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福井の木田神社で「片瀨豊年ばやし」

16 5月

出演は恒例になりつつある
 今年も、福井の木田神社の春の例大祭に我が片瀬の銭太鼓『片瀨豊年ばやし』出演が恒例になりつつある。まだまだ模索中の郷土芸能だ。

 去年と全く同じではさみしい。少しでもよりよい郷土芸能を目指して現在も進化を続けている最中であると、私は考えている。挿入芸は、農業に絞っているが、今年は農耕馬を舞台に登場させることにした。

 しかし、残念ながら、練習不足でまだまだ満足できる芸には到達しないようだ。それと、今回は生演奏を目指して先ずは、尺八と三味線と太鼓を使って伴奏をすることにした。

 とは言っても、三味線は知人の知人である福井のMさんにお願いすることにした。我が片瀬の住民だけで生伴奏をするにはまだまだ時間がかかる。今回は、生伴奏に向かっての第一歩だ。

 「よかった」という人もいたが、私としては、まだまだだと思っている。秋の全国大会までにはもっともっと腕を磨かなければならないと思う今日の出演だった。まだまだ本物にするには時間がかかりそうだ。

(日記 午前8時から午後3時まで、『農事組合法人かたせ』の田植えの補助員を務めた。午後4時過ぎに福井の木田神社へ向かった。早めに福井へ向かったのは、尺八のMさんと締太鼓の長女とは初めて練習をするためだ。練習は、ワゴン車の中で行った。本番は7時半頃だった。初めての挿入芸もあり、楽しく演ずることができた。ただ、今日は本当に疲れた一日だった。)

 
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農耕馬

15 5月

農耕馬を使った作業
 農業に馬を使っていたということを、今の若い人たちはほとんど知らないのではなかろうか。昭和も中盤から後半になると、機械化が進み、馬や牛を使うことがなくなっていったのだ。

 私は、我が家の馬の世話をした世代だ。馬の餌を作るのは私の役割だった。二階に保管してある藁を切り、豆殻や米糠を混ぜ、米のとぎ汁などを加えて馬に与えたのだ。生き物だけに手抜きはできなかった。

 今も、村の中には当時の馬具を保管してある家がある。我が家にも「馬鍬(当時“まんが”と呼んでいた)」がある。今回は、手作りの馬に、実物の「馬鍬」を改造したものを使って芸をするつもりだ。

 我が片瀬の『豊年ばやし』には、こうした昭和時代の農作業を挿入芸として取り入れていきたいと思っている。私たちが子どもの頃に行われてきた農作業が忘れ去られる前に、何らかの形で残していくのは私たちの役目だと思っている。

 とは言うものの、これらを芸として豊年ばやしに取り込むのにはそれなりの努力が必要だ。馬役のメンバー(前足・後ろ足)と「馬鍬」の使い手の呼吸を合わせるのは簡単ではない。練習あるのみだ。

(日記 午前中は馬の調整。そして午後は数学。午後7時からは明日の木田神社での演技のための最終練習。時間がどれだけあっても足りないくらいだ。外国人英語指導助手のジョスリンさんが練習を見にやってきた。彼女もこれらの芸に興味があるようだった。)

 
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終日事務所で作業

14 5月

家内は「エプロンシアター」作り・私は数学

今日は、事務所で作業をすると決めた。家内は、昨日から「エプロンシアター」作り。幼児向けのものだ。私達二人は、幼児の前でボランティア的にいろんなことをやっている。

その日に向けての教材作りだ。直近の出番は日曜日の大野市の公民館での出番だ。小学生や就学前の子ども達とその保護者が参加するという。2つの紙芝居、そしていくつかの手遊び歌などを準備している。

それに加えて、家内は「エプロンシアター」を幼児に向けての新しいプログラムにしたいと考えてる。隣で、私は、金曜日の出番の三味線練習。そして、数学参考書作り。

それぞれが、それぞれのことをやっている。昼食のために自宅へ帰る時間ももったいないので弁当持参で事務所へやって来た。窓からは、家庭菜園の作物が見える。

他人から見れば、まねごとに見えるかもしれないが、二人にとっては、創作だと思って取り組んでいる。今日はかなりの能率が上がったと思っている。途中でエンドウにネットをかけた。鳥害を防ぐためだ。充実した一日だった。

(日記 今日は、弁当持ちで終日事務所で作業。夕食後も10時まで事務所で作業。朝から晩まで家内と二人。楽しい一日だった。)

 
 

重要な出番の多い一年

13 5月

木田神社の例大祭に向けて
私達、片瀬銭太鼓保存会は、金曜日に木田神社の春季例大祭に出演することが決まっている。今日は、午後7時練習会。今日は、主に挿入芸について練習した。秋に向けて新しい挿入芸を考えていたが、その一部を今回披露することに決めた。

練習は十分ではないが、人前でやると決めた以上は真剣に練習しなければならないと思っている。決めた以上は見る人に失礼に当たらないように頑張らなければならないと思って気合いを込めて練習した。

練習後、「郷土芸能とは何か」が話題になった。かつて、この片瀬伝統の銭太鼓は、島根県の民謡安来節に合わせて銭入りのバチを振り、ドジョウすくいを演ずるものであった。これが、当区に100年余りに渡って伝わってきたのだ。

しかしながら、近年は再興はしたものの完全に演ずる者がなくなってきていた。他県の芸能そのものであるので、余興にはなっても郷土芸能にはなり得なかったからだ。

そこで、伝統を生かしながら、銭太鼓のバチを振り、「農業」をテーマに挿入芸を入れて新たな郷土芸能『片瀬豊年ばやし』として創作し、現在に至っている。これが、地区の本物の郷土芸能になるかはこれからの私達の活動によると考えている。

田植機をバックに記念写真。午前7時からの作業なので少し疲れた。

田植機をバックに記念写真。午前7時からの作業なので少し疲れた。

(日記 今日は田植えの補助員だ。午前7時より若猪野のハウスから苗を運び、午後5時まで田植え作業。予定より多くの苗を植えることが出来た。午後7時半より、銭太鼓の練習。長い一日だった。)

 
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雑草対策

12 5月

草とどう向かい合うか
 本格的な農業であれ、家庭菜園であれ、花や庭造りであれ、「雑草」を避けることはできない。特に、農業の場合には、雑草は収穫に大きな影響を及ぼすのでその対策は大変だ。

 かつての米作りでは、除草機を回し、手で草を取り田んぼの中へ埋め込んだりしたのだ。この作業は重労働だった。時間がかかり、しかも腰を曲げての作業だけに、身体に与えるダメージはとても大きかった。

 今はどうだろうか。畑などは、雑草を防ぐために、費用はかかるが「防草シート」を張ることが多い。私なども、あまり除草剤を使いたくないので「黒マルチ(防草シート)」は欠かせない。

 しかし、田んぼの畦となると、畑に使うような簡単なシートではもたない。先ず、このシートは1m幅で50mの長さのものは固定用の留め金も含めると10,000円以上はする。

 水田となると、今では除草剤は欠かせない。田植機で苗を植えると同時に、除草剤も同時に撒布するのだ。除草対策にはかなりの費用がかかるということである。水田の場合には無農薬はかなり困難だ。

 
 

森林浴

11 5月

きれいな空気の中で山菜取り

午後は、家内と二人で山菜取りに行くと決めた。軽トラックに乗り、村の背後にある大師山へ向かった。どこにどんな山菜があるかは大体見当がついている。

山菜取りに行く途中、林道から眺めた勝山市の南部地区。矢印は我が家の屋根。

山菜取りに行く途中、林道から眺めた勝山市の南部地区。矢印は我が家の屋根。

しかし、残念ながら初回としては遅すぎたようだ。いつもの場所にある「タラの芽」は大きく成長しすぎて食べる時機を逸していた。それでも、少しだけ採ることができた。

時期の遅れた今日の山菜取りの最大の目標は「ワラビ」だった。誰かがすでにとった後だったが、それでも新たに出たものがあり、それなりにとることができた。

きれいな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、山頂へ向かった。市内が一望できた。帰りには主に、フキを取った。「山ブキ」は柔らかく、皮を取る必要もなく食することができる。

今日穫したワラビとフキ

今日穫したワラビとフキ

夕食には、採ったばかりの「フキ」」をニシンと炊いていただいた。山菜の独特の苦みがとてもおいしかった。山菜取りは、適度な運動になり、食糧調達の面からも一石二鳥の楽しみがある。

(日記 午前中は、家庭菜園作業。家内の作業を手伝って「イチゴ」にネットをかけた。ほおっておくと、鳥などに食べられてしまうからだ。既に、赤い実がなり始めている。明日は、最初の収穫ができるだろう。その後、集団の畑へ出向き、ニンニクと玉ねぎの除草。天気がよいので、午後は裏山へ山菜取りに行くと決めた。ワラビ、タラの芽、フキを採ることができた。夜は横浜の孫からの算数の質問を受けた。昨日の勉強でよく理解できなかった部分を再度指導した。)

 
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ミニ「コンサート」を見に

10 5月

足羽山の蕎麦屋の二階で
知人のU君に誘われて、足羽山の蕎麦屋で行われるコンサートを聴きに行くことにした。午前11時に蕎麦屋「あたらし屋」へ到着。約50人ぐらいの人が来ていた。

新緑コンサートで演歌を尺八で吹くMさん。

新緑コンサートで演歌を尺八で吹くMさん。

コンサート前にそばを食べる人もいたが、混んでいたので私は後でいただくことにして二階へ上がった。二階の和室からは足羽山の新緑がよく見える気持ちの良い天気だった。

出演者は、アルトサックス、尺八、フルート、ギター2人だった。アルトサックス、尺八、フルートの3人は、それぞれがカラオケをバックに楽器を演奏し、ギターの二人は合奏だった。

時々、ギター伴奏でフルートなどを吹くこともあったが、基本的にはカラオケの伴奏での演奏会だった。昭和時代の演歌がほとんどだったが、集まった人たちの年齢には合っていたようだった。

最近忙しかったが、しばし、のんびりした時間を過ごすことができた。私たちの軽音楽部OB会の合言葉「第二の人生に音楽を」を地で行っているような演奏会だった。

ギター二重奏をするU君(左)。右は80歳の奏者。

ギター二重奏をするU君(左)。右は80歳の奏者。

U君を通して知り合った尺八のMさんには、来週の金曜日の木田神社の例大祭にはわが地区の新民謡『片瀬豊年林ばやし』の伴奏に参加してもらうことになっている。演奏会の後、楽譜とCDを渡した。

(日記 午前9時半過ぎに福井の足羽山の蕎麦屋で行われる新緑コンサートに向かった。蕎麦や田楽を食べながら退職者中心のメンバーの楽器演奏を聴く会だ。それなりに楽しい時間を持つことができた。その後、娘のところへ寄って楽譜とCDを渡し、木田神社で締め太鼓を叩いてくれるよう頼んだ。孫達としばらく遊んで帰宅した。午後6時より横浜の孫の『辞意やん勉強』。午後7時半より、村の道場の屋根修理のための集会に参加した。)

 
 

終日《豊年ばやし》づくし

09 5月

挿入芸

 来週の金曜日に、私たち『片瀬銭太鼓保存会』は木田神社の春の例大祭に出演することになっている。今回は、新たに農耕馬による芸を加えようとしている。

 そのために、小道具の馬の調整をしなければならない。それは、馬が「馬鍬」を引くためだ。午前中は、事務所で家内と共に、馬の小道具作りをした。

 午後、私は音楽の調整。そして楽譜とCD作りだ。芸を加えるたびに音楽の流れを変えなければならない。それと、今回は伴奏を尺八と三味線と締太鼓で行うためにその楽譜も書かなければならない。

 家内は、事務所で馬具作り。全ての作業を終えたのは、私は午後9時過ぎだった。今日は一日中、豊年ばやしの小物作りや曲作りに費やしてしまった。

 問題はこれらを使っていかに芸をするかだ。ただ漫然と練習しているだけでは見ている人を満足させることはできない。これを理解してもらうことは簡単ではない。場数を踏まなければ身につかないこともあるからだ。

(日記 終日、『片瀨豊年ばやし』関係の小物や曲、楽譜、CD作りに明け暮れた。来週の出番が上手くいくかどうかが問題だ。)

 
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豊年ばやしの新挿入芸

08 5月

馬の登場

 『片瀨豊年ばやし』は、「銭太鼓を振る部分」と途中に「農業に関する芸」を挿入することで成り立っている。後者の挿入芸は、ユーモアたっぷりに演ずることを目標にしている。

 これは、片瀬の銭太鼓が出雲の『安来節』とドジョウすくいに由来しているので、そのユーモア精神を引き継いでいるからである。すでに『米俵による力比べ』と『餅つき』芸を演じてきた。

 今回は農作業に欠かせない『農耕馬と農民』をテーマに新たな芸を考え出したいと思っている。しかし、まだ小道具も満足にできていないのに、本番の木田神社出演が一週間後に迫っている。

馬の調整を行う保存会のメンバー。

馬の調整を行う保存会のメンバー。

 今日は、銭太鼓の練習の後、馬をどう使うかを研究した。馬の前脚、後脚をどう動かすか、馬鍬に付ける紐の長さはどうかなどいろいろ話し合いながら決めた。

 今回は、「馬の芸」に関しては時間不足のため満足な芸を無理だろう。しかし、本番まで、練習だけはしっかりしようと決めた。私は、馬と同じ屋根の下で暮らした最後の世代ので、馬についての思い入れは人一倍あると思っている。

(日記 今日は今年初めての田植え助手の日だ。午前8時に軽トラを持って農舎前へ集合。肥料や除草剤を積んで現場へ向かう。途中で、田植機に苗を積み込んだり、肥料を補充したりしながら、午後4時過ぎまで作業。その後、家内と事務所で豊年ばやしの馬に使う道具作り。午後7時半から豊年囃子の練習。)

 

愛車の軽トラと共に田植えの補助員を務めた。

愛車の軽トラと共に田植えの補助員を務めた。

 
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友達の友達は

07 5月

尺八愛好者と知り合う

 4月中旬、足羽山の桜を見るために公園内を歩いていたら、どこからともなく楽器演奏が聞こえた。よく見ると、知人のU君達の仲間だ。ギター二人と尺八の3人コンビで茶店で演奏していた。

 そのU君と尺八のMさんが私の事務所へ遊びに来た。Mさんは初見で曲を吹けそうだ。尺八と津軽三味線がよく出てくる演歌の譜面を書いておいた。

 Mさんは、こともなげに尺八を吹いてくれた。いつか、一緒に何かをやってみたいと思った。友達の友達という感じで、知人の輪が広がっていくようだ。

 津軽系の演歌を作ってみたいと思う。歌と津軽三味線と尺八のコラボだ。前から計画しているが、なかなかできない。準備のためには再び『津軽じょんがら節』を練習しなければならない。

 最近何かと忙しいが、是非とも尺八を使った曲を作ってみたいと思う。そういう意味では、今回のMさんとの出会いは大切にしなければならない。

(日記 午前中は、知人のU君とその友達に会い、しばし歓談、そして楽器演奏。昼食を共にして別れた。午後は、『片瀨豊年ばやし』の練習準備。午後7時から集会所で『片瀬豊年ばやし』の練習。馬を使った新たな芸の初練習。果たしてうまくいくのだろうか。直近の出番は福井の木田神社の祭礼だ。)