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Archive for the ‘未分類’ Category

頭の体操

14 12月

何が頭にいいのか
  歳をとるといろいろ身体に問題が発生する。加齢によるものならばあきらめざるを得ない。そうした中で、認知症だけは、避けるか発症を抑えたいものだ。果たして何が認知症予防に効果があるのだろうか。 

  私は、自分では“考えること”、“新たなことを始めること”、“創造(創作)すること”、“工作すること”、“指先を使うこと”、“コミュニケーション(対話)”、“音読”、“記憶すること”などが効果的ではないかと思っている。

  特に、“新たなことを始めること”は、最初はなかなか大変である。しかしながら、徐々にできるようになってくる。それによって楽しみも増えてくる。これからも、無理をせずに新たなことを始めたいと思っている。

  もう一つ効果的だと思っていることに、“コミュニケーション”があると信じている。引きこもったり、何か一つのことに没頭するだけではなく、人と交わることが大切だと思っている。それによって、脳が活性化すると信じている。

  退職してからは、時に村の人たちと交わる機会が多くなった。法人の農作業で、村の行事で、村の郷土芸能づくりや練習で普段あまり話をすることがなかった人たちとも話す機会が増えた。事務所へ遊ぶに来る人も増えた。

 また、数学のホームページを作成している関係で時々問題を解くことがあるが、計算力が若い頃に比べて劣ってきたなあと実感している。それでも、あきらめずに計算を見直し、答えが出たときには、やはりうれしい。

支柱にするために竹を切って、それにシュロ縄で生け垣の貝塚いぶきをくくりつける作業そしている私。

(日記:午前中、数学のホームページづくり。午後、生け垣の修理(支柱づくり)を行った。これは雪囲いではなく、1年中設置しておくものだ。苗木を買ってきて家の周囲に植えたものもたくさんある。数年ぶりの作業だが、急に晴れ間が見えたので、暗くなるまで作業を続けた。これで数年は持つだろう。)

  

 
 

パソコンの寿命

13 12月

相次いでパソコンの不具合
  最近、自宅にある私のデスクトップパソコンが相次いで故障した。歌も作れない。CDも焼けない。私の創作活動には大いなる打撃だ。自宅のデスクトップパソコンは、2台とも、5年以上経っている。

  インターネットやユーチューブやブログなら今年退職と同時に買ったノートパソコンで用は足りる。今もノートパソコンでこのブログを書いている。しかし、歌作りは、自宅のノートパソコンと決めている。それは、自宅にギターやピアノなど、楽器が置いてあるからだ。

  事務所には、高速のデスクトップパソコンが置いてある。これは、絵を描くこととホームページづくりなどに使っている。映像編集はまだ十分にできないが、事務所のパソコンでやりたいと思っていた。役割分担を決めていたのだ。

  しかし、自宅のデスクトップパソコンが2台とも故障して、お手上げだ。パソコンにも寿命があるのだ。5年経ったら、いつ故障してもおかしくないようだ。今春、事務所のパソコンを買ったのに、自宅のパソコンも買わなければならない。

  今日、息子の友達に、新しいパソコンを注文した。2台目のデスクトップなので、あまり高性能でなくても、音楽にさえ使えればよいと思っている。パソコンは、日進月歩で、そんなに高価でなくても、これまでのものに比べるとかなり高性能だ。

 それにしても、手持ちのパソコンが次々に古くなって、1年に3台も買うはめになるとは思っても見なかった。パソコンがなければ、本当に不自由だ。

パソコンは私の友達
  私はパソコンが大好きだ。と言っても、インターネットなどにはあまり使わない。ほとんど創作活動に使うのだ。文章を書くこと、絵を描くこと、両方で絵本を作りたいと思っている。

  また、私にとっては、歌を作るのには、パソコンは必要不可欠だ。自分の指示通りに楽器を操ることができるからだ。しかも、デジタル録音までパソコンでできるのだ。テープレコーダー時代とは雲泥の差だ。

  先週の土曜日にビデオカメラを買ったので、映像編集も勉強したいと思っている。市内のいろんな風景や行事を映像編集し、自作の音楽もつけてDVDにしたいと思っている。簡易映画も作れたらと思う。

 しかしながら、新しいことを学ぶ能力は年々衰えていくようだ。記憶が悪くなって物忘れが進行しているようだ。歳と戦いながら、パソコンを友として、有意義な時間を過ごしたい。

  と言っても、一日の半分はパソコンを離れて、自然の中で過ごしたいと思う。長時間パソコンを使っていると、肩は痛くなるし、目も疲れる。パソコンで作った歌に踊りをつけて、地域の郷土芸能を作るなど、パソコンお宅にはならないようにしたい。

(日記:午前中昨日のブログを編集し直した。パソコンが不調でオカリナ教室のCDや楽譜が作れない。やむなく、手書きで楽譜を作った。午後、北部中学校で、今年最後の和太鼓の授業があった。帰宅してから、パソコンがかろうじて動き出したので、オカリナ教室のカラオケを作った。しかし、不調でCDに焼くことまではできなかった。午後7時半から.オカリナ教室。クリスマスソングを中心に練習した。午後、9時にむすこのともだちのY君が自宅へ来てくれた。パソコンを注文した。)

 
 

おーい追っかけ時次郎?!

12 12月
 
日帰り追っかけ
  朝6時半に起きて、えち鉄、サンダーバードで大阪へ。その後、御堂筋線で心斎橋へ。今日は末娘のライブ。リハーサルを終えた娘と再会。その後、アメリカ村界隈を散策。5時頃ライブ会場のサンホールへ。  

大阪、心斎橋のサンホールでの娘(ボーカル)のライブ。

  最初は男性二人の歌。次に奈良発の若者5人組バンド。強烈な重低音が響き、ボーカルが絶叫。そして、大学生のバンド。みんなエネルギーを爆発させているようだ。  

  6時半過ぎに娘のバンド”べルデ(フランス語で緑の意味)”が登場。娘はボーカル。ギター、ベース、ドラム、キーボードと共に数曲歌う。どちらかというと地味に育った感じの末娘だが、左義長太鼓で変身。毎年櫓に登っている。  

末娘のボーカル

    始めて左義長ばやしを見た家内は、あまりの派手な演技に土肝を抜かれたようだ。自分の目を疑ったようだ。指導者のKさん(保存会会長)のおかげだ。  

  大阪で一人暮らしをしながら、ネットでの呼びかけに応じてバンド活動を始めたらしい。今日はどうだろうかと思ったが、感動した。みんなと仲良くバンド活動をしている姿を見て、40数年前の自分の姿がダブった。  

  娘のバンドの演奏の後、わずかな時間話して、すぐ帰路についた。最終のサンダーバード、最終のえち鉄に乗って勝山へ着いた。サンダーバードが遅れたために、えち鉄も出発を遅らせた。勝山へ着いたのは、午前0時を回っていた。  

バンド「ベルデ」のメンバー

    久々の追っかけであった。子供達の発表を見るために、かつては、家内達は奈良へ横浜へと追っかけをしていたが、この年になって再び追っかけをするとは思ってもいなかった。思い出の残る一日だった。  

末娘

  

演奏の後、司会のインタビューに応じる末娘

バンドスナップ

 
 

今年の芸能納め

11 12月

奥越地区ふくさとづくり大会に出演
  今日は、午前10時半より勝山市福祉健康センターで『奥越地区ふるさとづくり大会』が開かれた。表彰式の後、実践発表が行われた。

銭太鼓スナップ1(左端が私)

  歓迎のアトラクションとして我が地区の新作郷土芸能『片瀬豊年ばやし』を発表した。今年最後の発表だ。9月に創作した、まだ新しい郷土芸能だが少しずつ板についてきたようだ。

  県での発表も打診された。この発表の後、会場を移して『ふるさと料理試食会』が行われた。この会場で何人もの人から「よかったよ」と声をかけられた。発表したメンバーも気持ちがよかったようだ。

  夕方、5時から居酒屋で反省会を行った。大いに盛り上がった。もっともっと新しいメンバーを加えて村の郷土芸能として定着させたいとの声が多かった。9月以来結構忙しかったが、それぞれに満足できた年でもあった。

  片瀬のまちづくりや特産物づくりと並行してこの郷土芸能を発展させたいと思う。まだまだ改善の余地ありだ。餅つきバージョンも作りたいと思う。餅つきを実演しながら銭太鼓を披露できたらと思う。

銭太鼓スナップその2(女踊り登場)

(日記:午前8時に自宅を出て福井へビデオカメラを買いに出かけた。戻ってすぐ、午前10時半から始まる福祉健康センターでの『奥越地区まちづくり大会』のアトラクションに参加。ふるさと料理を味わって帰宅した。その後、事務所で数学のホームページづくり。午後5時より居酒屋で今日の芸能発表の反省会。)

銭太鼓スナップその3(左が家内)

 
 

自分との戦い

10 12月

健康を守るのは自分
 私は、二ケ月に1回定期的に病院へ通っている。今日は、それとは別に、昨年のドッグでの再検査のために福井の済生会病院へ行った。毎年一度は定期的に脳などの検査を行った方がよいと言われた。

  考えてみると、人体とは精密な機械だ。身体の隅々まで栄養や酸素を運ぶのは血液の役目だ。その血液の通り道が血管であるが、血液が健康的でない場合には、血管に余計なものができたりして取り返しのできないことになりかねない。

  身体には太い血管から、細い血管まで様々な血管があり、まちの水道管のように、体中に張り巡らされている。脳や目や臓器などには細い血管があり、血液がどろどろしている場合には、たちまち不具合が生じることになる。

  その、不具合を招くのは私たちの日々の生活習慣によるところが多い。健康を維持するには、栄養(食生活)や運動、休養のバランスがとれていなければならないと私は考えている。

  しかし、食べ過ぎたり、飲み過ぎたり、バランスを欠いた食事をしたり、酒やたばこや甘いもの、脂っこいものを食べ過ぎて不健康になる場合が多い。

  ついつい誘惑に負けてしまって、これらを口にしたり、日々の運動を怠ってしまうことが多い。私のように、ある程度歳をとると、不健康な生活をすると身体の不具合がすぐに現れてしまう。

  健康を維持するのは一種の戦いであると思う。自分との戦いである。弱い自分との戦いである。怠けたい自分との戦いである。これからは、忘年会や正月がやってくる。

  肉や魚を食べ過ぎたら、次の日は野菜を多くとるなどして健康な日々を送りたいと、毎回、検診がある度に反省する私である。

(日記:午前中、自宅を7時前に出て済生会へ向かう。3種類の検診を受ける。その後、買い物をして帰宅。午後は、歯医者へ行く。その後、数学のホームページづくり。午後7時半から福祉健康センター「すこやか」で、明日の郷土芸能発表(『片瀬豊年ばやし』)のリハーサルを行う。)

 
 

雪のシーズン到来

09 12月

早速スノータイヤ入れ
  午前中、いつもののように事務所で、数学のホームページづくりをしていた。10時半頃、医科大から帰る妻から電話がかかってきた。
「急に雪が降って動けない。」
「今どこや」
「北郷の近く。スノータイヤをはいていないので動けない。」
「今行くから、近くのコンビニで待っていなさい。」

  私の事務所の窓から見る限りは、雪はほとんど降っていなかった。帰宅してスノータイヤを入れて家内の車のスノータイヤを持って出かけたら、かなりの時間がかかってしまう。

  そこで、今すぐゆっくり走っていこうと決めて、ノーマルタイヤのまま北郷方面へ向かった。確かに、市街地を過ぎると路面にも雪があり、かなり激しく雪が降っていた。ゆっくり走り、家内の待つコンビニに着いた。

  車を交換し、ゆっくり運転して帰宅した。いよいよ冬が到来だ。これからは、家の周囲の雪よけや雪下ろしが待っている。スキー場に雪があって、道路には雪がないことを望む。

早速、車庫でスノータイヤの交換。いよいよ冬将軍の到来か。

 昼食後、早速2台の車にスノータイヤを入れ、スタンドでタイヤに空気を入れ、ガソリンを満タンにした。タイヤを交換しながら、いつも思う。インパクトレンチでタイヤを締め付けるのだが、締まったかどうかはわからない。

  そこで、最後は専用工具を使って手動で締めながら締まり具合を点検している。やはり、自分の手で確かめるのが一番だ。デジタルとアナログはどちらも大切だと思う。しかし、今は、デジタル流行だ。

(日記:午前中、数学のホームページづくり。今日から第2段階に入り、『一問一答』を作り始めた。午後は、スノータイヤの入れ替え。その後も、ホームページづくりを継続。午後7時半より、『片瀬豊年ばやし』の練習。日曜日に、『すこやか』で開催さえる奥越地区のまちづくり大会で発表するための練習だ。)

 
 

高校卒業50年

08 12月

来年は高校卒業50周年記念同窓会
  朝、事務所にいたら高校時代の同級生(福井在住のTさん)が尋ねてきた。「来年は勝山高校卒業50年にあたるので記念の同窓会をやりたい。発起人になってほしい。」ということだった。

  思えば、昭和33年4月に私たちは勝山高校へ入学した。勝山中学校を卒業した春休みには課外授業を始まった。そして、英語は、いきなり教科書の全文暗記が課せられた。おかげでその一部は今でも覚えている。

  特に、学業の他は、体育祭などが印象に残っている。あれから、50年。まもなく、70歳になろうとしている。ここまでくると、現在の状況はいろいろである。いまだに現役の者、退職して悠々自適の者など様々である。

  これまでも同窓会は行ってきたが、「今回はもしかしたら最後になるかもしれない。」とTさん。全国各地に散らばっている者が一堂に会することは楽しいことだろう。

  私の場合、中学校の同窓会はたびたび行われてきた。勝山中学校の卒業生だが、一クラス56人だった。当時はこのような人数が当たり前だった。

  同窓会をするに当たって一番の問題は、住所のわからない者が何人かいることだ。個人情報保護の立場から教えてもらえない場合もあるのだ。それでも、これからは住所のわからない人たちを探し出して、案内状だけは出したいと思う。

大人になるための単位
 雑談の中で、 「大人になるにも単位が必要だ」と私。同意してくれたTさんも、「海老蔵さんは芸能の単位は◎Aかもしれないが、社会人としての単位は未履修だったのだろう。」と同意してくれた。

  ニュースを聞いていても、「今回の出来事が勉強だ」という人は少なくない。今回の出来事は、高価な“授業料”かもしれない。この頃、単位未履修の大人が多いように思う。人ごとではない。私も、私の子供達も未履修の単位があるかもしれない。

  今後、単位不足の社会人が増えそうである。そのたびに、理解に苦しむ事件が起こりそうな気がする。人はその字のごとく、支え合うものだが、この頃は自分勝手に生きられると勘違いする者が少なくない。

  これからは、どんな時代が来るのかわからないが、単位不足のオトナが続出しないように、配慮しなければならないと思う。雑談をしているうちに、1時半になってしまった。それでも楽しいひとときを過ごすことができた。

NHK『龍馬伝(「大政奉還)』の一場面。残すは後1回のみとなった。

(日記:午前中、数学のホームページづくり。途中で高校時代のTさんが事務所へやってくる。午後も数学のホームページづくり。いよいよ第2段階に入った。午後4時から、『津軽じょんから節』の個人レッスン。楽譜をなぞることだけはできたが、人前で演奏するにはまだまだ道は遠い。教わっていて、今日も目から鱗の部分があった。夜、『竜馬伝』を2回分見る。とうとう最終回を残すのみとなった。今日の2回目は“大政奉還”であった。 )

 
 

原点に返って再出発

07 12月
子供太鼓ができないか
   そ「小学校低学年の子供でも太鼓をたたけるのだろうか?」 今から20数年前、私は子供あっちが曲太鼓を打てるのだろうかと、小学校2年生の長女と幼稚園児の長男に和太鼓を教えてみた。

  その結果、教えようによっては、予想以上に子供達は太鼓を打つことができるとわかった。そこで、近所の子供も集めて和太鼓を始めることになった。

自宅で練習する長男(左)と本を読んでいる次女(中)。二人とも高校では和太鼓活に取り組む。

  ちょうどその頃、越前大仏の建立が決まった。当時、私の地区の多くの人たちは門前町への出店を考えていたようである。私は、子供達に何か郷土芸能が作れないかと考え、和太鼓集団『越前勝山春駒太鼓』を創設した。

  創設したと言っても、和太鼓は高価で簡単に手に入れることができなかった。グループ創設の頃は大野市の『奥越太鼓ジュニアサークル』の指導者だったKさんに太鼓をお借りすることにした。

  普段の練習は、自動車のタイヤに台をつけて我が家や集会所で練習を行った。当時出場した『県下曲太鼓競技会』では子供の部で3年連続優勝したこともあって、子供太鼓は評判となり、市内外での出番が多くなった。

創立50周年記念のアトラクションで和太鼓を演奏する子供達

 その後子供達が高校生になったのを機会に、高校でも和太鼓を始めた。それと同時に、市外の高校や盲学校、福祉施設、市内の子供達にも和太鼓の楽しさを教えてきた。今も、いくつかのグループが私の作った曲を演奏してくれている。

  そして、20年以上が過ぎた。ここしばらくは、高校のOGと一緒に和太鼓を練習してきたが、やはり原点に返って子供太鼓を再開してみたいと思っている。

 

5つある締太鼓にはブルーのカバー、5つある長胴太鼓にはオレンジのカバーを掛けた。大太鼓にもカバーがある。

再出発に備えて

  新年度からの再出発に備えて、今日は終日、家内の助けを借りて和太鼓の防音カバーを作った。和太鼓というと、その音の大きさのために、練習には神経を使う。

  騒音に、無神経な指導者も少なくないようだが、部外者にはあれほどうるさい楽器はないだろう。特に、練習中の音の大きさは、周囲のものには公害と言われても仕方がない。

  私の考えた騒音カバーの中には、絨毯が2層、そしてウレタンが1層の3重が入っている。バチでたたくと、太鼓のように多少の弾力があり、音量は3分の1以下だと思う。私のスタジオで叩いても近所迷惑にはならないだろう。

全国大会で演奏する子供達

  和太鼓の練習を通して、子供達に太鼓の楽しさ、チームワークの心地よさ、礼儀作法、思いやり、表現の楽しさ、創造力などを教えることができたらと思っている。希望者が集まるかどうかはわからないが、準備だけはしている。

  現在は、北部中学校の選択音楽で和太鼓を教え、アメリカ人4人に和太鼓を教えているが、いずれも、継続できないのは寂しい。今年の夏も、せっかく教えたアメリカ人達が帰国してしまった。今いる連中もたぶん2,3年後には全員帰国してしまうのではなかろうか。

勝山市の代表として朝倉遺跡に出演した子供達

(日記:事務所で家内と一緒に、和太鼓の防音カバーづくり。朝から午後7時頃まで作業をしていたので外食にした。)

 
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初舞台に向けて

06 12月

楽しみはハーモニー
  オカリナを指導を頼まれて一ヶ月が経った。別に、私はオカリナが上手なわけではない。音楽が好きなだけだ。個人的には、『津軽じょんから節』を習っている。しかし、頼まれた以上は楽しい『オカリナ教室』にしなければと、いろいろ準備をしている。

初めての発表に向けて練習に励む『オカリナ教室』参加の皆さん。

 今日も、午後は、オカリナ教室の準備に明け暮れた。先ずは、個人練習用の伴奏CDづくりと楽譜を準備することだ。全員が一斉に同じメロディーを演奏するのはあまり楽しくない。ハモったり、掛け合ったりして異なるメロディーを吹いたりするのが楽しい。

  午後7時前に事務所へ出かけた。少し予習をしておいた。三々五々にメンバーが集まってきた。全員が集まったところで、前回の復習から始めて新しい曲に取り組んだ。みんな意外と上手だ。みんなで合奏するととても楽しい。

  来週の日曜日(19日)と再来週の土曜日(25日)が出番だ。どちらもクリスマス関係のイベントだ。オカリナは勝山ではあまり馴染みのない楽器なので、見に来てくださった皆さんの反応はどうなるだろうか。興味のあるところだ。

(日記:午前中、火災報知器を三つ設置。あと2カ所はほしいと思う。その後歯医者へ行く。通院の時間は本当にもったいない。通院後、昼まで数学のホームページづくり。午後は、北部中学校で和太鼓の指導。今日はリズムづくりの授業を行った。帰宅後、オカリナ教室の教材づくり。夜はオカリナ教室。結構忙しい一日だった。)

 
 

一区切り

05 12月

第1段階終了
  退職してから最もやりたかったことは、高校生のための『数学のホームページづくり』だった。一人で、自分の思った通りのものをつくろうとしたら、おそらくは十年以上かかるだろう。

   それでは、完成したころには相当歳をとってしまう。そこで、思い直して、第1段階としては、数学Bの数列に的を絞ることにした。

ホームページに登場する女子キャラクター

  先ず、基本となる代表的な『基本例題16問(同種の問題を数えれば全部で31問)』について、対話調に解説を進めることにした。

    一人の教師と男女一人ずつの高校生の3人が対話しながら、問題を解いていく形になっている。今後は、読者も話の中に加わるようにしたい。

ホームページに登場する男子キャラクター

  それぞれの問題には、第1ヒント、第2ヒント、第3ヒントと視聴者のレベルに合わせてヒントを見ることができるようにしだ。

  一番苦労するのは、数学の記号の入力だ。普通の入力法ではほとんど記号葉入力できない。大きな文字、指数などの小さな文字、Σなどの数学記号、分数など様々なものが出てくる。

ホームページに登場する私のキャラクター

  すべて画像化して進めることにした。しかし、これは非常に時間のかかる作業だ。ものによっては1ピクセル単位で描いたり消したりしながら作業を進めた。

  そして、ようやく第一段階のこの部分が完成した。と言っても、変更しなければならないところはたくさんある。

  ホームページの形をとっているので、リンクもしっかりしなければならない。この部分はまだまだ未完成だ。

  完成した部分と、毎日更新する“読解部分”、そして、基本的な公式などを編集して、数列の部分は終わることにする予定だ。今月中に、一部分でもオープンにしたいと思っている。

(日記:午前中、午後とも数学のホームページづくり。ようやく、第1段階だけ完成した。といっても、目標としている部分の20分の1位かもしれない。今日も録画で『龍馬伝』を見る。)