子どもは大人の背中を見て育つ
地域の時代を担うのは、紛れもなく子どもたちである。しかし、その子どもたちを育てるのは大人であることも間違いない。その指導は大人にかかっている。大人の背中と言い換えてもよいかもしれない。
しかし、その大人が、子供時代に当時の大人からそれなりの指導を受けていなければ次世代は育てられない。核家族は、こうしたリレーが上手くできないということになる。ということは、大人も子供も同時に、自分自身を磨き続けなければならない。
といっても、特別なことをすることではない。社会人としての常識を身に付け、それなりに郷土への愛着を持てばよいのではなかろうか。子供に何かを言う前に、自分から何事も始めればよいのではなかろうか。
あいさつを例にとれば、子どもたちにあいさつの大切さを指導するのではなく、大人自らが、誰に会っても爽やかなあいさつを交わすことから始めればよいのではなかろうか。その背中は幼児期の子どもたちにも伝わるはずである。
こうして、あいさつをすることを習慣化した子どもたちが、それを続ければさらにその次の世代もそのことを繰り返すはずである。昔は、地域でそうしたことが次から次へと自然に伝わったのではなかろうか。
私が役所へ移った平成13年頃から3年間ぐらいは、市長は職員に対して「あさつしなさい」と口癖のように言っていた。そして数年後にあいさつがようやく定着したように思う。一端定着すれば、それが次の世代へ伝わっていくのではないだろうか。
(日記 ◆午前中、手紙を書いていた。◆午前11時から仏母寺の役員会が開催された。私も充て職で役員になっている。私の村のほとんどが浄土真宗だが、この仏母寺は曹洞宗である。しかし、村の先人がこの寺を片瀬に移し、今日まで守り続けてきたのである。しかし、近年、この寺の運営が困難になっている。それは参拝者が減少しているからである。私も役員の一員である以上、今月行われる総会でこうした状況を皆さんに伝えたいと思っている。それと同時に、今月の30日に行われる『涅槃団子撒き』には、是非とも子供達が多く参加できるようにしたいものである。私たちは、子供時代からこの行事に親しんできている。しかし、途中で長年中止になり、3年ほど前から復活した行事である。経験のない子供の保護者が沢山いるのである。私たち、経験者が孫世代である今の子どもたちに伝えていかなければならないと思っている。◆午後1時半からは県主催の園芸講習会『みんなでつくろう!すてきな花壇』が行われた。しかし、この講習会の人集めは親切さを欠いていた。公民館で行われた区長会で知らされたが、全体像がはっきりしないので、「これでは区民に伝えられない」と問題になったのだ。最初の案内には一切講習会の全体像を示していなかったからである。今日初めて分かったことだが、この講習会は、6月に行われる県の『緑化大会』に主催者が沢山の花のプランターを並べたいので開催したものである。そこで、今日は、1㎝ほどに育った小さな苗を一人が24個のポットに植えるのだ。私は、配られた紫サルビアを植えた。今日はここで終わりだ。これらのポットは一旦県のグリーンセンターの温室で育て、4月中に、再び講習会を開き、プランターに移植させるのだ。そして、受講生はそのプランターを自宅へ持ち帰り、育てるのだ。そして、6月には、それらを恐竜公園へ持って行くのだ。行事が済んだら、持ち帰って地域に飾ってほしいというものだ。案内には、そうしたことを一切書かずに、講座生を地域割り当てで動員したのだ。私の隣にいた人もそのようなことを一切知らずに動員されてきたのだ。最初から、「緑化大会を花で飾りたいので、協力してほしい」と言えばよいものを、それらを一切明かさずにこうした講習会を開設するやり方は、好ましいことではない。私は、最初からはっきりと協力を申し出られても参加するつもりでいたのでなおさらだ。)