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Archive for the ‘未分類’ Category

余興万歳

12 1月

どうせやるなら楽しく 地域や団体でいろんな会合があるが、時々それらの新年会や文化祭などに余興をすることがある。そんなとき、もしも私が所属している団体なら、なるべく楽しくやりたいと思う。

いやいややってお茶を濁すか、それとも真剣にやってうけるか、どちらを取っても、短時間の出来事だ。しかし私はどうせやるなら、真剣にやる方を取る。

 終わった後の満足感があり、みんなの喜ぶ顔があり、何よりも「またやりたい」と次に対する意気込みが違うからだ。そんなわけで今日も役員でもないのに猪瀨地区の余興の指導を引き受ける羽目になった。過去にも何度かはやっているが。

 遡ると、青年団時代からいろんな活動をやってきた。個人的なバンド活動のみならず、イベントも自分たちで作ったりして。

余興と郷土芸能 時には余興と郷土芸能の区別が付かなくなるときもある。でも、私の考えは、郷土芸能は余興になるが、余興は郷土芸能になるとは限らない。

 そんなわけで、今年も、「盆踊り復活」のための活動や余興などにも真剣に取り組み、仲間と楽しく過ごしたい。コロナに負けないでいたいが、……。

 さしあたって来月の勝山市の『高齢者ふれあい祭り』を乗りきらなければならない。猪瀨地区の皆さんと楽しく、取り組みたいものだ。

平泉寺鍬踊り(踊りも鍬も手作り)
『片瀬豊年ばやし』の挿入芸(これは片瀬オリジナルで郷土芸能のつもり)
これは余興か(高齢者ふれあい祭り)
 
 

見ています あなたの姿 子や孫が

04 1月

証拠裁判主義とは
 『証拠裁判主義 とは、 事実認定 は 証拠 によって行われなければならないという 刑事訴訟法 上の原則をいう。 』とある。

 証拠がなければ有罪とは決めつけられないと言うことである。となると、その証拠をなかったことにするには、証拠物品を廃棄処分にするか、隠蔽すればよいと考える人が出てこないとは限らない。

 明らかに証拠がある場合には、それらを書き換えてしまう証拠改ざんを行う者が出ないとも限らない。それもできない場合には裁判官そのものにプレッシャーを与えるか、代えることを考える人がいるかもしれない。

本人が知っているはず
 本当はよくないことをしたかどうかは当の本人が知っているはずである。本人に倫理観がなければこのようなことは日常茶飯事に行われてしまうことになる。凡人ならば裁判所で徹底的に調べ上げられるだろう。

 もしも、こんなことが、国家の命運を左右する人たちがやっていたとしたら国民は不幸であろう。

道徳教育の必要性
 一頃盛んに道徳教育の必要性が国のおえら方から叫ばれていた。今の若者や子供たちの言動からそう考えたのだろうか?しかし、最もそれが必要なのはそれを言い張る人たちではなかろうか。

 国会で見え透いた嘘をつき通す人たちを見ていると、これは私たち一般国民の側にその責任の一端があると思わなければならない。そうした人たちを選んだのは紛れもなく私たちなのだから。

 若者たちは大人の姿を見て育つのだと言うことを忘れてはならないと思う今日この頃である。

 
 

毎日パワー

03 1月

一日はわずかでも
 『継続は力なり』、『点滴岩を穿つ』,『ちりも積もれば山となる』、『千里の道も一歩から』……小さなことでも続けていけば、いつか大きなことが成し遂げられるということなど、日々の努力の大切さ,特に継続することの大切さを説いた言葉はたくさんあろう。

 私は、子供たちには、これらの言葉ではなしに『毎日パワー』といって継続することや日々の努力の大切さを伝えている。正月には野球をやっている孫も自分の目標に『毎日パワーで何々をがんばりたい』と言ってくれた。

時間をかけて物事をやる大切さ
 他人に言うまでもなく、『毎日パワー』の大切さを自分が一番自覚している。毎日やることはとても大変だが、習慣化するとさほど苦にはならない。少しでもやったらその日はやめてもいいのである。明日があるからである。

 30年がかりで一冊の絵入り本を作った。3年がかりで『アメリカの高校生』なる本を作ったこともある。これは全く同じものを自費出版で一回、東京の出版社で2回(一回は文庫本サイズ)作ることができた。

 毎年2~3ヶ月ほどかけて日曜大工にも取り組んできた。今年は何を作るか楽しみでもある。小さなことでは「ラジオ体操第1と2、スクワット」、「新聞小説の切り抜き(数年間、新聞が紛失したときには販売店で購入、1部100円)」、「日記」と「ブログ」、「プログラミングの漫画と数学の漫画(これはほぼ毎日)」……。

孫たちとコラボ
 おかげ楽器練習は時々になってしまっている。歌作りもできずにいる。アニメ作りも中断している。そんな中でなんとか孫たちとのコラボでダンス入りのポップスだけは作りたいと思っている。

毎日パワーから生まれた冊子
 
 

健康第一~人体の不思議~

02 1月

健康維持も大切な仕事
 身体って不思議だ。NHKの「ためしてガッテン」を録画しておいて、自分の関心のある番組だけ見ることにしている。雑誌「ためしてガッテン」も購読している。そんな中で、そういうものかと感心することがある。

 例えば、前屈だ。歳を取ると身体が硬くなるのか、前へ屈んでも指先がやっと床に着くぐらいだ。ところが、ゴルフボール(私はゴルフをやらない)を足の裏で短時間グリグリさせると楽々と指先が床に着く。筋膜が緩むからだ。

 また、握力を鍛えるのに、スクワットがいいという。全く無関係の場所を鍛えることによって握力が強化されるらしい。脳が関係しているそうだ。ちなみに私は毎日、ラジオ体操第一・第二のほかスクワットをしている。

 ある程度の年齢になったら、田畑で働いたり、仕事をするのも大切だが、もっと大切なことは、自分の健康を維持することではなかろうか。健康維持のためのレクリエージョンも高齢者にとっては大切な仕事だ。健康でなければ周りに迷惑をかけるだろうし、自分のやりたいこともできなくなるからである。

自分の身体を自分で破壊
 あるとき、テレビ「驚異の小宇宙人体」なる番組を見ていたら、若いうちは、自分の身体を守るためにある細胞が育てられる(番組では学校と説明されていた)そうだ。

 しかし、まもなく、学校は閉鎖されるという。そして、歳をとると自分で自分の細胞を痛めつけるのだという。そんな馬鹿なと思ったが、それが老化だと聞いて少し納得した。老化は人体に埋め込まれた時限装置だろうか。

 私の予想では、将来、誰かが遺伝子を操作して学校を再開し、この時限装置を除去し、老化のメカニズムを破壊して長寿を実現できるようにするのではないかと思ってしまう。

盆踊りは健康づくり(頭と身体)とまちづくりにつながると信じて……。(勝山ふるさと祭り)
 
 

ブログ再開

01 1月

日記とブログ
 2008年4月1日~2010年3月31日(この2年間、毎日日記を書く)
 2010年4月1日~2015年3月31日(この5年間、毎日ブログを書く)
 2015年4月1日~2022年1月1日(この7年間、毎日日記を書いている)
 2022年1月1日よりブログ再開

少しなれてきた無職生活
 日々作業をしながら、パソコンを動かしながら、テレビやビデオ、YOUTUBE、ラジオなどの主に音声を聞いいている。あるときは、感動したり、あるときは腹が立ったり、悲しくなったりと気分はいろいろ変わる。

 そんなとき、その思いをブログに書いて誰かと共有できたらと思う。私は山や谷間に向かって叫んでいるようなもので、こだまが返ってくることを期待している。

今年の目標 
 とにかくつくること。家庭菜園で野菜を作ること。ただしこれはどちらかというと、主と言うよりも、従である。私は、畑を耕したり、支柱を立てたり、鳥獣害を防ぐために網を張ったりすることが主な仕事である。ただ、村伝統の生姜作りだけは、栽培、収穫、種の保存まで研究しながら(少しオーバーか)取り組んでいる。

 日曜大工でものを作ること。3年前は車庫に物置部屋、2年前は旧宅の仏壇跡に床の間、そして座敷の床の張り替え、そして昨年は組み立て式の雪囲い(5カ所)作りと防草を兼ねた庭造りとそれぞれ2~3ヶ月間取り組んできた。今年も、日曜大工にがんばりたいと思う。

 創作活動。プログラミングの漫画を描くこと、数学の漫画を描くこと、紙芝居を作ること、簡易アニメを作ること、童話も作りたい。そして福井と横浜の孫と私とでダンス入りの楽曲を作れたらと思っている。孫たちとのコラボができたらと思っている。

 今年も、健康に気をつけながら、こうした活動に時間を費やすことができたらと思う。傘寿目前。一番の難題は、体力が持つかである。

早くこの絵を動かしたい。絵も曲もできているが時間が……

 
 

30年がかりでようやく完成!  『じいじ達の子供時代』

05 5月

『お父さん達の子供時代』がいつの間にか 私は、戦後の「もの」の少ない時期に子供時代を送った。そんな子供時代のあれこれを子供達に伝えたいと思うようになった。   そこで、今から三十年あまり前に我が子達に向けて『お父さんの子供時代』として自分達の子供時代のことを少しずつ書き始めたが、当時はあまりにも忙しく、やらなければならないことがたくさんあって長い間中断していた。 そのうちに子供達は大きくなってしまった。

ようやく完成した『じいじ達の子供時代』の上巻下巻が完成した。

『じいじ達の子供時代』に変更  退職後、少し時間ができたので、今度は『じいじ達の子供時代』として冊子作りを再開した。本格的に取り組み始めたのはここ4、5年のことである。
 ここに書いた事柄は、私の個人的な記録というのではなく、私の集落の人なら誰もが経験したことを中心に書いたつもりである。

学校生活より

孫や周囲の人たちと話すきっかけに 文章は、長々と説明するよりも字数を少なくした方が読みやすいのではと考え、七五調(詩というよりも定型文)にしたが、結果的には字数に制限があるために、自分の言いたいことを表現するのにはとても苦労した。
   そのため、全ての項目に挿し絵(一部当時の写真)を入れることにした。挿絵や写真を見ることによって昔のことを鮮明に思い出していただいたり、周囲の人たちに話すときに役立てていただけるのではないかと考えたからである。

孫や周囲の人たちと話すしきっかけけに  あれこれ書いているうちに、項目が増え、一冊には納めきれなくなり、上巻、下巻に分割しなければならなくなってしまった。  最初は子供を対象にと思っていたが、今はやはり同世代あるいはそれ以上の人たちに先ず読んでいただきたいと思っている。そして、各々自分の経験を加えて、次の世代に語っていただければと思う。

様々な遊び

脳トレを考慮して文章は7七五調に  また、文章は、長々と説明するよりも字数を少なくした方が読みやすいのではと考え、七五調(詩というよりも定型文)にしたが、結果的には字数に制限があるために、自分の言いたいことを表現するのにはとても苦労した。しかし、リズムに乗って読んでいただければ脳のトレーニングになるのではないかと思っている。  

女の子たちの遊び
食べ亜tべ物の思い出

ようやく完成  『じいじたちの子供時代』の上巻を出してから2年ほどの歳月が流れた。この間、書店や個人の方々から「下巻はまだか?」との催促の電話をいただいた。原稿はできていたが、あれこれ手直しをしているうちに時間がかかってしまった。そして今日5月5日にようやく下巻を出すことができた。

五日に

⑤月

の最速の『』ss樹夫館を

 
 

2019『勝山ふるさと祭』ふるさとステージ 野良打ち

02 9月

  祭りはやはり太鼓だ。それも大がかりな団体打ちではなく、どこの神社でも気軽に太鼓を楽しむことのできる野良打ちだ。
  たまたまその場に居合わせたものが即興で打ち合う野良打ちだ。太鼓一つあればそれでいい。昔はどこの神社でも盛んに太鼓の音を聞くことができた。今は皆無である。何とか、準備の入らない野良打ちを復活させたい。
  今年も越前野良打ち衆の野尻さん達が駆けつけて下さった。少しずつ盛り上げていきたいと思う。
   今年は声をかけて置いた勝山高校の生徒諸君も数名参加してくれた。見知らぬ人とバチを交える楽しさを味わってほしいと願う。

 

世の中に太鼓好きはいるものだ。もっともっと増やして各地区の神社の祭りを盛り上げたいと思う。


 

 
 

 2019『勝山ふるさと祭』総括 (その1)準備

01 9月

  4月から準備を始めた今年の『2019 勝山ふるさと祭』は終わった。いつも痛感することだが、始まったら終わるということだ。
  となれば、やはり本気で取り組まなければ事はうまく運ばないだろうし悔いがのこるだろう。いくつか妥協したことがあったがとにかく終わった。次回の反省としたい。

 

【盆踊り練習】 ・公式練習10回(教育会館)  ・保育園練習(5回)  ・各種団体練習(5回)
  【伴奏隊練習】 ・個別練習(3回) ・全体練習(2回)  【各種イベント出演】 ・地区納涼祭等(4回)

 練習会に新しい参加者の顔が見えるのは嬉しいものだ。練習会を重ねる毎に新しい顔が増えて心強く思えた。

 
 

ふるさと祭 実施報告(5) 和太鼓の野良打ちと路上ライブ

24 9月
夏の暑さを吹き飛ばす「野良打ち」と「路上ライブ」
 
 

ふるさと祭 実施報告(4) 郷土芸能と菓子まき

23 9月
鹿谷の銭太鼓と菓子まき