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何かできることがあるのでは

10 3月

まもなく2年
  東日本大震災から、まもなく2年が経過しようとしている。テレビでは、連日震災に関する番組を放映している。復興はまだまだだという感じがする。震災の影響を受けて、まちが壊滅的な打撃を受けた人たちは大変である。

  地盤沈下のために、まちを動かしたいが、どこにつくるかが定まらない地区、海岸沿いでの居住を諦めて故郷を離れた人、避難所生活で精神的にダメージを受けている人、……様々である。

 特に、将来への希望を失っている人は悲惨である。「何をどうすべきか」、「どう生きるのか」が全く見つからないのである。陸前高田の市長が「千年に一度の大災害が起こったのに、その対応は旧態のままであり、これでは復興には全く対応できない。」と語っていた。

  千年に一度の大災害が起こったのなら、その対応も平時とは全く異なる“千年に一度の対応”つまり、規則も平時とは全く異なる緊急的なものでなければならないということだろう。

  液状化現象の起きた茨城県や千葉県なども悲惨であった。新築の家が傾いてしまっているのである。ローン返済も終わっていないのに、家が傾いてしまって住むのが困難な家もたくさんあったようである。

  さらに、福島は別の意味ではもっと悲惨である。地震の被害だけではなく、原発の災害も加わったからである。自宅が帰れる状態であっても、放射能に汚染されているために、帰れない人も沢山いるが、全く気の毒である。

  特に幼子のことを思うと、親としては、簡単にはふるさとへは戻れないようである。多感な子供時代を落ち着いた環境で生活できない子どもたちは全く気の毒である。

  除染活動を見ていると、素人ながら大丈夫かなという気になる。汚染された土を、庭の隅に大きな穴を掘りブルーシートで包んで埋めているシーンが映し出されたが、このようなことで放射能を取り除くことができるのだろうか。

  住宅地もさることながら、農地や山地が汚染された場合、除染作業は簡単ではない。原発事故は、私が想像しているよりはるかに大きな災害だった。こうした地区の復興はいつになるのだろうか。

   しかし、2年も経つと、事故の悲惨さは多くの人たちから忘れ去られている。原発も再稼働、再稼働の大合唱である。見ていて歯がゆい思いがする。当事者達の無念さは想像を絶するものになるだろう。

  このような状況を見ていると、私にも何かお手伝いできないかと思ってしまう。できれば、今年中には、東北地方へ出かけて、ささやかながらも何かお役に立ちたいものである。そのために、何から始めればよいかを今考えている。

村の神社の春祭り。今年一年の地区の安泰を願う。(於:片瀬白山神社)

(日記 今日は終日忙しかった。午前7時半に、村の地境問題の立ち会いのために区内の現地へ出かける。関係者、市役所職員、測量会社が来ていた。午後1時半から、区の神社の春祭りである。神主さんが我が家へ来られた。衣装を着替えたところで神社へご案内。神事が行われた。その後、区の会計処理。午後5時から猪野瀬体育協会の総会・懇親会が行われた。懐かしい顔が見られた。)

 
 

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