孫達にふるさとを
一週間前に、家内が長男の住む横浜へ出かけていった。そして、今日二人の孫達を連れて戻って来た。私は福井まで迎えに行った。
私たちの願いは、この夏休みの間に、孫達にふるさとでいろんなことを体験させてやりたいと思う。畑で野菜をとったり、プールや川や海を出かけたり、村の子ども達と遊ばせてやりたい。
できることなら、いろんな行事にも参加させてやりたいと思う。村の子供や大人とも触れ合う機会を持たせてやりたいと思う。
私の考えだが、今の子ども達や若者には、「我が家あって、ふるさとなし」だと思っている。それは子供時代からの生活体験がそうさせていると思っている。
生まれるとすぐに、保育園、その後も保育園のままか、幼稚園。そして、学校へ入れば児童センター、スポーツや文化活動、または習い事などで自宅との往復。中学校以降は、学校と部活動などでこれまたぞたくとの往復。そのため、地域でいろんな体験をする機会が激減した。
地域の子供同士が触れ合う機会は年に数回あるかどうかだろう。地域でいろんな活動をするのも同様に年に数回もあることはなかろう。
大人達の側からすれば、村の子ども達と接する機会は、登下校以外はほとんどないであろう。これでは子ども達は、地域で居場所などは作れず、愛着もわかないであろう。
その結果、年をとれば「無縁社会」というありがたくない言葉までが生まれてしまうのだ。自宅と職場や学校の往復だけでは、地域に居場所は作れまい。
とにかく、孫達には、勝山でしか体験できないことを一つでも多く、体験させてやりたい。自然に触れさせ、地域の人に触れる機会を多く持たせて、勝山での思い出を作ってやりたいと思う。
こうしたことで居心地がよくなれば、この地をふるさとと思うであろう。私の次女は、高校以来毎年欠かさず左義長には必ず帰って来て櫓に上らせていただいている。
地元に居心地をよくしてくれている大人がいるからであり、仲間がいるからであろう。孫達にも、居心地のよい家にしてやりたいと思う。
夜は例によって、孫達と風呂に入った。腕の中にすっぷり入った長女も今では抱きかかえるのも困難なほど大きくなった。
春休みには私の腹を蹴って逆上がりの練習をしていたが、1学期の間に逆上がりはできるようになっていた。自転車にも乗れるようになったいた。子供の成長は早い。
成長の過程での豊かな体験は、その後の成長をより豊かなものにしてくれると確信している。とにかく孫達との生活が始まった。安全を心がけながら、楽しく過ぎしたいと思う。
(日記 午前中、大掃除。孫達が来るので、居間、台所、私の部屋、寝室などを掃除した。汗だくになってシャワーをし、孫達を迎えるために、福井へ向かった。昼頃、横浜の孫達が福井駅へ着いた。途中で、昼食をとり、我が家へ着いた。午後3時から、『ふるさとの踊り大会』の伴奏隊の練習。尺八、三味線、歌の担当者が私のスタジオへ集まり、3時間あまり練習した。孫達は、畑でトマトをとり、食べていた。いつもは夫婦だけで食事をしているが、今日は二人の孫を加えて賑やかに食事をした。その後、いっしょに風呂に入り、孫達の帰省初日は終わった。)