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ダブルナビで北海道・東北を3000km(③-1)

25 8月

職員の創意工夫が見られる旭山動物園の行動展示
旭山動物園(7月28日午前中)  札幌のホテルを出て一路旭川市の旭山動物園へ。この旭山動物園は、マスコミ等では有名な動物園だ。家内も「一度は見たい」と言うので見学を決めたのだ。

素朴な看板のある動物園入り口

素朴な看板のある動物園入り口

「旭山動物園」はどこにでもあるような地方の小さな動物園だ。象、ライオン、パンダはいないし、イルカやシャチ、鯨などのショウもない。

ここでのスターは、「シロクマ」「ペンギン」「アザラシ」「カバ」だ。他の動物園なら、さっと見て通り過ぎるくらいありふれた動物たちだ。しかし、その展示方法は全く独特だ。

「シロクマ」は、陸上でも、水中でも見ることができる。間近で見るその姿はとても迫力がある。また水中を動き回る姿をとてもユニークである。いつまでも見ていても飽きが来ない。

水中を泳ぎ回るシロクマ

水中を泳ぎ回るシロクマ

「ペンギン」は下や横からから見ることができ、まるで空を飛んでいるようだ。入園者は水中にあるガラス張りの通路を通りながら見るのだ。

まるで空を飛んでいるようなペンギンの動きがよくわかる。

まるで空を飛んでいるようなペンギンの動きがよくわかる。

「カバ」は、上から横から下から見ることができる。思ったよりもはるかに敏捷性があり、見ていても飽きが来ない。

下から横から上から動き回るカバの姿を見ることができる。動きは意外とすばしこい。

下から横から上から動き回るカバの姿を見ることができる。動きは意外とすばしこい。

「アザラシ」はガラスの筒を上から下へ、下から上へ泳ぎ回っている。写真を撮ろうとしても、なかなかシャッターを切れない。写真を撮るために何度も何度もシャッターを切ったがよい写真は撮れなかった。

太いガラス管の中を上下するアザラシの姿は見応えがある。

太いガラス管の中を上下するアザラシの姿は見応えがある。

それにここの動物園は手作り感がいっぱいだ。看板などはほとんどが職員の手作りのように見える。ちょっとした場所にもその工夫が見られる。

道路脇の空いたスペースにはこのような手作りの展示物が並べられて興味深い。

道路脇の空いたスペースにはこのような手作りの展示物が並べられて興味深い。

このような素朴な看板が至る所に見られる。

このような素朴な看板が至る所に見られる。

「寒いところに住む仲間」と書かれた手作り看板の動物たち

「寒いところに住む仲間」と書かれた手作り看板の動物たち

また、動物の視点で他の動物を見る工夫も凝らされている。猛獣の中のウサギの視点、雪原の中でアザラシの視点でシロクマを見ることができるような工夫もなされている。

シロクマの檻の中に半球の透明ドームが設置されていて、ここからアザラシの視点でシロクマを見ることができる。

シロクマの檻の中に半球の透明ドームが設置されていて、ここ(黄色い⇒)からアザラシの視点でシロクマを見ることができる。

このような旭山動物園の「動物の生態や習性に合わせた展示方法」おかげで全国トップレベルの人気を誇っているとのことである。

人気の秘密がわかった気がした。まちづくりでもビジネスでも教育でも何にでも応用の利く考え方である。まさに「知恵無限」である。

(7月28日の午後の見学は次回)

 
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ダブルナビで北海道・東北を3000km(②)

24 8月

青春の思い出「石原裕次郎記念館」
小樽 7月26日(火)の午前4時半に小樽港に到着。車に乗り込んで早朝の小樽のまちに上陸。こんなに早い時間には見学するところはないので、先ず小樽運河の脇の道を家内と散策。

小雨の降る中、小樽運河界隈を散策

小雨の降る中、小樽運河界隈を散策

かつては栄えていたのだろうが、今は古ぼけた建物が多い。そんな建物のいくつかはガラス館など観光施設に鞍替えしている。

話は変わるが、私はズボンを居間に忘れてきたので、ジャージしか持ち合わせがない。店が開いたら小樽の町で買うつもり。

“小樽のまち”と聞くとなんとなく東京ロマンチカの「小樽の人よ」を思い出す。歌の力は大きい。前回の北海旅行では、北一ガラス館などを見学したが、今回は小樽の町は運河界隈の散策と『石原裕次郎記念館』を中心に見学する予定。

午前9時から開館する『石原裕次郎記念館』を先ず見学。これで三度目だ。ここへ来るとなんとなく、高校時代の頃を思い出す。ほろ苦い青春時代がよみがえってくる。

左上:フェリ-甲板から早朝の小樽のまちへ車を進める。その他の写真は小樽の町並み。

左上:フェリ-甲板から早朝の小樽のまちへ車を進める。その他の写真は小樽の町並み。

当時流行った石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』の影響を受けて私は大学の軽音楽部でドラムを始めたのだ。今回も記念館では短い映画を上映していたが、その中にも裕次郎のドラムをたたく姿が入っていた。

今回は大人二人の旅なので、館内でもゆっくりすることができる。途中で、喫茶コーナーへ入り、のんびりくつろぐ。

石原裕次郎は、俳優として歌手として活躍したのだ。特に、日本人離れした足の長さには日本中があこがれたものだ。

このドラム姿にあこがれて今でも時々ドラムをたたくことがある。

このドラム姿にあこがれて今でも時々ドラムをたたくことがある。

左:20歳頃の私(1963年) 右:三国観光ホテルで演奏する今年の私(2016年)

左:20歳頃の私(1963年) 右:三国観光ホテルで演奏する今年の私(2016年)

石原裕次郎記念館を家内と一緒にゆっくり見学した後、ズボンを買うためにナビで「ユニクロ」を探して買い物に出かけた。

ユニクロはナビのおかげですぐに見つかった。ジーンズを1本買って長さをその場で合わせてもらった。今日からは、ジーンズで過ごそう。

札幌 昼過ぎに札幌へ向かった。先ず今晩泊まるホテルの駐車場へ。チェックインの時間の午後3時より少し早いのでその分駐車料金は上積み。

北海道の開拓期を偲ぶ赤煉瓦の北海道庁旧本庁舎

北海道の開拓期を偲ぶ赤煉瓦の北海道庁旧本庁舎

その後、傘を差して雨の札幌市内を散策。大通公園ではサッポロビール祭りが開催されていて、一区画ごとにサッポロビール、キリンビール、アサビールなどの大型店とビアホールが並んでいる。

大通公園を散策した後、北海道庁旧本庁舎へ。前庭の花がとてもきれいだ。中の資料館を見て、次は、サッポロ時計台へ。これらの場所は一度来たことのある場所だが、なんとか寄りたかった。

左:きれいな花壇が整備されている札幌大通公園 右:札幌時計台

左:きれいな花壇が整備されている札幌大通公園 右:札幌時計台

かなり雨が降っていたのは残念だったが、何度か来たことのある場所なので、見学と言うよりも、運動不足解消のためのウオーキングをしているという感じだった。ホテルへ戻って家内はコインランドリーで洗濯。(札幌宿泊)

 
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ダブルナビで北海道・東北を3000km(①)

23 8月

10泊11日で北海道・東北旅行
20数年前に子供達と車で出かけた北海道へ家内と二人でもう一度旅行をしようと決めた。7月24日(日)の村の夕涼み会から8月6日(土)のさつき苑の夏祭り、翌7日(日)の村の山道作りの間の2週間を使うしかない。

新潟港で出港を待つフェリー「ゆうかり」

新潟港で出港を待つフェリー「ゆうかり」

今回の旅行の目的は、北海道を少し見て、後は東北の被災地を自分の目で見ることだ。最後は、映画「フラガール」のモデルとなったスパリゾート・ハワイアンズへ寄り、今春生まれた孫の顔を見ることも目的の一つだ。(他の孫達は8月7日にやって来ることになっている。)

早速、運動会の翌日の午後、新潟港へ向けてワゴン車で出発。「ダブルナビ」とは本当のナビと助手席に座る妻の指示だ。翌日の午前10時半の小樽行きのフェリーに乗ることにした。これも以前と全く同じ。

忙しかった毎日が嘘のようにのんびりした船旅。個室でのんびりくつろぐことができて車も運んでもらえるのがフェリーのよいところ。

途中で、小樽から新潟へ向かうフェリーとすれ違う。フェリー内では、新潟の歌手のコンサート。のんびりした時間が流れる。今回の旅行で一番困るのは、夏野菜の収穫と水やりだ。

上左:船上でのんびり。上右:鴎たちも旅に同行。下左:船上コンサート。下右:旅の楽しみの一つは食事(船内レストランで)。

上左:船上でのんびり。上右:鴎たちも旅に同行。下左:船上コンサート。下右:旅の楽しみの一つは食事(船内レストランで)。

トマトだけは、完熟したものから薄ピンク色のものまで数十個とキュウリなどを車に積み込んできたのだ。他は、家内の友達に頼んで、適当に処分してもらうことと、水やりだけはお願いしての出発だった。

計画はおおざっぱにしか決めていない。いざというときのために車にはマットレスで凹凸をなくして寝床が積んであるので、疲れたらどこでも休む(寝る)ことができるようにしての出発だった。はたしてどんな旅になることやら。(ブログの不具合で今頃旅行記をアップすることになった。)

 
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ショウガの種の保管(実験)

22 8月

第1期生、第2期生の種が順調に成長

初代種より収穫したショウガ

初代種より収穫したショウガ

私の住む片瀬はショウガの産地だった。今から100年ほどの前の若者達が書いた書籍「片瀬誌」に産地であったことが書かれている。

私の子供の頃には、祖母が大野・勝山地区はもちろんのこと永平寺、松岡町、美山、上庄地区へ売り歩いていたのを覚えている。

しかし、一つの弱点は“種ショウガ”を自分では保管できずに他地区から購入していることだ。自前の種でショウガを栽培できたらこれほどうれしいことはない。

初代種より収穫した新ショウガ。みずみずしくてとても柔らかで美味しかった。

初代種より収穫した新ショウガ。みずみずしくてとても柔らかで美味しかった。

私は、ショウガ研究のために、家内と二人で出雲大社の近くの出雲市斐川町出西地区へ車で出かけた。そして、道の駅やあちこちで聞きながらアポなしに出西ショウガ組合長の永富さん宅へ辿り着いた。

そしてショウガについてあれこれ聞かせていただくことができた。「出西ショウガ」に目を付けた理由は、テレビ番組でベッキーやカバちゃん達が出西ショウガを紹介していたからだ。

その後、村のSさんも種を自分で保管していると聞いたので、もしかしたら冬期に一定の温度さえあれば、自分でもショウガの種を保管できるのではないかと考えて一昨年からショウガ種の保管実験に着手。

昨年は自前の種と購入した種が半々だったが、今年は、すべて自前の種でショウガの栽培実験を行っている。今のところ生育は順調だ。私の実験の狙いは二つ。

1.シュウガ種を自前で保管して使うこと
 2.ショウガを早く成長させること

少なくとも、今年に関しては、1は完全にできているし、2もこれまでは神明神社の祭礼(9月18日)あたりからショウガを収穫し始めていたが、今年はすでに1ヶ月早くから収穫している。私のショウガの初収穫は8月16日だった。

今後何が起こるかわからない(全滅するかもしれない)が、これからも実験を続けていこうと思っている。毎日「新ショウガの一夜味噌漬け」を食べているが、最高である。これ

種の保管と植え付け

種の保管と植え付け、そして初収穫の2代目種による新ショウガ。

には家内も満足しているようだ。今月中には、紅ショウガも酢漬けも作る予定。何よりも、毎日ショウガを食べられるのは最高。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショウガの出荷をする出西ショウガ組合長の永富さんの奥様。(2009年8月28日)

ショウガの出荷をする出西ショウガ組合長の永富さんの奥様。(2009年8月28日)

 
 

第二の人生に音楽を

30 5月

第5回 大学軽音楽OB演奏会に参加して
大学軽音楽部OB会の演奏会が三国観光ホテルのステージを借り切って開催された。いつもは日本の真ん中近くにある浜松で開催されている。部員が全国に散らばっているからである。

創部50周年を記念して開催されるようになったが、今回はその5回目の節目なので三国で開かれた。私は第2期生であるので、卒業してから50年あまりが経過している。この部活動は、創立後12、3年で廃部になってしまったらしい。

従ってOBは全員が60歳を超えている。最年長は74歳、私は73歳で2番目、一番若いメンバーは63歳である。今回は7バンドが出演した。40数名が地区ごとにバンドを編成しての出演である。

昔のメンバーと編成することはほとんどない。全国に散らばっているので、近辺の者とバンドを組んでいる。今回は、記念大会として部の創立メンバーで演奏するつもりだったが、本番1ヶ月前にメンバーの都合で演奏することができなくなった。私はドラムで出演するつもりだったが、出番がなくなってしまった。

慌てて、臨時のバンドを組んで出演することになった。バンド名も考える暇がないので後輩達が勝手に“やまさんバンド”としてプログラムに載せてくれた。

ギターとボーカルはOBではないが、普段私が勝山でバンドを組んでいるメンバーに頼むことにした。それに加えて、福井バンドの余力あるメンバー(テナー&ソプラノサックス、サイドギター、ベース、ドラム)に応援してもらって出演することになった。

私は、3曲はウインドシンセサイザーで演奏、2曲はドラムで出演した。練習不足ではあったが、それでも楽しく演奏することができた。

第1部は午後12時半から午後4時半まで、第2部は午後7時から9時までまさに音楽三昧の一日だった。「第2の人生に音楽を」を合い言葉にまだまだ続きそうな“アラセブン”達であった。

その後の2次会でも午前様になるまで音楽談義が続いて一日だった。この調子では動けなくなるまでバンドをやりそうな勢いである。私も、頑張らなくっちゃと思ったOB会であった。

OB会で演奏する「ヤマバンド」

OB会で演奏する「ヤマバンド」

福井、愛知、浜松、奈良、静岡などの出演バンド。連れ合い(妻)がボーカルというバンドもあった。

福井、愛知、浜松、奈良、静岡などの出演バンド。連れ合い(妻)がボーカルというバンドもあった。

 
 

通販全盛時代

04 4月

不良品などトラブルがあったときには
市内や県内で買えるものはなるべく買うようにしているが、専門的なものとなると、市内県内では注文のしようがない場合が多い。

ネットで注文した場合に、何か問題があったときにはどうしたらよいのか?この部分が田舎に住むものにとって最大の懸念材料であった。

今日あったことも含めて、具体的な例を三つあげてみたい。

その1……ある業者を通してキーボードとヘッドフォンマイクを購入した。注文する前に調べてあるので、楽器はどこの製品かがよくわかる。しかし、小物のマイクとなると調べずに買った。

ところが、マイクの方がうまく作動しない。そこでメールでその旨を伝えると、早速宅急便で新品が送られてきた。そして、元の不良品を送り返す箱まで送られてきた。住所も書いてあるので、宅急便の業者に渡すだけだった。

手間もほとんどかけず、一本のメールで新品と交換してもらえた。こちらの方は今も、順調に作動している。ちょっとネットを見直した。

その2……昨日のこと、最新式のウインドシンセサイザーが急に作動しなくなった。これも福井の楽器点でも売っていないものなので、昨年暮れにネットで注文した。注文先は東京の某カメラ店。

電子楽器の怖いところは、トラブルがあっても素人にはどうしようもないということだ。楽器店の店員さんも対応できないようだ。症状を伝えると、修理の方法は二つあるという。一つそのカメラ店へ楽器を持ち込めば、メーカーに渡して修理してくれるという。保証期間なので、こちらのミスでの破損でなければ無料だという。

しかし、まさか東京まで楽器を運ぶわけにも行かない。次の方法は、送料はかかるが、引き取りサービスがあるという。宅急便の業者が取りに来てくれて、メーカーで修理し、それをまた自宅へ届けてくれるという。3,000円くらいの送料はかかるがやむを得ない。

修理する方法はあるとわかったので、今度は購入先ではなく、楽器を扱う会社のカスタマーサポート部へ電話をかけた。技術者が対応してくれた。症状を聞いて、対処法を教えてもらった。5分で直ってしまった。あれほどスイッチも効かず、ディスプレイに文字が出たままで手の施しようがなかったのに。

その3……最近、それまで使い続けている音楽ソフトの5代目ぐらいにあたる最新のものに更新した。バージョンアップしながらここ2,30年は使い続けているソフトだ。歌を作るのもCDにするのも、歌や楽器の練習をするためのカラオケを作るのにも使える愛用のソフトだ。

しかし、マニュアルが高等すぎて私の手に負えない部分が多々ある。そこで、その旨をメールすると、毎回即座に丁寧な回答があるのだ。しかも、手順を示すパソコン画面の絵まで添付してあるのだ。

しばらく、メールの交換が続いた後、「一度電話で話しましょう」とまで言ってくださった。パソコンを見ながら、対応することができた。

上記のような例から、最近、通販が広がる理由を見たような気がした。要は、アフターサービスだ。新製品が出てきて品物が高度化・電子化すると、地方の販売店では対応できないのだろう。販売すらできないものが多くなってきた。それらに対応する技術者がネットで答えてくれるシステムだ。ネット販売はまだまだ普及しそうな勢いである。

 

 
 

現場感覚

01 4月

現場感覚を持ってほしい
私は、政治に関する番組をよく聞く。衆参の予算委員会などの国会討論などだ。そんな中で、「選挙のためなら何でもする◎党には絶対負けません!」とおっしゃる有名な政治家がおられる。

これって与党が言っているのか、野党が言っているのか。実は、両者が言い合っているのだ。国民は知っている。うまく理論付けをするがどっちもどっちだと思う。

政治家の皆さんのやりとりを聞いていると「現場感覚がない」のではと思うことが少なくない。市民感覚がないともいえる。机上の空論が多過ぎはしないだろうか。

「保育園落ちた。日本死ね」のメール問題のやりとりも、テレビでライブで見ていた。この問題では保育園の数や保育士の待遇の問題など、様々な問題があるのだろうが、一番の問題は保育の現場を知らないことではなかろうか?

仰々しく現場視察をして何がわかるのだろうか。せめて、政策を提言する省庁の皆さんには、若いうちに一週間ほど、現場の保育士さんと一緒に働いてみたらどうだろうか。きっと、何が問題かがわかるはずだと思う。

あるときテレビを見ていたら、戦場カメラマンが「なぜ戦場へ向かうのか」とのキャスターの質問に「戦争の現場を知らない人があれこれ東京で議論している。こうした人たちに戦場の本当の姿を伝えたい。」と答えておられたのが印象的だった。

農業問題も同じ。政治家の皆さんに田んぼへ入れとは言わないが、役人さんには、過疎の村で獣害に遭いながら必死に農業をしておられる皆さんと1週間ぐらい一緒に働いてみてはどうだろうか?基盤整備された田んぼばかりではないのだ。皆都会へ出て行って残された高齢者が山にへばりつくような条件の悪い農地で頑張っておられるのだ。健康を害する人も少なくないだろう。

もっともっと、現場を知っていただきたい。短時間の視察では現場はわからない。一定期間、一緒に暮らさなければ現場はわからない。これは、教育の世界でも同じであろう。子供の、クラス生活空間が今どう変わってきているのか、世の中の変化とどうつながっているのかを知らなければ血のつながった始動はできないのではなかろうか?

 
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バンド練習

16 3月

頭の体操を兼ねて「トーク・アンド・ミュージック」
ギターのOさん、かっちゃまの「五木ひろし」と言われるYさん、そしてウインドシンセサイザーの私。慰問活動の場合には、リズムセクションは、自作のカラオケ。リズムセクションとは、♪ブンチャ、ブンチャ♪とベース、ピアノ、ドラムでリズムを刻むパートのことだ。

大きな舞台では、全て生バンドでやりたいが、小さなホールや部屋では当分この編成で行きたいと思っている。一度、この編成でやってみたが、まあまあだったので、この調子でいきたいと思っている。

4月の第3日曜日には「ゆったり勝山」でやることになっている。バンドには種々の楽器が使われている。しかし、どのような楽器が使われていても、ギターとウインドシンセサイザーで演奏するのだ。編曲は大変だが、演奏も大変だ。

観客の皆さんと短くいろんな話を楽しみながら、演奏したいと思っている。Y さんのいろんな演歌に私の作ったオリジナル演歌、そして、楽器演奏を交えてやってみたいと思って、今、週に一回ペースで練習している。

昨年の猪瀬文化祭でのハワイアンバンドとフラダンス。

昨年の猪瀬文化祭でのハワイアンバンドとフラダンス。

ジャズも練習だけはしているが、まだまだだ。でもやっているだけでも楽しい。夏になったら、オール生でハワイアンバンドをやり、フラダンスとともに活動したいと思っている。何よりも、指を使うので、頭の体操にもなるのではないかとひそかに期待している。

 

四苦八苦

13 3月

ウインドウズ10
毎日、トップページに「ウインドウズ10」が無料でインストールできると出ている。以前に、「対応していないソフトがあるかもしれない」と言われていたので、導入を渋っていたが、毎日毎日示されるので、そろそろいいかと思ってインストールすることにした。

ところがである。私の最もよく使う音楽ソフトが対応していない。古いものから最新のものまで3つのソフトを持っているが、私にとって一番使い勝手がよいのは一番古いものである。見やすさと音の感じがいいのだ。

機能は、たいしたことがないかもしれないが、使い勝手が最もよいからだ。ところが、ウインドウズ10になったら、古い二つは対応していないとのことだった。最新のものは使い難いし、それに百曲以上、いやその倍はあるかもしれない、自作の音楽データが新しいソフトには対応してくれないのだ。

昔からの愛用者ということで音楽ソフトメーカーの方は、親切にこちらの質問に答えて下さるのだが、簡単には理解できない。マニュアルのどこを見なさいとか、わざわざ図まで送ってくださるが、思うようにはいかない。

昔、息子が言った「下手に新しくすると大変だ」という言葉が身に染みる。膨大なマニュアルはとても読みこなせない。今日も質問のメールを送ったが、今や愛用のソフトから見放されて四苦八苦している。新しくするばかりが能じゃない。これから先どうなることやら。創作意欲が萎えてしまう。

 
 

楽しい激励会……健康回復を願って

09 3月

歓談5時間……元気をもらう
つい先日、「恐竜のまち勝山応援隊」のUさんが体を壊したということを聞き、慌てて「夢オーレ勝山」のYさんに電話をした。「Uさんの健康回復を願って激励会をしましょう」と。

早速、Yさんが段取りをしてくれて、今日、市内の居酒屋「F」で“Uさんの激励会”を開くことができた。Uさんの元気な顔を見て少し安心した。これからも無理をしないで勝山のために頑張ってもらいたいと思う。

UさんとYさんは同級生。私よりも5歳年下だが、かつては同じ職場で、文字通り「苦楽をともにした仲間」だ。いろんな困難に遭遇したが、彼らのおかげでどうにか耐えることができたと感謝している。

二人とも、私流に言えば、「リーダーにも兵隊にもなれる優れた人材」だ。自称“リーダー”は数多く見てきたが、本人はリーダーのつもりでも仲間の信頼を得られず、人を動かせない場合が少なくない。

それに比べて二人は違う。昔を語り、今を語り、将来を語れるからだ。そして、何よりも素晴らしいのは、自ら汗を流し、率先して動けることだ。二人ともこれからの勝山にはなくてはならない貴重な人材だと思う。

仕事のこと、まちづくりのこと、勝山のこと、……、話題は尽きなかった。こんなに楽しい飲み会は久しぶりだ。二人は目を輝かせてこれからのことを話してくれた。

これからの「恐竜のまち勝山応援隊」と「夢オーレ勝山」の動きから目を離せないだろう。いろんな素晴らしいアクションが生まれそうだ。二人の話から、私も元気をいただいた。

3人が共通認識を持ったことは、「市の活性化は、そこに住む市民が地域を愛し、地域に誇りを持ち、自ら行動することからしか始まらない」ということだった。他人任せではまちの活性化は望めないと言うことだ。

それには、行動力のあるリーダーが必要だと思う。彼ら二人に続くリーダーが育たなければ、地域の衰退は避けられないだろうと思う。彼らの熱い想いを聞きながら、私も元気をもらった5時間だった。まだまだ話したい気分だった。