RSS
 

Archive for the ‘未分類’ Category

植物に学ぶ生き方

11 2月

我慢の時期が必要
  昨日の『福井新聞』の一面の下段にある『越山若水』に、次のような記述があった。

「ゴルフ場では芝生に2,3日水を与えないで、根を張らせる。枯れそうになったところで水を与えるーこれの繰り返しで、たくさんの強い根を精いっぱい生やそう▼田中修さんの著書「不思議の植物学」(中公新書)に教わった。水不足で、芝生のハングリー精神が刺激されるという。稲の穂が出る前に土を乾かす「中干し」も同じ狙いがある▼……(以下略)」

創作紙芝居の表紙。ようやく完成した。

 実は、菊作りにおいて勝山市でナンバーワン(県内でもトップクラス)のTさんがおられる。Tさんの多くの菊の花は、11月3日に開花の照準を合わせている。1本の苗から見事な花がいくつも咲きそろうのだ。感心するばかりである。

 菊作りは、一年中の仕事である。そのTさんが次のように語っておられた。

「夏の暑い日、菊の苗に水を与えなければならない。そのとき、常にたっぷりと水をやると、菊はしっかりと根を張らない。そこで、水を与えないで我慢させるのだという。そうすると、菊は水を求めて鉢の中で根を張り巡らすのだという。そういうことを繰り返しながら、立派な根を育てるのだという。そうして、ここぞと言うときに、肥料を与えれば、肥料に負けることなく、しっかりと吸収し、小さな鉢の中でも、立派な花を咲かせるのだという。 
 ところが、常にほしいだけ水を与えると、菊は根を張る必要がない。そんな菊に立派な花を咲かせようとして、肥料を与えると根が十分生育していないために、肥料に負けるか、肥料を十分吸収できずに大輪の花を咲かせることができないという。」

 なにやら、人間とよく似ている。常に、大人の指導が前面に出たり、ほしいものを買い与えると、働いて自ら稼ごうとか、少しで向上しようとする気持ちが育たないような気がする。ハングリー精神が育たないのだ。

 植物も人間も、生物である限り、同じようなものだと思う。人間ならば、その基礎となる人間力(思考、創造力、想像力、意欲など)を幼いうちに、育てておかないと、21世紀を豊かに生きていけないのではなかろうか。植物に於いて、根を十分発達させておくように。

  この考えを花作りや野菜作り、そして人作りに生かせないだろうか。少なくとも、花作りと野菜作りには、応用できそうである。今年の花作りや野菜作りが楽しみになってきた。

孫達とウェブカム。家内が「おいで、おいで」をするが……。

(日記 午前中、紙芝居の絵描き。ようやく童話の方は完成した。今後は、大人向けの紙芝居に向けて頑張らなければと思う。午後7時から、息子の家族とウェブカム。みんな元気でやっているようだ。いつものように、歌とダンスを見せてくれた。来週は、東京横浜で次女や長男の家族、孫達と会うつもりだ。)

 
 

リーダーに意見の言える組織

10 2月

区の『戦没者法要』とNHKスペシャル『終戦なぜ早く決められなかったか』
  今日は、午前9時半から午後4時半過ぎまで道場(寺)で、区主催の『御法事』と『戦没者法要』が行われた。私も区の戦没者の皆さんのご冥福をお祈りし、焼香した。

  そして、お参りしながら考えた。戦没者の皆さんは、それぞれが若い命を戦場で落とされたのだ。残念だっただろうなと思わずにはいられなかった。その多くの方々が幼子を残して戦地でなくなられたのだ。

  私の同級生も、兄弟4人を残して父親を戦場でなくしたのだ。 犠牲になる人の多くは、一般の人たちだ。政治家の皆さんには、そのことを十分に認識してもらいたい。戦争以外でもそうなる場合が多い。

  帰宅すると、NHKスペシャル『終戦なぜ早く決められなかったのか』を放映していた。後日のために録画しながら見ていた。海外の情報を持ち、これ以上日本は戦えないと分かっていながら、組織の問題から決断できなかったのだ。

説教の中で『紙芝居』をする市内の寺のS住職  そして、広島、長崎を始めとする数十万人の犠牲者を出す結果になってしまった。戦争を終わらせなければならないと多くのリーダーが分かっていながら、決断できなかったのだ。

  重大な決断するときに、リーダーにも堂々とものの言える部下、部下の意見に聞く耳を持つリーダー、多くの情報を分析する能力と組織、……これらが不足していたのだ。そして、これらは何も戦争中だけの話ではない。今でもそうだと思う。

  このような状況は、今もどこにでもあるのだと思う。2つの出来事が私をしてこのようなことを考えさせてくれたのだ。どんな組織でも、リーダーの責任は重い。

(日記 午前9時半より昼食を挟んで午後4時半過ぎまで、道場にて区の『御法事』と『戦没者法要』が行われた。読経があり、説教があった。説教の中で、『紙芝居』も行われた。私も今、創作紙芝居を作っているので、絵と文章の関係をどうすればよいかなど、とても参考になった。私たちは、仏教の基本的なことをほとんど知らないまま仏事に参加している。ここのところを少しわかりやすくできたらと思う。)

 
 

情報発信

09 2月

映像作品を作ってみたい
  昨日の区長連合会の会合で、商工観光課から、「勝山フイルムコミッション」設立の報告があった。映画を作る場合に、市が全面的に協力するということだ。最近勝山を舞台にした映画が増えている。

  早速、同級生の映画監督Oさんにこのことを伝えた。彼は今年も、5月から放映されるテレビの昼ドラの監督をするということだった。また、初めて舞台の監督もするとのことだった。頑張っているなあと思う。

  私は、商業作品は作れないが、趣味で映像作品を作ってみたいと思っている。ホームビデオで撮影して、編集して、音楽を加えて何とかやってみたい。この頃は、ホームビデオでもハイビジョン画質の映像を撮れるのだから。 

  最初は、映像編集の練習のために、風景などを撮して、それを編集して、BGMを加えて、故郷賛歌のような映像作品ができたらと思う。また、自分の作った演歌などに映像を添えてYOUTUBEにアップすることも考えられる。

 しかし、これにしても、相当技術的な勉強をしないと、完成しないだろう。悩みは、今までできたことでも、半年以上やらないと、忘れてしまうことだ。間口を広げすぎている自分が悪いのだが。

  夢のまた夢は、ドラマを撮影することだ。しかし、これは出演者を含めると相当たくさんの人手がいることになるだろう。となれば、何かについて徹底的に記録して、ドキュメンタリーを作ることができないだろうかと思ったりする。

  それよりも、予算さえあれば、Oさんに勝山を舞台にした映画を作ってもらいたいと思う。映像作品を作ってみたいという夢は、今のところ、自分の胸の中で温めている。

(日記 今日も、紙芝居の絵描き。かなり先が目に見えてきた。いつも思う。朝起きたら、早くパソコンの前へ座りたいと。今のところ、パソコンの前が私の仕事場みたいなものだ。4月中には、新作を完成させたい。そして、あちこちで上演できたらと思う。)

 
 

生かしたい高齢者の知恵

08 2月

高齢者は知恵の宝庫
  午後1時半より、市の区長連合会理事会が行われた。今日は、かなりハードな日程だ。その後、午後4時より市長と語る会、そして、5時半より場所を移して懇親会が行われた。

  今日の理事会では、役所からの連絡事項がいくつかあった。
  環境政策課より
   ・全市一斉清掃日の設定について
     ・県市町交通災害兄弟について
   ・えちてつサポーターズクラブについて
  建設課より
   ・市民と一体となって雪を克服し雪に親しみ雪を活用するまちづくり計画について
  総務課より
   ・『各地区の地域力向上事業』について
   ・勝山市公衆街路灯設置補助金の運用について
  観光政策課より

市長と語る会で、新年度に向けての想いを語る市長。

   ・勝山市フイルムコミッション設立について

  勝山市では高齢者の一人暮らしや二人暮らしが増えている。そんな人達の一番の心配事は、“屋根の雪下ろし”だ。雪下ろし中、屋根から落ちて命を落としたり、怪我をした人も少なくない。

  雪下ろしを業者に頼めば、かなりの金がいる。融雪装置も灯油代もかなりかかり、高齢者には負担になる。無理矢理屋根に登れば、落下の危険もある。

  そこで、「勝山を離れて雪のないところへ移りたい」という者も少なくない。我が集落のアンケートでもそんな人がいた。高齢者には深刻な問題だろう。

  我が片瀬では、一人暮らしの家庭に対しては、区の除雪機で道路除雪を行っているが、個人の屋根の雪下ろしに関しては、危険を伴うので区が簡単には斡旋できない。

  この件に関しては、地区の存続に関わる問題でもあるので、機能的な仕組みを考えなければならないと提言した。

  懇親会では、「高齢者は知恵の宝庫である。それらを生かさないの地域の損失である。しかし、実際にはそれらはあまり生かされず、高齢者が存在感をアピールできない。」と発言。

  そうした状況に我慢できない人の中には、過激な発言をする人も出てくる。他の人のやる気をそぐので、地域の損失にもなる。それぞれが、その存在を認められる地域にしたいものだ。

 市長にも、頭の中に入れておいてほしいとお願いした。市長も、理解を示して下さった。大げさに言えば、高齢者の知恵を生かすことが地域の存続にかかっていると言えるかもしれない。

(日記 午前中は、紙芝居の絵描き。午後1時半より、午後8時過ぎまで、市区長連合会の会合や懇親会。いろんな人と話すことができてとても楽しかった。)

 
 

適期

07 2月

いつどこで何をやるか
  物事には適期というものがあると思う。高校生を相手にしていた現役時代のことだが、いろんな生徒がいて、部活動に打ち込む者、文化活動に打ち込む者、一生懸命勉強する者、……、など様々だった。

 しかし、一方では、何をしてよいか分からず、テレビや漫画、ゲームなどに多くの時間を費やす者もいた。「何をやってもよいが、今しかできないことをやったら……」と話したことを覚えている。

 ゲームやテレビなら、老後にとっておけばよい。高校時代だからできること、大学時代だからできること、若いうちだからできること、子育て時期だからできること(しておいた方がよいこと)、子育ての時期が終わったらできること、退職してからできること、老後にできること、……、ものには適期があると思う。

 子供が大きくなってから、子育てをもう少しまじめにやっておけばよかったと思っても、後の祭りだ。若いうちに、もっと何かをやっておけばよかったと言っても、遅いだろう。

  ものによっては、いつでも始められることもある。若いうちにやっておかなければ一生できないこともあるかもしれない。あの人は「何々ができるからいいなあ」と思うこともある。

  「大学の4年間アルバイトに明け暮れた」という者もいるだろう。家庭の事情で一定の学資を稼がなければならないことは理解できるが、それだけでは悲しい。いつかは働かなければならないのだし、貴重な4年間をバイトだけで過ごすのはもったいない。

  かくいう私も、アルバイトはかなりやったが、メインは家庭教師だった。小・中・高校生に教えていたが、これは、採用試験の一般教養には役に立ったと思う。

  しかし、バイトの他は、バンドに明け暮れていた。おかげで、仲間もできたし、50年後の一昨年と去年、再びバンドをやり出し、下手ながら演奏会までやることになった。音楽は、私の生涯の友となっている。

 仕事でも何でも、それぞれの時期にしておいた方がよいことはいっぱいあると思う。今、私は、子供や孫達の活動を見つめながら、自由な時間の多い中で、忙しくあれこれやっている。そして、いつの時代も、忘れてはならないことは“健康に気をつけること”だと思っている。

今日描いた一枚。完成までもう少し。

(日記 午前10時より鹿谷公民館で、おばさん達に銭太鼓の指導。近々出番があるということで、熱が入っている。午後は紙芝居の絵を描き始めた。午後4時より、子どもたちの和太鼓の練習をみる。今は、もっぱら、左義長太鼓の練習だ。小学1年生の子もかなり頑張っている。帰宅してから、再び、絵を描き始めた。午後、10時過ぎにようやく今日のノルマの2枚目を描き終えた。創作童話の紙芝居は完成まで残り3枚となった。)

 
 

子育て

06 2月

一時ではあるが大変
  家内が、長女の家へ子守りに出かけた。保育園の迎えの応援をするためだ。核家族で共稼ぎのため何か用事があったり、普段見てもらう人に用事ができたりすると、たちまち、子供達にしわ寄せが行くことになる。

  そこで、たまに、我が家の出番となる。人に頼られるうちが花だと言えなくもない。幸いにも、我が家は、今、比較的時間に余裕があるので、助っ人に出かけることができる。それに孫と接することができるというメリットもある。

  思い出してみると、我が家もある時期大変だった。私の両親が早くなくなったので、核家族同様に夫婦二人暮らしだった。ただ、3人の子供が3歳になるまでは、家内が自宅で子供をみると決めていたので、私は安心して職場へ行くことができた。

  3歳を過ぎた頃から、保育園や幼稚園に子供を預けて家内も勤めに出るようになった。二人とも、用事があるときには、子どもたちは保育園で長時間過ごすことも少なくなかった。

  仲間がみんな迎えに来て早く帰る中で、いつまでも迎えの来ない私の子どもたちはきっとさみしかったのだろうと思う。申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

  生まれた直後から、保育園に子供を預ける若い人も少なくないが、一定の年齢に達するまで、子育ては、苦労の多いものだ。特に、病気になったら、大人の生活にも影響が出る。早く大きくなれと願ったものだ。

 しかし、子どもたちが大きくなると、なぜか、子育てをしていたあの頃が懐かしい。こう考えるのは私だけではないようだ。もっと、子育てを楽しめばよかった思うこともある。

  世の子育て中の若い夫婦にエールを送りたい。 子育ては大変だが、終わってしまうと、さみしくなるものだ。マイナス面ばかりに目を向けないで、どこかに楽しみを見つけてがんばってほしい。

  子育て期間中は、親子にとって非常に大切な時期だから、前向きに、子供に関わってほしい。手抜きは、いつか何らかの形で自分に返ってくると思う。日々の生活の中で、小さな楽しみや喜びをを見つけられ人間は、幸せな日々を送ることができると確信している。

長時間かかってようやく完成した一枚。冬ならではの作業だ。(日記 午前中、子どもたち送るための「のし餅」を作った。「エビ入りの餅」、「豆入りの餅」、「海苔入りの餅」の三種類を機械で作った。明日になったら、四角く切って保存しておくのだ。今日も、紙芝居の絵描き。夕方までかかって、ようやく今日のノルマの2枚を描き上げた。家内は、福井へ孫の子守りにでかけた。今日は一人暮らし。さみしいものだ。)
 
1 Comment

Posted in 未分類

 

生産的時間と消費的時間

05 2月

テレビで勝間和代さんが語っていた話
  やりたいことは山ほどある。やれそうなことも少なくない。しかし、それらを自分の納得のいくようにやろうとするとすると、物理的に時間がない。そうなると、切羽詰まったものからやらざるを得ない。

  それが、自分の自分のやりたい優先順位とは必ずしも一致しない。勝間さんは、時間の使い方を『生産的時間』と消費的時間に分けているとテレビで知った。

  勝間さんの言う『生産的時間』とは、次に繋がる時間、自分を高める時間と言えばいいだろうか。『消費的時間』は、たとえ経済的に潤っても、自分を高めないような時間の使い方である。義理的な飲み会もこれに入るらしい。

  例えば、講演会も、勝間さんにとっては『消費的時間』だそうだ。自分の知っていることを話すだけでは向上しないからだろうか。しかし、本を書くことは、そのために学ぶこともあるので『生産的時間』ということになる。

 勝間さんは飲み会は消費的時間だと言っているが、私にも、そうした飲み会はかなりあった。義理的飲み会はすぐ酔ってしまい、酒も美味しくない。生産的飲み会は時間の経つのも忘れ、悪酔いもしない。

 また、勝間さんは移動にかなり自転車を使うが、それは、自分にとっては、生産的時間であり、スポーツもまた生産的時間だそうだ。健康維持のために時間を使うことは、生産的だからだろう。

 自分に当てはめると、何かをカットするか、活動をセーブしなければやりたいことができなくなる。バンド活動も少しセーブしなければならない時間の使い方だ。ゼロにするのはさみしいが、必要以上に時間を使うのは避けたい。

  子どもたちに、和太鼓を教えているが、これは自分にとっては生産的時間だ。自分が立ち上げた『越前勝山春駒太鼓』の後継者育成も兼ねているし、運動にもなるし、子どもたちと接することも楽しい。

  ウオーキングや温泉へ行くことも、私にとっては生産的時間だ。体あっての活動だから、勝間さんではないが、自分の健康維持に関わる活動は、全て生産的時間だ。

仲良しになった雀たちを見守るジイジと三太。

 他に、生産的時間と言えば、明らかに創作活動だ。他に、ここ2,3年休止していた、数学の活動も今年は復活させたい。今年は、時間の使い方を工夫して自分のやりたいことができる1年にしたい。

(日記 午前中は、区の事務処理で外へ出る。その後、紙芝居の絵描き。ノルマの2枚は描くことができた。午後少し作業をした後、家内と二人でウオーキング。血圧、血糖値、血管の若返りなどに運動はよいとのことだった。今日は、平泉寺方面へ出かけた。途中で、歴史探遊館『まほろば』へ寄って映像を見た。そして、帰宅。途中、少し休憩したが、2時間ほど時間がかかった。歩数は、1万歩を超えた。家内との会話も楽しい。週に3回は歩きたい。帰宅してから、紙芝居の絵描き作業を継続。3人の子供からいろんな情報が入る。それぞれがんばっているようだ。私も、無理せず、マイペースでがんばりたい。)

 
 

中国と公害

04 2月

かつての日本の二の舞か
    中国の大気汚染が最近問題になっている。車の運転もできないような視界の悪さであり、健康にもよくない。急激な経済発展に公害対策が追いつかないようである。陸は海で隔てられているが、空はつながっている。

  日本への影響も心配される。このような公害だが、日本も人ごとではなかった。というのは日本も成長する過程で、何度も公害に悩まされ続けたのだ。そして少しずつ、環境問題がクローズアップされるようになったのだ。

 日本の、公害の歴史を紐解くと、次のような者が思い出される。
・足尾銅山(公害問題の原点と言われる)
・イタイイタイ病
・四日市コンビナートのぜんそく
・首都圏で光化学スモッグ発生(学校のグラウンドで運動中の小中学生が倒れるなどの被害が出た。)
・カネミ油症事件(北九州市)
 ・薬害エイズ事件
・その他・・・・・

 同様の公害問題で、中国は、今苦しんでいる。中国で問題になった直径2・5マイクロメートル以下の微小粒子状物質も、日本の広い範囲で確認されている。今後も黄砂と共に日本に舞い込むことは確実である。

 こうした問題では公害の先進国である日本のノウハウを生かし、公害の発生する原因を突き止め、封じ込めることに日中が協力して取り組んでほしい。それは、日本のためであると同時に、中国のためにもなるのである。

 隣国とにらみ合ったいるばかりでなく、環境問題でも積極的に協力して取り組んでもらいたいと思う。中国で起こっていることはつい最近日本で起こったことでもあるのだから。

  かつては、首都圏でも「光化学スモッグ」が発生し、屋外での活動が困難であった時期がある。また、首都圏の河川もヘドロでいっぱいだった時期もあるのだ。中国は今そのピークなのだろうか。今なら対策が間に合うのではなかろうか。

  それにしても、東日本大震災の大量のガレキが、カナダやアメリカにこれからもどんどん流れ込み、海岸を汚染するのだ。常夏のくに、ハワイ諸島へもどんどん流れていくのだ。自然災害とは言え、その後始末は日本の力で何とかしてほしいものである。

  かけがえのない地球を今以上痛めつけないでほしい。次の世代や地球上に生きている全ての動植物のために、これ以上破壊したり汚したりしてはいけないと思う。その災禍は、いつかは人間に帰ってくるのだから。

創作紙芝居の餌付けの場面。

(日記 今日は久々に絵を描くと決めた。こだわっていると時間はどんどん経ってしまう。猿の顔を少し横へ向けるだけで2時間ほどかかってしまた。1日のノルマは2枚と決めた。休みなく絵を描いて、夕方ようやくノルマを果たした。作業中は、テレビやラジオを聴きながらの作業だった。)

 
 

婦人会の皆さんの考えをお聞きしたい

03 2月

『語る会』スタート
  今日は婦人会の総会。午後、会場にお邪魔して、私の考えをお伝えし、その後『生活アンケート(無記名)』を実施させていただいた。本当は、時間を話し合いをしたかったのだが、婦人会の皆さんは午前中から、講話を聞いたり、総会をしたり、懇親会をしたりと忙しかったので、今回は話し合いを止めた。

  しかし、アンケートの趣旨を説明し、いろいろ書いていただいた。来週は、老人会と『役員との語る会』を実施するのだ。その後、青年会、壮年会などが続くのだ。『生活アンケート』については、なるべく同じ項目にしたいと思う。

まず最初に、当区の状況を説明し、区はみんなでよくしていくものとお伝えした。

 今日、婦人会の皆さんにお聞きしたのは、次のような項目だった。
・区に対するイメージ、区に対して魅力を感じているところ、これからも住み続けたいか、否か(その理由も)など
・将来、区が力を入れるべきこと、区への要望(記述)など
・団体活動について(地区の団体、地区外の公の団体、趣味の団体など)
・地区の行事への参加、奉仕活動など
・ご近所との関わりについて(ご近所への要望も含めて)
・健康維持について

 以上のような項目について、意見を伺った。例えば、近所との関係だが、楽しく生きるためにも、災害時に助け合うためにも、仲良くしなければならない。しかし、意外と近所ならではのトラブルを抱えていたり、人間関係がよくない場合もある。

話の後、アンケートを記入する婦人会の皆さん。

  国家でも、トラブルがあるのは、ほとんど、隣国の中国、台湾、韓国、北朝鮮などだ。仲良くするための先ず第一歩は、ご近所と仲良くすることから始めなければならない。アンケートではこれらも率直に書いていただいた。

  これらは、総会で話したり、『かたせ瓦版』で伝えたりしたい。無意識に隣近所に迷惑をかけていることもあるのだから。とにかく、言いたいことも言えず、我慢しながら生きていくのは悲しいことだ。

 行事についても、昨年やったから今年もやるというのではなく、内容を見直し、多くのものが満足するような方法で実施したい。今後の語る会が楽しみだ。

(日記 午前中、今日使う『生活アンケート』の校正、印刷。午後12時半より、婦人会の会合に参加した。そして、最初に日頃考えていることを述べ、その後『生活アンケート』を実施。欠席した方については、後日お願いしたいと思う。婦人会の人たちは、朝から講話を聞いたり、総会をやったり、懇親会をやって疲れていそうなので、語る会は、またの機会にすることに決めた。)

 
 

区民の考えを区の運営に生かせるか

02 2月

住民アンケート作成
  「お任せ民主主義」が横行しているように思う。日本がどこへ向かうかよりも、自分の給料が上がるかどうかの方に関心がある国民が多い。しかし、経済の陰に隠れた問題を見逃してはいけないと思う。

  そして、いつか「こんなはずではなかったのに」ということになりかねない。「お任せ」というとかっこよいけれども「無関心」といった方がよいのかもしれない。世の中が思わぬ方向に進んで、泣きを見るのは無関心だった国民と言うことになりかねない。

  小さな区にしてもそうだ。自分の住む地区のことを本気で考えて、行動を起こすことは本当は楽しいことなんだと思う。しかし、がんばって何かが得られたという経験がないと、本当の楽しみも得られないし、次には繋がらない。

 物事を中途半端に行うと、たいした成果が得られない。たいした成果が得られなければ、次への意欲も湧かない。同じようなことを繰り返しているうちにだんだんじり貧になる。この回路を変えなければ何も変えられない。

  どこかで一度、本気になると、それなりの成果が得られる。それなりの成果が得られると、次への意欲が湧く。意欲が湧くとそれなりの成果が期待される。好循環である。

 こんな経験を若い者に是非とも味わってもらいたい。「やったー」という充実感を味わってもらいたい。きっとやり終えたときの、充実感はなにものにも替えられないと思う。きっと反省会も盛り上がるだあろう。

  こんなことを密かに願っている。しかし、一度にこのような回路には入れない。こうなるにはそれなりの手順がいる。先ずは、各種団体毎に、『語る会』を開催し、『住民アンケート』を実施し、区民の意向をつかまなければならないと思う。明日がその出発点だ。

創作紙芝居の1シーン。背景は仮置き。

(日記 午前中は、明日から始まる『役員と語る会』の後に行う『住民アンケート』づくり。明日は、先ず、婦人会の皆さんと話し合いをし、その後にアンケートを実施したいと思う。果たして正直な意見を徴収できるかが問題だ。午後も作業を継続。午後7時から2月の定例役員会。学校で言えば、今は3学期であると同時に、新年度に向けての助走期間となる0学期でもあるのだ。平成24年度のまとめの時期であり、平成25年度の準備期間でもあるのだ。そんな気持ちで役員会を行った。)

 
4 Comments

Posted in 未分類