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Archive for the ‘未分類’ Category

『勝山ふるさと祭』盛り上がる《まち流し》踊り隊練習

06 8月

増える踊り隊メンバー 『勝山ふさるさと祭』の演し物の最後を飾るの「盆踊り」だが、その直前に行われる《民踊まち流し》のメンバーが増えている。それは、新たに勝山市役所と福井銀行の若手が参加してくれたからだ。
《民踊まち流し》で踊られるのは「勝山よいとこ」であるが、この踊りはある程度練習しなければならない。それは、多少見せる(魅せる)要素のある振付がなされているからだ。
そのためには一定の練習をしなければならない。しかし、若手の皆さんはそれぞれ仕事があって十分な練習ができない。そこで、少しでも自主練習ができるように、振付表を配布し、YouTubeに練習用の映像をアップさせていただいた。大いに利用していただきたいものだ。

踊り隊ひらりのみなさんの後ろについて練習に励む若手の皆さん。

 

日に日に踊りが上達する若手の皆さん。

本番が近づくにつれて熱気が感じられる合同練習会

合同練習に参加して練習を盛り上げる伴奏隊の皆さん

 
 

和太鼓『野良打ち』について

25 7月

神社の太鼓 かつては、どこの神社でも秋祭りなどには長胴太鼓が境内の片隅に置かれていた。そして、太鼓の好きな者や子供達が太鼓を叩いていた。時には地元のおじさん達も楽しそうに太鼓を楽しんでいたことを思い出す。

個人打ち(野良打ち)と団体打ち 太鼓の楽しみ方もいろいろである。かつては、地元の神社で大人達が楽しそうに叩く太鼓を見ていた子供達が、
「いつかは自分のあのように、かっこよく太鼓を叩きたいものだ」
と密かに思い、見よう見まねで太鼓を練習したものである。町の中心にある神明神社でも境内の片隅に太鼓が置かれ、太鼓好きがその周りに集まり、太鼓を見たり、自分で叩いたりして楽しんだものである。

こうした原則二人で叩く『野良打ち』は、今や各地の神社からすっかり影を潜めてしまった。左義長ばやしを別にすれば、太鼓と言えば団体打ちが主流になってしまった。そして、神社で太鼓の音を聞くことはなくなってしまった。太鼓と言えば、部活動で練習したり、大きな会場でイベントの時に楽しむ鑑賞中心の芸になってしまった。個人でも団体でも楽しむことのできる素朴な芸であってほしいと願っている。

『勝山ふるさと祭』で“野良打ち”復活を願う 各地域で○○太鼓を創設してきた私にもその責任の一端はあると思っている。そこで今回の『勝山ふるさと祭』の芸能発表では、敢えて“団体打ち”の形をとらず、“野良打ち”を中心に太鼓の楽しさを伝えたいと思っている。
幸い、和太鼓集団「倭」に所属していたプロの和太鼓奏者・大久保哲朗さんや大日太鼓の浅井さんが主旨を理解して下さり、“野良打ち”で太鼓の楽しさを伝えて下さるとのことである。
また、中学校で大久保さんに和太鼓を教わった南部中学校の生徒さんも“野良打ち”に参加してくれるとのことである。
“野良打ち”と“団体打ち”の二つのスタイルで誰もが和太鼓を楽しむ雰囲気が生まれ、地域の祭りで太鼓の音が響き渡ることを期待したい。

 

ダブルナビで北海道・東北3000km  ⑩

23 3月

旅行最終日~長野へ寄って帰宅
旅行最終日。北海道の釧路から始まって、札幌、旭川(動物園)、富良野、室蘭、江差、松前、函館と見学し、津軽海峡をフェリーで渡り、大間へ上陸して東方へ移動。その後十和田湖へ寄り、盛岡から宮古へ移り、ここから東北の被災地を巡って福島まで行き、最後にスパリゾートハワイアンズへ寄り、さらに、埼玉の次女の家へ寄り、長野県へ寄り帰宅したのだ。最初は日本海フェリーで小樽へ渡って始まった10日あまりの北海道・東北旅行は終わった。

「ダブルナビ」としたのは本当のカーナビと助手席に座る妻の案内(ナビ)のダブルナビで無事全行程を終えたからだ。無事帰宅できてよかったと思う。車での10日かあまりの旅行はこれで二回目だ。一回目は家族5人での北海道旅行、そして今回は、6人の孫がいての二回目の旅行だ。いずれも出発は北海道の小樽であった。

池波正太郎 真田太平記館前にて

途中で寄った次女とその息子(孫)

 
 

バンド練習

16 3月

頭の体操を兼ねて「トーク・アンド・ミュージック」
ギターのOさん、かっちゃまの「五木ひろし」と言われるYさん、そしてウインドシンセサイザーの私。慰問活動の場合には、リズムセクションは、自作のカラオケ。リズムセクションとは、♪ブンチャ、ブンチャ♪とベース、ピアノ、ドラムでリズムを刻むパートのことだ。

大きな舞台では、全て生バンドでやりたいが、小さなホールや部屋では当分この編成で行きたいと思っている。一度、この編成でやってみたが、まあまあだったので、この調子でいきたいと思っている。

4月の第3日曜日には「ゆったり勝山」でやることになっている。バンドには種々の楽器が使われている。しかし、どのような楽器が使われていても、ギターとウインドシンセサイザーで演奏するのだ。編曲は大変だが、演奏も大変だ。

観客の皆さんと短くいろんな話を楽しみながら、演奏したいと思っている。Y さんのいろんな演歌に私の作ったオリジナル演歌、そして、楽器演奏を交えてやってみたいと思って、今、週に一回ペースで練習している。

昨年の猪瀬文化祭でのハワイアンバンドとフラダンス。

昨年の猪瀬文化祭でのハワイアンバンドとフラダンス。

ジャズも練習だけはしているが、まだまだだ。でもやっているだけでも楽しい。夏になったら、オール生でハワイアンバンドをやり、フラダンスとともに活動したいと思っている。何よりも、指を使うので、頭の体操にもなるのではないかとひそかに期待している。

 

10年前に考えたこと ③ 地位が人を育てる

18 2月

若者に活躍の場を  2006.1.5
自分のことしか考えられなかった人間がある地位を得て、急に活躍することはよくあることである。

教員の世界で言えば、教頭や校長などの管理職になると、大丈夫かなと心配するような人でもそれなりに以前と比べて視野が広がり、他に指導できる人間になるから不思議である。

また、昨日まで学生だった者が教員になったとたんにそれらしく振る舞うから不思議である。周りから「せんせい、先生」とおだてられ、すっかりその気になって自分の力を過信するのは困ったことではあるが。

PTAの役員でもそうである。学校や子供のことをあまり考えなかった者が、委員長や会長になると立派な挨拶をし、教育に関心を持つから不思議である。

もっとも、私も、子供のおかげで親にしてもらったようなものである。妻のおかげで夫に、そして男にしてもらったようなものである。

こう考えてくると、人はどのようにも育つように思われる。置かれた環境、立場によって、考え方まで変わり、それが行動にも影響を及ぼすのである。

しかし、こうした立場や役職の中には、失われるものもある。いつまでも、会長でもあるわけではないし、いつまでも社長であったり、先生であるわけでもない。

しかし、いつまでも昔の名前で人前にしゃしゃり出て周囲のひんしゅくを買う人がいるが、そうはなりたくない。「○○退職校長会」などはその最たるものであろう。辞めてもなお“校長”の名を離せないらしい。地位を離れたら、その立場で肩の力を抜いて人生を送ればよいではないか。

全ての地位を退いてなお渋く光る人間がいるが、それこそ本物であろう。間違っても“教師の職業病(No.13参照)”にはかかりたくないものである。

今私たちが為すべきこと、それは、『若者にこそ、彼らに相応しいポジションを与える』べきではなかろうか。『彼らに相応しい活躍の場を与える』ことではなかろうか。

私たちは真剣にこのことを考えるときではないか。青少年に活躍の場を与えること……。次代を担うのは間違いなく彼ら若者なのだから。

 
 

10年前に考えたこと① 教師の職業病

17 1月

40年前の恩師の言葉 2005-12-15

私の恩師(校長だったN氏)が、今から40年前に私たちに語った言葉がいくつかある。その中に、『教師の職業病』というのがあった。教師がかかる病気とは、常に白墨(チョーク)を使っているので、その粉をすって肺でも悪くすることかと当時は想像したが、全く違っていた。

教師は、通常、子供の前に立って授業を進めることが多い。また、保護者からはどんな新米でも「先生、先生」と呼ばれて、自分に力がなくても形式的には一定の身分が保証されている。

周りの者が苦々しく思っても、子供を人質に取られているだけに思うことも自由に話すことが出来ない。そこで保護者は、当たらず触らずにして一定の距離感を保っている。

こうした状況に気が付かないまま長年教師を務めていると、世間の者まで生徒に見えてしまうのか、その対応の仕方が子供に対しているように、自分が立場的に上にいるような態度をとることが多い。

そして、退職後も「先生、先生」と呼ばれて、すっかり世間の常識から外れてきてもそれに気が付かず裸の王様のごとく振る舞ってしまう。

こうした状況を我が恩師N氏は、『教師の職業病』と称して、私たちに気を付けるよう諭したのである。

この病気にかかった先輩も少なからず世間にはいる。そこで私は、時々このことを思い出して部課長のみなさんに話すことがある。

「よきリーダーになれ。かつまた、よき兵隊になれ」と。役職で動く部分と役職を離れて一市民として動く部分があれば簡単にはこうした病気にはかかるまい。

(今も心すべきことである。)

 

変化に弱い年頃か

16 1月

ソフトの変更についていけるか
昨年で自分の?回目の干支も終わり、今年からまた新しい年が始まった。この機会にソフトのバージョンをアップしようと考えた。

まずは、音楽作成ソフトだが、バージョンを二つ飛び越えての新規購入だ。似ているところもあるが、似て非なるところもあり、それよりも、新しい言葉について行けないので困惑している。

各楽器の音色やボリューム等を調整する編集画面。

各楽器の音色やボリューム等を調整する編集画面。

前回のソフトでもそうだったが、機能の1割か2割しか使っていなかったのではないだろうか。それがバージョンアップしたために、かなり新しい機能が加わったような気がする。

おびただしい数のメーター類。理解するだけで、数年かかりそうだ。今となっては、最低限の機能を使って自分のやりたいことをやるしかない。

とにかく、ギターなどでメロディーを考え、どの楽器をどのように使うかを考えて編曲し、歌ならば、レコーディングし、最後にCDにするという作業手順だ。

今日、ソフトをインストールしてみたが、退くに退けない状態だ。「遊びだから、まっ、いいっか」の心境である。

ついでに、ワープロソフトも16年版にバージョンアップすることにした。こちらは、来月発売なので予約というところだ。

それに、ソフトではないが、ウインドシンセサイザーも最上級機種を購入した。こちらもかなりの音楽的な知識を要する設定があるが、その前に、一種の管楽器(のようなもの)だから演奏技術が必要だ。これも、望むところまで上達するかはきわめて怪しい。

今、急激な変化に戸惑っているところである。今年は、頭と体の体操に時間が許せば取り組みたいと思い直しているところである。

 

 

バランス

02 1月

バランスが欠けていては
世の中にはバランスが必要だと思っている。個人であれ、団体であれ、地域であれ、国家であれ、……。
一人の人間においてもバランスは必要だと思っている。「私は理系だ……」とか「私は文系だ……」という人がいるが、一人の人間の中にどちらも必要ではなかろうか。理系の学問をする人でも、どこかで文系的な思考が必要になろうし、その逆もあり得る。
“ワーク・アンド・ライフ”バランスと言う言葉があるが、働くことと日頃の生活のバランスがとれていなければならないように思う。人間は、働く機械ではないのだから。
「生きるためには、生活が多少犠牲にしても仕方ない」という仕事優先の生活を送っている人は少なくないだろう。しかし、「仕事(ワーク)と生活(ライフ)のバランスがとれている方が、仕事にも好影響があるように思われる。
特に、高齢化社会になった現代こそ、すべての人にワーク・アンド・ライフバランスが必要だと思う。
政治の世界でも、与党と野党のバランスは必要だと考えている。一強多弱と言われる今の政治の世界は、決めるという点ではメリットがあるだろうが、民意を汲み取る力に欠けるのではなかろうか。
今の世界情勢を見ていると、結局は力が幅をきかせているように思えてならない。軍事力、経済力……。力が幅をきかす世界では当分の間はテロのような問題が後を絶たないのではないかと気にかかる。力に対して文化の力で、世界の人たちが共存できないのだろうか。
勝つか負けるか、持っているかいないか、効率がよいか悪いか、といった価値観だけではなく、人間として心地よく感じるものにも価値を見いだすことのできる生き方をしたいものである。
 

 

勝山の葉たばこ作り

16 4月

重要な勝山の農産物
16 勝山のたばこ

家族総出で苗床作り。

家族総出で苗床作り。

苗床で成長する葉たばこ

苗床で成長する葉たばこ

たばこに土寄せする人達。

たばこに土寄せする人達。

乾燥した葉たばこ。

家の前で乾燥した葉たばこを並べる。出荷直前だ。

 
 

勝山の農業

14 4月

代掻きと田植え

馬を使って代掻き。馬は貴重な労働力だった。

馬を使って代掻き。馬は貴重な労働力だった。

代掻きを終えて馬と共に家路へ向かう。

代掻きを終えて馬と共に家路へ向かう。

苗代。ここで育てた苗をとって束にし、田植えをするのだ。

苗代。ここで育てた苗をとって束にし、田植えをするのだ。

田植え風景。男性が田植えをする女性に苗を運んだ。

田植え風景。男性が田植えをする女性に苗を運んだ。