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Archive for the ‘未分類’ Category

完成間近

26 8月

終日ホーム頁づくり
 昨日、Y君に教えてもらったおかげで作業はかなりはかどった。午前5時過ぎに起きて、午後10時過ぎまで、ほとんど休みなくホームページづくりの詰めを行った。今回のホームページは『いなかもんの演歌の広場』とした。

 ホームページづくりに一生懸命になっているが、本当の目標は、自分が作った歌(演歌が多い)の発表の場を作ることだ。ぞれにはホームページを作る技術が必要だ。また、ホームページをtくるためには絵を描いたり、写真を加工する技術も必要になる。かなり頭を使うことになり、脳のトレーニングにもなる。

 これまでも、自作の歌をホームページで単発的に発表していた。その結果、それらを見て大阪や奈良の人と友達になった。10曲近くいっしょに歌を作った。また、作詞の「華木かおるさん(ペンネーム)」は泊まりがけで勝山へ来られたり、行事があると来られたりして、何度か勝山で話をする機会があった。

 何かを前向きにやっていれば、いろんな人と友達になることができるのだ。自分の表現したいことを、よりよく表現するにはホームページは有効な手段であり、他人に頼んでいるのでは始まらないと思う。

 それにしても、今日は疲れた。途中で、三味線のSさんと尺八のUさんと会って話したことと、家庭菜園の水やり以外の時間はほとんどパソコンに向かってもっぱらホームページづくりの作業を行った。

孫も、息子や娘が和太鼓を始めたt年頃になった。私のスタジオで和太鼓をたたく孫。結構やるなあと思ったが、夏休みが終わると横浜へ帰ってしまう。

次回作にわくわく
 次の目標は、高校数学講座だ。アイディアはあるが、そのアイディアを発表し、全国の高校生が訪れるホームページを作るのは至難の業だろう。私の本職の数学が活かされると思うとわくわくする。そのためにも、もっともっとホームページづくりのワザを磨かなければならない。

 充実したる講座を展開するには、静止画像、動画、映像、音楽など様々な要素が必要になるだろう。何よりも構成が大切だと思う。演歌づくりも、数学も共通した部分は多いと思う。

 それにしても、こうした技術は若い時に身に付けておくべきだったとつくづく思う。理解度は若いときの数倍はかかる。ただ、自由時間も数倍あるので、諦めなければ何かはできるだろうと考えている。できたものが不十分であっても、努力する過程が何にもまして充実している。

(日記:午前5時より、午後10時までホームページづくり。午前と午後、それぞれ1時間弱、三味線、尺八の仲間と会う。今日は、深夜に息子が東京から帰ってくる。福井着は午前0時頃だという。久々の再会が待ち遠しい。ITの分野で息子は私のライバルだと言うと、現役の息子は怒るだろう。いや、怒るどころか、相手にもならないと笑うだろう。こちらは、内心、何かをやってやるぞと思っているのだが、前途は多難だ。)

 
 

持つべきものは……

25 8月

勝山ソバ会のリーダーNさん
 今年の夏祭りの8月15日の盆踊りは私が担当することになった。実施に当たっては、ずいぶん多くの人達のお世話になった。踊り指導の皆さんや歌や伴奏隊の皆さんだ。

 これらとは全く別の立場でお世話になった人がいる。残念ながら、勝山では盆踊りだけでは人は呼べないだろうということで、いろいろ考えることにした。一つは、郷土芸能発表会である。踊りや歌や和太鼓がそれである。

 それと、祭りには食がつきものだろうということで“手打ちそば”の模擬店を出せないかということであった。ある人に打診してみると、
「お盆はみんな忙しいから、無理やろな。ソバを打つにはお盆の頃は暑すぎるし。頑張っても1、2時間が限度やろな。」
ということだった。

 食がないとさみしい。しかし、お盆に盆踊りの会場でソバを打ってほしいと頼む方が無理かも知れない。迷っていたが、もうこの人しかいないと「弁天ソバの会」のリーダーで勝山のアマチュアソバ会を束ねるNさんの家を訪ねた。

 「盆踊りを盛り上げるためにも、お盆で帰ってきた人達に勝山のソバを味わってもらいたい。そこで、当日(8月15日)の夕方だけでも手打ちそばを出してもらえないでしょうか。」

 Nさんは二つ返事で快諾してくださった。おまけに、どうせやるならと、午前11時から夜までやるというのだ。Nさんお厚意に感謝するためにも、盆踊りと共催の形で、「手打ちそば祭り」と銘打ってポスターには掲載してもらった。

 当日の暑い中、黙々と弁天ソバの会の皆さんは「ゆめおーれ広場」のテントの中で、ソバを打ってくださった。私も味わったが、ひんやりとしたおろしソバはとても美味しかった。

 今日は、Nさんの自宅を訪ねて改めてお礼を言わせていただいた。

 私の現役時代(高校教員)には、NさんにPTA会長をしていただき、2人でPTAの全国大会に出た思い出がある。人望があって、誰もが尊敬の眼差しを持って接することのできる人物である。見習いたいところの多い人である。

 そして、「持つべきものは……」という感を強くした次第である。

 Nさんの自宅の前にあるソバ道場で写真を撮らせていただいた。

Y君のおかげで1時間が10日分の値打ちに
 ここ数日間、一生懸命にホームページづくりの勉強をしている。DVDやマニュアル片手に必死で勉強している。わかることも増えたが、わからぬことも増えてきた。

 今日も、夜、事務所で勉強していた。息子の友人のY君に他の用事で電話をすると今家へ帰る途中だという。

 「今から事務所へ寄りましょうか」

ということになった。用事は数分で済んだが、ホームページづくりのわからない点を彼に話した。

 約1時間いろんなことを教えてもらった。今晩の1時間は独習の10日分に匹敵するぐらいの値打ちがあった。

 つい先日も、自宅のパソコンが動作不能になって彼に来てもらったが、真剣に対処してくれた。

 この時もなんとお礼を言っていいのかわからないくらい有り難かった。

 彼も、Nさんに似て謙虚な人間である。人柄のよい人は謙虚である場合が多い。しかし、周りの人達はちゃんと評価しているのである。力のない人ほど、自慢話を氏、自分の力を誇示するのであるが、逆効果になる場合が多い。

 NさんとY君のおかげで今日一日とても気分がよかった。まさに、“持つべきものは……”と感じた一日だった。

(日記:午前中、暑い中、大根を植える場所を耕す。汗だくになった。その後、ホームページづくりの研究。午後も、継続。午後3時頃、太陽が雲に隠れたので、家庭菜園作業を継続。ところが、再び太陽が出て暑くなり、汗だくになった。その後、事務所でパソコン作業。夜、Nさん宅へ盆踊りの時のお礼に行く。そして、午後10時まで事務所でホームページづくり。)

 
 

芸能デー

24 8月

『津軽じょんから節』に悪戦苦闘
 私も最近『津軽じょんから節』の練習を始めた。娘達のピアノを思い出す。私の娘達はずっとピアノを習っていた。特に姉の方は、練習に苦労していたようだ。妹の方はあまり言わなくいても、自ら練習していた。その娘達がピアノを習うように、私も、先々週から、月に2回三味線の先生に無理なお願いをして『津軽じょんから節』を教えていただくことになった。

 三味線もろくに弾けない私が、いきなり『津軽じょんから節』を教えていただくなんて、我ながら厚かましいにもほどがあると思った。それだけに、娘達のピアノではないが、ここ一週間、多少まじめに練習をしたつもりだ。

 そして、今日が2回目の個人レッスンがあった。独学では無理だと思った。通販で安物の三味線も買ったし、教則本も手に入れたが、途中で投げ出していたのだ。先生に指導をお願いしてから、少しずつ奏法を教えていただくことができるようになった。

 やはり基本は、しっかりした人に習うべきだと思った。ギターと違って楽譜を見ながら弾くことができない。手元が見えないからだ。かといって、なかなか曲を覚えられない。正に、年齢との戦いである。昔なら、1、2日あれば覚えられる曲の長さだが、今はそれが覚えられない。

 果たして、短いこの曲を覚えられるのだろうかという不安が頭をよぎる。しかし、覚えられないからこそ脳のためになっているんだと自分に言い聞かせている。後は練習あるのみだ。

 来月始めのレッスンまでには、少なくとも、今日よりは進歩していたい。練習は大変だが、面白い。

 私には、『津軽じょんから節』を学ぶ理由が二つある。一つは、和太鼓の伴奏に三味線を使いたいからだ。そして、『津軽じょんから節』をヒントにメロディーを
考えたいからだ。もう一つは、じょんから節を活かした演歌を作りたいからだ。

 以上の二つの理由のために始めた『津軽じょんから節』だが、最近では三味線そのものが面白くなり始めている。少なくとも、この一曲だけはマスターしたい。できればひと前で弾けるぐらいに。

新しい郷土芸能づくり
 夜、7時半から集会所で郷土芸能づくりのための会合があった。区長の説明の後、様々な意見が飛び交った。全て想定内である。これまで伝わっていたものを新しいものにする必要があるのかという意見が多い。

 私の意見はこうである。

「確かに片瀬に伝わる銭太鼓は、かなりの伝統があるが、“安木節”に合わせてとじょうすくいを入れて飾りバチを振るのである。他県の郷土芸能のコピーである。いくら頑張っても、物まね芸であって郷土芸能にはなり得ない。それくらいなら、これらを使って新しいものを作ったほうがよい。」

 安木節をのメロディーを活かして詩を変えたらという意見もあった。それでは、替え歌である。いっそのこと新しいものを作った方がよいと思う。とにかく、試験的にやってみようといいことで話が落ち着いた。そして、基本的なバチの振り方を練習した。

 今後、年長者からもいろんな意見が出るだろうと思う。それらを説き伏せられるかどうかは、試験的にやった芸能が受け入れられるかどうかだ。そのためには、試験的とはいえ、真剣にやらなければならないと思う。責任重大でもある。

 非難覚悟でやらなければならないだろう。とにかく、始まった。後は、少しでもよいものを作るしかない。またまた忙しい日々が始まる。それが済んでからが、本当の夏休み、いや秋休みになるのかも知れない。

(日記:午前中、三味線練習とホームページ研究。午後は新民謡のCD作り。夕方、『津軽じょんから節(三味線)』の個人レッスン。そして、家庭菜園の水やり。午後7時半よ利、片瀬地区の郷土芸能を考える会に出席。銭太鼓の練習。)

 
 

伝統を活かしながら新しさに挑戦

23 8月

これでいいのだろうか?
 今、私の村では、秋の祭りを見直そうとしている。祭りの中身が非常に薄いものになっている。神主さんを呼んでの式典はあるものの、祭りそのものは、さみしいものになっている。少しでも祭りを盛り上げようと、子供会育成会や青年団などが、模擬店をやっているが、人はあまり集まらない。

 最終的には、抽選会を行って人集めをしている。「これは次の世代に伝えなければならない」というものがほとんど見られない。各家庭で必ず行っていた報恩講のように、やがてはなくなってしまうのだろうか。
 
   そこで、子供や大人のために、奉納のための芸能を考えようということになった。子ども達(特に女の子達)は、「浦安の舞」を始めようとしている。福井市のK神社にお願いして舞を教えてもらうよう話がついている。片瀬の女の子は、大人になるまでに一度は神前で「浦安の舞」を舞うことを伝統にしたいのだ。

 一方、大人の方はどうか?私の村には銭太鼓やどじょうすくいが大正時代(もしかしたら明治末期)から伝わっている。一時廃れたが復活させ、祝儀があるとこれらを披露してきた。しかしそれも最近廃れかかっている。

 それは、音楽が島根県の「安木節」であり、オリジナリティーがないからだ。従って、いつまで経っても郷土芸能にならないのだ。それで、これはこれとして、新しい歌と共に、新しい郷土芸能(銭太鼓入り)を作り出そうとしている。

 その歌作りを私は頼まれたのである。新しい郷土芸能を作るのはよいが、たとえ他県の郷土芸能でも村に伝えてきたのだから、これを簡単になくすることはできない。私としては、やるからには、「安木節」に合わせた銭太鼓はこのままにしておいて、全く新しい郷土芸能を作り出した方がよいと思っている。

 新しくても、例えば、私の作った「勝山小唄」はすでに40数年の歴史があり、今も踊り伝えられている。また、私の創設した『越前勝山春駒太鼓』も、すでに25年の歴史がある。「ものまね」はいつまで経って「ものまね」であるが、新しいものは、5年経てば5年の歴史が、30年経てば30年の歴史ができる。

 そうは言うものの、村の郷土芸能(民謡)を作ることは簡単ではない。個人の趣味なら、簡単だが、村の人が歌い踊るとなると簡単ではない。

祝儀で銭太鼓を披露する片瀬青年会のメンバー

四苦八苦
 チャレンジしてを始めてすでに5曲作ったが、どれも気に入らない。今日は、自分の趣味に時間を費やすことはやめて、朝5時に起床して、歌作りを始めた。午前中いっぱいかかってようやくメロディーができた。まだまだ十分ではない。しかし、明日の練習会までには何らかの形を示さなければならない。

 メロディーを作ったら、次は歌詞作り、銭太鼓の振り付け、女踊りの振り付け、そして、男踊りの振り付けと、完成までにはまだまだすることがたくさんある。頼まれ仕事は本当に苦しい。出来不出来があるからだ。

 それから、年配者に文句を言われる可能性もある。「よけいなことをしなくてもいい」と。一所懸命苦労して、文句を言われるのは苦しいが、すでに、実行委員会もでき、走り出している。

 やっと、盆踊りが終わったと思ったら、次は祭りの郷土芸能づくりだ。パッと消えてなくなるか、それとも、村に定着するか、どうなるかだ。自分もやってみたいと村の人達が思えるような、魅力あるものを作ることは簡単ではないが、乗り出した船だ。後戻りはできない。とにかく、頑張ってみよう。

祝儀の銭太鼓にはつきものの「どじょうすくい」のメンバーも含めて記念撮影

(日記:早朝より、午前中いっぱい新民謡づくり。午後は、ホームページに掲載する童話の整理。夕方は家内と2人で孫の守。いっしょに外食する。朝から、時々「津軽じょんから節」の練習。明日は個人レッスンがあるからだ。指が動かない。前途多難だ。)

 
 

素人の気楽さで童話を書こう!

22 8月

書くことは生きること
 私は書くことが大好きだ。ここ9年間、教育委員会勤めであったので、様々な式典や、大会などでは挨拶を考え、年度末に発刊されtる様々な機関誌や新聞などには巻頭言や挨拶文を書いてきた。どんなにたくさんの原稿依頼があっても、苦にはならなかった。

 また、市民大学では童話講座を企画し、福井新聞『お話トントン』の選者藤井先生に講師をお願いしてきた。そして、初回の講座から、現在もずっと受講し続けている。さらに、退職の少し前から若い先生方に向けてメッセージを発したいということで、全く自信はないが小説の形で書き続けている。

 8割は完成しているが、全体としてはまだ仕上がっていないので、冊子にはできないでいる。「書く」ということは、「考えること」であり、「生きること」でもあると私は考えている。これは、私が国語の教員でなかった気楽さがあるからかも知れない。多少拙い文章でも、自分さえ合点すれば恥を忍んで発表できる。

 国語の教員だと、文章を書き、それを発表することは簡単ではないだろう。同様に、私は音楽の教員でもなかったので、下手な演歌を作ってCDにしたり、BGMを作って映像作品に挿入しているが、素人だからこの程度でもいいだろうと気楽に作品を発表できる。

 今から、40数年前、青年部に属していた頃、部会誌に原稿を書くことになった。私は、言いたいことがあったが、それを童話の形で発表したことがある。言いたいことがストレートでない分、場合によっては意図したことが伝わらないかも知れないがそれはそれでいいと思っている。

 市民大学で書いた童話の主人公は、人間もあったが、童話を主役にすることが多かった。犬や猫なら「野良犬」や「野良猫」が主役である。それは、自分に染みついた考えから来ているのかも知れない。組織の中で安閑としているのは自分の生き方としては向いていない。

 組織を離れ、自力で行動したいという願望がどこかにあって、童話の主人公はいつもこうした動物になる。独立して生きることは厳しいが、喜びは大きいと思う。そんなたくましさが表現できればと思って書いている。でも主張がストレート過ぎたら童話としてはよくないかも知れない。ここが難しいところだ。

 実際の社会では、誰もが独立して生きられるわけではない。組織にいても、独立心だけは失わないでもらいたい。これは私から若者達へのメッセージでもある。演歌のホームページに童話のコーナーを設けたいと思って今日は童話を整理した。

 演歌と童話をつなぐものとしては、私の頭の中には「童謡」がある。近々「童謡」にもチャレンジしてみたいと思っている。することはいっぱいあるが、意欲がどこまで続くかが最大の問題である。

今回の同窓会の幹事(45年前に担任下生徒達)が事務所へ来てくれた。2時間ほど話し込んだ。過去の話もしたが、今の話、今後の話もたくさんできた。充実した時間だった。右は幹事長のNさん、左は同じく幹事のKさんでベテランのオウレン栽培家。

(日記:午前中、45年前に上小中学校で担任をした生徒2人が事務所へやって来た。45年お互いにいろいろなことがあったのだ。特に女性のKさんは日本一のオウレン畑を守ってきたという。テレビにも出演したらしい。製薬会社でも講演したという。一度、オウレン畑を見せてほしいとお願いした。秋がよいという。楽しみだ。その後、ホームページづくり。かなり形ができてきた。これまで書いた童話をパソコンから探し出して一まとめにした。パッソコンの中はまだまだ整理しなければならない。)

 
 

田舎者の身体に染みついた性分

21 8月

働かざる者食うべからず
 子供の頃、私の身体に染みついたもの一つに“働かざる者食うべからず”という考え方がある。考え方というよりも、私の身体に染みついている。例えば、特別な日を除いて、休みの日に朝から晩まで遊んでいたとしたら、きっとその日の晩ご飯は美味しくないだろうと思う。

 子供の頃、夏休みには、私達は、九頭竜川まで泳ぎに行ったものだ。泳いでいる間はとても楽しいが、暑い中をやや登り勾配のたんぼ道を通って家へ帰ると汗が引き出し、水泳の疲れも出て身体はだるくなる。しかし、私のこの日の役割は終わっていない。

 今なら登るだけで疲れてしまう村の背後にある大師山の裏側から、父親が準備した薪を担いで下りてくるのだ。これでようやく家族の一員としての役割が終わるのだ。また、藁を切って馬のごと(えさ)をつくり、それを馬に与えたり、水漏れのする五右衛門風呂で風呂を沸かすのも私の役割だ。

 “ふろ沸かし”はかなりの重労働だ。というのも、ポンプでバケツで水を汲まなければならないからだ。それを子供の背丈からすると胸の辺りの高さだった思われる窓から風呂桶に水を張るのだ。昔の自分を考えると、我ながらよくやったものだと感心するが、これは村の子供なら誰もがやったことで特別なことではない。

 秋の取り入れの頃には、午前中は稲を刈り取り、それを稲株の上に並べて乾燥させ、午後はそれらを束ねながら裏返しにして再び乾燥させるのだ。そして、夕方にはそれらを農道まで運び出し、荷車で「ハサ(稲を乾燥させるための竹で組んだ櫓状のもの)」まで運ぶのである。

 ここで、夕食を食べに家へ帰り、夜に稲をハサに掛けるのである。月明かりでの作業だ。我が家は9時のサイレンが鳴ると作業を終えたのだが、もっと遅くまでやる家もあった。両親も祖母もみんな働くので、文句を言うどころではない。村の仲間も皆同じようなものだった。

 こんな生活を繰り返していたので、自然と“働かざる者食うべからず”と言う考えが、身についてしまったようだ。これは理屈でも何でもない。遊んでいては晩ご飯がうまくないのである。務めに出ている、いないは関係ないのである。親父は、繊維会社の工員だったが、帰宅すればほとんど働きずくめであった。

練習課題として取り組んでいる『いなかもんの演歌の広場』だが、少しずつ壁が高くなってきて悪戦苦闘している。

一汗流してから自分の趣味に取り組む
 小屋の片付けを行った。午前中2時間ほどのつもりが3時間ほどになってしまった。汗だくだくである。これで気持ちよく自分の趣味に取り組むことができる。朝から、自分の好きなことだけをやっていたのでは、晩ご飯はうまくないだろうと思う。もちろん、ビールも。

 シャワーを浴びて早い昼ご飯を食べて、事務所へ向かった。ホームページづくりの練習課題として『いなかもんの演歌の広場』を作っている。

 動画も静止画も音声も何でも使うつもりだ。DVDやマニュアルを見ながらの学習だ。4日間の産業支援センターでの講座も時々思い出しながらの作業だ。

 ようやく、骨格だけはできた。後は、仕上げをしてアップすればそれでよいだろう。しかし、ここから、いろいろ壁が多くなる。特に、デザインが問題になる。「たかがホームぺージ、されどホームページ」である。

 デザインの本まで総動員しての作業だ。

 早く仕上げたいものだ。

(日記:午前中は自宅で作業。午後は、ホームページづくりの勉強。夕方、川からポンプで水を汲み上げ、作物の間を流す。全ての作物に液肥を薄めて与える。夜は、ホームページづくり。)

 
 

久々の川泳ぎ

20 8月

10数年ぶりの川泳ぎ
 横浜(息子の仕事場は東京)から夏休みを過ごすために帰省している孫のために、田舎ならではの思い出を作ってやりたいといつも考えている。孫は夜になるといつも我々夫婦の間で寝ている。こちらの方がいろいろ思い出を作ってもらっているようなものだ。

 海水浴にも行ってきた。今度は、ぜひとも、川へ連れて行ってやりたいと思っていた。孫の方から、「川へ連れて行ってほしい」と言い出した。私の末娘が小学校時代にいつも「川へ連れて行ってほしい」というので坂谷橋上流へ連れて行ったものだ。

 そこには、いつも多くの子ども達が泳ぎに来ていたのだ。川は水が流れていて、魚も多く、プールと違って変化に富んでいるので、子ども達は川の虜になってしまったのだ。近所の子供も含めて何度も坂谷橋上流へ泳ぎに行ったものだ。

 そんなわけで、今日、私達夫婦と、息子の嫁と孫2人で坂谷橋上流へ出かけた。ところが10数年ぶりに訪れた川は、末娘が行った頃とはすっかり川の流れが変わっていて泳ぎに適していないので諦めた。

勝原全景

思い出の地、勝原
 そこで、少し遠いが、勝原へ行くことにした。勝原といえば、30数年前に、自分のクラスの生徒達とキャンプをした思い出の地だ。3年間この勝原でキャンプをしたクラスもあった。

 国道を通り、勝原へ出かけた。3時過ぎではあったが、10数人が泳いでいた。先ず、河へ足をつけてみると、とても冷たい。少し、河の中央部へ向かって歩いてみると、岸辺よりも水温が高い。

 孫は水着を付け、浮き輪を付けて泳ぎ出した。勝原キャンプ場の川は、水泳に適している。川の真ん中に、水面には出ていないが4、5畳ほどの大きな岩があって、そこで休むことができるのだ。岩の上の一番浅いところは30㎝ぐらいだろうか。岩の周りは川底が見えないくらいに深い。

 孫は、浮き輪を付け、岸と岩を往復して泳いでいる。私は、孫の後について泳いだ。大きな岩は途中で休むことができるので私のような年配者にはとても有り難い。“牛に引かれて善光寺参り”ならぬ、“孫に引かれて川泳ぎ”である。

 火照った身体に渓谷の川の水はひんやりしていてとても気持ちが

勝原水泳場全景。川の真ん中にある大きな岩の上で休んでいる中学生達の姿が見える。岩の周囲はとても深い。

いい。河原にいれば、涼しい風が吹き、渓谷の緑が目に沁みる。みんなでもう一度来たいということになった。

 中学生が、岩の上から水中に向かって飛び込んでいる。スリル満点だ。私も、30数年前には、この河原で、泳ぎ、岩の上から飛び込んだことがあるのだ。

 私は川泳ぎ賛成派である。薬品の入ったプールは水泳の練習にはなっても、水と遊んだり、自然に親しむという点では、川とは比べようもない。晴れた日にぜひとももう一度来たいものだ。

 帰りに、国道沿いの「水辺のいこい」の場で、下の孫が水遊び、実は、上の孫が泳いでいる間、下の孫はずっと車の中で寝ていたのだ。

 子供は水遊びが好きだ。

(日記:午前中、家庭菜園で秋ギュウリの支柱立てなどを行う。その後、産業支援センターへ出かけて借りていたDVDと書籍を返却し、新たにDVDと雑誌を1冊借りた。午後は、事務所でパソコン学習。その後、孫達と勝原で水泳。久々の川泳ぎであった。)

孫のおかげで30数年ぶりに泳いだ勝原水泳場

勝原の水泳場ではずっと眠っていた孫が国道沿いの「水辺のいこい」の場で水遊び。

 
 

国を動かす素人軍団

19 8月

プロフェッショナルという言葉を味わってほしい
 どうもこの国を動かす人の多くは素人である場合が多い。防衛大臣をやっていたかと思えば、農水大臣になったり、派閥持ち回りで大臣を務めたり……と国家を動かす長がそれでいいのだろうかと思ってしまう。政治とは、素人でもつとまるものなのか?世襲でいいのか?江戸時代と同じではないのか?

 これは何も国だけの問題ではない。県の役職を見ても、そうである。部課長は、2、3年で全く新しい部局の長になる。市も大きく異なることはない。全く、新しい部局のリーダーとなって、国家や県や市を動かすのである。

 鳩山首相も、米軍普天間飛行場の移設問題に関し、次のように発言している。

「昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」

「海兵隊がそんなに大切だとは知らなかった。」

 全くの政治のド素人が総理を務めていることになる。

 介護、福祉、年金をどうしようとするのか。今日も、NHKは、民主党の代表戦で鳩山グループがどう対応するのかといったニュースを流し続けている。この国をいったいどうしようとするのかといった議論はほとんど聞かれない。さみしい限りだ。

 今日も、退職金は2億円あまりと、庶民感覚とはあまりにもかけ離れたニュースが流されている。

 この国には、「プロの政治家はいないのか?」と叫びたくなる。高速料金も迷走し、低速道路になっている。しかも、予想通り、思わぬ方向で影響が出始めている。

「出でよ!プロの政治家(政治屋ではない)!」

「出でよ!平成の龍馬!」

 このままでは、国家財政は破綻してしまう。誰かが言った、「倒産寸前の会社の役員になったつもりで国会議員や公務員は、一番先に何をなすべきかを自ら考えてほしい。」という言葉を私も支持したい。

事務所のパソコンでホームページづくりの勉強。ようやくここまでたどり着いたが、問題はこれからだ。授業を受ける児童・生徒の気持ちがよくわかる。

(日記:午前、午後共にホームページづくりの勉強。一進一退である。)

 
 

信頼される国家づくり-税制を論じる前に

18 8月

税金で生活している人達へ
 テレビを見ていたら「スウェーデンの消費税など」を話題にしていた。消費税は25パーセントであっても、国民は納得しているという。それは国家に対する信頼があるからだ。国家とは、国会議員を始めとする公務員、そしてそれらを支持する国民でもある。国会議員の数も、国会議員の報酬も日本に比べたら、比較にならないほど少ない。

 もしも、国会議員が公用車を乗り回したり、不可解なお金を得たり使ったりして国民の信頼を失うようなことをやったら、当選しないというのだ。また、議員宿舎も日本とは比べものにならないほど、簡素なものだ。従って、国民は国会議員が先頭になって国をよくしようとしているのだと言うことを知っているのだ。

 国会議員を信頼しているということだ。スウェーデン人は、税金は第二の貯蓄と考えている節がある。いつかは自分に返ってくることを知っているのだ。

 消費税を下げようとしたら、国民が反対したとも聞く。税金はとられるものではなく、預けておくものだという感覚だろうか。貯蓄と同じようなものだと考えているのであろう。我が国とは大きな違いだ。我が国では、取られ損になるような感覚がある。

 我が国では、国会議員は何をしているのだろうか?官僚は何をしてきたのだろうか?国家をどうこうするというよりも、高額な報酬を得て、自分のためにだけ頑張っているように思える。そんな議員達が税制を問題にし、税金を上げなければ国家が持たないという。

 税金を上げる前に、なすべきことはないのか?今のままでは、国民は益々国家を信頼しないであろう。ビジョンなき国家はいずれ衰退し、崩壊に向かうだろう。権力争いに明け暮れている政治家を見ていると一番弱い人間が政治家をやっているのではないかとさえ思われる。

 汗水垂らして働いている人達の税金で、生きているのだということをもっともっとよく考え、国民が困っている今こそ何をすべきかということを、全ての公務員は考えるべきだと思う。それにしても、与党の政策もあまりにも幼稚であるように思われてならない。

 また、与党は、今は国政を論じるよりも、党の代表選のことで頭がいっぱいのように見える。国民を無視するのもいい加減にしろと言いたい。「ねじれ、ねじれ」というが、一党が過半数を取ること自体が不自然ではないか。多様な意見を調整して国民のための政治を行ってほしい。

(日記:午前、午後とも、ホームページづくりの勉強。少し先が見えてきたように思う。自分が学んでみると、授業の在り方も見えてくるような気がする。生徒の気持ちもよくわかる。)

 
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お腹空いたら田植えをしよう

17 8月

それをするために何をすべきか
 今日は一日、ホームページ作りに没頭した。といっても、途中で誰かが尋ねてきたり、いろんな用事が出てきて朝から晩まで全ての時間をホームページ作りに費やしたわけではない。

 私は産業支援センターで、ホームページ制作の講座を合わせて4日間受講した。講座を受けたからできるというものでもない。何故なら、私が受講した講座は、指示にした従って動いている場面が多かったからである。

 「はい右へ曲がって10歩進みなさい」、「次に左へ曲がって3歩進みなさい」、「そのまま真っ直ぐ10歩歩きなさい」、「目の前に八百屋さんがあるでしょう」というような調子である。言われたとおりに歩けば、確かに目的地に達する。

 しかし、自分一人で歩くとなるとそうはいかない。歩数を間違えば全く別の方向へ行ってしまう可能性があるからだ。それでも、一度は指示どおりに歩くことも必要かも知れない。

左側にDVDレコーダー、右手にマニュアル、真ん中に設計図と計算機、そして正面にはパソコン。左手でDVDを止めたり、進めたりしながらのホームページ作り。

左手でDVDプレイヤー操作、右手にマニュアル
 今日は、2冊のマニュアル、そして2種類のDVDによる映像講座を使いながら、ホームページ作りを行った。1冊のマニュアルにはDVDが付いていた。また、もう1種類のDVDは産業支援センターで借りたものだ。

 少し進んでは、自分もやってみる。この繰り返しだあった。DVDの講座で作る摸擬のホームページではなく、『いなかもんの“演歌の広場”』と題してホームページ作りを始めた。なかなか大変である。DVDを戻したり進めたりしながら作業を続けた。最後まで行けるのか、多少不安ではある。ぜひとも完成させだい。

本当に作りたいホームページとは?
 私が本当にやりたいことは、『高校数学講座』である。サブタイトルは「数学は読解だ!」である。何か一つの数式なり、文章を見たときに、そこから何が読み取れるかである。国語の読解とは全く異なるが、一つの数式などからどれだけ情報を読み取れるかで数学ができるかどうかが決まる。

 小学校算数を例にあげれば、次のようなことだろうか?

「25人の児童がいるクラスを、10人のA班と15人のB班に分けて空き缶拾いをしました。A班は50この空き缶を拾いました。B班の平均は3個でした。」

 これだけを読んで子ども達は何がわかるだろうか。国語の読解ではなく、算数として何が読み取れるだろうか。実際に、小学校の子供達をお借りして、調査(実験)をしたことがある。子供にとって読み取るレベルは様々だった。(A班の平均、B班の総個数、このクラスの空き缶の総個数、このクラスの平均などがわかる。) 

 私には、いきなり数学講座を展開できるホームページを作ろうとしても無理である。そこで、第1回目の練習としては、『いなかもんの“演歌の広場”』なるホームページを作り始めた。お腹が空いたら田植えの如く、先ず、ホームページを作る技術の修得から始めなければならない。

 そのためには、マニュアルだけでは無理なので、産業支援センターへ出かけることにした。講義も受けたが、産業情報資料室で映像講座のDVDや書籍も借りた。一方では、画像編集の技術も身に付けなければならない。動画編集の技術もほしい。アニメの技術も必要だ。

 このように考えると、正に「腹が減ったので、ご飯を炊く」ではなく、「腹が減ったので田植えをして、米を育て、脱穀、精米して、ようやく炊飯器でご飯を炊けるのだ。道は遠いが、一歩一歩基本から始めるしかない。

(日記:午前中、区長と郷土芸能部長が事務所へやって来る。その後、ホームページ作り。午後も継続する。夕方、長女の家族がやってきた。長男の嫁と子供もいるので夕食はとてもにぎやかだった。)