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マップ的指導

06 1月

マップの効用
知らないまちを歩くとき、行き先を延々と口で言われてもなかなか飲み込めないだろう。ところが、地図があればいとも簡単に行き先へ行ける。

高校の数学を例に取れば、次から次へといろんなことを習う。しかし、全体像の見えていない者にはどの部分を学んでいるかが理解しがたいだろう。

数学の苦手な者には、ブラックボックスの中でもがいているようなものではなかろうか。今学んでいるのは、どの単元のどの部分かを何とかイメージ的に理解させることができないだろうか。

小学校の低学年の算数を例にあげれば、部分と全体がイメージできなければ、訳も分からずに数字を見たら足したり引いたり掛けたり割ったりしてしまうのではなかろうか。

イメージが分かれば(全体が想像できれば)理解が早くなるのではなかろうか。私は、今、こうしたことを大切にしながら参考書を作れないかを考えている。

数学を身に付けるには、(1)基本的な公式、(2)基礎的な解法が身に付いたら、後は(3)考えるしかないのではなかろうか。「考える」といっても、基本が身に付いていなければ簡単にはできない。

まだ、私には出番があるのではなかろうか。そんな気がして、私は、今はワクワクしている。やっぱり数学を教えることが好きなんだ。そう思う。

(日記 久々にのんびりした一日だ。読書をしたり昼寝をしたり。午後は、家内に誘われてウオーキング。風は冷たいが晴れていてとても気持ちがよかった。明日も、外を歩くか、プールで歩きたいと思う。夜は録り貯めておいた朝ドラを見た。)

 
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臨時総会

05 1月

役員改選
今日は、区の臨時総会。メインテーマは、役員改選だ。私も2年の一区切りがついたので、後進に道を譲ることにした。あと3ヶ月頑張りたいと思う。(4月に役員交代)

新年の挨拶をさせてもらった。

新年の挨拶をさせてもらった。

役員改選の後、せっかくの機会であるので、パワーポイントを使って片瀨の歴史の中からいくつかの問題を取り上げて、話をさせてもらった。その後、新年会(懇親会)。

「地区を愛する」とは「地区に関心を持つこと」、「区民が、気持ちよく暮らせるために区民には何ができるか」そんなことを考えたかった。

(日記 午前10時より区の臨時総会。総会で話をするための資料作りにかなりの時間を要したが、これで一段落。静かな正月が戻ったようだ。)

パワーポイントを使って村の歴史の一端を紹介。

パワーポイントを使って村の歴史の一端を紹介。

 
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「セオリー!」

04 1月

学年同窓会
私が勝山高校で最後にクラス担任をした学年の同窓会が、勝山ニューホテルで行われた。6クラス合同の同窓会だ。なつかしい顔が並んでいてとてもなつかしく楽しかった。

幹事が、受付でアンケートをしたそうだ。「ミス〇〇」、「ミスター〇〇」的なアンケートの他、「高校時代、印象に残っている先生の言葉は?」という部門で私の発していた「セオリー」がトップだった。

マイクを向けられてその説明をしたが、それよりも、「セオリーは自分の子どもにも教えて欲しい」とか、「「あのセオリーのおかげで私は数学が得意になった」とか、「あのセオリーを入れた問題集を作れば絶対売れる!」と力を入れて励ましてくれる者もいた。

最後は大きな輪になって「勝高校歌」斉唱。

最後は大きな輪になって「勝高校歌」斉唱。

セオリーとは、高校生に数学を教えているときに、生徒達が何度も同じ過ちをしないように標語的に述べたものだ。最初は、本当に標語的だったが、後にはこれを5・7・5調にしたのだが、生徒に受けたのではなかろうか。

高校時代の授業が今も印象に残っているとはありがたいことだ。私も、ちょうど今年は数学に力を入れたいと思っていたところだ。背中を押された同窓会であった。

(日記 午前中、孫に書き初めの相手をする。最後に2枚清書した。午後6時から『勝山高校学年同窓会』。当時年長で学年主任だったので、開会の挨拶を仰せつかった。かつての生徒達は皆立派になっていた。いろいろ話すことができて幸せだった。)

 
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臨時総会に向けて

03 1月

何を伝えるか
 五日に区の臨時総会を行い役員改選を行うことになっている。このあと、村の皆さんに片瀬について関心を持っていただくために、パワーポイントを使って情報を発信したいと思っている。

今日はその資料作り。ひとつは、今は年に二度「山道作り」や「草刈」を行っている大師山の裏側に位置する“奥山”の歴史について知らせたいと思っている。

歴史を調べ、地図を描き、今にどのようにつながっているかを知らせたいと思っている。地区では高齢化が進み、ひとり暮らし、二人暮らしの家庭が増えている。

従って、山道作りを実行するのにも苦労している。そんな中で、山を守るためにも、地区でしなければならないこと、そうでないことを山の歴史とともに理解していなければならないと思う。

マザーテレサが「愛」の反対は「憎しみ」ではなく「無関心」であるといったそうだが、これは地区にも当てはまる。

地区を愛するかどうか、郷土を愛するかどうかは、地区に感心も持つかどうかで決まる。地区の歴史の一端も区民の皆さんに伝えられればと思っている。

短時間ではあるが、村についての情報を発信できればと思っている。パソコンを使って一日中作業をしていた。

(日記 終日、総会のための資料を作っていた。福井の孫たちが、一緒に仲良く遊んだり、喧嘩をしたりしている。まさに正月だ。こちらは泥縄式に総会資料を作っている。もっと早く作っておけばよかったと思うが後の祭りだ。孫たちは、風呂に入り、帰っていった。)

 
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想いを書く

02 1月

前へ進むために振り返ってみる
かねてから、書道をやってみたいと思っていた。自分の想いを自分らしい字で書くのだ。文字も大切だが、想いの方がもっと大切だと思う。

しかし、なかなか踏み出せない。自分は、これまでいろんな原稿を書いてきたが、何を伝えたかったのだろうか。今年、やってみたいことの一つに、身内に向けて『私が伝えたかったこと』というタイトルで冊子が作れないかと考えている。

あるときは巻頭言を、あるときは種々の冊子の原稿を、あるときは仲間に向けて、あるときは生徒達に向けて、……、その時々に自分の想いを書いてきたし、話してきた。

それらの多くは、今も残してある。それらをそのまま原稿にするのだ。自分の成果を書いたら、嫌みになる。しかし、その時々、自分は何を伝えたかったのかを書くことは、身内になら許してもらえるだろう。

小三の孫の書き初めをのぞく二人の孫達。

小三の孫の書き初めをのぞく二人の孫達。

先ずは、我が子ども、特に教員である娘達に向けてのメッセ-ジとして書いてみたいと思う。自分自身の思い出にもなろう。

それらを原稿にした時点で、現物は廃棄したいと思う。なかなか捨てきれないものもデジタルデータにしたら、安心して捨てることができるだろう。

自分の想いを書くことは、前へ進むための、力にもなるのではなかろうか。わかいときの自分が今の自分を励ましてくれることに期待したい。

(日記 午前中は、孫の「書き初め」の相手をする。その後、村の臨時総会で話すための資料作り。総会の後に少し話すためだ。午後はずっとこの作業をしていた。話すだけでは説得力がないので、パワーポイントで、図面などを示しながら進めたいと思う。あっという間に、二日が過ぎてしまった。この調子では、一年はあっという間に過ぎてしまうだろう。正に、時は金なりだ。)

 
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平成26年スタート

01 1月

何事も前向きに
午前0時になると同時に、自宅の仏壇、神棚にお参りし、家内、長男、次女、小三の孫と村の神社へ初詣に行く。その後、村の道場へ。ここで、参拝者が今年初めての読経。

この後、子どもたちと別れて家内と二人で市内の神明神社へ行く。例年のようにお参りの後、破魔矢を購入。帰宅して床に入る。

午前9時近くに起床。午前11時に村の曹洞宗の寺へ参拝。その後、村の有志がM県議の所へ年始の挨拶に出向く。

青年会議所の理事長となった県議の長男と話をする。いつかゆっくり話をしようということになった。役所勤めの時代から青年会議所のメンバーとは何かと話すことが多かった。

前を向いていれば、いつでもどこでも話し相手はいるもんだと思う。これからも、いろんな人と話し合いたいものだ。

(日記 午前中、村の神社、道場(浄土真宗)、勝山市の神明神社、村にある仏母寺(曹洞宗)へ初詣。その後、M県議宅へ年始の挨拶。帰宅して、孫の書き初めに付き合う。今日は清書せずに、水書道で運筆の練習のみ。孫と歌の練習。静かに正月がスタート。今日は、3人の子どもとその家族や孫達全員が集まって総勢12人の賑やかな正月となった。)

 
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さようなら「平成25年」

31 12月

あっという間の1年
とうとう12月31日。あっという間の1年だった。桜の春、猛暑の夏、実りの秋と祭り、そして冬。みんな間違いなくあった。しかし、一瞬にして過ぎてしまったように思う。

子供や孫たちはソバ作り。年越しソバは手打ちそばだった。

子供や孫たちはソバ作り。年越しソバは手打ちそばだった。

あれこれやったが、何をやったのかと問われると、今年も的を絞れず、これというものがなかったように思う。“的を絞る”ことができなかったことが今年の反省か。

それでも、今年1年を無事過ごせたことは最大の喜びだ。来年は、的を絞って何か一つでも残せるものができたらと思う。さよなら平成25年、そして、ありがとう平成25年。家族にも感謝したい。

(日記 朝ゆっくり起きて、まずは仏壇と神棚の掃除と飾りつけ。午後は、車の清掃。息子や孫はソバ打ち。その後、家や事務所にしめ縄やお鏡さんの飾りつけ。午後6時過ぎに風呂へ入り、仏壇の前で読経。そして、紅白歌合戦を見ながら我が家恒例のすき焼き。ここまでは、毎年ほとんど同じ。同じように日は過ぎていくが今日は特別な一日。新しい一年が良き年でありますように。)

孫たちのおかげで楽しい一年になった。ありがとう。

孫たちのおかげで楽しい一年になった。ありがとう。

 

 
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餅つき

30 12月

年末恒例の行事
毎年、この時期に年末恒例の餅つきを行っている。孫たちが帰省するので一緒に餅をつくることができればと思っている。臼や杵でつくことがなくなったが、餅を丸めるところは昔と同じだ。

孫たちと一緒に餅を丸めた。

孫たちと一緒に餅を丸めた。

鏡餅を作り、雑煮の丸餅を作り、そのあとで、きな粉餅、(大根)おろし餅、小豆餅を作って、白菜や沢庵漬けなどと一緒にみんなで食べるのが特に楽しい。

今日は、3人の子供、5人の孫全員が揃っての賑やかな餅つきとなった。本当はぺったんぺったんと臼や杵を使って餅つきをやりたいのだが、準備や後始末が大変なので今はやっていない。

かつては、かなりたくさんの餅を私一人でついた時期がある。餅つきをやったあとは、手が震えてしばらくは字もかけなかったことを思い出す。

お鏡さんや丸餅を作った後は、きな粉餅、おろし餅、あずき餅で餅を満喫。

お鏡さんや丸餅を作った後は、きな粉餅、おろし餅、あずき餅で餅を満喫。

今は、機械を使っているが、餅を丸めたりするのは昔と同じだ。熱々の餅を細かくちぎるのはいつも私の役目。それらを丸めるのは家内始め子供たちの仕事だ。

この調子で続けていけば、孫たちの時代も機械とはいえ、餅を作り続けているだろうか。今日集まった誰もが、腹いっぱい餅を食べた。家庭の小さな幸せかも知れない。

(日記 朝から、餅つき開始。子供たちと孫たち全員が集まって賑やかだった。午後4時すぎより村の子と数学の勉強。数学を教える時はとても楽しい。今年はこの数学で何かをやってみたいと強く思う。)

途中で加わった福井の家族(長女)とも餅作り。

途中で加わった福井の家族(長女)とも餅作り。

 
 

牛に引かれて……

29 12月

早速スキージャムへ
今日は、終日雪が降るという天気予報だ。しかし、スキージャムへソリをしに行くことになった。午前10時に家を出てスキージャムへ。雪が絶え間なく降っているがかなり多くの人が来ていた。

スキージャムのゲレンデを背景に「ハイ、チーズ」。

スキージャムのゲレンデを背景に「ハイ、チーズ」。

風も吹いていてかなり寒い。しかし、子どもたちは飽きずに滑っている。息子と家内が二人の孫に付き合っている。大人の方が「休もう」と言っても「もっと滑りたい」という。

雪が降りしきる中、ごく短時間休んだだけで子どもたちは滑り続けた。ソリコースで滑り、ソリコースではないところにジャンプを作って滑ったりしている。

私は、途中から、暖房の効いた部屋の窓から見ているだけだった。子どもたちの根性にはまいってしまった。しかし、考えてみればこれが子どもかも知れない。

「いくよー!」。坂を下りるスピードがたまらない。

「いくよー!」。坂を下りるスピードがたまらない。

子どもたちの、やる気を削いでいるのは大人の方かも知れない。本来、子どもたちは、いろんなことを粘り強くやる根性を持っているのだろう。

しかし、大人の方がこうした子どもたちの気持ちを失せさせる方向に動いているのかも知れない。子どもたちの元気さに驚くと共に、子どもたちのこうした粘りを大切にしなければと思う。

そう言えば、昨日も、子どもたちに独楽の回し方を教えたら、回るまで諦めないで取り組んでいた。大人の方が根を上げて「もう遅いから明日にしよう」と言わざるを得なかった。

坂の上から見たロッジ全景。

坂の上から見たロッジ全景。

子どもたちのやる気をなくさないように大人は接することが大切だと思う。子どもたちのこのような気持ちを大切にしたい。そんなことを考えた一日だった。

それにしても、子どもたちのおかげでスキージャムへ来ることができたのだ。まさに「牛に引かれて……」だ。そう言えば、親は子どもたちのおかげであちこちへ行くことができたんだ。

(日記 午前10時から、スキージャムへ。子どもたちの元気さに驚いた一日だった。午後3時過ぎから、みんなで買い物。ここでも、「昨日テレビで見ましたよ」という声を聞いた。テレビってすごい。) 

雪の上で孫達の記念写真。

雪の上で孫達の記念写真。

 

孫達の帰省

28 12月

久しぶりに“実物”と再会
 今日は孫達が帰省する日。午前10時に福井駅へ着くという。家内と二人で福井駅へ向かった。駐車場へ着くと、カメラマンがいる。

 駅の改札口で待っていると、。「誰を待っておられるんですか?」と、カメラマンが声をかけてきた。「孫達です」と返す。

 列車が到着すると、孫達が階段を下りてきた。2社のカメラマンがカメラを回し出す。孫達に私と家内に抱きつく。私も「実物さーん!」と応じた。急にマイクが向けられてインタビュー。

 2社から、家族がインタビューを受ける。孫や息子や家内や私にマイクが向けられたのだ。急なことで皆それなりに驚いていたようだ。

朝5時に起きて横浜を出たというのに、子どもたちは早速雪遊び。子どもの元気さに驚く。

朝5時に起きて横浜を出たというのに、子どもたちは早速雪遊び。子どもの元気さに驚く。

 その後、途中で、昼食を取り、帰宅。早速「テレビで見たよ」と妻の携帯に電話が入る。どうも家族の帰省風景として私たち家族が昼のテレビに放映されたらしい。

 息子の携帯にも、息子の嫁の携帯にも。その後、私にも「テレビで見ました」と電話があった。テレビに映るということは、凄いことだと思った。夜のニュースを見た人からも電話があった。マスコミに力に驚いた。

(日記 午前中、息子の家族を迎えに福井駅へ行く。帰宅して夜は一緒に食事。いつもは二人の食卓が7人になった。賑やかなことだ。午後7時より1月定例役員会。1月に臨時総会があるため、12月に早めたものだ。)