっているのだ。それぞれの野菜の育ちを見るのは楽しいものだ。今実りを得ようとしたら、半年または一年ほどまえから準備しなければならない。

  今年は、エンドウをたっぷりと食べることができた。終わりに近づいているがまだ収穫できる。しかし、今、このエンドウを食べることができるのは、昨年暮れにエンドウの種をまいておいたからだ。

ジャガイモの収穫後に畑へ植えるため、自宅で出番を待つキンカン瓜や黒瓜の苗。

  今日は、イチゴの株をいただいた。昨年まで毎年イチゴを育てていたが、昨年の工事で全て株ごと枯れてしまったからだ。そこで、今年は〇から始めようと、収穫の終わったイチゴの株をいただいたというわけだ。

  数日前から、堆肥を入れ、耕しておいた畑にいただいた収穫を終えたイチゴの株を植えた。イチゴは蔓(ランナー)を出し、次々と子孫を残そうと、着地しては根を出し、そこから芽が出るのだ。これを後日,植え替えればイチゴの苗ができるのだ。

  法人の集団の畑へ行くと、いろんな情報が入り、足りないときには里芋の種芋をもらったりすることもある。今日いただいたのも、法人の畑でイチゴを作っている80歳のNさんからいただいたものだ。

畑で使う麦わらをとるためコンバインはわらを細かく切らないで脱穀してくれるのだ。

  これで、来年の6月にはイチゴを食べることができるだろう。毎日作業をするわけではないが、ずいぶん先の話だ。里芋も半年以上はかかるだろう。今年植えた富有柿はいつ収穫できるだろうか。

  「桃栗三年、柿八年」と言うからずいぶん先のことかもしれない。今収穫し、食べているニンニクも昨年11月に植えたものだ。今、まもなく収穫できるジャガイモは、春に植えたから比較的早く収穫できるものだ。数日で収穫できるものでないから、それだけに楽しみがある。

  このように「時間をかけることによって成果を得ることができる」という体験を子供達にもしてもらいたいと思う。昨日の紙芝居『白山平泉寺物語』にしても、絵を描き始めてから紙芝居として完成するまでには5年はかかっている。

  今、制作している『数学のホームページ』も、ある程度完成するまでには数年はかかりそうだ。完成すればそれなりに値打ちがあると思うのだが。

  自宅には、出番を待っている黄色の「キンカン瓜」や奈良漬け用の「黒瓜」の苗がたくさんある。ジャガイモが終われば、直ちに畑へ移動するのだ。山菜講座でいただいた2本のウドの苗も、鉢の中で元気に育っている。

  ウドは、近々、庭の一角に植えようと思う。このウドから食べるためのウドを収穫できるようになるには1、2年はかかるのではないか。こうして、次から次へと「次のための準備」をしておけば、いつでも収穫が得られるというわけだ。

  イチゴの株を植えながら、先ずは多くの立派な苗を育てること、そして、来年の6月頃には真っ赤なイチゴを収穫することを想像していた。

  私は、自分で米を作ってはいないが、米はこの辺りでは1年に1回しか収穫できないから、いくら頑張っても生涯に数十回しか収穫できないということになる。それだけ時間がかかる作物というわけだ。

家の前で遊ぶ長女の子供(孫)達。カブトムシ模様のTシャツを着てカブトムシのおもちゃを引っ張り回して遊んでいた。

(日記:午前中、部屋の片付け。紙芝居に利用した白山や平泉寺関係の資料などを元の位置へ納めた。午前11時頃、長女が二人の子供(孫)を連れ、仕事を持って福井からやってきた。妻は、子守。二人のヤンチャ坊主達が結構家の中を荒らしてくれた。午後、苗を取るためにイチゴの株をいただいて自分の菜園へ植えた。その後、畑のショウガにかぶせる麦わらを取りにコンバインで麦を刈っている田んぼへ出かけた。自宅で、鉢植えのイチジクの植え替え。シャワーをして久々の昼寝。こんな時に限って来客があるものだ。長女達は午後6時に帰って行った。)

 
 

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