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道場(浄土真宗)の思い出

11 1月

道場は文化センターだった
  今日は村の道場の“お講”の当番の日だ。これまでは家内が当番を務めていたが、用事ができて私が行くことになった。早朝5時半に起きて、当番のために豆腐と揚げを持って道場へ出かけた。

  参拝者は、ご飯を持参してお参りに来るのだ。当番は、参拝者のために味噌汁をつくるのが役目だ。そして、お経の後、お話を聞き、みんなで朝食を食べて帰宅するのだ。

  当番は二人なので、もう一人の女性が味噌汁をつくってくれた。私は、薪ストーブに薪を入れるくらいしか仕事がなかった。そこで、参拝者と一緒にお経をあげていた。

  お経の後、短い講話があった。当番なので参拝者に、味噌汁を運んだ。そして、自分も味噌汁をいただき、ご飯を食べた。道場でご飯を食べるのは何十年ぶりだろうか。

  この、道場は、私の子供時代には、村の文化センターの役目も果たしていた。巡回映画があり、幻灯会があり、芝居などもあった。また、仏教的な行事には家族そろってお参りもした。

  夏休みには、遊んだりもした。ギターを目にしたのもこの道場だった。道場の息子さんがギターを弾くのを見て私もギターに興味を持ったのだ。それが現在につながっている。

  私が手元に置いて手放せない楽器はギターだ。このギターによって演歌も作れば民謡もBGMも作るのだ。今日、久々に道場へ来て村のお年寄り達と朝食を食べながら、昔の道場のことを思い出した。

  ご飯を食べながら、昔の生活にも話の花が咲いた。その中の一つが「皮煮しめ(野菜の皮を煮て作った煮物)」だった。昔は報恩講などには、たくさんの野菜を使って料理を作ったのだ。

  特に、芋や大根やにんじんなどは皮をむいて使ったのが、この「皮煮しめ」らしいが、とても美味かったそうだ。私は食べたことがないが、聞いただけでも美味しそうだ。

  道場に集うだけでも、昔のいろんな生活についお手話を聞くことができる。もっともっとゆっくり話を聞いていたいと思った。いつか文章にまとめたいと思う。

 
 

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