分かってもらう楽しみ
「数学は大嫌い!」という高校生は少なくない。そんな高校生に「なるほど」と分かる喜びを味わってもらうのが私の長年の仕事だった。
だからといって、解き方を教えればいいというものでもない。授業は説明ではない。自分の頭で考えて分かってもらうことが大切だ。ここが難しいところ。
「学校の試験は答えが一つしかない。」とよく言われる。数学も同様だろう。しかし、答に至る道筋は色々考えられる。
ところが世の中へ出ると、どのような問題でも、答えは一つではない。もしかしたら、正解に近いものはあっても正解はないかも知れない。
「少子高齢化に対処するには?」、「過疎化対策は?」、「福井駅前を活性化するには?」、「領土問題を解決するには?」、「今後のエネルギー政策は?」……。
どれをとっても、解決法は簡単には見い出せない。だからといって放置するわけにも行かない。何らかのアクションを起こさなければならない。
学校の勉強には二つの側面がある。一つは、文字通りその教科について学ぶこと。もう一つは、その教科を通して学ぶことではなかろうか。
数学ならば、数学そのものを学ぶことによって、他教科に応用することもできる。それと同時に、与えられた条件の下に解答を導く過程で様々な論理的思考が要求される。
これらは、文理を問わず、社会で色々役立つと私は信じている。理系に進もうと文系に進もうと問題を解決するためには論理的思考は不可欠である。
そんな数学を少しでも高校生に親しんでもらいたいと今でも思っている。しかし、高校生に授業をしなくなってから15年が経過した。それでも数学を指導したいという情熱は今も私のどこかに少しは残っている。
福井へ出かけたついでに、数学の問題週を一冊買ってきた。頭のトレーニングであると同時に、何か高校生に役立つことを考えられないかと思ったからである。行動を起こしたいものだ。
(日記 午前中、区の事務処理。その後、内蔵のCT写真を撮るために福井の病院へ。帰り際、家内とショッピング。ジャンパーを買い、本屋で数学の問題集を買った。台風の影響で風が強く、雨も強く降って寒かった。午後7時より太鼓の練習。といっても私は8時過ぎに顔を出しただけだが。知人の米寿に招かれているからだ。)