『盆踊り復活』アピールのチャンス
一昨日、市役所の方から「文化祭に参加しませんか」との電話を受けた。急に出演できない団体が出たからだ。その日にメンバーを募り今日は本番。昨夜は、11時半過ぎに、『勝山小唄』の編曲を始めた。ああでもない、こうでもないと考えながら編曲を続けているうちに午前2時をまわってしまった。
編曲を終えただけで、眠くなって午前2時過ぎに床に入った。朝6時半に目が覚めた。横に1歳の外孫(次男)が寝ているので、何となく気になった。でも、寝顔はとても可愛かった。朝起きてから、昨日作った曲を今日の文化祭で使うCDに焼いた。
協力をしてくれる村岡、猪野瀬、遅羽の踊り手の皆さんと歌い手二人を曲に合わせてどのように演出すればよいのか、考えながら、準備をした。
それに、私自身が何をするのかも考えた。ここは一番、恥を忍んで、全体としてよくなれば何でもやろうと考えて市民会館へ向かった。
12時に市民会館へ到着。3階でリハーサルを始めた。私自身は、1曲は踊り、2曲は太鼓を打つことに決めた。集まったメンバーは、猪野瀬は我々夫婦を含めて4人、村岡も4人、遅羽は6人であった。そして、市内の歌い手Yさんの合計15人が電話一本で集まってくれたのだ。感謝感激である。
出番は、1時半から15分間。1曲目は『勝山よいとこ』である。私は男一人ではあったが、男踊りを踊ることにした。踊りの開始直後、少し体がふらついた。昨晩は完全に睡眠不足であったこと、昼食を食べずに直前に45分間リハーサルを続けたこと、おまけに、厚手の草履を履いていたことなどからだろうか。
途中で、草履を脱いで踊り続けた。2曲目は、『勝ち山ほがらか音頭』である。この曲は踊りの輪の中で、太鼓をたたいた。
3曲目の『勝山小唄』も太鼓をたたいた。途中で、盆踊り復活をアピールしたいためにマイクで話したが、全体としては、15分では終わらなかった。申し訳なかった。
とにかく、ピンチヒッターとしての役割は終わった。それなりに緊張感もあって楽しかった。
(日記:市民文化祭出演準備。午後1時半、市民会館で『歌い踊ろう!勝山の民謡を』に出演。午後3時より、事務所に来客あり。教育談義。忙しい一日だった。今日はゆっくり休みたい。全くの“飛び入り行事”であったが、協力してくれた皆さんのおかげで無事終わった。皆さんに感謝したい。)