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Archive for the ‘未分類’ Category

常識と非常識

17 5月

それって当たり前?
  「◎◎の常識は△△の非常識」等という言い方がある。「何が正しいのか」、判断の基準があやふやになっているように思う。「当たり前」と思っていることが当たり前でなかったりもする。

  今日も、作業をしながら「国会中継」を少し聞いていた。総理や各大臣が自信を持って答えていること(官僚の答弁書が多いだろうが)が正しいとも思えない。

  農業をやったこともない官僚の皆さんが机上で農業政策を立案しているが、農家の人達の気持ちや「農」の持つ本当の意味をりかいしているのだろうか。

田植え補助員として終日「苗箱洗浄」を行った。

  さも分かったように、政治家の皆さんは自信を持って発言するが、「本当にそんなにうまくいくのか」と思ってしまう。農業政策を立案する者は、いろんな地区のいろんな農業を何年か体験してからにしてほしいと思う。

  もしもそんなことができないのなら、農業者の真の声を聞いてほしい。というのは、今日、午後6時から『農地・水保全管理支払交付金・共同活動、向上活動採択』説明会が大野市であり、「農事組合法人かたせ」の理事長と一緒に参加した。

  補助金をもらえることには農家の者は誰も異存はなかろう。しかし、誰がこのようなプランを考えたのだろうか。農水省の役人か。というのは、説明のなかで「国の方の指導があって……」という言葉が多かったからだ。

基盤整備をした田んぼで田植え機が深みにはまり、トラクターで救出。

  耕作放棄地をなくしたり、農地を荒れさせないようにする方法は、金銭で物理的環境を整えるだけでは解決しないように思う。農業の持つ意味をよく理解し、若者が農業に魅力を感ずる国にしなければならないのではいか。

  国民の知恵を結集した政策であるのだろうかと心配になる。これは何も農業ばかりではない。

 「当たり前」のように考えていことについても、「本当にそうだろうか」と考え直さなければならないだろうし、「常識的ではない」と思われていることについても、「もしかしたらそれが正しいのではなかろうか」と考え直してみなければならないのではなかろうか。

(日記 午前8時から午後4時半まで「農事組合法人かたせ」の田植え補助員を務めた。午後6時半から『農地・水保全管理支払交付金・共同活動、向上活動採択』説明会に出席。新たなことが分かった。)

 
 

子育てマイスター

16 5月

『ナマズのテツ』初演
  今日は、野向保育園で祖父母と園児の交流事業で「ほうばめし」をつくるイベントがあった。そこへ、私達夫婦は呼ばれた。

導入としての手遊び。園児は協力的だったので助かった。

 「ほうばめし」は、2枚の朴の木の葉っぱに、黄な粉、熱々のごはん、黄な粉の順に入れて包んで作るのだ。野向保育園では、園児の祖父母と園児がそれぞれ「ほうばめし」を作った。

 その後、隣の児童館に会場を移して、私達の出番だ。最初に「手遊び歌」を園児と一緒に3曲演じ、続いて乳幼児用に創作紙芝居『かくれんぼ』を演じ、最後に新作の紙芝居『ナマズのテツ』を演じた。

 この『ナマズのテツ』は、本当は紙芝居として演ずるつもりだったが、プリンターの不具合でやむなく、パワーポイントを使った。暗幕がないので、絵はやや薄く、少し残念だった。

紙芝居『かくれんぼ』に子ども達は集中してくれた。子ども達の歓声が児童館に響き渡った。

  しかし、子ども達も楽しそうに過ごしてくれたので安心した。私達のレクレーション時間の後、いよいよ「ほうばめし」給食だ。私達夫婦もそれぞれ、園児と一緒のテーブルに座り、楽しく語らいながら作ったばかりの「ほうばめし」をいただいた。

 園児との語らいや、私達の紙芝居などに対する園児の素直な反応、そしておいしい「ほうばめし」給食と、とても楽しく充実した時間を持つことができた。

パワーポイントを使って創作紙芝居『ナマズのテツ』を初演。子ども達は静かに聞いてくれたので嬉しかった。

福井木田神社で『片瀬豊年ばやし』
  午後5時15分、片瀬集会所前を出発して一路3台の車で福井の木田神社へ。
 
  今日は木田神社の春季大祭で私達は『片瀬豊年ばやし』を演ずるのだ。
 
  浦安の舞に続いて、6時45分頃、ステージへ。会員達は練習した通りに演じたように思う。来年の祭りにも出演してほしいと頼まれた。
  帰宅したのは、午後10時であった。忙しかったが、充実した一日だった。
 

最後は、子ども達と一緒に楽しい『ほおばめし』給食。家内も楽しそうだった。

(日記 午前9時過ぎ,自宅を出発して野向保育園へ。祖父母と園児の「ほうおばめし」作りイベントに、創作紙芝居を持って夫婦で参加した。2月もそうだったが、野向保育園では今日も創作紙芝居『ナマズのテツ』は初演だった。紙芝居の後、園児と一緒に「ほうばめし」給食をいただいた。午後6時45分より福井の木田神社で『片瀬豊年ばやし』を演じた。)

福井の木田神社で『片瀬豊年ばやし』を演ずる我が集落の皆さん。

 

銭太鼓の途中に演じられた俵芸。金太郎の腹掛けは私。(於:福井木田神社)

 

演技を終えた後、私がお礼の挨拶をさせていただいた。

 
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(昭和中期+平成現在)÷2=?

15 5月

 昔の良さを今に
   県の職員の方と住教育を中心にいろんな話をさせていただいた。特に、土木部建築住宅課のSさんとは馬が合ったと言おうか、楽しく話をすることができた。

  そんな中で、昭和時代の話もよく出てきた。今の生活を昭和に戻すことは不可能だろうが、昭和時代の良さを今の時代に繁栄させることは可能ではなかろうか。

  欲望のままではなく、我慢をしたり耐えることによって、いろんなありがたみが分かってくるのではなかろうか。橋下氏の言うように、今夏、電力を節約してみるのもいいのではないか。

県と市の職員と住生活を中心にいろんな話をすることができた(我が家にて)。

  一度節約することによって、電気のありがたみが分かるのではなかろうか。エネルギーやモノを浪費して何不自由なく暮らしてい手は、モノのありがたみはわからないだろう。

  そういう意味では、私の理想は、昭和中期と平成の今を足して2で割ったぐらいの生活が、一番理想的ではなっかと思う。その理由は、昭和の中期は、物質的には十分でなくても、精神的に豊かであったと思うからだ。

 来客とは、4時間あまり話したが、全く退屈しなかった。久しぶりに楽しく充実した時間が持てたと思う。二人とも、昭和の時代を評価すると共に、その良さを今に生かしたいという気持ちがあるからだ。

(日記 晴れていれば終日、組合の田植えの補助員を務める日だったが、雨のため中止となった。午前中は、家内と創作紙芝居の練習をしたり、はわいあんのCD作りを行ったりした。午後1時過ぎに、県の土木部の建築住宅課の職員二人と市の建設課の職員がやって来た。住教育についての話しを持ってきた。そして、私を含めて4人で住教育を中心にいろんな話をした。終わったのは5時頃であった。昔と今の違いから、まちづくりまでいろんな話をした。まだまだ話す内容があったが、途中で打ち切った。楽しい時間を持つことができた。午後7時半から、明日の木田神社での『片瀬豊年ばやし』の最終練習を行った。明日は紙芝居もある。忙しいが楽しい一日になりそうだ。)

 
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循環型社会

14 5月

欲望の果てに
  今の社会の有り様では限界はいずれ来るように思う。必要以上にモノを作り、必要以上にそれを買う。家はモノで溢れ、それらは使えるうちから粗大ゴミになるのだ。

  この間、資源はどんどん浪費される。これを発展というのだろうか。いずれは限界に来るように思われる。どこかでこの連鎖を断ち切るとたちまち不景気になり、誰かが困るのだ。

 だれかが莫大な利益を上げる一方で犠牲になる者も少なくないだろう。「モノ」で豊かさを求めるか、それとも、別の方法で豊かさを求めるかだ。

 しかし、精神的な豊かさを求める人が多くなると、今の社会は成り立たないのではなかろうか。不必要なモノでも買いまくることによってしか、国民全体が生活できないのはどこかおかしい。

 昭和時代よりも、遙かに物質的に恵まれた今の方が豊かになったと言えるだろうか。ある時期の我が家を例にとれば、いわゆる三種の神器と言われるテレビ・冷蔵庫・電気洗濯機の他に、クーラーや電話もなかった。

 自転車が一台、ラジオが一台あるぐらいだった。普段は肉など滅多に食べない。おかずのほとんどは自家製の野菜だった。現金を持たなくても、何とかなったのではないか。

 それに比べて、今は、成人の数だけ車・テレビ・電話を持ち、冷蔵庫も大型化し、食生活もタンパク質がずいぶん多くなった。

 昔と今では、日々の生活費は比較にならない。車を持てば、日々の維持費、原価償却費の他に保険なども必要だ。電化製品の電気料もかなりのものになる。そのためには、夫婦で働かなければ生活は維持できない。

 近くの山や川で遊び、囲炉裏を囲んで家族が過ごし、祭りや宗教的行事等には大人から子どもまでが関わった。いろんな事を教わったのは、親はもちろんのこと、先輩や村の大人達だった。

  ゲーム機はなかったが、こうしていろんな遊びや技術を身につけてきた。この頃の方が今より豊かだったと思う。必ずしもモノが人の生活を豊かにするものではないということだ。

  生活そのものも、薪をエネルギーにし、馬糞や人糞も肥料として使ってきたのだ。エネルギーの浪費は少なかったのではなかろうか。夜になれば町は暗くなるのが当たり前だった。

 今は、宇宙から見ると真夜中でも日本列島が最も明るいそうだ。それでいて電力不足だとはどこかおかしい。夜が暗くても、人の幸せにそんなに影響しないのではないのか。

 しかし、こうした無駄で生活が成り立っている人もいるのだろう。一概に悪いとは言えないが、改善の余地があるように思う。モノ以外にも豊かさがあることをみんなが知る必要があるように思う。

  今の政権の有り様を考えると、私達は生活を他人任せにせず、自らの頭で考え、自ら行動しなければならないように思う。政治家一人を選ぶにしても。

 このあたりのことを理解しているのは、ブータンの指導者かもしれない。ブータンに学ぶことはたくさんあるように思う。

 (日記 午前中、水曜日に行う創作紙芝居の脚本清書。意外と時間がかかった。午後は、オカリナ教室の教材作り。編曲と楽譜作りと練習用CD作り。また、ハワイアンバンドとフラダンスのCD作り。午後7時半よりオカリナ教室。6月2日の大師山自然観察会でのオカリナ演奏の練習をした。大師山の頂上でオカリナを演奏するのだ。晴れれば気持ちがいいだろう。)

 
 

鳥獣害

13 5月

動物との共存
  最近は、山際にある集落は、確実に動物の被害に悩まされている。先日、プランターにする竹をもらいに行ったが、竹林は穴だらけだった。

  猪がタケノコを掘るのだという。山奥ならいざ知らず、私の集落でも例外ではないのだ。家内の実家では、いろんなものが猪やハクビシンなどにやられてしまうと言う。

  中部中学校に熊が入り込んだぐらいだから、どこへどんな動物が出るか分からない。猿の害に悩まされる集落もある。

 我が家の家庭菜園も、イチゴ、とまと、瓜類、豆、イチジク等が鳥などにやられてしまうので、ネットをかけた。細い糸のネットだ。せっかく育てたのに鳥や獣にやられるのではやってられない。

  先日、滋賀県米原市の上丹生の「チューリップ祭り」の視察に出かけたが、会場周辺の畑はさながら鶏小屋状態であった。それぞれの小さな畑が、高いネットで囲まれていて、入り口には戸が取り付けられていた。

  この状態は、収まるどこるか年々ひどくなるように思う。いろんな理由があるのだろうが、農家の人達にとっては丹精込めて育てた収穫物が一晩のうちになくなってしまうのだから悲しい。

  どのように、動物たちと折り合いを付けるのか、難しい課題である。今のところ、防戦一方だが、今後は棲み分ける方法を考えないと、山際の集落の過疎化は加速度的に進んでしまうのではなかろうか。

横浜の自宅で国語の本を読んで聞かせてくれた小2の孫娘(長男の長女)。

(日記 午前中は、収穫の終わった水菜の株を取り去り、「押し切り」で細かくして土に戻した。そして、小型耕耘機で耕し、石灰や元肥を入れ、畝を立てた。これで家庭菜園の方は全て埋まったことになる。またイチゴに鳥などの害を防ぐためのネットを張った。午後は、紙芝居の脚本の仕上げ。プリンターが壊れたので、パワーポイントで画像を映すことにした。息子の友人のY君が、プロジェクターを貸してくれた。今回は、一部を紙芝居で、最新作は残念ながら、プリンターの故障で厚紙印刷ができないので、パワーポイントで映すことにした。午後9時半から息子の家族とウェブカム(テレビ電話)。孫が国語の教科書を読んでくれた。みんな元気そうだった。)

 
 

ピンチ

12 5月

プリンターのトラブル
  先月から書き始めた創作紙芝居『ナマズのテツ』の絵はようやく完成した。いよいよ今日は、A3ノビの厚紙にプリントする日だ。

  午前中に、一枚だけ絵を描き直して印刷を始めた。時々かすれることあったので、クリーニングしながら3枚ほど印刷した。この調子で、25枚印刷すれば紙芝居は完成だと思っていた。

  ところが、プリンターの黒色がどうしても出ない。25枚中4枚ほど印刷しただけで前へ進めなくなってしまった。時々起こるが、パソコンや周辺機器のトラブルは避けられない。

  一度壊れてしまうと、電気店でも直せない。修理は必ずメーカー送りとなってしまう。そうなると、1万5千円前後はかかってしまう。それと、一週間から十日は修理のために時間がかかってしまう。

  この紙芝居の上演は来週の水曜日だ。後三日しかない。紙芝居を諦めてパワーポイントでやるか、プリンターを買うかのどちらかだ。

  ところが、A3ノビの厚紙に印刷できるプリンターというと極端に数が少なくなってしまう。その上、CDやDVDのラベルの印刷までできるものとなるとほとんどないのではなかろうか。少なくとも、ネット上では見つからなかった。

 そう思うと、9年余り前に買った今の「PM4000PX」は貴重なプリンターだったなあと思う。性能のよくなった後継機はあるが、CDやDVDのラベル印刷ができないし、ラベル印刷ができる機種は厚紙印刷ができない。

パソコンのトラブルでせっかく描いた紙芝居の絵が厚紙に印刷できないとは悲しい。

 このままでは、パソコン上で紙芝居の絵が完成しているのに、厚紙に印刷できない。ということは、紙芝居ができないということになる。

  明日中に結論を出さなければならない。同様の故障で一度は修理に出しているが、9年前の機種を修理して使うか、それともどこかの機能を犠牲にしてプリンターを新調するかだ。

  電子機器は便利だが、一度故障すると手に負えない。そして、故障は思いがけないときにやってくる。こんなトラブルでこれまで何度泣いたことか。アナログが恋しくなる。

(日記 午後4時からの親子太鼓の指導を除いて終日紙芝居作り。夜は、午後11時過ぎまで幼児用に脚本を書き直した。慌ただしい一日であった。)

 
 

人間信頼の感情を育てる

11 5月

恩師の言葉
  今の政府も東電など電力会社も、国民の信頼を失っているように思う。信頼を失っては、何を言っても説得力がない。国民からそっぽを向かれては何もできないのではないか。

 「人間信頼の感情を育てる」とは、今から40年ほど前に恩師のN校長からお聞きした言葉だ。高額の税を課せられた国家はいくらでもある。しかし、そうした国では政治家は国民に信頼されているのではなかろうか。

  国と国であれ、個人と個人であれ、その根底にお互いが信頼できる関係が築かれていなければならないように思う。どうも、個人も国家も自己中心的でありすぎルように思う。

 なぜ政治家や大手電力会社の幹部は国民から信頼されないのだろうか。ぞれは子ども時代からの育ちが影響しているように思えてならない。最近読んだ本からは次のような構図が見られる。

 テストの点数エリートは、いわゆる難関校へ進学することになる。そこまでは、常に地域の点数エリートとしてちやほやされている場合が少なくない。

  いつもトップを走ってきたのだ。しかし、社会へ出ると、点数エリート同士が闘わなければならないことになる。官僚になれば、トップは1人でよいことになるからだ。大会社でも同様だろう。

  人生で敗者になったことのない者が次に狙うのは何だろうか。経済的な優位性ではなかろうか。天下りで少しでもよりよいポストに就くことだという。そのためには、国民のためよりも、自分たちのポスト確保が優先される。

  こんな論調が溢れている。当たらずとも遠からずだろう。官僚と政治家、対立しているようでくっついている。以前にも書いたが、民主党の仕分けで建設を見送られた朝霞の公務員宿舎が野田財務大臣の時に工事を突然再開した。

 ところが、世論の反発を招き総理になったときに工事を中止(無期延期か)している。なぜこういうことになるのだろうか。悲しき点数エリートの末路は金の亡者になっているように思えなくもない。

 今望まれるのは、信頼できる人間を育てることだろう。人から信頼されてこそ、真のエリートだ。そんな人間を育てる方向に舵を切らなければならない。

 出でよ!平成の龍馬!!橋下氏は龍馬を気取っているように見えるが、はたして結果はどうなるのだろうか。期待と不安半分。その動向に目が離せない。

集会所での銭太鼓の練習。(今日の写真ではありません。)

(日記 区の仕事のために、午前9時少し前に自宅を出発、司法書士、大野税務署(国税)、福井県税事務所(県税)、市役所税務課(市税)、JA、ホームセンター、金物店等を回ったら、午後4時になった。昼食は途中で買ったパン一個。大野税務署では約1時間、書類の書き方を教えていただいた。午後は、疲れて何もできなかった。午後7時半から、銭太鼓の練習。16日に福井市の木田神社の春季大祭に招待されたからだ。みんなで頑張りたいと思う。)

 
 

毎日パワー

10 5月

歯医者にて
  昨日、前歯が折れてしまった。歯も弱っていたのだろう。今日はとても忙しいが、仕方なく歯医者へ行くことにした。診察は午前9時から診察が始まると分かっていたが、予約してなかったので午前8時半に歯医者へ行った。

  待合室の本の中に、『遺言』という本があった。他には読む本がなかったので、ぺらぺらとページをめくっていた。医者が、患者や後輩や一般人に『遺言』という形で一人が三つずつメッセージを書いているのだ。

  その中に、例の日野原重明先生の言葉が書いてあった。その言葉が気に入った。自分と同じ考えだったり、日頃自分が思っていることを第三者が語ってくれると心強く思う。

 日野原先生の言葉は次のようなものであった。“全ての方へ”として、
 「創(はじ)めることを忘れなければ、いくつになってもこころの若さは続く。節目の年齢から、新しいことに挑戦しよう。」
と書かれていた。

 サムエル・ウルマンの『青春の歌』を連想した。

 さて、日野原さんの言葉はその通りだと思う。私は、これにさらに付け加えてこう言いたい。「一日の変化は微々たるものでも、何かをやり続ければいつかは大きな力になる。それが毎日パワーだ。」と。

 「今できないことでも、やりたいことだったら、とにかく始めてみよう。」 毎日続ければ、できなかったと思っていたことが実はできるようになるのだ。毎日何かをやり続ければれば大きな変化をもたらす。

 これが「毎日パワーの威力だ」。「継続は力なり」と言い換えてもいいが、子どもや若い人達には、「毎日パワー」の方がインパクトがあると思ってこう言い続けている。

  やりたいことがあるのなら、今できるかどうかを思案するよりも、毎日少しずつやり始めればいいのだ。私も何度かこの言葉を実感している。とにかく、少しずつでも毎日頑張れば、何かができるようになるのだ。

  先のことを考えず、とにかく毎日今日の分だけやればいいのだ。お陰で、今月も数日前に新しい紙芝居を完成させることができた。「一日1~3枚の絵を描き続ける」と先月決めた。その後、時間があれば一日1~2枚の絵を描いてきたのだ。

 来週から、また新しい創作紙芝居にチャレンジしたい。目標を立てたら、そこからが逆算して一日分のノルマを考える。後は、それをやり続ければいいのだ。

 始めようと思って買い求めたがまだできていないものもいくつかある。あれこれ手を出し過ぎるからだ。でも、前向きに動いていれば、きっと友達はできるのだ。

 「毎日パワー」を活用して、いろんなことにチャレンジしたい。一度、小説なるものを書いてみたいと思う。童話は何度も書いたが、今も小学高学年向けの童話を書いている。次は小説もどきだ。

自作の広報誌『かたせ瓦版』。

(日記 午前8時半から午前11時まで歯医者。その後、鹿谷公民館へ行き、銭太鼓を指導する。午後歯、全戸配布の村の広報誌『かたせ瓦版』を書いた。市の広報誌などと共に各班長宅へ配った。)

 
 

草刈り

09 5月

草との闘い
  家庭菜園であれ、本格的な農業であれ、収穫をより多くするには雑草との戦いは避けられない。手で雑草を取るか、除草剤の助けを借りるか、草が生えないようにマルチを掛けるかだ。

我が家の田んぼの草刈り。最低3年回は刈らなければならない。

  米作りの場合には、除草剤に頼るしかないだろう。昨日と一昨日、組合の田植えの補助員を務めたが、その役割の1つに田植機に除草剤の補充があった。

  昔は、除草機で雑草を取ったり、手で取ったりしたものだ。「米作り」は収穫までに本当に沢山の仕事があったのだ。今は、省エネで薬剤を使うようになった。健康にはよくないであろう。

  私は今日、田んぼの畦の草を草刈り機で刈り取った。午前中だけでは予定の分ができなかった。昼食を食べる時間も惜しいので、家内にパンを持ってきて貰って昼飯とした。草刈りが終わったらやりたいことがいっぱいあるからだ。

きれいに咲いてくれた我が家のボタン。十数年前に行商のおばさんから買った苗だ。

  午後も草刈りを継続。その後、排水路の泥を鍬であげた。午後1時頃ようやく今日のノルマが終わった。自分の田んぼを時緒分のペースでやるので気は楽だ。

 私の地区では、組合を作って米作りをやっているが、草刈りは原則として田んぼの持ち主がやるのだ。年間3回は畦の草を取らなければならないことになっている。その分、いくらかは賃金が支払われるのだが。

(日記 午前8時過ぎから午後1時まで自分の田んぼの畦の草刈り。田んぼの畦で昼食のパンをかじっているとき急に歯が痛くなった。午後2時から歯医者へ出かけた。終わったのは4時少し前だった。帰宅してから、急いで

作ったばかりのDVDを見ながらフラの練習。6月2日が本番だ。たしてうまくいくだろうか。

「フラダンス」の教材DVDを作り始めた。和太鼓の練習日だが、今月はフラダンスをすることになっている。私は、ハワイアンギターを弾くのだが。練習の始まる午後7時半までにDVDはできなかった。午後9時頃ようやくできあがった。このDVDがあれば彼女たちは自宅で練習できるだろう。練習の後、衣装をどうするか、彼女達はネットであれこれ検索していた。)

 
 

人と人とのつながり

08 5月

上丹生「チューリップまつり」から
   村の知りあいから誘われて滋賀県米原市上丹生の「チューリップ」祭りに夫婦で参加した。地域の皆さんが一種懸命取り組んでおられる姿に感心した。

夫婦で参加した上丹生の「チューリップまつり」。まさか、ここから新しいつながりが始まろうとはこの時は考えもしなかった。

 できそうでできないことだ。この中には、「やるぞ」と言う「牽引車(リーダー。最初は「馬鹿者」と言われるかもしれないが)」がいて、それらに冷静な判断を下す「知恵者」がいて、それに違う視点から論評できる「よそ者」がいるのだろう。

  この中で、滋賀県立大学の「ほたてあかり」プロジェクトの学生の取り組みにも感心した。そして、二人の学生に、私の想い(いつか東北の子ども達に自作の紙芝居を見てもらいたいし、地域の人とも交流したい)も伝えてブログのアドレスを知らせた。

  その後、二人の方からこのブログにコメントが来た。一人は学生で、一人は「プロジェクトK」のTさんだ。Tさんからはメールも来た。おたがいに「メールを交換しましょう」ということになった。

  たまたま上丹生の「チューリップまつり」に参加したご縁でつながりができた。このつながりが今後どう発展するのかわからない。しかし、全く知らなかった人との「縁」が生まれた。

 この縁の先に、上丹生の人達との交流が生まれそうだし、去年の震災で被害を受けられた東北の方々との出会いがあるように思う。

  人と人とのつながりが広がり、思わぬ人との出会いがあるかもしれない。思わぬ方向へ発展するかもわからない。毎日のように出会っても関係が深まらない人もいれば、たった一度の出会いが深いつながりに発展する場合もあるだろう。

  いずれにしても、今後のことは成り行きに任せたい。無理をせず、背伸びをせず、自然体で、関係が続けばいいなあと思う。少なくとも、私に夢と希望が生まれたように思う。

昨日に続いて、私は今日も田植えの補助員として働いた。

(日記 午前8時から午後6時まで「農事組合法人かたせ」の田植えの補助員として働く。普段は家庭菜園作業やパソコンしか扱わない私にとってはかなりの肉体労働だった。心地よい疲れだった。)